世界の概要
「申し遅れました、私はルシアと申します。」
そう言うと、見慣れないポーズをした。きっと、挨拶の作法なのだろう。こちらも見様見真似でやってみる。
「いえ、人として当然のことをしたまでです。私は善といいます。」
「"ゼン"とおっしゃるのですね。とても珍しいお名前ですね。」
確かに今まで同じ名前の人には会ったことはないが、特別に珍しい名前でもない気がする。
まあ、そんな些細なことは置いておこう。
「道に迷ってしまったんですが、ここってどこか分かりますか?」
「私も捕まってからしばらく移動していたので、正確な位置は分かりませんが、この辺りはシズオカだと思います。」
…うーん、どう考えても俺の知っている"静岡"じゃない。
樹海の中ならもしかしたら…
いやいや、さすがに樹海の中だろうと、あんな化け物はいるはずがない。
ただ、ここで変に取り乱しても話は進まないので、現状で把握しなければならないことを聞くことにした。
「さっきの化け物みたいな奴らって、何なんですか?」
「…?魔族をご存じないのですか?」
「あー、実は記憶を無くしてしまったようで…あまり…その…覚えていなくて…」
上手い理由が思いつかず咄嗟に嘘をついてしまった。誰かを傷つけるような嘘ではないから許してほしい。
「それはお気の毒に…」
ただ、とても可哀想なものを見る目でこっちを見る眼差しに少し良心が痛む。
そこから、様々なことを聞いた。
まずこの世界の地名は、俺が知っている日本と大差がなかった。
シズオカもあるし、トウキョウ、オオサカ、カナガワもあるらしい。
海外についても聞いてみたが、ルシアは海を渡ったことがないらしく、そこまでは分からないようだ。
反対に自分の知っている知識をルシアにいろいろと話してみたが、ほとんど知らないようだ。
学校や法律のようなものもあるにはあるが、俺の知っているものとだいぶ異なっていた。
まさか、寿司、ラーメン、カレーまで知らないとは…可哀想に…
また、さっきの化け物は魔族というらしく、人間の敵らしい。
「魔族と意思疎通は可能なんですか?」
「強力な魔族になればなるほど、知能が高いと聞いたことがあります。ただ、魔族の言葉は理解できないので、何を話しているのかはさっぱり分かりませんが…」
「つまり、人類と魔族とは敵対していて、戦争状態なんですか?」
「…いえ、戦争と呼べるようなものではありません。魔族と人類には大きな力の差があります。人類は何とか生き永らえているというのが正しいかと…」
他にも様々な情報を聞いたが、聞けば聞くほど、人類のお先真っ暗な気がしてならない。
俺は、とんでもないところに来てしまったのかもしれない。