第9話 魔法の威力
「魔法ってことは、爆風で飛んで脱出するんすか?」
「そんなもんで脱出してたまるか。吹っ飛んだと同時に死ぬ。普通こういうときは、足が滑らなくなる魔法『スベラナイゼン』だろ」
靴にアイゼンをつけたかのように滑らなくなる魔法だ。岩でも氷でも金属でも、地面や床の材質は問わない。頻繁に使うことはない地味な補助魔法だが、ダンジョン探検を円滑に進めるには重要な魔法だ。
「そっちの手もあったっすね」
「これ以外ない」
「これならお子さんでも、スキップでのぼれるっすね」
「スキップでのぼる必要はない」
爆風は飛ぶためにあるのではない。魔法使いなのだから、これくらい思いついてくれ。脳筋かよ。いや、脳筋だった。クグはすぐに思い直した。
そうと決まればさっさと脱出するに限る。任務に遅れがでてはいけない。クグは子どもたちの方を向き声をかける。
「よし、ここを脱出するぞ」
「どうやって脱出するの?」
カカバロは期待と不安で半信半疑だ。自分たちも歩いてのぼろうとしたが、滑ってのぼれなかったのだろう。
「魔法を使って脱出するんだ」
魔法と聞いて3人は目を輝かせた。
「風の攻撃魔法で飛んで、一気に脱出するんだね」
カカバロはゼタと同じ発想だ。爆風ではないだけだ。
「人が飛ぶほどの暴風なんて危険すぎるだろ。風に巻き上げられた石などに切り刻まれた挙げ句、洞窟の壁にぶつかって死ぬぞ」
クグは強力な攻撃魔法など使えないので、そんな心配はいらないが。
「風の魔法なんかじゃないよ。入り口まで一気に穴をあけちゃう、すんごいエネルギー砲をぶっ放す魔法で脱出するのよ」
ぺぺコラは発想が大胆すぎる。
「そんな魔法はないし、仮にそんなことができたとしたら洞窟が崩落するぞ」
「やっぱりイモムシに変身してぇ、モゾモゾーってのぼるんじゃないかなぁ。人間に戻るときはぁ、背中のとこが割れて脱皮するんだよぉ」
ポポルコは発想が独特だ。
「イモムシに変身する魔法なんてないぞ」
あったらキモい。脱皮して人間に戻るのはさらにキモい。しかし、一番正解に近い。
「3人とも不正解だ。『スベラナイゼン』という足が滑らなくなる魔法で、歩いて脱出するんだ」
「えーっ。チョーダセーなー」
「地味アンド地味っ」
「イモムシがよかったなぁ」
3人は口々に不満を言った。
「つべこべ言わない。ダサいとか地味とかそういう問題ではなくて、これが一番確実で安全なのっ」
最近のお子さんはワガママだとクグは思いながらも、勝手なことを言っている3人を意に介さず、さっさと全員にスベラナイゼンをかけた。
「モタモタしていたら置いていくぞ」
と3人に声をかけると、クグは腰をかがめ上半身を穴の中に入れた。坂に右足を乗せて滑らないのを確認し、先頭で坂を上り始めた。
3人が足を滑らせずちゃんと後ろをついてくるか確認しながらゆっくり進む。カカバロ、ぺぺコラ、ポポルコの順でのぼってきた。3人はかがまなくても普通に歩けている。ゼタは最後尾だ。
なんだかんだ言って3人はおとなしくクグについてくる。いつまでもこんな所にはいたくないのだろう。それに、まったく足が滑らないのも楽しそうだ。
無事、全員坂をのぼりきれた。カカバロが地面に置かれていたランプを見つけ拾った。
「こんなところにあった。よかった。なくして怒られるかと思った。壊れてないよな」
カカバロはランプが壊れていないか確認すると、リュックの中にしまった。
やはり、子どもたちが家から持ってきたランプだった。ランプが落ちていなかったら、即引き返していたかもしれない。何がきっかけで命が助かるかわからない。
「そういえばぁ、洞窟が明るいんだけどぉ」
ポポルコが洞窟内を見回しながら言った。
「下の所だけが、特別に明るいのかと思ってたね」
ペペコラも洞窟の天井をぐるりと見回している。
「私が魔法で洞窟内を明るくしたんだ」
「おっさんのくせに、なかなかヤルね」
ぺぺコラよ「くせに」は余計だ。クグは心の中で訂正した。
「もしかして、洞窟内がすんごく光ったのも、おっさんのせい?」
カカバロは疑うような目つきだ。
「それは私ではないぞ。犯人はわからない。きっとモンスターか何かだろう。穴の下でも言っただろ、私も目をやられたんだ」
クグは素知らぬ顔をした。子どもは知らなくていいこともある。これは大人の事情という、子どもにはわからない世界のことだ。そして大人になるとは、ズルい生き物になるということなのだ。
ランプがこの子のものなら、アレもこの子たちのものかもしれない。
「ランプと一緒に落ちていたコレも君たちのものか?」
クグは道具袋から1本のバーナンダーを取り出した。この場所で拾ったものだ。
「それ、おいらのだ。返して!」
カカバロはクグの手から取り上げるようにバーナンダーを素早く取ると、ズボンのポケットにしまった。
「なんでバーナンダーなんが持ってるんだ?」
「洞窟の中のどっかで食べようと思って、ズボンのポケットに入れておいたんだ。ここで休んでたときに食べようとして出したら、洞窟がピカッて光ってさ」
ビックリして落としたと。冒険者のまねをしようとして、冒険者向けの携行食をお小遣いでわざわざ買ってきた、というところか。
「次からは名前でも書いておくんだな」
クグは、返してあげたのに盗んだような言い方をされ、「最近のお子さんはお礼のひとつもないのか」と説教のひとつでもしてやりたかった。しかし、子どもの言い訳にいちいち反応していたら、この任務は務まらない。
それよりもクグが気になったことは、いつの間にか子どもたちから「おっさん」呼ばわりされていることだ。いつからだろうか。助けてあげた命の恩人なのに、感謝が感じられないばかりか、せっかく魔法を使ったのに尊敬も何も感じられない。「おにいさん」とは言わないまでも、せめて丁寧に「おじさん」と言うよう注意し、目上の人を敬う気持ちの大切さを指導したい衝動にかられた。
ゼタが何か思い出したように、手をポンと打った。
いまさらエーリーデーのことでも言いだして墓穴を掘るようなことをしないか、とクグはゼタにも注意を払う。何かあったら飛び蹴りをしてでも止めなければならない。
「そういえば、今日は平日っすよね。学校はどうしたんすか?」
「それもそうだな。普通なら学校に行っている時間だ」
なぜ今まで気が付かなかったのだろうかとクグは素直に思った。そして、ゼタへの飛び蹴りは回避された。
「今日は臨時で休みなんだ。町の牧場全部に最新式の柵を張るんだって」
カカバロが答えた。
「上級生は、朝から作業のお手伝いするって言ってたね」
「だからボクたち、今日は一日中ヒマなんだぁ。やることないからピクニックに来たんだよぉ」
ぺぺコラとポポルコがあとを続けて答えた。学校をサボったわけではないようだ。
それにしても、牧場に最新式の柵を張るとはどういうことなのか。ただの老朽化した柵の取り替えなのか、それとも。
「家畜が何者かに襲われる対策で、今の柵に新しい柵を追加して張るのか?」
「うんそうだよ。柵にさわるとカミナリの魔法でビリッてなるヤツだって。おっさん知ってるの?」
「いや。たまたま町の人から聞いただけで、そんなに詳しくはない」
町全体で対策を講じるようになってきているようだ。うかうかしていると冒険者案件になってしまい、勇者が来る前に事件が片付いてしまう可能性もある。
被害の内容ばかりにとらわれて、柵を張る作業のことまでは聞けていなかった。これはありがたい情報だ。
「なんか困ったことでもあるの?」
ぺぺコラが、右手を顎にあてて考えているクグを見て聞いてきた。
「いや、何も問題はないぞ。牧場は手伝ったりするのか?」
自分たちのことを聞かれても困るので、クグは話を別の方向へそらした。
「学校が休みの日はお手伝いしてるよ。あたいだけじゃなくて、みんなだけど」
「そうか、それはエライな」
ぺぺコラはクグにほめられ、少し照れくさそうにする。
「ボクもぉ。ボクもお手伝いしてるよぉ」
「そうかそうか。エライな」
ポポルコはエヘヘェと言ってうれしそうだ。
魔動機械により農機具が発達したとはいえ、農作物や家畜や天気が相手だと休日などないのだろう。最近は、休みなく工場を稼働させている企業もあるようだ。生活を便利にするための魔動機械によって、現代人の働き方も変わってきている。
クグたちが所属している部署も勇者の冒険の進捗に合わせて動くので、休みはあってないようなものだ。
しかし、勇者は根を詰めて冒険するなどという、あえて命を危険に晒すようなことはしない。適度に休みながら冒険している。町の人との交流や、町のお祭りなどの行事に参加するのも、勇者の大事な仕事だ。農業や畜産業に比べれば、この任務はまだ休む余裕がある。
こんな場所での会話はほどほどにしておいたほうがいい。まだ洞窟を出たわけではない。
「よしっ、おしゃべりは終了だ。もう出発するぞ。お家に帰るまでが冒険だぞ」
クグが全員に声をかけると、場の空気が少し引き締まった。
子どもたちにおとなしくしてもらわないと、戻る途中でモンスターが出たら危険だ。これまで無事だったのに、最後に怪我でもさせたら親御さんに対して面目が立たない。
言うことを聞かせるには強硬手段しかない。アレを使うときがきた。クグは腰をかがめ、3人の目線に合わせ優しく話しかける。
「ここから先は、モンスターの出る可能性が高く危険だ。外まで安全に行くためには、君たちの協力が必要になる。モンスターが出たら私たちの邪魔にならないよう、後ろでおとなしくしていること。約束が守れるならこのアメをあげよう」
クグは町でおばちゃんからもらったアメ玉を道具袋から取り出し、手のひらの上にのせて見せた。
「モノで子どもをつるなんて、大人気ないね」
カカバロは相変わらずマセたことを言う。
「いらないなら、あげないけど」
「いるいる! あたいは、いる!」
「ぼくもほしぃ」
ぺぺコラとポポルコは素直だ。ぺぺコラはピンク色、ポポルコは緑色の包み紙のアメ玉を、クグの手のひらから取った。
「いらないとは言ってないし」
カカバロはツンケンしながらも、残った赤色の包み紙のアメ玉を取った。素直ではないようだ。
3人はすぐさまアメを頬張ると笑みがこぼれた。高度な魔法で操るなんてしなくても、アメ玉の方が威力は絶大だ。
ちなみに、クグもいらないアメ玉を使いきることができてうれしかった。道具袋には余計な物を入れておきたくない派だ。
「ゴミは自分で持ち帰ること」
アメの包み紙を洞窟内に捨てようとしたカカバロをクグは見逃さない。
クグに指摘されカカバロはビクッとして手が止まった。ポポルコはアメの包み紙をマジマジと見ると、
「アメの紙、いらなかったらちょうだぁい」
「こんなのどうすんだ?」
カカバロが聞き返した。
「キラキラしてぇ、キレイだからぁ」
「ふーん。おいらはいらないからあげる」
「あたいもあげるよ」
ポポルコは2人から包み紙をもらってうれしそうだ。こういうのをやたらと集める子がいたな、とクグは小さいころを思い出した。収集癖みたいなものだろう。将来は、何でも道具袋に99個入れてしまうようなタイプになるのだろうか。
とりあえず、アメ玉で子どもを手なずけ……ではなく、約束したので、入り口へと戻るため歩き始めた。