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その日、女の子になった私 〜序章編〜

作者: 奈津輝としか

その日、全ての人類の脳に直接声が響き渡った…。

「望んだ力を与えよう」と。

主人公、青山あおやま瑞稀みずきは、しがないサラリーマンだった。

思惑と違う能力、『女性変化』を与えられた。

女性変化している間だけチート能力が使える事を知るが…。

女性変化進行率が100%になると2度と男に戻れない!?

それなのに、後輩で親友の山下やましたたくみに一目惚れされ、女性変化中の瑞稀は心も女性で、次第に愛し合う仲に…、一体どうなっちゃうの?

ちょっぴり大人の恋愛要素の強い『序章プロローグ編』をお楽しみ下さい!

 その日、全ての人類の脳に直接声が響き渡った…。


その声は、壮麗かつ尊大な威厳が感じられながらも穏やかで、聴く者は心が奪われ耳を傾けた。


事実、仕事中の者も授業中の者も手を止め、また歩行者だけでなく運転手でさえも時間が止まったかの様に足を止めて、その声に聴き入った。

不思議な事にそれは、言語が異なる人類全てが同じ言葉の意味として理解した。

言葉の意味を要約すると、「望んだ力を与えよう」と言うものだった。


初めこそは聴き入っていた者も、頭の中で鳴り響くアラームの様に何度も繰り返される内に鬱陶うっとおしく感じ、イライラする者、周囲の友人や知人に確認し、皆が同じ症状である事に安心する者など様々だったが、やがてえられなくなった者が「願い事は、この声を止めろ!」と怒鳴った。

すると、先程まで鳴り響いていた声が嘘の様に止んだのだ。

それにならって同じ願いをした者も少なからずいたが、違う願い事をした者もいた。


 しがないサラリーマンの私はちょうど昼飯時で、会社近くの公園のベンチでいつもの様に、少し固くなってきた胡桃くるみパンをかじっていた。


頭に響く声を聴きながらどうしたものかと、ぼーっとしていると、宙に浮いたり飛んだりしている子供たちの、不思議でどこか幻想的でもある光景が目に入った。

彼らは純粋な心で高く飛べたらとか、空を飛びたいと願ったのだろう。


(本当に願いが叶うんだ?)と理解するのに時間はかからなかった。

それからは酷いもので、人間の欲深さにはつくづく嫌悪する事になる。

ある者は、目の前で大金を出して見せ、ある者は金銀財宝を山の様に積み重ね、またある者は催眠術か何かで抵抗できなくなった女性の身体を触ったり、またある者は手から炎を出して街路樹を燃やす者、通りにある宝石商のガラスケースを爆破して強奪する者などが現れた。

こうなると辺りは騒然とし、あちらこちらで悲鳴が上がった。


私は残りの胡桃パンを口いっぱいに頬張り、慌てて会社に向かって走り出した。


(苦しい)走り出して直ぐに息が上がる。

運動らしい運動なんて、高校卒業してからは記憶にない。

しかも30代前半のおっさんサラリーマンだ。

息が上がるのも無理は無い、と自分で自分を慰めるとどこか可笑しくなり笑みがこぼれた。


(私って意外に余裕があるな?)と息が切れ、立ち止まった瞬間に目の前が真っ暗になって地面に倒れ込んだ。


(痛っ、何?殴られたのか?)遠のく意識の中で、誰かがポケットの中をまさぐっているのを感じた。


「しけてるなぁ、おっさん!これっぽっちかよ」若い女性の声と遠ざかる足音を耳にしながら、私は意識を失った。



 目が覚めると口の中は血と土の味がして、辺りの焦げ付いた臭いが鼻をついた。

かなりの時間、うつ伏せに倒れていた様だ。


(痛っ)頭に手をやると乾いた血が、手のひらに付いた。

こうなる前に起こった出来事を思い出し、ポケットに手をやると、やはり財布が無くなっていた。

どうやら頭を殴られて、財布を盗られた様だ。


頭をさすりながら辺りを見回すと、公園近くにあったはずの商店街のビルが崩れ、まるでテロで爆破でもされたかの様な有様だった。


辺りはすでに薄暗くなって来ており、目を凝らすと大勢倒れて動かない人が見える。

よろめきながらその人達のもとへ向かい、声をかけながら揺さぶった。


(し、死んでる)腰が抜けた様に力無くその場に座り込んだ。

私も死んでると思われて、襲われなかったのだろう。

いや、正確には襲われたんだが…。


こんな状況下でもさっきからずっと変わらずに、頭の中に声が響いている。

「望んだ力を与えよう」と。

私は頭の痛みに再び意識を失いかけながら、心に強く念じた。

(力をくれ!)と。



 次に目が覚めると白い天井が見え、目を横にやると机の上のマスコットキャラクターが、これでもかと主張していた。

確か、何かのゲームの限定特典だったはずだ。

ここは見覚えがある。

どうやら会社の医務室の様だ。

まだ少し頭がぼーっとするが、痛みはなかったのでベッドから身体を起こした。


「あら?ようやく目が覚めた?」

状況とは場違いなくらい明るい声で呼びかけて来たこの女性は、会社専属の女医さんだ。


もの凄く美人と言う訳ではないが、性格は明るく前向きでいつもニコニコしていて人懐っこく、嫌な顔1つした所を見た事がない。

内面の美しさ(性格の良さ)が、外面がいめんあふれ出て、まるで全身をオーラで包まれているみたいに神々しく見える女性だ。

こう言うのをカリスマと呼ぶのかも知れない。

当然、男性社員人気はダントツで1位だ。

しかし、マイペースで空気が読めず、他の女性社員達からは嫉妬されて孤立している。

大人になってまでイジメとかダサい事するなよ、と思う。

ねたみ、そねみ、ひがみ、あー嫌だ、嫌だ。

そんな、ドラマや漫画の中に出て来る悪役の定番みたいな事をリアルでやるなんて恥ずかしくないのか?

性格の悪い主人公なんてほとんどいないだろう?

悪役よりも主人公になりたいと思わないのかねぇ?


彼女の方は別に気にもしていない様子で、お昼休憩は会社の屋上か近くの公園のベンチでよくスマホゲームをしている。

彼女がゲームしている所を偶然見かけ、たまたま知っているゲームだったので話しかけたきっかけで仲良くなった…と思う。

私があの公園のベンチで昼飯を食べていたのは、彼女に会えるかも知れないと言う期待が込められていたからだ。


「ね、ね、あの声、何か願った?」

無邪気に微笑ほほえんで顔をのぞき込んで来たので、思わず少し目をらした。

顔が赤くなっていないか、彼女に心音が聞かれてないか心配でさらに心拍が上がった気がする。


「そう言う自分は何を願ったんだ?どうせ、ゲームいっぱい欲しいとか、どんなゲームでも攻略出来る才能が欲しいとか願ったんじゃないのか?」

彼女を意識しているのを悟られまいと必死に、少しぶっきらぼうに言い放った。


「えへへ、そんなんじゃないよ。ちょっとごめんね」

そう言うと、いつの間にかに右手に握られていたメスで、軽く左手を斬られた。


「痛っ」思わず声を上げた。


彼女は申し訳なさそうな顔をしながら、「大丈夫だから」と両手が不思議な光に包まれており、それを傷口にかざすとあっという間に傷が消えた。


「ふー、どう?まだ痛い?」

彼女の笑顔に心がいやされる。

左手を斬りつけられたのに奇妙な感情だ。


「信じられないけど、本当に願った力が手に入ったんだ?」


「うん、怪我や病気を治せる力を願ったの」


「それにしても意外だった。女医の仕事、真剣だったんだな」

驚きと好奇心で続け様に口をついた。


彼女はわざとらしく少し頬っぺをふくらませながら、

「酷いー、これでもちゃんと女医に憧れてたんだから」

と、可愛らしく怒って見せた。


「ごめん、ごめん、あまりにも普段とギャップがあり過ぎて」


「はいはい、私の事、普段どんな目で見ていたのか良く分かりました」

棒読みしながら言って来るあたり、本気では怒っていない。

こんなやり取りが楽しく、ささやかな幸せを感じる。

私は彼女の事が好きなんだろうな?と、冷静に分析してる自分に可笑しくなり、クスリと笑った。

それを見て彼女は、馬鹿にされたのかと思ってねた態度を取った。


「ごめん、ごめん。でもそのおかげで私は助かったんだ。頭を治療してくれたんだろう?」

私がそう言うと彼女は満面の笑みで応えた。


「私に感謝しなさいよ〜なんてね(笑)」


「勿論感謝してるよ、ありがとう」


「私ね、女医になりたくて医大出たのに、この会社に来て…あ、ううん、違うの、だってほら、ここは何と言うか、保健室の先生みたいと言うか…女医とは違うかなーって」


「でもこの力があれば、大勢の人を助けてあげられるって自信がついたよ」


「神様に感謝だね」


「うん。本当に神様ありがとうございます!」

そう言って彼女は、お祈りを捧げる様な仕草をした。

こんな素直な所が愛おしい。

ふっと彼女に目をやると先程までなかった、いや正確には見えなかった小さな枠が見える。


何だこれは?と、その枠をタップする様な仕草をすると、RPG等のゲームでよく見るステイタス画面の様なものが開いた。


(レベル:23 ランク:S 氏名:麻生あそう佳澄かすみ 年齢:23歳 身長:153㎝ 体重:44㎏ バスト:84㎝ ウエスト:56㎝ ヒップ:82㎝ 称号:聖女・医者 スキル:飛行能力S・回復魔法S・防御魔法S 筋力: ...)

なるほど、個人情報だだ漏れだ。


称号やスキルはタップ出来る仕様だな、詳細が見れるのかな?と思いながら称号をタップしてみると、やはり詳細画面が開いた。


(聖女:全ての回復魔法にプラス50%の恩恵を受ける。但し、称号保持者が処女でなくなると、称号は剥奪される)

…って、えっ?処女?

こんなに可愛くて23歳だ、さぞかし恋愛経験は豊富なんだろうな?と思っていたので、処女だと知っただけで何だか嬉しくなる自分に、つくづく男って馬鹿だよなぁと思う。


では、自分はどうなんだ?と思い、ステイタスをタップしてみた。

(レベル:32 ランク:SSS 氏名:青山あおやま瑞稀みずき 年齢:32歳 身長:172㎝ 体重:63㎏ 称号:なし スキル:隠しスキル・女性変化0% 筋力:32 知力: …)


はぁ?称号なしで、スキル何これ?確か私は、魔法が使える様になりたいって願ったはず?まさかのハズレスキルと言う奴か?とガッカリしながら、一縷いちるの望みをかけてスキルをタップして確認してみる。


隠しスキルってもしかすると、とんでもないスキルが隠されていたりとか?

何せSSSランクだし…と思ったが、タップ出来る仕様じゃない。

で、何だこれ…女性変化って何?


(女性変化:進行率100%に達すると永久に女性化する)


だぁぁぁ、やっぱりハズレだ…。

女になりたかったと思った事は1度も無い。


女性に生まれたかった人や、スパイが女性に変化すればバレないとか有効に使えそうなのに、なんで私にこんなスキルが…最悪だ。


 辺りはもうすっかり暗くなり、パトカーや消防車やらのサイレンの音が大きくなったり小さくなったりしていた。


壁に掛けてある時計に目をやると、もう20時を過ぎていた。


「課長に挨拶あいさつして帰らなくては」

残念な能力がショックで、力無く立ち上がった。


「あ、待って、今日は帰れないよ」


「へっ?」


「えっと変な意味でなくて、外が危険だから政府から外出禁止令が出されて、社長命令で残ってる社員は泊まりなの」


確かに会社にはシャワー室もあれば仮眠室もあるし、数日なら飲料や食事にも困らない。


「あれ?そう言えば誰がここまで運んでくれたのかな?」

もっと早く気付くべきだった。恩人の存在に。

非力な彼女が倒れてる私を偶然見つけたとしても、ここまで運べる訳がない。


「山下さんよ、ごめんなさい。もっと早く伝えるべきだったね」

山下は私の6歳下だが、仕事の相談に乗ったり休日は2人で飲みに行くほど仲は良い。


「山下か…」と言いかけた所で、勢いよく医務室のドアが開けられた。


「先輩、目が覚めたんですね?心配しましたよ、頭から血が流れて倒れてたので、死んじゃったかと思いましたよ」


「でも救急車を呼ぼうにもずっと話し中で繋がらないし、このままだと危ないと思って、ここに運んじゃいました」

良かった死ななくて、と言って私にしがみついて来た。

男に抱きつかれても嬉しくない。

困った顔をして彼女に目で助けを求めた。


「もう少し遅かったら危なかったのよ、山下さんに感謝しなさいよ」彼女はイタズラっぽく目配せして微笑ほほえんだ。


「助かったよ、ありがとう山下」

私は彼のハグから解放される為に、質問を投げかけた。


「ところで、山下は何を願ったんだ?」


「あの不思議な声ですね?僕は長生きしたいって願ったんですよ。ちょっと願いと違う気がするんですが…」


取り敢えず山下のステイタスを見てみる。

(レベル:26 ランク:AAA 氏名:山下やましたたくみ 年齢:26歳固定 身長:168㎝ 体重:58㎏ 称号:武闘家AAA スキル:不老長寿・補助魔法AAA 筋力:…)

なるほど、不老長寿ね。

確かに長寿とは、何年生きられるのか分からない。

あと百年も生きれば126歳で十分長寿だし、千年なのか1万年なのかも分からない。

もしかするともっと長く生きられるのかも知れないが、本当は不老不死を願いたかったんだろうな?


「それにしても、山下が武闘家とはね」

うっかり心の声が口をついて出てしまった。


「先輩、何で分かったんですか?もしかして鑑定かんていとか言うやつですか?」


「えっ、あ、ああ…実は私もよく分からないんだが、見えるみたいだ。逆に見えないのか?」

山下と麻生さんに目を配らせると、2人とも顔を見合わせて首を横に振った。


(2人とも見えないのか、もしかすると隠しスキルってのが相手のステイタスが見える様になるってスキルなのかな?)

情報もなく状況もよく分からない。


「先輩、お腹空いてないですか?食堂で食料を配ってますよ」

お腹をさすって腹ペコのジェスチャーで訴える。


「麻生さんも疲れたでしょう?明日に備えてゆっくりしよう」


「ええ、そうしましょう。何だか疲れたし、ニュースでも見て状況を把握しましょう」


「確かにお腹空いたし、シャワーも浴びたいしな。ニュースで何か発表してるかな?」

あの声の主は何だったのだろう?

そして、願い事をかなえるとか可能なのか?

まさか本当に神なのか?

それとも集団催眠術にでもかけられてるとか?

米軍か北の新手の兵器とか?

それに、日本だけで起こった事なのか?

世界はどうなのか?

疑問だらけで、ここで考えても答えは出ない。

先ずはニュースで情報と状況の確認だ。


3人で休憩室のドアを開くと、中にいた社員達が一斉にこちらに注目して来た。

なんだか気恥ずかしい。


「おー、青山、無事か?頭から血を流して運ばれて来た時は、もう駄目かと思ったよ」

私を見かけるなり話しかけて来たこいつは、同期の山城やましろ慎吾しんごだ。茶化すようにして話しかけて来たが、心配はしてくれていたらしい。


「先生のおかげでもうすっかり良くなったよ」

そう言いながら入口近くで売店のおばさんから、パンとコーヒーのパックを受け取ると3人で空いてる席に座った。


皆んなが釘付けになっているテレビニュースが気になった。

「…付近の上空からの映像です。まるで、テロや大地震の後と言った様相です…」

パンの袋を開けながらニュースに視線を落とす。

(知りたい情報はこれじゃないんだよな…)と思っていると、先程声をかけて来た山城が、隣に座った。


「あのよく分からない声、世界中で聞こえたらしいぜ」

ふむふむと相槌あいづちを打つと、情報を先に得ている優越感からか、少し得意げに状況を教えてくれた。

叶った願い事を悪用した犯罪が、世界中で起こっていて、日本でも今見たニュースの様な光景が広がっているとの事だ。


他には、音程が微妙だったアイドル歌手は、絶対音感が欲しいとか願ったのか?急に歌が上手くなったり、陸上選手とかも100m走で世界新記録が出たとか、スポーツ選手は自分の競技を活かした能力を望んだ人が多いらしく、犯罪的な能力を望んだ人ばかりではない事。

警察官や自衛隊とかも超人的な強さを得て、犯罪者を捕まえたとかのニュースが流れていたそうだ。


「日本政府から外出禁止令が出されたのは知っているな?」

ウンとうなずくと、

「会社も今日の所はそれに従って様子見ている。だが、長丁場ながちょうばになるとも踏んでいる、それでこの食料さ」

本当に困った顔をして肩をすくめた。


確かに大の男がパン1袋とコーヒー1パックでは、腹の足しにもならない。

タバコを吸って空きっ腹を誤魔化している者、何処から持って来たのか酒盛している連中もいた。


その様子を眉をひそめてヒソヒソ話をしてる女性社員たちの目が怖くないのか?

マイペースと言うか肝が太いと言うか、違う逆か、不安だから酒で紛らわせているのか。


「それはそうと、どんな能力が手に入った?」

山城は興味津々に聞いて来た。

山下から順に話はじめて、私の番みたいになった。

正直言いたくない、スキルがハズレだったと。


麻生さんが目を輝かせて聞いてるので、答えない訳にはいかない空気に包まれ、女性化は伏せて説明し、隠しスキルって言うのが多分相手のステイタスが見れるスキルなんだろうと話た。

麻生さんは期待と違ったみたいでガッカリな表情をしていた。

いやいや、ガッカリなのは私だよ。

(ふぅ)思わず溜息が出る。


「先輩、相手のステイタスを見るなんて、仕事で気苦労が絶えないんすね?」と明るく笑って、その場の空気が軽くなった。

私が営業で普段人の顔色を伺っているのを言ってるんだろう。


「山城はどんな願いをしたんだ?」

山城の方に首を傾けると、声が届く範囲にいる人達も興味があるのか、こちらの会話に耳を傾けている。


「俺は実は子供の頃、剣道を習っていて、剣の達人になりたいって願ったよ」照れくさそうに頭を手でかいた。

宮本武蔵より強くてなりたいとか願ったのかよ?と、からかって茶化した。

皆んな不安を掻き消したくて、わざとらしく賑やかに騒いだ。

周りの建物が崩壊するほど治安は悪化し、死者だって出てる。

それなのに皆んなどこか他人事で、平和に慣れ過ぎた日本人は、つくづく平和ボケしているなと思う。


汗が気になり、シャワーを浴びて来ると言って席を外した。麻生さんも「私も!」と言って女子更衣室にあるシャワー室に向かった。

男性シャワー室は勿論、別の場所にある。


シャワー室に向かいながら(女性変化を確認するチャンスだ)そう考えを巡らせて、足早に向った。

ここの男性用シャワー室は入口は1つだが、個室の様にドアで仕切られている所が6箇所あり、他に3箇所ほど仕切られていない所にもついている。

日頃はあまり使われないので、無駄に広いシャワー室だと悪い意味で評判だ。

私は個室に入って中から鍵を掛けた。


(女性変化…)スキルの使い方がよく分からないので、取り敢えず頭の中で呪文の様に唱えてみた。

何の変化も起こらないなと思った瞬間、いていたズボンが足首までズリ落ちた。


鏡の中の自分は女性になっていた。

しばらくそのまま放心して鏡を見つめていた。

女性化した自分に驚いていたのではなく、鏡に写っている女性が女優やアイドルでも見た事がない程の美少女だったからだ。

鏡の中の少女は20歳くらいだろうか?

それが自分である事を理解するまでに、時間がかかった。


(本当に女性に変化した…)

驚きと好奇心が相待ってドキドキする。

そのままシャツを脱いで裸になった。

イヤらしい意味は全く無く、本当に女性の身体になったのか確認したい好奇心が勝っていた。

身体を正面にしたり、左右横に身体を振ったりしながら何度も自分の身体を確認した。

膨らみに触れてみると、張りのある弾力、それでいてマシュマロの様に、ふわふわぷにぷにで柔らかく手触りが良い。

それから右手で恐る恐る、男性に付いているはずのモノを確かめてみたが無くなっていた。


女性になってしまった部分に指が触れると、

「あぅ…」

その瞬間に脳髄まで電撃が走った様な衝撃を受け、腰がくだけてその場にしゃがみ込んだ。

すぐに左手で口を覆って、声を聞かれなかったか周囲の気配を伺った。

幸いまだシャワー室には自分だけで、入ろうとしている者の気配もない。


(ほっ…)胸をで下ろした。

それにしても、男にあるはずのモノが無いとショックを受けるものだな。


(しかし声を出すつもりは無かったのに…誰にも聞かれなくて良かった、ここで女性の声が聞こえたらヤバいからな)

急いでシャワーを浴び、耳をすませて辺りに気配が無いのを確認して飛び出した。


(うわっ!)

勢いよく何かにぶつかり、それはおおかぶさって来た。

背中を打ちつけた痛みを感じながら目を開けると、私の上に乗っかっている山下と目が合った。

私は(バレた?)とあせって、山下を両手で押しけて「ごめんなさい」と言って逃げた。

背中越しに山下が何か言ってる気がしたが、それを聞く心の余裕はなく全力で走った。


廊下で誰にもすれ違わない間に、男子トイレに駆け込んだ。

緊張で足がガクガク震えていた。

よろめきながら大の方に入り、ドアを閉めて便座にまたがった。

さっきの出来事を思い返すと、また足が震えてきた。

(これ、どうやって元に戻るんだ?戻れ、戻れ、戻れぇ…)

目をつぶり、心の中で何度も祈る様に「男に戻れ」と繰り返した。


するとベルトが急にキツく感じ、慌てて緩めると、いつの間にか男に戻っていた。

(良かった…)ほっと胸をで下ろした。


 喉が渇いたので食堂の自動販売機に向った。

そう言えば財布は盗られて一文無しだった事を思い出して、近くの社員に声をかけ、小銭を借りようとした。


「お金は要らないよ」と言われて、意味が分からずにいると、どうやら最近の自動販売機の中には、災害時に無料で使用出来る機能が備わってるらしい。

そう丁寧に説明してくれた。

画期的だねぇと思いながら健康志向の私は、100%のオレンジジュースを迷う事なく選び、テーブルに着いてぼーっとニュースを眺めていた。


ふいに目の前にコーラの缶が置かれ、山下が座って来た。

「先輩ってちょっと女子っぽい所がありますよね?」

と言われて、やっぱりバレたのか?と動揺して固まって山下を見つめると、

「いや、健康志向なのは良い事ですよ」と言って笑った。

なんだ飲み物の事かと安心した。

さっきの事をどう切り出そうかと思案していると、山下の方から、

「先輩、さっきシャワー浴びに行ったんですが、男子のシャワー室から美女が飛び出して来てぶつかったんですよ」


「へ、へぇ…男子の所から?」

平静を装いながらオレンジジュースに口をつけた。


「本当に事故だったんですけど押し倒しちゃって、気付いたら彼女の膨らみに手を置いてて…驚いた事に彼女、下着を付けて無かったんですよ。それでラッキースケベを装って、2回ほど揉んで確かめました(笑)怒った彼女に押し除けられちゃって、セクハラとか痴漢って訴えられたら不味いと思って、事故だと声を掛けたんですが、走って逃げられちゃったんですよ」


「そ、そうなんだ…」


「先輩、訴えられたらどうしよう。見た事ない人だったので、メーカーか営業の人が社内に残ってて巻き込まれたのかな?」


「社内にいるならまた会えるだろうから謝りたい。それにしても、すっごい美人だったなぁ。付き合ってくれないかな?」

そう言いながら遠い空を見る様に天井を見つめ、右手はイヤらしく揉む様な仕草をした。


うぅ、キモい。背筋がぞぞっとする。

(その美女は私なんだが…揉まれたのは気付かなかったな)


「ま、まぁ相手も故意に触られたかどうかなんて、分からないだろうから大丈夫なんじゃない?」

なんで私がフォローしてやらないといけないんだ全く、早く話題を変えないと。


「シャワーは浴びて来たかい、お2人さん」

なかなか良いタイミングで山城がやって来た。


「聞いたかい?どうやらSランク以上から空が飛べるらしい。人類の夢じゃない。羨ましいねぇ。俺は残念ながらAAだよ」

そう言って残念そうに溜息をついていた。


「えー、僕なんてギリギリでSランク以下ですよぉ、悔しい」


そう言えば確か麻生さんはSランクでスキルに飛行能力Sってなってた気がするな。

あれ?私はSSSランクなんだが、そんなスキルは無いぞ?


「それとどうやら最高はSSSランクらしい。アメリカと中国に1人ずついるらしく、最後の1人は各国が探し回ってる」


(その最後のSSSランクは私なんだが、言わない方が良さそうだな。ハズレだし。軍事や政治に利用されるのも嫌だしな)

ふと、ある考えが脳裏によぎった。

まてよ、女性変化で女性の時のステイタスを確認していない。

もしかすると、女性化すると能力が変わるのでは?


その考えが頭によぎってからは、確認したくて落ち着いていられなくなった。

だが2人には気取られたくはない。

出来るだけ平静を装いながら適当に相槌を打っていたが、会話の内容が何も頭に入らなかった。


「トイレに寄ってからもう寝るよ」

離席する言い訳をして、そそくさと足早に離れた。

トイレのドアを勢いよく閉め、シャワー室の時の様に女性変化と心の中で唱えてみた。

なんとなく、さっきよりも体感的に早く変化した気がする。

期待で高揚しながら、ステイタスをオープンした。


(レベル:20 ランク:SSS 氏名:青山瑞樹 年齢:20歳固定 身長:163㎝ 体重:46㎏ バスト:88 ウエスト:56㎝ ヒップ:86㎝ 称号:ザ・ファースト・神々に愛されし者・絶世の美女・聖女 スキル:隠しスキル・女性変化(1%)・不老不死・身体状態異常無効・精神状態異常無効・光魔法SSS・闇魔法SSS・回復魔法SSS・防御魔法SSS・飛行能力SSS 筋力:…)


「何だこれ、チートじゃないか!」

思わず叫んでしまった。

興奮が抑えられず震える指で、称号をタップしてみた。


(ザ・ファースト:最初のSSSランク。全ての能力は女性化しなければ使用出来ない。固定称号:神々に愛されし者。スキル固定:女性変化、不老不死、身体状態異常無効、精神状態異常無効)

このとんでもないスキルはザ・ファーストに付属してるのか。

男の時にタップ出来なかった隠しスキルも確認出来そうだな。


(隠しスキル:自分のステイタスを、他者から見られない様にしたり、偽りのステイタスを見せられる。また相手のステイタスを見る事が出来る。但し、神眼スキルを持った相手のステイタスは見る事が出来ず、見られない様にする事も出来ない)

なるほど、では女性変化は何か表記が変わったのかな?


(女性変化:進行率100%に達すると永久に女性化する。また男性としての寿命が尽きた場合も永久に女性化する。ザ・ファーストの称号保持者は、女性変化時のみスキルが使用可能となる)

だから男の時はスキルが使えず、無いと思い込んだんだ。

しかし、男としての寿命が尽きたら女性化するとは、どう言う事なんだろう?

死んだら終わりだろう?

もしかすると不老不死、つまり女になって復活するのか?

でもこれは憶測の域で、実際に死んだ時にしか分からないな。


神々に愛されし者って何だろう?

(神々に愛されし者:神々から祝福の恩恵を受けている者。この称号を保持していると、全てのステイタス・スキル及び魔法効果に対して、100%の恩恵を受ける。特定の条件を満たすと神々に捧げられし者に称号変化する)

神々に捧げられし者って何だ?生贄とか?怖いな…。

特定の条件って何だ?恩恵が大き過ぎるし、その代償は高くつくって事だろうな。


(絶世の美女:自動で魅了効果を発揮する。魅了確率は、相手が男性ならプラス30%の補正がかかるが、女性には逆にマイナス30%の補正がかかる。魅了耐性がA以上に満たない者に対しては100%魅了する)

ほぉ、この能力があれば世界一のトップアイドルも夢じゃないな、興味無いけど(笑)


極めつけは身体状態異常無効だ。

マグマをシャワーの様に浴びても火傷一つ負わず、例え手足が吹き飛んでも、すぐに元に戻る。

毒も麻痺も放射能だって効かない。

不老不死とは言え、首だけになって何千何万年と死ねずに生き続けても仕方ない。

精神状態異常無効も魅了や混乱などのスキルが無効になるから、身体状態異常無効と併せるとほぼ無敵だ。

こんな奴は倒せない。

いくらなんでも強過ぎる。

チート過ぎるだろ!

他にもSSSランクがいるらしいが、似た様なスキル持ちか?

何にせよ会わず、関わらず、関わらせずを決め込もう。

その為には、SSSランクって事を誰にも知られてはいけない。

私が平穏に暮らす為に…。


だけど飛行能力か。

人類の夢だもんなぁ。

皆んな誰もが子供の頃一度は、自分の力だけで空を飛んでみたいと思った事はあるだろう。

その夢が叶うんだ、ワクワクしない訳がない。

飛んでみたい。

そう言えば、女性変化の効果はどのくらい持続するんだ?

空を飛んでる時に、時間切れで落ちたらまず死ぬな。

不老不死だって女性の時だけの能力では?

これは色々と検証してみる必要があるな。


非常階段を登って人目につかない様にしながら、屋上に出た。ここに来た目的は、こっそり空を飛んで見ようと思ったからだ。

今までは屋上なんて来た事はなかったが、最近になって麻生さんがお昼に来る事を知って、お昼に公園と屋上を行き来する様にしていた。

日中とは異なって夜の屋上からの景色はまた違って見える。

ネオンの明かりがイルミネーションの様に綺麗だ。

いつもならもっと沢山のネオンがともっていたに違いない。


(あの声の、この力のせいで日本の治安が悪くなった。

これからどうなる事やら)住んでいたアパートはまだ無事なんだろうか?別に災害が起こったわけじゃないんだから大丈夫だろう?と思いを馳せた。

正直、世界がとか日本がとか、そんなスケールでの心配よりも人間は身近な自分の世界が壊されず、平穏であれば良いと思うものだ。

日常が平穏ならそれで良い。


ふっと目線を手すり側に向けると、山下がいた。

(なんで山下がここに?)

慌てて出ようとしたら、呼び止められた。


「待って、お嬢さん!話したい事があります!」


(お、おおおお嬢さん、って私?)

「は、はい?」

声をかけられるとは思わなかったので、驚きで声がうわずってしまった。

返事をして振り返ると、山下が目の前に詰め寄っていた。

(怖いぞ、山下…)


「あ、あの、その、さっき廊下でぶつかっちゃって、触ったのはわざとでは有りませんでした。ごめんなさい」

と言って深々と頭を下げた。


(嘘つけ、故意にんだって言ってたろ)

「えーと、わざとじゃないなら大丈夫です。それでは…」


その場を早く離れたくて話を切り上げようとしたが、

「営業二課の山下巧と言います。貴女のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」

たずねて来たので反射的に、

「瑞稀です」

と本名を応えてしまった。


「ミズキ…さん?何ミズキさんですか?」

(しまった。しかし、こいつ意外にぐいぐい来るな)


「神崎です。神崎かんざき瑞稀みずき…」

咄嗟とっさに母の旧姓を名乗って、その場を取りつくろおうとした。


「神崎さん!」と呼ばれて両手で肩をつかまれた。


「な、なんでしょうか…?」

何がしたいんだ山下?怪訝けげんな表情で見つめると、


貴女あなたに一目惚れしました。生涯貴女だけを愛します。結婚を前提に付き合って下さい」

掴まれてた肩を引き寄せられて、そのままハグされた。


(力、強っ。マジか山下。ほとんど初対面の相手にいきなりコレは凄いな。最近の若い奴らは皆んなこんな感じなのか?)

ハグから脱出を試みようと、両手で山下の胸を押して引き離そうとするが力が強くてびくともしない。

(確かこいつ、武闘家AAAだったよな?)

「ちょっ、苦し…」

弱々しくつぶやくと、抱きしめられてた手が緩んだ。


「すみません。どうしようもなく、貴女の事が好きです。絶対に後悔はさせません。付き合って下さい、宜しくお願いします!」

そう言って土下座された。


「あの、分かりましたから、立って下さい」

こんな所を誰かに見られる訳にはいかない、早く山下を起こそうと手を差し伸べた。


「ありがとうございます、必ず幸せにしてみせます!」

と言うなり手を引き寄せて抱きしめられ、キスして来た。

あまりに唐突とうとつ過ぎてわせず、無理矢理に唇を重ねられた。

必死に離れようとしたが、力を込めて抱きしめられ、左手で頭を押さえられて舌を入れられた。


私は目をクルクル回しながら、両手で肩を叩いてもう止めろと意思表示したが、そのまま1分以上されるがままだった。

ようやく離れた瞬間に、ビンタを食らわせてやろうと右手を振り上げたが、簡単に手首をつかまれた。


「嫌でしたか?」


(何をどうして嫌じゃないと思ったんだ?)

「付き合ってもいないのに、いきなりキスされれば怒りますよね?」


「え?OKしたんじゃ?」


「はい?どこでOKされたと思ったんですか?」


「分かりましたと言われて、手を差し伸べられたので」


「それは、土下座されてる所を誰かに見られたりしたら恥ずかしいからですよ!」


「それにOKでも、いきなりキスは早過ぎるでしょ?」


「貴女を真剣に愛してる意思表示です。普通なのでは?」


この明らかにズレてる感性、でも私には理解出来た。

こいつはドラマの見過ぎだ、それも中国ドラマの。

私と山下が先輩後輩の関係を越えて仲良くなった理由は、お互い中国史が好きだったからだ。

中国史好きが高じて中国ドラマもよく観ている。

ちなみに中国ドラマの事は華流ファリュウドラマと呼ぶ。

華流ドラマでは主人公が好意あるヒロインに、いきなり口付けをして大好きアピールをするのが定番だ。

でもここは日本だし、中国だってドラマの世界での話だ。

日本では距離感が重要だし、何よりもムードを大切にする。


(説教してやろう、こいつの為にも)

「いきなり抱きしめて来たり、キスして来たり、貴方を強制きょうせい猥褻わいせつで訴えます」


「そんな、心から愛しているのに…」

ぽろぽろと大の男が人目もはばからず泣き出した。

周りに人がいないのが幸いだ。


「あ、えっと、本気では。いきなりキスされて、頭に来て…。お願いだから泣かないで」

まさか泣き出すとは思わず、オロオロと狼狽うろたえてしまった。


「すみません、泣くつもりは…。悲しくなっちゃって。せめて友達からお付き合いして頂けませんか?」


「はぁ…まぁ、友達なら…」

(実際、先輩後輩の域を越えて友人のつもりだしな。男女の情は勘弁して欲しいけども)


山下は大喜びしながら、再び私を抱きしめた。

「ほら、友達はハグなんてしないでしょう」

肩を両手で優しくタップして離れろアピールをした。

結構イケメンな方だと思うが、こじらせているなぁ。

だから彼女がいないんだな?と理解した。

(ごめんよ山下。お前が惚れた相手は女じゃないんだ。正体を知ったらショックを受けるだろうなぁ。私はお前とは付き合えないし、結婚も出来ない)


ようやく山下から解放された後は、トイレで何度もうがいをして口の中をすすぎ、人目のつかない場所で元の姿に戻って、支給された毛布1枚に包まって眠りについた。

その間、山下から電話とLINEの着信が何度も来たが、スルーしてやった。

それにしても長い1日だった。

明日からは今日までとは違う新たな1日が始まるだろう。



 陽射ひざしが目にかかり、まぶしさで目が覚めると、毛布に包まりながらブルブルと震えた。

もう6月だと言うのに朝は肌寒く、日中との気温差で身体を壊しそうだ。

「おはよう、よく寝ていたね」

透き通る様な明るい声が、意識を完全に呼び戻してくれた。


「おはようございます、麻生さん」

麻生さんが起こしてくれるなんて、幸福感で満たされる。

俺も昨日の山下の事は言えないなと思い、苦笑いした。


「よくここが分かりましたね?」


「探したんだよ?(笑)」


「えっ、何でですか?」


「うーん、内緒(笑)」

そう言って彼女は悪戯いたずらっぽく笑った。


皆んな男女別々の部屋で寝たり、お構いなしに一緒に寝ていたり、自由にしていた様だ。

部屋と言っても、自分達の所属する部署で、寝れるだけのスペースを空けたみたいだ。


どうやら麻生さんは、ゲームの話をしながら、私と一緒に寝たいと思ってくれていたらしい。

めっちゃ嬉しい、1人で寝て後悔した。

「麻生さんもよく寝れました?」


「ううん、私、環境が変わると中々寝付けなくて、ほとんど寝れなかったよ」


「何処で寝てたんですか?」


「医務室のベッドで…私だけベッドで寝てて良いのかな?と思ったんだけどね…」

そう言って申し訳なさそうな表情をした。


他の女性社員達で仲良い人がいないだろうからな。

一緒に寝たかったって、ベッドで?

いやいや、私は床だろう。

麻生さんの性格だと気にせず、一緒にベッドで寝ようとか言いそうだけどな。

勿論、私を信用して、襲われないだろうと。

でも私も男だから、好きな女性が横で寝ていればチャンスを狙うだろう?普通。

何考えているんだ、会社だぞここは。

麻生さんとの初めてが会社って言うのは…などと不謹慎な妄想をしてしまった。


(皆んな自分の部署で寝てたんだから全然OKだろ?遠慮なんてする必要もなければ罪悪感を感じる必要もない。優しいよなぁ、麻生さんは。益々《ますます》、貴女を好きになったよ…)

「所で今何時だろう?」


「もう8時だよ。皆んな朝ご飯もらって家に帰ってるよ」


「え?外出禁止令は大丈夫なんですか?」


「うん何か夜間だけだったみたいで、皆んな家が心配だろうからって解散になったよ。もし、家が無事じゃなかったら会社に戻って来ても良いって。家族も一緒に避難OKみたいよ」

うちの会社、良心的だったんだなぁ。

こういう非常事にこそ良さが見えるもんだな。


「私も今から家に帰るから、ちゃんと朝ご飯食べるんだよ?バイバイ」

手を振りながら、軽くスキップをして去って行った。


(することなすこと可愛いなぁ)

わざわざ起こしに来て教えてくれるなんて、これは親切心が好意だと勘違いしちゃうよなぁ。

もしかして両想いかもと期待してしまう。

思わず顔がほころんでニヤけてしまう。

はたから見たら、さぞかしキモい光景だろう。


欠伸あくびをしながら毛布を畳んで、トイレで顔を洗って食堂に行くと、やはり山下が例の如く待ち構えていた。

食堂のおばさんからカツサンドとコーヒー牛乳を受け取ると、手招きする山下の前に座った。


「先輩!昨日はどこで寝てたんすか?話を聞いて欲しくて…」

興奮気味に昨晩の屋上での出来事を話始めた。

私は話半分に聞きながらカツサンドを頬張り、コーヒー牛乳で押し流した。

私は当事者だぞ。

内容は全て把握してるよ、お前とは逆目線でな。


山下は、キスを受け入れてくれたんだから、友達からと言っても付き合ってるも同然だとか、自分勝手な解釈で話していた。


別にキスを受け入れた訳じゃないだろアレは?

無理矢理したんだろ。

お前の想い人がまさか目の前にいる私だとは思わないだろう。

しかし今は何ともなく普通だが、実は女性化していた時は一緒にいてドキドキしていた。

バレないか心配で、一種の吊り橋効果みたいなものだったのかも知れないが、トキメキにも似た感情だった。

正直キモいけど。

もしかすると女性変化中は、見た目の身体だけでなく、感情とかも色々と女性寄りになるのかも知れないな。

だとすると、使用は控えるべきだ。

正体を隠す意味でも。

使い過ぎて男に戻れなくなるのも怖い。


 遅めの朝食を終わらせて帰り支度をした。

と言っても出勤に大した物を持って来ている訳では無いから、すぐにまとめ終わった。

山下も自宅に帰るみたいだが、山城はまだ残って仕事をするみたいだ。

こんな時にも仕事なんて、さすがエリートコースだ。

軽く皮肉って見せながら会社を後にした。


外は想像以上に荒れ果てていた。

街路樹は軒並み物理的な力で折れ、商店街のほとんどは入口を中心に壊され、道路も所々抉られた跡が残り、一昨日まで見慣れていた景色がこうも変わるものかと目を疑いたくなる光景が広がっていた。

この有り様でよく会社が無事だったな、と思わずにはいられなかった。

恐らく守衛さん達が強いスキル持ちで、守ってくれたに違いない。


会社の前はそこそこ交通量が多いはずだったが、今は1台も通ってはいない。

そればかりか、人っ子1人見かけない。

皆んな何処かに避難しているんだろう。

今さらだが、とんでもない事になった。

早く治安が回復して欲しいものだ。

いつもは電車やバスを利用して出勤しているのだが、どちらも運休しているので、徒歩で帰るしかない。

3駅程度なので徒歩なら片道50分くらいだが、この歳になると半分も歩かないうちに息切れをする。

それに加えて日が昇り始めて気温が上がり、それだけで体力を根こそぎ奪っていく。

途中途中で休みたいが、どの自販機も売り切れが表示されていて空っぽだ。

仕方なく、木陰で涼みながらスマホでニュースのチェックをしたが、ネットに全くつながらずあきらめた。

もう少しで着く、踏ん張れ!と自らを鼓舞こぶして歩き始めた。


ようやくアパートが遠目から確認出来る距離まで来ると、既に11時をまわっていた。


「ふー、やっと着いた」

アパートの周辺は何事もなかったらしく、近所からお昼支度の匂いが漂っていた。

部屋に入ると、どっと疲れが押し寄せる。


(このままベッドに倒れて寛ぎたいところだが、汗びっしょりだ。先にシャワーを浴びよう)

少し温度を下げたシャワーを頭から浴びた。

シャワーの後は風呂桶にお湯を溜めて足をつけた。


(はぁ、いやされる。湯船にかるのが一番だけど、足湯も悪くないな)

浴室から下着だけで出ると冷蔵庫からアイスを取り出した。

幸い停電とかにはなっていなかった様だ。

至福の1本だね。アイスキャンディーを舐めながらテレビのスイッチを入れた。

どのニュースもあの声の話題と、得た能力での犯罪ニュースを流していた。

そしてどの宗教団体も、あの声こそが我らが神のお言葉と主張して対立していた。

ベッドに横になると、眠くなって来て瞼がとろんとして来た。


(そうだもう少し能力を確認したい)

念じる様に女性変化を唱えると、一瞬で女性の姿になる。

もう手慣れたもんだな。

心にもだいぶゆとりが出て来た。


さっそくステイタスを開いて眺めた。

つくづく凄いスキルだな。

もしかして人類最強か?

回復魔法もヤバいし、死者蘇生に完全状態異常回復は毒とか治すだけでなく全ての病気を治せる。

医者なんて要らないんじゃないの?

おまけに手足の欠損とかまで治せるとは、言葉も出ないな。

闇魔法の中には闇耐性が無い相手に、100%の確率で即死させる最上級呪文まである。

昔やったゲームの女神◯生に出て来るベルゼブブの専用スキル「死蠅の葬送」みたいな呪文だな。

あっちは呪殺耐性で、こっちは闇耐性なんだが、今はゲームの話をしても仕方ないか。

所でこの『影の部屋シャドウルーム』って言うのは何だ?


唱えてみると影の中に、身体が沈む様に入った。

(なるほど、影の中に入れる魔法か。それにしても、部屋と言うよりも『影の世界』だな)

影の世界に入ると、空にあたる所に身体が浮いていた。

飛行能力のスキル効果かな?

宙返りをしたり、錐揉み飛行をしてみたりして空を飛ぶ感覚に感動し、楽しんだ。


影の世界はこちらの世界がそのままで、建物などは影の様に暗く、薄暗い空が広がっている。

自分達の世界と大きく異なっているのは地面だ。

地面と言うよりも影の様な雲と例える方が近い表現だ。

もしかして雲みたいな地面に潜って、さらに底に行けたりするのかな?

影の空から思い切って雲の様な地面に突っ込んでみた。

(万が一、硬くて激突しても不死と身体状態異常無効のスキルで無事だろう)と考えての事だった。


ぶつかる!と思った瞬間は恐怖を感じたが、想像した通りぶ厚い霧みたいで、掻き分ける様にしながら潜り続けた。


ぼふっ。

雲を抜けると、そこはさらに闇が広がる世界だった。

ここは、影の世界がさらに濃くなり、ほぼ真っ暗な世界だ。

この中でもかろうじて目が見えるのは、スキルのおかげだろう。

『影の部屋』のスキル説明には、影の世界でも目が見えると書いてある。

それでも目をらして何とか見える程度だ。

暗闇を漂いながら周囲を見回した。


暗くて底が見えないが、地面はあるのかな?

確認したいが、この世界に来てから薄寒い冷気が全身にまとわりつく様な感じがする。

例えるなら、霊感などなくても、あるアパートのドアの前に立つと、言いようのない恐怖を感じる。

そこは、かつての殺人現場で、その後、部屋を借りた住人が次々と自殺したとか。

漠然としているが、そう言った不気味な気配を感じる場所だ。

つまり、そこにいるだけで恐怖し、本能が危険だと警鐘を鳴らす、そんな場所に自分はいるんだと自覚した。


嫌な予感がし、その場から一刻も早く立ち去ろうとした。

すると何か足元のはるか先に、赤く光ったものが見えた。


「うわっ!」

それはもの凄い速さで私に体当たりして来た。

咄嗟とっさに身をよじって間一髪でわせた。


(何だ?龍?いや…)

想像上の龍ほどもある大きさのそれは、百足の長い身体で無数の足を蠢かせ、アブにも似た頭がこちらに牙を剥いていた。

光った様に見えた物は、真っ赤な大きな目玉だった。


「百足が空を飛んでる…」

私を捕食しようと、長い身体を巻き付けて来た。

その大きさからは予測出来ないほど速く、逃げようとした私の前に先回りして、無数の足で絡めて来た。

全力で飛んで紙一重で躱わした。

キモいし怖い。

対峙してから背筋がゾクゾクし、動悸が止まらない。

冷や汗が冗談や比喩ではなく、滝の様に流れる。


その百足の様な化け物は、無数の足から何かを飛ばして攻撃して来た。


(毒針?回避…)

百足と言うくらいだ。

100発近く弾丸の様に飛ばされた毒針をかわしきれず、数発ほど身体に撃ち込まれた。


「痛っ!」

思わず声を上げたが、受けた傷は一瞬で消えて治る。

毒で身体が動かなくなったフリをすると、毒針を飛ばして来なくなり、捕食しようと巻き付いて来た。

その刹那に全速力で飛んで回避し、追いかけて来た百足をぶっちぎって引き離した。


飛行能力SSSのおかげか?私の方が速い様だ。

(はぁはぁ。落ち着け、冷静になれ。私の方が速いから大丈夫だ。あいつはここで倒した方が良い。追いかけて来るかも知れないし。攻撃呪文も試してみたい)

自分に話しかける様にして心を落ち着かせた。

案の定、すぐに百足が追いついて来た。


「私は不老不死だ。怖がるな。私の方が強い!」

自身をなけなしの勇気で鼓舞する。

(ここは闇の世界だ。恐らく闇魔法は効かない。光魔法で攻撃してやろう)


光速熱撃ライトニングボルト!」

唱えた瞬間に右手人差し指の先が光に包まれると、目にも止まらない速さで光線が百足の頭を射抜いた。

百足の動きが止まり、無数の足をばたつかせながら、ゆっくりと闇の底に落ちていく。

(倒したのか?)

目を逸らさず落ちていく百足を見ていたが、こちらに向かって来る様子は無かった。


ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間で、百足と入れ替わりに巨大な羽虫の様な化け物が向かって来るのが見えた。

それは軽く1000匹くらいだろうか?


(RPGみたいに敵全部とか、1グループにダメージを与えられる呪文は無いのかな?)

攻撃呪文は光と闇だけだが、闇呪文は効きそうにない。


光矢速連撃ライトニングアロー!」

複数攻撃呪文っぽいのを選んで唱えると、右手が光に包まれ、その光が無数の矢の様に敵を射抜いた。


「おぉ〜凄い。今ので5分の1は減ったかな?」

(あと4回撃てば倒せる)

そう思った瞬間、突然背中に痛みを感じて吹き飛ばされた。

無防備な背中を叩かれ、地上へ一直線に勢いよく落ちて行く。

(油断した…)

空気摩擦でシャツから煙が昇るとすぐに発火した。

全身火だるまになりながら落ちていく。

その様は、さながら降り注ぐ隕石の様だった。

地面に激しく衝突し、辺りに鳴り響く爆音と共に大量の土砂を巻き上げた。


土埃つちぼこりが落ち着くと、そこにはクレーターが出来ていた。

その中心には下着が燃え尽き、ほぼ全裸の私がいた。

これほどの衝撃を受けても傷一つ無い事に驚いた。

だが切迫する状況は、感慨かんがいにふける余裕を与えてくれない。

羽虫の化け物たちは私を見つけると、迷う事なく捕食する為に襲いかかって来た。


光矢速連撃ライトニングアロー!」

何度も繰り返して唱え、襲い来る物たちから身を守った。


(やっと倒せた)

さすがに疲れて、その場にしゃがみ込んだ。

ステイタスウインドウが光っている。

何か覚えたのか?ステイタスを開いて見ると、『自動音声ガイド機能』と『生活魔法』を覚えていた。

何だこれ?『自動音声ガイド機能』を押して見る。


〝初めまして主様、今後とも宜しくお願い致します〟

頭の中に直接、声が聞こえて来た。


「この声は『自動音声ガイド機能』の効果なの?」


〝はい、主様。ステイタスについて解説させて頂きます〟


「では、『生活魔法』って何?ランクも無さそうだけど?」


〝生活魔法にはランクがございません。ただし、主様のランクによって影響を与えます〟


「と言うと?」


〝生活魔法は、衣装を着たり、食事を出したり、飲料水を出したり、身体や衣装を綺麗にする魔法等です〟


「服が出せるの?」


〝はい、出すと言うよりも身に付けると言う表現が正しいと思われます〟


「ランクで影響を受けると言うのは?」


〝例えば飲料水を出すにしても、コップ1杯の量かプールを満たす量なのかと言う様に影響を受けます〟


なるほど、それは追々確認するとして、なによりもまず今は優先したい事がある。


「裸なので取り敢えず今は服を着たい、どうすれば良い?」


〝主様、生活魔法の中に『衣装替チェンジ』がございます〟


〝着替えられる前に『自動清浄オートクリーン』で身体や服を綺麗に出来ます」


(これか…)

呪文を唱え、まず身体の汚れを落としてから服を身に付けた。


「わぉ、これは便利だ。凄い。もう服買う必要ないな(笑)」


それからレベルが上がっている事に気付いた。

恐らくレベルが上がって、『自動音声ガイド機能』と『生活魔法』を覚えたのだろう。


「ちょっと思ってたんだけど、レベルって年齢と同じになってるよね?」


〝はい。正確には何もしなければ年齢=レベルです〟


「何もしなければ、とは?」


〝スキルを使用して、一定の値を超えますと、レベルが上がります〟


(へぇ、なんとなく熟練度的なのが上がりそうなイメージだけど、レベルが上がるのね)

「レベルが上がると何か恩恵があるの?」


〝レベルが上がりますと、体力や筋力などのステイタスが上昇するだけでなく、相手を状態異常にする成功確率なども上がります〟


〝それから、年齢だけでレベルを上げたとします。例え100歳まで生きたとしてもレベル100です。しかし、50歳を超えるとステイタスにマイナス10%の補正がかかるようになります〟


〝60歳以上ではマイナス20%、70歳以上でマイナス30%、80歳以上でマイナス40%、90歳以上でマイナス50%の補正がかかります〟


〝つまり、100歳を超えてレベル100になってもステイタスにマイナス50%の補正がかかっている為、50歳時のレベル50にステイタスで劣ってしまうので、レベルが100だからと言っても強いとは限りません〟


「なるほど、レベル至上主義と言う訳でもないのね」


〝ただし今のはあくまでも一般論です〟


「?」


〝主様は、不老不死である為、マイナス補正がかかる事はありません。不老長寿を持っている方も同様です。これらの方々をレベル上限突破型と申します〟


「ずっと強くなり続けるって事?」


〝左様でございます〟


(マジでヤバいじゃん。チート過ぎない?私)

「ところで、地図みたいなのは無いかな?」


〝ございます。生活魔法の中に『自動書込地図オートマッピング』があります〟


「コレね」

ポチっとタップすると地図が目の前に現れた。


(書き込まれてるのが、私が通った事があるって事ね?多分)

「あれ、この赤く光ってる点が向かって来てるのは…」


〝はい、敵意を持った者がこちらに向かって来ています!〟


またさっきの様な奴らとやり合うのか?キリがないなと思い、

慌てて通って来た道を全力で飛んで逃げた。

闇の世界を抜け、影の世界を抜けて元の世界に戻って来た。

そしてベッドの上に寝転がった。


「はぁ、精神的に疲れた」

あの世界を探索するのは、また今度だな。

(でもあれだけ全速力で飛んだのに、ほとんど疲れてない)

ステイタスを開いて回復魔法を見てみると、『自動連続回復魔法オートリジェネ』の項目が光っていて発動中だった。

「これのおかげで全く疲れてないのか」

そうは言っても、なんだかとてつもなく眠くなってきた。


 ふと時計に目をやると11時23分だった。

(ヤバい!遅刻だ!)

丸1日以上時間が経っていたのか?

青ざめてベッドから飛び起きた。

スマホの日付を見るとアパートに帰って来た日付のままだ。

えっ?確認の為にテレビを付けてみる。

どうやら日付は間違いない様だ。

影の世界に入ってから数分しか経ってない事になる。

こちらの世界と、あちらの世界では時間の経過が違う様だ。

安心するとまぶたが重く感じ、吸い込まれる様に深い眠りについた。


「はっ」と目が覚めると16時を回っていた。

(5時間くらい寝てたのか…)

そう言えば女性変化を解いてない。

慌ててステイタスを確認すると、『女性変化(1%)』で1%しか進行してなかった。てっきり、時間を使い切ってしまっていて、男に戻れなくなってたらどうしようとか、大丈夫だとしても残り時間が少ないものだと思い、青ざめたが助かった。

そう言えば、お昼ご飯を食べておらず、かなり腹が減った。

(確か生活魔法で食事が出せたような?)


〝はい主様。1度食べた事があるものなら、再現出来ます〟


「わぁ、驚いた。ガイド切り忘れてたんだ(笑)」

突然声がしたので飛び上がるほど驚いた。


私は遅めのお昼に、「油屋の油そば」と「唐揚げキングの唐揚げ」を出して食べた。

どちらも会社近くの商店街にあり、給料後など懐に余裕がある時は良く利用していた。


油そばは少しギトギトしているが、出汁が濃厚で食欲をそそる。

麺に乗っている焼豚チャーシューは少し変わっていて、まるで分厚い豚肉のステーキが乗っている感じだ。

塩胡椒味で美味うまい。

実はここのラーメンで本当に美味いのは、まさかのメンマだ。

メンマ独特の臭みや匂いが全くなく、恐らくメンマが嫌いだと言う人もここのメンマは食べられるのでは?と思う。

今まで食べたメンマの中でダントツに美味い。

このメンマだけを単品で頼んでビールを飲んでいる客も多い。


あとここの唐揚げは生姜醤油がベースの昔ながらのスタイルだが、良い感じに生姜が効いていて、かぶりつくと外の皮はパリっとしながら、中からジュワッと口の中いっぱいに広がる肉汁が最高だ。

これまた今まで食べた唐揚げの中でダントツに美味い。

知る人ぞ知る人気の行列店なのもうなずける。


「ふぅ、食べた、食べた、お腹いっぱいだ」

美味しい。どちらも崩壊した商店街の中に入っているので、復興するまで暫く食べられないと思ってたので、満足だ。

食が満たされ、心にゆとりが出来た。


(女性変化しても進行が緩やかだな。スキルを知りたいから、もう少しこのままでいよう)

生活魔法で雑誌に載っていた、薄オレンジ色に花柄が入ったワンピースを着て姿見の前に立った。

改めて見ると、つくづく自分とは思えない。

思わず見惚みとれてしまうほどの美しさだ。

鏡に顔を近づけて色々な角度から眺めたり、モデルがやりそうなポーズを取ってみたりした。


(さて、何処に行こう?)

買い物が出来る所が残ってるのか状況を知りたいし、アパートの近所は何ともなさそうで良かった。

会社周辺がやはり、この地域では1番人が集まる人気の買い物スポットなので行く事にした。

18時を過ぎたはずだが、まだ日は沈まず明るい。

ほんの数ヶ月前までは、17時にもなれば真っ暗だった。


商店街の復興はもう始まっていた。

崩れて出たコンクリートやら板やらが散乱していた筈だが、綺麗に片付けられ、建物も修復され始めていて驚いた。

(思ったより早く復興するかも)

恐らく、掃除の能力や建設系の能力を持った人たちの、おかげなのだろう。

得た能力を悪用する者もいれば有益に使う者もいる。

(良い人もいれば、悪い人もいる。スキルも使い方次第だな)

建物の崩壊がひどい場所以外は、まだ通常営業していた。

商魂逞しょうこんたくましくて、素晴らしいな。


通常営業している建物の1つに入ってみた。

主に女性の服を扱っている店舗が入っている。

男だったら彼女の付き添いでもない限り入る事はない。

この店に入った理由は、麻生さんの誕生日が近く、プレゼントを探そうと思ったからだ。


女性の姿なら違和感なく入れる。

とは言っても女性の感覚が分からないから、周囲の他のお客が何を見てるのかチラ見したり、ショーウインドウや店内のマネキンを見て、こう言うのが流行りなのかな?と物色していた。

麻生さんには…どう言うのが似合うかな?


それにしても、さっきから何だか視線を感じる。

他のお客を見ると目が合う人が何人かいる。

見られてる?何?やっぱり見た目が女性でも行動が変でバレているのかな?それとも変化の影響で顔が変になっているとか?

急に恥ずかしくなって来て、そそくさとその場を離れた。


下のフロアの化粧室に足早に入った。

男子トイレに入りそうになったが、気付いて女子トイレに入り直した。

(女性の皆さんごめんなさい。トイレを覗く訳じゃないので、鏡だけ貸して下さい)

心の中で言い訳しながら鏡を見た。

顔を近づけて、右を向いたり左を向いたり、角度を変えて見てみたが、おかしな所はない。

もしかすると、私の行動が不自然で見られていたのかな?

(気を付けなくては…)


建物から出て別の店舗に入った。

そこでもなんだか視線を感じる。

特に男性からの視線を。

(何なんだ一体…残念だけど、もう帰ろうかな)

建物から出ようとすると、2人組の男性がこっちに来た。

(えっ、何?)


「お姉さん、1人ですか?」


「すっごい美人だね?モデルさん?」


「あっちで一緒にスイーツでも食べよ?」

呆気に取られている私に2人が代わる代わる捲し立てて来る。

これは、もしかしなくてもナンパと言う奴ですか?

(チャラっ、私はナンパした事ないな。する勇気もないけど)


「えっと…その…」

なんて応えて良いのか分からず、オロオロと狼狽うろたえた。


「神崎さん、待たせてごめん!」

と、突然声かけて手を握って来た男がいた。

声には勿論、聞き覚えがある。


「俺の連れなんで、すみませんね」

そう言って肩を抱き寄せられた。

見上げるとやはり山下だった。


「何だよ、ヤロー待ちかよ」

吐き捨てる様に言いながら、2人組は去って行った。


「神崎さん、ごめんなさい。馴れ馴れしくしちゃって、迷惑でしたよね?」

そう言いながら私から離れた。

私は、ううん、と首を横に振って否定した。

なんだか今日の山下は、とてもイケメンに見える。

こいつも、ちゃんとしてたらモテるだろうに。


「何だか喉渇いたな」

私は誘う様に、山下に目配せをしてうながした。


「あっ、じゃあ、何か飲みます?」

さっきの2人組のナンパで、皮肉にも入りそうになったスイーツ屋に入った。


「でも何で山下さんが、あそこに?」

アイスティーにシロップを入れて、かき混ぜながら聞いた。


「偶然近くに来ていたら、神崎さんが美人過ぎて皆んなが見惚みとれてて、どこの事務所のモデルさんかと噂してたよ(笑)」

山下は熱々のホットコーヒーに口をつけながら話した。

猫舌の私ではとても飲めないな、と思いながら山下が平気そうに飲んでるコーヒーカップ見つめた。


まてよ、と言う事はどんな美人か確認しに来たんだな?

そう思うと胸の奥に痛みを感じて、イライラして来た。

(何だこの気持ちは、まるで私が山下の事が好きで、嫉妬しているみたいじゃないか)

「そんな、ジロジロ見られて変な顔しているのかと思って、恥ずかしくて外に出て、帰ろうとしていました」


それから、お茶を飲みながら山下は、私に気をつかって話をしていたが、多分あまり興味の無い話題を頑張って盛り上げ様としていた。

なので私は華流ドラマの話題を振ってみた。

さっきまでの話題より、明らかにテンション高めで話始めた。

やっぱり山下とは、こっちの話の方が合うし楽しい。


華流ドラマは観てて面白いけど時々、日本人が理解出来ない所がある。

例えば、ヒロインが毒を盛られて眠りから目覚めなくなり、現実では存在しない薬が登場して、それを持った偏屈な医者が、この薬を飲めば立ち所に治るが、タダでくれてやるわけにはいかないと、無理難題を与えて来るが、主人公がヒロインの為に傷付きながらも難題をクリアし、苦労して薬を入手し、ヒロインを救う、と言うドラマ都合な展開がよく起こる。

正直、何その薬?と苦笑いしたり、またこの展開かよ?と思いながら観ているが内容は面白い。


あるいは、救う話になっているはずなのに次のシーンでは治った事になっていて、新たな展開が始まるとか平気である。

えっ?この後の展開はどうした?そこが知りたいんじゃん。

と言う様な事が多々ある。

まあ、端折はしょられた場合は大抵、後から回想シーンが入って、何だそう言う事だったのか?みたいな展開になる事が多い。


お互い趣味の合う話でテンションも上がって、神崎さんも中国史とか好きなんだ?と言って山下は喜んだ。

「この後はどうします?帰りますか?」と言われたので「ゲーセンに行こう」と誘った。

「ゲーム好きなんですか?」とか「ゲーセンに良く行くんですか?」とか聞いて来た。

気が付くと自然に山下と手を繋いでいたが、不思議と嫌な気がしなかった。

なかなか取れないUFOキャッチャーで、はしゃいだり、エアホッケーで白熱したり、ダンレボでいつの間にか、観客が集まっていて拍手され、気恥ずかしくも楽しい時間を過ごした。


このままお別れするのも名残惜しい気がして、2人でこっそりと会社の屋上に来て風に当たった。


「こんなに楽しいの久しぶり」


「そうだね、能力を授かってからは物騒になったからね」


風が強く吹いていて髪が顔にかかり、それを何度も手で払っていると、山下が髪の毛をすくってくれた。

目が合い、見つめられる目を何故か逸らす事が出来ず、私も見つめ返した。

肩を抱き寄せられ、自然と唇を重ねた。

ゲーセンで遊んでいる間、山下にときめいている自分がいた。

拒絶するどころか山下の背に手を回す自分に驚いた。

山下は受け入れてくれたと感じたのか、何度も軽くキスを繰り返した後、舌を絡めて来た。

3分以上、舌を絡め合いながら抱き合っていた。

服の隙間から手を入れられて触わられた。


「ダメ、ダメ、これ以上は…」

力無く言っても止めてくれない。

何だか子宮の辺りがゾワゾワする。

例えるなら絶叫系マシーンに乗った時にゾクッとする感じだ。

これが「女性が感じてる」と言う事なのかも知れない。

山下は首筋にキスを繰り返して耳元で囁いた。


「抱きたい」

私の返事を待つより早くスカートの上から触られた後、まくり上げられて撫でられた。

ジワっと熱くなって来るのが自分でも分かった。

暫くそのまま山下の手を好きにさせていると、卑猥な音が聞こえて来た。

恥ずかしさと快感で顔が火照り、高揚する。

頭がぼーっとして何も考えられなくなった。

このまま快楽に身を任せてしまいそうになる衝動が込み上げて来る。


「あぁ、はぁっ…」

声を押し殺そうとしたが、溜息にも似た吐息がれた。

山下はキスをしながら直接、触ろうと手を下着の中に滑らせて来た。

それだけは絶対にダメだと思い、山下の手を振りほどいた。


「ごめんなさい」

走り去る私を山下は追いかけて来たが、角を曲がった所で私は『影の部屋シャドウルーム』を唱えて、影の中に逃げ込んだ。

そして、影の世界を移動して自分の部屋に戻った。


朝方、くしゃみをして目が覚めた。

布団も掛けず、全裸で寝ていた。

山下のせいで身体のうずきが止まず、自分で慰めて女性として初めての絶頂で気を失い、そのまま寝てしまった様だ。

その為、女性変化を解いてない。

ステイタスを開いて確認すると、とんでもない事に進行率が21%まで上がっていた。

何で?闇の世界で、化け物と戦った時間の方がよほど長かったのに、1%しか進行していなかった。

今回、20%も増えたのは、何か理由があるはず。


女性変化を解いて元の男の姿に戻り、シャワーを浴びた。

昨晩の出来事を思い返しながら、後悔と罪悪感が強まった。

最初に女性変化した頃は、心境には大した変化はなかった。

しかし、女性変化の時間が長くなるに連れて、心まで女性化して行くみたいだ。

あの時の私は、間違いなく山下に恋をしていた。

今はどうか?

正直あの時の自分は、どうかしていたとしか言いようがない。

思い返すだけでも鳥肌が立つ。

気色悪い。

受け入れて、舌まで絡めていたぞ私…何なんだ一体。

それに、女性のあの時の快楽は男の時の比じゃない。

次に女性化して山下に会ったら、抵抗出来ずに最後まで行ってしまうかも知れない。

万が一、妊娠なんてしようものなら進行率100%になって、もう元に戻れなくなるのでは?

2度と女性変化は使わないと、固く心に誓った。



「おはよう」


「おはようございます!」

会社の建物の外で麻生さんと挨拶を交わす。

まるで待っていてくれたみたいだ。

朝から至福の一時だ。


麻生さんは私の顔を覗き込みながら、

「待ってたのよ?」と悪戯っぽく笑った。


その笑顔にドキッとして胸が高鳴りながら、

「そんな事言ってると勘違いして惚れちゃうぞ」

と笑いながら返した。


「あはは、勘違いじゃないけどね?」

意味深につぶやいた。

どう言う事かと聞いたら、「知らない」と言って笑いながら走って行った。


会社の入口で山城が立っていた。

私に近寄って来て、苦い顔をしながら肩を組んで聞いて来た。

「青山お前、麻生さんと付き合ってるのかよ?」


「そんな訳ないだろ。相手にもされてないよ」


「良いか、よく聞け!男女の恋ってのはな、最も身近な仲の良い異性が恋に落ちるもんなんだよ。その点、お前は麻生さんと唯一仲が良い異性だ。この意味、分かるよな?」

なるほど、ある意味真理だと思う。

確かに説得力のある言葉だと思う。

でも、私と麻生さんだぞ?

天然の麻生さんには、当てはまらない気がする…。


「誰かに奪られる前に落とさないと意味が無いぞ?」

と言って私の肩を叩いた。

余計なお世話だよ、全く。


出勤すると、今日の仕事は無かった。

取引先が休業だったり、文字通り会社が潰れて倒産してしまったりと混乱が続いているからだ。

その代わり、ボランティアで近くの商店街の復興の手伝いをする事になった。


「地域の皆さんに常日頃の感謝と貢献を!」などと最もらしい事を言っているが、結局のところは「地域に密着してますよアピール」で、会社の好感度を上げて取引先が増えるのを期待しているのだ。

それ自体は良い事だし、巡り巡って会社の利益に繋がるかも知れないし、社員の給料だって増えるかも知れない。


それは分かるが、それに駆り出される身にもなって欲しい。

私は良い、アパートは無事なのだから。

社員の中には自分の家や実家が倒壊し、ボランティアどころじゃない人もいる。

自分の方こそ、ボランティアして欲しいと思っているだろう。

そこら辺を、もう少し考慮してくれれば良いのに。


私は店舗の崩壊によって発生した粗大ゴミを、収集場所に集める作業を中心に行った。

時々、山下と目が合うが話し掛けて来なかった。

元気が無い理由は知っているが、すまない。

もう女性変化はしないので、2度と神崎瑞稀に会う事はない。


それはそうと、昨日私をナンパして来たチャラい2人組は、真面目に復興作業をしていた。

周りの人達にも声を掛けて、音頭を取っている。

私には真似が出来ない芸当だ。

彼らのおかげでスムーズに皆、作業が出来ている。

人には色んな才能があるものだと感心し、見直した。

(案外、良い人達だったのかもしれないな。モテる為にしてるその見た目が逆に損してるぞ?勿体ないな)


腕が上がらなくなって来た頃、ようやくお昼休憩になった。

日頃行わない力仕事で、既に身体中が悲鳴を上げている。

午後から体力が持つか不安だ。

それよりも何よりも汗だくでシャワーを浴びたい。

昼食はそれからだ。


シャワーにかかりサッパリして、食堂で胡桃パンとオレンジジュースを受け取ると屋上に行ってみた。

勿論、麻生さんを探しに。

今朝の言葉の意味が知りたい。

あれはまるで、麻生さんも私の事を好きみたいじゃないか…。

山下もこんな気持ちだったんだろうなぁ、と呟いた。

(何故ここで山下が出て来る?)


屋上で麻生さんを探したがいなかった。

今日もすれ違いかな?

落ち込んだ時、けたたましくサイレンが鳴った。

それは、パトカーや救急車のそれではなく、ましてや消防車でもなかった。

サイレンが鳴り終わると大音量で、

「こちらは、政府による案内放送です。能力者対策特別法案が可決されました。日本国民の能力ランクとスキルの登録が義務付けられました。政府の案内に従って速やかに登録して下さい。これは、訓練放送ではありません!」

3度繰り返して鳴り止んだ。


「各国が国家戦力の把握で能力者の囲い込みを始めているらしい。これからは、能力者の時代よ。富国強兵がいつの時代でも要だからな」

スピーカー放送が止むと、山城が背後から声を掛けて来た。


「特にAランク以上は重宝されるが、国に管理されて自由が無くなる。これまでは大量虐殺兵器の質と量が抑止力だった。特に核兵器のな。しかし、これからは高能力者ランクがモノを言う時代だ」


「そんなの民主主義が許すのか?」

突然声を掛けられて驚きながらも、山城の方を向いて応えた。


「他国の脅威にさらされてるんだぞ、そんな事を言ってる時代じゃなくなったんだよ」


「それでは、麻生さんや、山下、お前も政府に囲われるって事なのか?」


「それはどうなるか分からない。日本は基本的に欧米のやり方にならっている。そうすると、近いうち戸籍に能力ランクやスキルを紐付ひもづけて登録され、次に高い能力者は政府によって招集されるはずだ。一生の贅沢をさせてやるとね。自由と引き換えに」

最後は皮肉めいた言葉だが、これからの自分の運命を悲観してのものだった。


「拒む事は国民として許されない。能力者を囲い込む事は国を守る上で重要な事だと、国民を洗脳する放送が各局で流され始めるぞ。世界の流れも同じだ、平和を維持する為に乗り遅れるな!とね」


私は隠しスキルの効果で、低いステイタスに見せかけられるから安心だ。

でもSランクの麻生さんは、聖女のスキルを守る為に生涯恋愛禁止にされるかもしれない。

自由は無くなり牢獄の様な場所で、重傷患者を治療するだけの一生を送る事になるかもしれない。

そんな事は許さない。

麻生さんだけは守ってみせる。

SSSランクがそうさせるのか、奇妙な自信があった。


(麻生さんには私の能力を伝えておこう)

彼女に、隠し事はしたく無かった。

誰か1人くらいは、私の能力を知っている人が欲しいと言う承認欲求もあったかも知れない。

それに守るにしても、スキル使用中の私は女性になってるから、それが私である事を認識していて欲しい。


 その日の夕方、政府関係者と称する者たちが会社に来た。

能力ランクを鑑定するスキル持ちによって判別し、記録されるとの事だ。

山城が言っていた様に、高ランク能力者が見つかった場合は、そのまま面談があるとの事だった。

山城が言った事が事実であれば、面談と言いながら、問答無用で連れ去る気かも知れない。

銃を持った自衛隊が物々しく周囲を警戒しているが、あれは、武力によって有無を言わさない為の物ではないのか?

皆んな能力を得たばかりでランクが高くても、力の使い方を知らない者ばかりだろうから抵抗出来ない。


1人1人、会議室に呼ばれて行く。

私の番が来て室内に入り、最初に目に飛び込んだのは、鋭い眼光をした無愛想な小柄の男が座っていて、その男の左右から銃を持った自衛官が守っていた。

その男は私を一瞥して「C」と言うと、スーツの男が「ご協力ありがとうございました、あちらのドアからお帰り下さい」と会議室の隣の部屋に通じるドアを示した。

私は退室すると、既に鑑定が終わった社員が、ランクは何だった?と聞いて来た。

皆んな、自分のランクやスキルの話で持ちきりだった。

山下や麻生さんはどうしただろう?

順番がまだなのか?

自分が出て来たドアを見つめていたが、最後の1人が出て来た後「これで終わりです。ご協力ありがとうございました」とスーツ姿の男だけが挨拶して帰って行った。


(麻生さん達は、どうした?)

山城の言葉が急に現実味を帯び出した。

そう言えば、山下だけでなく山城もいないじゃないか!


「えー、皆さん、静粛に。数名ほど高いランクの社員がおり、その社員たちは政府で、より詳しい検査を受ける事になりました。これは大変光栄な事です。政府から報奨金も出る様です。彼らにとっても有意義な事なので、暫くの間、会社を休みますが、騒ぎ立てる事など無いように…」

社長の言葉を最初は聞いていたが、段々と青ざめて最後の方は頭が真っ白になり、耳に何も入って来なかった。


会社はそのまま解散となり、次の出勤は3日後で良いと伝えられ、皆んな単純に大喜びしていた。

いなくなった仲間の心配をするものは、1人もいなかった。


もう2度と女性変化するつもりはなかったが、そうも言っていられない。

麻生さん達の無事を確認したい。

検査と称して何をされてる事やら。

まさか人体実験なんてされてないよな?

考えれば考えるほど不安になる。

考えても仕方ない。

この目で見て判断するまでは安心出来ない。

必要であれば、助けるだけだ。


 会社の男子トイレで女性変化し、『影の部屋シャドウルーム』を唱えて、影の世界を全力で飛んで追いかけた。

会社の会議室で会った男達が乗っている車に追いついた。

前後を自衛隊のジープで挟まれ、守られて走っているからすぐに見つけられた。

そのまま影の中から尾行を続けると、そのまま自衛隊の駐屯地に入っていった。

麻生さん達もここにいると言う確証はない。

しかし手掛かりはここしか無い。

『ガイド機能』と『自動書込地図オートマッピング』をONにした。


〝主様、ご用件を承ります〟


「ここに麻生さん達がいるかどうか、分かる方法はある?」


〝いくつか方法はございます〟


〝まず1つ目は、『自動書込地図オートマッピング』を使ったまま影の中をくまなく飛んで地図を埋めます。そうしますと、主様が知っている者であれば地図に名前が表示されます〟


「おー凄い。手間はかかるけど確実性はあるって事ね」


〝2つ目は、『自動書込地図オートマッピング』の特殊技能で、エコロケーションを行います。これは、地図を指で弾くようにタップしますと超音波の様に地図内の人、物などを感知します。感知しますがそれが何かまでは分からないのがデメリットです〟


「なるほど、それなら1と2を組み合わせて使った方が、効率よく早く見つけられるって事ね」

上手くいくか試しに地図を指で弾くと、弾いた所から中心に波紋が広がっていく。

地図上に青色の光点が浮かび上がる。

取り敢えず近い所から順に、確認して行く。


地図を見ている内にある事に気付いた。

部屋の様な所に青い光が多く集まっている。

(ここね、多分)

その場所に辿り着いて中の様子を伺ったが、麻生さん達はここにはいなかった。

しかし連れて来た社員を、どうするつもりなのか興味がある。

暫く室内の様子を伺っていたが動きが無いので、このまま見守っている間に知りたかった事をガイドに聞いてみようと思う。


(そうだ、確か山城が言ってたな。SSSランクはアメリカと中国と残るは後1人だと)

「どうやってランクの人数まで分かったの?」


〝それは、ステイタスの『ランク』をタップされますと、各ランク毎の人数を知る事が出来るからです〟


「所属国まで分かっているのは?」


〝ランク毎の人数しか見れません。恐らく各国が他国を牽制する為に独自でランクを把握して、発表したものと思われます〟


「なるほど、つまりSSSランクの私に勝てる人は、少なくとも日本人にはいないわけだ…」

(だからと言って、人殺しまでするつもりはない)


「日本人じゃないフリをして、堂々と出て行っても何とかなるんじゃないコレ?誰も私に勝てないでしょ?」


〝主様、ランクだけで慢心した考えは危険です。主様はSSSランクで不老不死ですが、ベースは魔法使いです。接近戦で銃や剣のSランク以上が相手ですと歯が立ちません。不死とは言っても、身動き出来ない様に捕らえる事は可能です〟


「なるほど、生け捕りにされる可能性はあるのか…」


〝はい、麻痺、催眠、石化、氷漬け等は状態異常無効によって効きませんが、結界などで閉じ込めて生け捕る事は可能です〟


「結界師とか空間魔術師とかかな?気を付けないと」

それに、日本人同士で戦いたくない。

何だか戦う前提で考えちゃってるが、もの凄く高待遇で贅沢させて貰える可能性もあるし…その時はお邪魔なんで帰ろうと。


「もう1つ聞きたい。今、私を魔法使いがベースだと言ったよね?違う人もいるんだ?」


〝はい、例えば、願い事に魔法ではなく、剣の達人になりたいと願った人もいるからです〟


「なるほど、山下や山城の様にか。では私を倒せる可能性があるSSSランク以外のランクで要注意とかあるの?」


〝ランクではなく、称号です〟


〝剣聖、拳聖、賢聖の三聖に加え、勇者、賢者、銃神等の称号持ちは主様の強さに届き得ます〟


「勇者とかいるんだ、完全にRPGだな」

思わず笑ってしまったが、これが現実なんだと噛み締めた。

ほんの数日前の平穏な日常がガラリと変わって、まだ夢の中にいるみたいで現実味を帯びていない。


「そうだ、最後に『影の部屋シャドウルーム』で行ったあの深淵は何なの?」


〝あれは第三異世界です。神々が罪人を墜とし、流刑地とした闇の牢獄。分かりやすく言い直しますと、魔界です〟


「あれが魔界!?」


「魔界って言うからには、悪魔とか魔王とかいたりするのかなぁ?な〜んてね?」


〝居ます〟


「えぇ〜!やっぱりヤバい所だったんじゃないの」

もう2度と行かないと心に誓いつつ、遭遇そうぐうしなくて良かったと安堵した。


「悪魔とかって、地上に出たりとかしないのかな?大丈夫?」


〝大丈夫です。神々の牢獄ですので、神々が施したゲートを通過する事は出来ません〟


「私は通れたけども…」


〝主様が人間だからです。魔界にとされた神や闇の住人は、神々が張った光の結界によって出れません〟

なるほど、その心配は無くて安心したよ。


「この際だから全部聞いておきたい。私の称号『神々に愛されし者』が、ある条件で『神々に捧げられし者』に変化するらしいけど、これは何?」


〝神々は古来より、美女と美酒が大好物です。『絶世の美女』である主様が、神々と出会ってしまうと、称号が変化します。そして、飽きるまでなぐさみ者とされてしまいます。主様の力は、神々が与えたもの。ですので、神々のその力は絶大で、人間があらがえるものではありません〟


(怖っ。確かにギリシャ神話とか、ゼウスが一目惚れした人間の美女を犯して子供を生ませたって話があるな)

「その神々に会わずに済む方法とかって無いのかな?」


〝ありません。神々は気まぐれで神出鬼没です。その行動は予測不能です。出会わない事を祈るしかございません〟


(うぅ、飽きるまで犯され続けるって、性犯罪者も真っ青な変態だろ。酒…酒か…万が一出会った時の為に美酒を用意して、酔わせた隙に逃げよう)


「怖すぎる」


〝はい、その行為は数年にも及びますので〟


「はぁ?数年って、飲まず食わずで?死んじゃうじゃん!」


〝天界に連れ去るので、飲まず食わずでも死なないのです〟


「何で天界だと死なないの?」


〝天界では一定時間の周期で、『甘露かんろの霧』が発生します。甘露は、飢えも渇きも癒し、栄養価も高い為、身体に浴びるだけでその効果を発揮します。室内であっても甘露が漂っていて、効果が得られるのです〟


「もしかすると天界では食事はしないのかな?」


〝する必要は無いのですが、楽しむ為に敢えて人間の様に食事を摂る場合もあります〟


「なるほど…」

まだ何か言いかけ様とした時、室内に動きがあった。


皆揃みなそろった様なので、お呼びした理由を順々にお話させて頂きたいと思います」

面談の時のスーツの男が話始めると、皆一斉に男の方を向き、私語を止めて聞き始めた。

ここら辺は社会人だなぁと、変に感心して見ていた。


スーツの男は、名前を木下完治と名乗った。

話の内容は半分想像した通りで、残り半分は寝耳に水の切迫した話だった。

要約すると、他国の脅威から日本を守るためにAランク以上は国家戦力として人材を確保すると言うもので、SSSランクを要する中国とは戦争寸前の状態らしい。


原因は、台湾を併合しようと「1つの中国」を目指す中国の野望を阻止して、台湾を独立させたいアメリカの思惑に乗っている日本の立場が、中国とは敵対しているからだ。


ここ数日、中国が台湾に戦闘系能力者の送り込みが活発化していると諜報部門から情報を得て、台湾に自衛官を派遣しているが、水面下では既に小競り合いも起きており、非常に危険な状態で、いつ大規模戦闘が起こっても不思議じゃないらしい。


そこまで緊迫した状態は全く感じないが、両国が情報統制していて、政治的に駆け引きをしているのだろう。

そこで、Aランク以上の人材は緊急時に、その力を発揮出来る様に訓練をする為に呼んだ、と言う事らしい。

国家機密を知った事になるから、彼らは簡単には帰してもらえないだろう。

麻生さん達も同様か?そう思うと居ても立っても居られなくなった。


私の個人的な感情では、中国史、華流ドラマ好きとして、中国とは仲良くして欲しいと思う。

しかし、状況によっては、そうも言っていられなくなる。

麻生さん達も何処かに連れて来られていて、訓練するだけなら、暫くは大丈夫だろう。


中国と戦争になったら、麻生さん達が危険に晒される。

中国はSSSランクを筆頭にSSランクが2人、Sランクが3人で米国を上回って世界情勢は逆転し、中国が世界最強国とニュースでやっていた。


もはや完全にランクがモノを言う時代となり、各国Sランク1人でもいれば御の字で、Sランク以上が1人も居ない国もある。

全世界でSSSランクは3人で、SSランクは10人、Sランクは30人しかいない。


Sランクは1人で、核兵器1万発に匹敵する戦力らしい。

中国を敵に回せば、日本は危うい。

麻生さん達も戦争になれば駆り出されて危険だ。

それなら、先に脅威を取り除くしかない。

思い切って中国に行ってみようか、それとも先ずは親日で、中国が暗躍している台湾に行こうかと思い悩んだ挙句、いきなり中国はハードルが高い気がして、台湾に行く事にした。

日本人観光客も多いと思うので、紛れ込みやすいと思ったからだ。


(台湾で情報を集めながら、中国軍の動きを探ろう。もしバレても日本にSSSランクがいると分かれば牽制になるだろう)

でも行くには準備も必要だ。

支度をする為に一旦帰ることにした。


 アパートに帰って来たが、支度と言っても生活魔法で服が出せるなら、着替えを持って行く必要がない。

「何でも入るバッグみたいなのはないのかな?」


〝生活魔法の中に、『魔法箱マジックボックス』がございます〟


「あった、コレね?ありがとう」

大して持って行く物もないのだが、それでも軽装であるに越した事はない。


(さて行くか…)

会社の休暇中に何とか目処をつけたい所だ。

支度をしながら鼻唄を歌い、少し旅行気分で浮かれている自分に気が付いて反省した。


ふいに、パスポートを持って無い事に気が付いた。

堂々と観光客を装って入国するつもりだったが、『影の部屋』で密入国するしかない。

犯罪なので気が引けると考えていたが、思い返すと、さっきの自衛隊基地に入ったのも、不法侵入の上に、覗き行為で十分犯罪なのでは?と今更気がついた。


バレなければ良いと言う問題ではない。

これは良心の問題だ。

葛藤したが、戦争を未然に防ぐ為で、非常事態なので特例だと自分に言い聞かせて納得させた。



「うっわ、蒸暑っ」

まだ6月と言うのにこの暑さは、日本だと体感的に8月くらいの気温に感じる。

沖縄の那覇市から台北市までは約650kmくらい離れている。

沖縄より南だから何となく暑いに違いないとは思っていたけど、こんなに暑いのは予想外だ。


 台湾は北部が亜熱帯気候で、南部は熱帯気候であり、北部と南部では気候が異なる。

北部の冬は寒くなるが、南部は1年通して暖かい。

台北市は北部に位置し、6月から9月までは夏とされている。

この時期くらいから台風シーズンになるらしいのだが、今日は快晴で時折り強く吹く風が心地良い。

見るもの全てが真新しい。

日本とはまた違った建物、石畳、ただ歩いてるだけなのに、心が躍る。

空気までもが違う様に感じる。


(ずっと中国に来てみたかった…)

台湾のお店の人から見れば、観光に来た訳ではない私も、その辺りにいる観光客と区別がつかないだろう。

何気なく入った雑貨屋で、大声で会話している奥様達がいた。

海外で聞く日本語、ただそれだけで心強く感じる。

何せ初めて来た中国。

本土ではないにしろ、自分にとっては台湾も十分に中国の雰囲気が味わえ、「来た」と言う満足感が得られた。

もっとも、台湾の人達からすれば、自分達は中国人ではない!と言って、怒って反論されそうなのだが。


1人での海外は心細さもあったが、止められないワクワクが、抑えきれない興奮が心を包み込んでいく。

(あぁ、楽しい…)


それにしても暑い。

涼みたいと思って店に目を配らせると、甘い匂いを漂わせている店があった。


「やっぱり台湾と言えばコレだよねー」

ふわふわのカキ氷屋を見つけて店内に入った。

ちょうど今の時期はマンゴーのシーズンらしくて、マンゴーシロップを使ったカキ氷がイチ押しみたいだ。

マンゴーって正直、女子の食べ物だと思っていたので、今まで口にした事がなかった。

この際なので、芒果マンゴー雪花冰シュエファービンをレジに並んで注文した。

中国語だと分かりにくいが、要は、マンゴー味で雪の様にふわふわなカキ氷って事だ。

会計を済ませると窓際の席を案内された。


「うーん、美味しそうな甘酸っぱい匂いがする」

スプーンですくって口に運んだ。


「うわぁ、一瞬で溶けたよ。マンゴーも初めて食べたけど、美味しい」

これはハマるわ、女子がマンゴー好きな理由を納得した。

この台湾カキ氷の口溶けの良いこと。

ふわふわサラサラのカキ氷が舌に乗った瞬間に溶け、マンゴーの甘酸っぱさが口の中に広がりながら、甘い香が鼻に抜ける。

自然と顔がほころび、笑みがこぼれていた。

気がつくと店内は、他のお客さんで一杯になっていた。

1人でテーブルを占領してたら他のお客さんに申し訳ないと思って慌てて出た。

外に出た時に、店員さんに声を掛けられて、何だか知らないけど、食べ歩き様にプラスチック容器に入れられてるのを、1つ渡された。

どうやらサービスでくれるらしい。


謝謝シェーシェー(ありがとう)」

笑顔で応えると、相手も満足そうだった。

食べ歩きしていると、セブンイレブンが見えて来た。

台湾にもあるのかと思いながら、空になったカキ氷の容器をゴミ箱に捨てた。


そろそろ本場の歴史書を見てみたい。

当初の予定は頭から消えてしまい、完全に浮かれて観光を満喫していた。


大勢の観光客の後ろから付いて歩き、街並みを興味深く見ていると、古本屋らしきお店があったので入ってみた。

中に入ると少しカビ臭い匂いと、独特な書物の匂いがする。

本好きなら、この匂いだけで気分が高揚して来るはずだ。

歴史系の本は何処かな?と思いながら、目を配らせていると「三國志」と書かれた書物を見つけた。

日本だけでなく、台湾でも三國志の人気は高い。


「三國志は読み飽きたんだよねー」

と言いつつも、手に取って見た。

中国語が読めないので、漢字の羅列を見て知ってる三國志の内容と被せて話の内容を想像した。


(三國志の置いてあった周辺には、中国の歴史関連本が置いてあるのかな?)

と想像して、近くの棚から適当に本を取ろうとした。


「うわっ」

どんっ、と身体をぶつけられ、前のめりになってバランスを崩して、本棚に激突しそうになった。

しかし、ぶつかった男が素早く私を腕に抱いて助けた。

助け起こしながら、男は私に聞き取れない中国語で何か言って来たが、何を言っているのか全く分からない。


你是日本人吗ニースゥーリーベンレンマー?(貴女は日本人か?)」

今度はゆっくりと発音して、話掛けて来た。


にーあなた、すぅー〜です、日本人りーべんれんまー?えっと、あなたは日本人ですか?と聞かれているのかな?)

「う、ウォー、スゥー、リーベンレン(我是日本人)」

私のつたない発音では通じないかなぁ、やっぱり…?


日本語は50音、中国語は母音と子音に加え、第1声から第4声があり、それらの発音を組み合わせると、およそ1300音と言われている。

スゥー」はシーとスーの間の様な発音で、前歯に息を当てて抜ける様にして発音する。

日本語には無い発音の為、日本人には聞き取りにくく、頭の中で最も近い発音として解釈される。

この為、「是」は単体では「はい(了解しました)」と言う意味なので、会話では頻繁ひんぱんに良く使われるのだが、ほとんどの日本人の耳には「シュー」と言っている様にしか聞こえないだろう。

日本人が耳で聞こえた通りに発音の真似をして話しても、まず通じない。

文脈から理解してくれ様にも、中国語は全て漢字。

その漢字の種類の違いは、先述した第1声から第4声の発音で表して区別する。

つまり漢字毎に発音が違うと言う事なのだ。

発音が下手くそだと中国人には何を言っているのか通じない。

これでも随分とマシになった方なのだ。

昔は第12声や、それ以上の発音があり、今でも地方の高齢者はその発音の為、同じ中国人同士でさえ言葉が通じなかったりするらしい。

華流ドラマなど見ていると、中国語の台詞に中国語字幕が必ず表示されている。

これは、字を見ないと台詞だけでは何を言っているか通じない人もいるからだ。


男は顔を覗き込んで来て、クスリと笑った。

肌の色は少し日に焼けているが、目は優しく流れ、眉はキリリと上がり、鼻や口の形のバランスが良い。

絶対に俳優さんかモデルだろう?

日本人にもウケる超イケメンだ。


「美しいお嬢さん、お怪我はありませんでしたか?」

今度は流暢りゅうちょうな日本語だった。


「はい、大丈夫です」


「良かった」


彼の言葉も分かるし、私の言葉も通じてるみたいだ。

日本語が喋れたんだ?でも何だか変な感じがする。

気付かれない様に『自動音声ガイド』をONにした。


(何だか良く分からないけど、急に彼の言葉が分かる様になったのは何でだろう?)


〝主様、彼は『自動言語翻訳オート・トランスレーション』を使っています〟


(こっちの言葉とあっちの言葉が、同時翻訳されてるって事かな?)


〝左様でございます〟


(私も使えたりするのかな?)


〝はい、生活魔法の中にございます〟


(生活魔法、マジ神!凄い便利)


「あの、まだ食事されて無ければ、ご馳走させて下さい。美味しいお勧めのお店を案内しますよ」


「有難う御座います、宜しくお願いします」

有難い申し出だ、それとなく中国軍の事や、変わった事件がないか聞いてみよう。

会話が出来ないとコミュニケーション取るのも難しいよね、と1人で納得した。

中国も日本も、いや世界共通かな?

距離を縮めるのは先ず、一緒に食事からだよね。


 本屋から外に出ると、腰に手を回されて「しっかり掴まって」と言われて空に浮いた。

反射的に驚いて彼にしがみ付いた。

自分でも空を飛べるが、高所恐怖症の私は、まだ慣れてなくて恐怖が勝つ。

(空が飛べるって事は、この人もSランク以上か…私のランクがバレない様にしなければ)


空から指差しながら観光地を教えてくれた。

それにしてもイケメンだなぁ。

目が合い、思わず逸らした。

この人めっちゃ目を見て話してくる。

私は照れ恥ずかしいと言うか、苦手だなぁ。

すると突然、腰に回されてた手を放された。


「ひゃあぁぁぁぁぁ」

もの凄い速度で地面を目掛けて落下して行く。


彼は一瞬で追いついて、私を抱え上げたので、咄嗟に首にしがみ付いた。

しくもお姫様抱っこの形になった。


彼は声を出して笑っていた。

イジワルだなぁ。

(あっ!なるほどね?)

少しムッとしたが、直ぐに私はピーんと来て怒るのを止めた。

何故なら、腰に手を回していた時よりも、今の方がだいぶ密着度が上がっている。

これは私に触れたくてやったんだな?

自意識過剰などではなく、こう言うのは分かってしまう。

同じ男だからだ。

こんなイケメンなら、せこい手を使わなくても女の子を落とせるだろうに、単にイタズラ好きなのか?

まぁ、気持ちは分かる。

鏡に映った時に見た女性の私は、とんでもなく美人だからな。

「絶世の美女」の称号は伊達じゃない。

女性化した自分にれてしまいそうなので、実はあまり鏡を見ない様にしていた。

美女になってチヤホヤされる気分も悪くはない。

中身は男だけども。


でもいつかは寿命が尽きて死ぬ。

そして女性として生まれ変わり、永遠に生きる事になる。

あと70年くらい経つと100歳超えてるから、恐らく私はもう死んでいるだろうな。

完全に女性化した後は、男だった時の事を思い出して、懐かしんだり、悩んだりするのかな?

そうなった後なら覚悟を決めて、男の人とも付き合うんだけど死ぬまで待ってくれないかな?

頭の中に山下が浮かんだので、首を横に振った。

何でここで山下が出て来るかなぁ、あいつとは先輩後輩で、友人だし、付き合うとかそう言うのは…でも趣味は合うしな…。

心の中で言い訳して顔を赤らめた。


私が無口になり、先ほどの落下で怒ってると思ったのか?着地はもの凄く丁寧にゆっくりと降りてくれた。

对不起ドゥブチ(ごめんね)」

中国人は基本的に謝らない。

日本人とは違って言葉が重いのだ。

だから約束を守らない者はほとんどいない。

1度口に出した事は、何が何でもやり遂げようとする人種だ。

それが出来ない事を恥だと考えている。

守れない約束なら最初から約束などしない。

面子メンツを何よりも尊び、恥をかくくらいなら死を選ぶ。


こんな話がある。

義兄弟の契りを交わした男達がいた。

年末に会って酒を酌み交わそうと約束をした。

義弟の方は仕事に手こずってしまい、年末までに帰る事が難しくなった。

義兄の家まで千里も離れていたからだ。

年末となり、義兄は久々に義弟と飲めると、飲み会の準備をしていた。

すると、いつの間にか義弟が申し訳なさそうな顔をして、部屋の片隅に立っていた。

「義兄さん、申し訳ないが行けなくなった、赦してくれ」

と言って涙を流した。

「どうした?行けないも何も、もう来てるじゃないか?」

義兄がそう言って、席を案内しようとすると、義弟の姿が薄くなって消えてしまった。

後で分かった事だが、人の魂は千里を行くと聞いた義弟が、魂となって義兄に会いに行くと言って、首を斬って自害したそうだ。

何やら霊的な話になってしまったが、これは実話だ。


この様にして中国人は、口に出して約束した事は、死んでも守ろうとする。

だから、簡単には謝らない。

自分が100%間違っていると思って行動する人などいない。

相手に少しでも非があるなら、こちらだけの非ではない、と考えるから簡単には謝らないのだ。

そんな彼が謝って見せたのは、間違いなく私に、気があるからだ。

気がある女性の機嫌を取ろうとするのは世界共通だ。


 彼が連れて来たお店は、洋館風で日本の大正浪漫を想わせる造りで、おもむきがあって良い。

要はお洒落なお店だ。

勝手な思い込みで中国では、愛想も良くない店員が無作法にお水をドンと置いたり、店内の客は周りにお構いなく大声で会話しているイメージがあった。

だけど、ちゃんと笑顔でお水を置いてくれたし、給仕さんは周囲が見渡せる端っこに立って気を配っている。

また、席に着いてる他のお客さんも小声で話をしていて、料理が出て来るのを待っている。

店内は物静かで落ち着いた感じで、何と言っても胡弓こきゅうが奏でるゆったりとした曲調が店の雰囲気にあっている。

勿論、横で演奏してくれている訳ではなく、CDか何かで流れている。


料理名がよく分からないので、あまり辛くない料理をお任せにした。

台湾は小籠包ショウロンポゥも有名で美味しいらしく、流石にその字は読めたので注文に加えてもらった。


早速、小籠包が運ばれて来た。

肉まんくらいの大きさだと思っていたけど、出て来たのは予想よりも小さく、餃子か焼売より一回り大きいくらいの1口サイズだ。

猫舌なので、熱そうだなと思って箸で半分に割ると中からジュワッと肉汁が溢れ出た。

その瞬間にお肉の美味しそうな匂いが鼻を抜け食欲をそそる。

口の中に入れると、残りの肉汁が口一杯に広がった。


「美味しい!」

人は美味しい物を食べると自然と笑顔になる。


好吃吗ハォチーマ?(美味しいですか)」

私が美味しそうに食べてるのを見て、彼は満足そうだった。


好吃ハォチー(美味しい)、好吃ハォチー(美味しい)!」

もしかして、お気に入りのお店だった?

男は気がある女性を、自分の気に入ったお店に連れて行って、共感したいと思うものだ。


それから、魯肉飯ルーローハン牛肉麺ニューローメンなどの料理が運ばれて、どれも美味しくて満喫した。

魯肉飯ルーローハンは、醤油にみりん、生姜やニンニク、八角や中華調味料などで味付けして、豚バラ、干し海老を甘辛く煮込んだ物をご飯の上に掛けている丼もので、味付けも濃くてご飯がすすむ。

牛肉麺ニューローメンは、牛骨ラーメン風で牛骨を煮込んだスープに青菜や角切りの牛肉が入った麺料理だが、見た目に反してアッサリした味付けなので、魯肉飯ルーローハンとの相性は抜群だ。

出て来た時は、炭水化物ばかりだなって思ったんだけど、たまにはこう言うのも良いな、と思えるくらい美味しかった。

勿論、どれも女性化した胃袋で1人前は食べられないから、シェアしたのは言うまでもない。


食べているばかりじゃなく、情報収集にも努めた。

彼の名前は張玉ヂャン・ユゥで、コップに結露した水滴で名前を書いてくれたが、私はチョウ・ギョクと読んでしまった。

彼は台湾人ではなく、中国人だった。

観光ではなく仕事で来ているらしい。


「どの様なお仕事で台湾へ?」


「商品の仕入でね」


「よく来られるんですか?」


「最近はずっと本土と行き来しているよ」


「大変ですね」


「いや、もう慣れましたよ」


そろそろ本題を切り出そうか。

「ところで、軍関係の方とかに心当たりはありませんか?」


彼は少し間を置いて、怪訝けげんそうな目で私を見た。

「貴女の様な方が何故、軍に興味が?」


「近年、中国軍の戦闘機が台湾の領空を飛んだり、海域で軍事演習とかしたニュースを見まして、(台湾が)安全なのか心配だったんです」


「なるほど。まぁ、マスメディアと言うものは大袈裟に書き立てるものなので。領空を飛んだのは、先に所属不明の台湾軍機が飛んでたので、警告しに行っただけですよ。海域の方は、米国と韓国、日本の合同演習に反発して見せたパフォーマンスで、台湾に圧力をかけるつもりではないんですよ」


「誤解してたみたいで、ごめんなさい」

にっこり微笑んで、彼の疑いをらそうとした。


「誤解が解けて良かった」

彼も笑った。

お互い話題を逸らしたそうな空気だな。

彼は民間人だし、これ以上は聞けないかな。


「ちょっと疲れたのでホテルに戻って休みます」


「その前に足湯に行きませんか?足の疲れが取れますよ」


「良いですね。是非お願いします」

日本でも馴染みの足湯だが中国は本場で、ここ台湾にも多くの施設がある。

足湯は、日本の温泉並みに認知されており、公共の足湯場や、温泉と併設して足湯場があったり、各家庭にも足湯を楽しむ為の道具を当然の様に持っていて、もはや生活の一部とも言える文化がある。


彼に案内されて来た足湯場は、新北投シンベイトゥ駅から徒歩5分の距離にある復興公園泡腳池で、公園内に無料の公共足湯場が3つもあるそうだ。

「腳」って何て読むんだ?と思って後から調べたら、「脚」の字の事だった。

最初から「泡脚」と書いてくれていれば、日本人でも何となく分かるのに。


公園内に入って割と直ぐに、足湯場に来れた。

彼が、足湯をする為の注意を教えてくれた。

ここでは、足を洗ってからじゃないと、お湯に足をつけては駄目との事だ。

日本の温泉も身体洗ったり、お湯を身体に掛けてから入るのがマナーだから、それと同じ様なものだろうと納得した。

それから、お湯は酸性なので、顔を洗ったり、15分以上入ってはいけないとも教えてくれた。


足を洗ってすぐに靴を脱いで置くのだが、ここから足湯まで裸足で歩くには距離があるし、道を横切るから土足で歩いてる人の所を交差するんだけど、これって足洗う意味あるの?とか疑問に思う。


足湯場には近所のおばさん達と思える女性達が、井戸端会議ならぬ足湯端会議を開いていた。

こう言う風景も、どこか日本に似ていて微笑ましい。


足を浸けると心地良い暖かさだ。

温度は43度と表示されていた。

源泉は50度〜70度もあると彼が教えてくれた。


「気持ち良い〜♡」

酸性だからなのか?心無しか足がチクチク、ピリピリする。

それでも歩き疲れた足の血行が良くなり、疲れが取れて来た。

足から徐々に暖まり、全身が火照って汗が出て来た。


「あぁ、癒される」

この足湯、実はめちゃめちゃ深い。

立つと太腿くらいまで浸かる。

なのでスカートをギリギリまで捲り上げて、座ったまま脹脛ふくらはぎまで湯に浸からせた。

周りの女性陣は皆んな短パンを履いて来ている。

おじさん達の嫌らしい視線が太腿に感じる。

パンツが見えてないか心配だわ。


「そろそろ時間だから」

そう言って彼は私の足を自分の太腿の上に乗せて、タオルで足を拭いてくれた。

華流ドラマでも見た事あるよ、これ。

家族もしくは、意中の相手にしかやらない奴だよね。

そんな事よりも、パンツが見えないか心配で、太腿まで捲り上げてたスカートを片手で押さえ、片方の手で身体を支えた。

周りの注目を浴びちゃって、皆んなこっち見てるし恥ずかしい。


帰りは、せっかく足湯で綺麗になったのに、歩いて足の裏が汚れて、また足を洗って靴を履く。

本末転倒だよ。

これ何とか、なりませんかね?

日本だったらクレームの嵐で、靴を脱ぐ場所は、足湯場の近くにすぐ変更されるよ、きっと。


私は全力で拒否ったのに、彼は強引に私をおんぶして靴を脱いだ所まで運んでくれた。

胸を彼の背中に押し当ててるみたいになっているんだけど、不可抗力だからね。

ま、色々とおごってもらったから、Win Winって事で良しとしよう。

靴を履くと、彼が手に持っていたタオルが、いつの間にかに消えていた。

恐らく彼も、魔法箱マジックボックスを持っているのだろう。


「さぁ、私はホテルに帰ります」


「送るよ」

来た時と同じ様に私は彼にくっつくと、腰に手を回して空に浮いた。

帰りはゆっくり飛んでくれた。

なんだか凄く眠い。

台北の少し郊外にあるホテルを伝えた。

ホテルの入口で「また会いたい」と言われて、キスされそうになったので、顔を横にそむけてけた。

キスはまだ早いでしょ?のアピールだ。

男とするつもりは無いけど…。

彼は残念そうに「次会う時はもっとくだけた感じで話そう」と言って去って行った。

なかなか紳士的で、金持ちそうだし、イケメンだし、モテるだろうねぇ。

私もあんな男に生まれていれば…なんて言っても仕方ないな。


私がホテルに入ったのは、このホテルを予約していた訳ではなく、今から受付する訳でもない。

大抵ホテルの受付ロビー近くにはトイレがある。

女子トイレに駆け込んで『影の部屋シャドウルーム』を唱えた。

影の世界にも当然、このホテルがある。

誰も居ないからタダで泊まり放題だ。

何せパスポートも持って無いしね。

適当な一室に入って、ベッドに寝転がった。

疲れていたのか、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。


目を覚まして、シャワーを浴び、情報を整理して書き留めた。

「そう言えばこの世界で男に戻ったり出来るのかな?」


〝出来ません!〟


「わぁ!びっくりした。そう言えば『自動音声ガイド』切って無かったな」


〝ここは、魔法で作り出して入った世界です。元の姿に戻ると魔法効果が切れてしまい、同じ座標に放り出されます〟


「なるほど、勝手に泊まってるのがバレるとヤバいしね」


進行率が気になり、ステイタスオープンする。

「えぇー!」

思わず絶叫した。

進行率は38%まで上がっていた。


「何で?これはヤバい。この能力を得てから、まだ数日しか経ってないのに。あと何回使える?そんな話だよねコレ」


〝主様、回数ではございません。女性変化中に女性らしい行動を取ると進行率が上がるのです〟


「何で教えてくれなかった!」

音声ガイドにあたっても仕方ないのに、声を荒げてしまった。


〝尋ねられない事は、お答え出来ません〟

そりゃそうだ。

落ち着け、冷静になれ。

スキルを使っても進行率は上がらない。

女性変化している時間が長くても進行率は上がらない。

恐らく、男性から女性扱いされるのを甘んじて受け入れると、進行率が大幅に上がるんだ。

思い返せば最初に進行率が突然上がったのも、山下と屋上での出来事の後だ。

ヒントはあったのに、自分が気付けなかっただけだ。

今は男がいないから大丈夫だ。

思い出せ、私は何の為に台湾まで来た?

麻生さんを、山下達の危険の芽を摘む為だろう。

取り敢えず今日はもう、ゆっくり寝て、明日に備えよう。


翌朝、ネットで調べると、ちょうど台北市に国防部空軍司令部がある事を知った。

ただ全てでは無いが、この周辺は写真撮影も禁止されている。

撮影しただけで恐らく、スパイ容疑で逮捕されるだろう。

禁止区域の注意書が読めない日本人が、写真撮影してしまい逮捕され、数年間も勾留こうりゅうされて、日本政府が交渉しても返してもらえない、と言ったニュースが時々話題になる。

つまり、ここはそれだけ重要な場所だと言う事だ。

『影の部屋シャドウルーム』を使って探りを入れるつもりだが、絶対に見つかってはいけない。

勾留こうりゅうされるならまだしも最悪の場合、処刑もあり得る。


『影の部屋シャドウルーム』を唱え、場所を確認して飛んだ。

あっという間に辿たどり着いた。

門は封鎖され、入口は左右の見張りに守られていた。

警戒厳重だな。

問題もある。

なにせ、中国人と台湾人の見分けがつかない。

中国人は訛りとかで台湾人だな?とか分かるんだろうけど。

そう言えば私の『絶世の美女』は、オートで魅了効果を発揮しているんだっけ?

意図的に魅了の力を上げれば、操ったり情報を聞き出したり出来るのかな?


〝はい、出来ます〟

例の如く自動音声ガイドが答えてくれた。

もっと自分の力を使いこなさなくては宝の持ち腐れだ。

正直、自分の能力をあまり把握していない。


影の世界の中から門をくぐると、大音量でアラートが鳴った。

「えっ?嘘っ、何?」


誰も居ないはずの影の世界に、武装兵が4、5人ほど突如現れた。

站住ヂァンヂゥー别动ビィエドン(止まれ!動くな!)」

銃口を向けて、此方の様子を伺っている。


「何言ってるか分からないよ!」


你是日本人吗ニースゥーリーベンレンマ?(お前、日本人か?)」


是啊シィーア!(そうよ)」

華流ドラマのおかげで単語くらいなら分かるな。

私の発音が通じるか知らんけど。


『闇の拘束ダークバインド

武装兵が唱えた呪文が闇のロープとなって、私の身体を拘束するかに見えたが、それは拘束する事なく私の足元に落ちた。

同じ属性の魔法は、上位ランクには効きにくい。


「!?」

武装兵らは抵抗されたと思ったのか?更に激しく銃口を突き付けてきた。


『光の拘束ライトバインド

私が拘束呪文を唱えて、逆に彼らを拘束した。


「ふぅ、取り敢えずは良し。所で影の世界に私以外で入れるの?」


〝誤解されているかも知れませんが、『影の部屋シャドウルーム』は主様だけの世界ではなく、闇魔法の『影の部屋シャドウルーム』が使えれば入る事が出来ます〟


「えぇー、そんなの知らんし。今更な話だよ」

計画が大きく崩れた。

影の世界で探索すれば、簡単に情報なんて入手出来るとタカをくくっていた。

そんなに甘いものでは無かった。

現に門を一歩くぐっただけで、武装兵に取り囲まれたのだ。


「『自動書込地図オートマッピング』」

数百の赤い光が、私のいる場所目掛けて向かって来ている。

赤ランプは敵意の印だ。

ここにいては不味まずい。

地上に捕虜を放り出し、誰もいない部屋に飛び込んだ。


「!?」

瞬間、左太腿ひだりふとももに光が当たった様に見えた。

レーザーの様なもので容赦なく撃ち抜かれていた。

反動ですっ転んで倒れ、うずくまった。

熱さを感じた後から声にならない痛みが走る。

激痛で太腿を押さえて転げ回る。

血が飛び散り、辺りは血の海となった。

が、それも束の間で、すぐに傷はふさがり痛みも消えていた。

傷がえたのを気付かれない様に、痛がっているフリをした。


(私は念の為、最高度の防御魔法を掛けていたのに紙の様だったよ?)

気付かれない様に、『音声ガイド機能』と心の中で会話する。


〝彼は『銃神』の称号持ちで剣聖に匹敵します。更に相性の良い『貫通』のスキルを持っています。『貫通』は防御不可で、あらゆる物を透過して攻撃を必中させます〟


(防御不能の上、攻撃必中効果まであるなんて、ある意味、無敵じゃないの)


自動言語翻訳オート・トランスレーション』を使ったのだろう、男の言葉が理解出来る。

「日本人らしいな、ツラを見せろ!」


「なるほど美しい。まさに絶世の美女だ。もしかするとお前か、張玉ヂャン・ユゥが言っていた日本人美女は?」


「何者だ?俺の部下は優秀でな、ここにはエリートしかいない。精鋭中の精鋭だ。偶然では片付けられない。あいつらの中にはAAAもいた。つまりお前はSランク以上と言う事だ」


「日本人のSランクは聖女の麻生佳澄だけだろう?するとお前が麻生佳澄なのか?」

まくし立てられたが、何故こいつらが麻生さんの名前を知っている?


「驚いたか?お前ら敵国の情報は常に把握していて当然だ」

銃口を私の後頭部に当て、額を床に擦りつけられた。


「お前は何者だ?正直に言わないと脳みそをぶちける事になるぞ」


「私は麻生さんではありません!神崎瑞稀、民間人です」


「あははは、嘘つけ!どうやら死にたい様だな」

銃の引き金に指をかける音が直接頭に響く。


不老不死の私が死ぬ事は無い、多分。

でも足を撃たれた時、とんでもない激痛が走った。

すぐに傷は治ったけど。

死ななくても痛みはあると言う事。

頭が吹っ飛ぶ痛さって、想像も出来ない。

誰も味わった事が無い。

だって頭が吹っ飛んだら死ぬんだから、誰も痛みを知らない。

そう思うと急に恐怖を感じた。


「嘘では無いです。助けて下さい!」

震えながら言うと、勝利を確信して安心したのか?銃口を突き付ける手を緩めてくれた。


「くっ、何で魅了の効果が現れない?」


〝彼は魅了耐性Aのスキルを持っています〟


「魅了で操って逃げる事も出来ないのか」

頭が真っ白になって考えがまとまらない。


張玉ヂャン・ユゥより先に味見するのも悪くない」

舌なめずりをして服を剥ぎ取り、押し倒して来た。


「抵抗すれば殺す。大人しくしていれば直ぐに終わる。釈放はしないが、俺の女になれば処刑は免れる様に、口添えしてやろう」

正直、私は中身が男だから身体を触られるくらい、なんて事は無いと思っていた。

でも知らず知らずのうちに、心も女性になっていた様だ。

どうしようもなく涙があふれて来る。

好きでも無い相手に力づくで犯される事の恐怖、悲しみ、悔しさ、怒り、絶望。

女性が性的に襲われる恐怖を身を持って知った。


(抵抗はしない、感情は殺す。人形の様になった私を好きにすれば良い。心までは渡さない。それが唯一の抵抗だ)

目を閉じた。


もうどうでも良いと思い、男に言われるがままにした。

男は満足して、私の身体を好き放題に、もてあそび始めた。

意思とは関係なく身体は反応し、絶頂に達してしまった。

羞恥心しゅうちしんと悔しさで涙があふれて来る。


「気持ち良かったか?そろそろ頃合いだろう?聖女の味はどうかな?」

男は私の両足首を掴んで広げた。


「痛い、痛い、痛い!」

思わず声が出る。


「もしかして処女か?」

男は嬉しそうにキスをしながら舌を入れて来た。


こんな奴に処女を奪われるなんて。

台湾なんて来るんじゃなかったと後悔した。

好きでも無い相手にけがされた。

山下ごめん。

あぁ、私は山下の事が好きだったんだ。

もう貴方に愛される資格は無い。

私の事は忘れて…。

死にたい気持ちになる絶望感の中で、身体は反応して感じている自分が一番許せなかった。


「何をしている!」

声の主は、怒号と共にドアを蹴破って入って来た。

張玉ヂャン・ユゥだった。


「見ないで!」

助けてでもなく、最初に口に出た言葉は、犯されている自分の姿を見られたく無いと言う気持ちだった。


「何だ張玉ヂャン・ユゥ、お前も混ざりたいのか?」


「ぶっ殺してやる!」

と叫ぶよりも早く手が出て、男を殴り飛ばしていた。


身に付けていたマントを脱いで私にそっと掛けてくれた。

張玉ヂャン・ユゥを見て安心して糸が切れてしまったのか、彼の胸で号泣した。


「うぅぅぅっ…けがされた、もうお嫁に行けない。死にたい」

と泣きながら何度も繰り返した。


張玉ヂャン・ユゥは優しく抱きしめて背中をさすりながら、

「汚れてない。貴女は美しい。けがれてない」と繰り返して慰めてくれた。


男は起き上がり、「張玉ヂャン・ユゥお前もその女をかばうなら同罪だ!」と叫んで彼に銃口を突き付けた。


「そこまでだ、ワン少将!」

身分の高そうな男が入って来るなり一喝した。


「チッ。運の良い奴め」

舌打ちしてワンと呼ばれた男は出て行った。


張玉ヂャン・ユゥ中将、その日本人女性にはスパイ容疑がかけられている。分かるな。服を着せたら連れて来い」

後ろに控えていた兵士に目配せをして、軍服を渡された。


「服と言ってもここにはこれしか無くてね」

身分の高そうな男も出て行った。


張玉ヂャン・ユゥは私を慰め、服を着る様に促し、額に軽くキスをして部屋から出て行った。


軍服を着て部屋を出ると、窓の無い部屋に案内された。

部屋の中には机が1つあり、それに対面して椅子が並べられていた。

まるで企業に面接に来た様な感じだ。

軍服を渡してくれた身分の高そうな男が座っていた。


「さて、貴女にはスパイ容疑がかけられています。私はここの副司令官を勤めている、李順リー・シュンと言います。まずは、此方こちらの彼が貴女のステイタスを確認させて頂きます。彼は機密である為、名前は明かせません」

李副司令官の隣りに座る眼光の鋭い男が、私を一瞥いちべつする。


私も彼のステイタスをのぞこうと試みたが見えなかった。

恐らく神眼持ちなのだろう。


男が私を見たステイタスを書き込んでいく。

それを副司令官と側で立っている張玉ヂャン・ユゥに見せた。


「こ、これは…」

彼らは驚きの表情で私のステイタスを食い入る様に見ていた。

そして何処かに電話をかけていた。


「まさか最後のSSSランクにこんな形でお目にかかれるとは、光栄ですな」

副司令官は興奮した様子で話しかけて来た。


「男…?この女性変化と言うのは?」

張玉ヂャン・ユゥは、私が男なのか女なのかが気になってしょうがない様だ。

当然だろう。

彼は私にれているのだから。


神眼持ちの男が、「今は心も女性でしょう?」と答えた。

女性変化は見た目が女性になるだけでなく、心まで女性になるらしく、変化前の男性の時の記憶がある為、本人は変化に気付きにくいとの事だった。

なんで、本人の私が知らない事を知っているんだ?


「不老不死、身体精神状態異常無効、聖女、回復、防御、光と闇魔法か…凄まじいな」

李副司令官達は毒付いた。


(聖女?まだ私、れられていなかったのか…)

そこは救いだったが、ワンけがされた事に変わりはない。

張玉ヂャン・ユゥも私の聖女を確認して安堵あんどした様だ。

男は好きな女が、犯られたか犯られてないかが重要だよね。

でも女はそこが重要ではない。

好意の無い相手には指1本だって触れられたくない。

ましてや、されていなくても、あそこまで行けば私の中では、Hしたも同然で、山下に合わす顔が無い。


「さて、貴女のこれからだが…」

李副司令官の声色が変わって、拒否は許されない気迫オーラを感じる。

提案されたのは、

張玉ヂャン・ユゥ中将と結婚して、国(中国)に忠誠を誓う

②結界に封印されて永久に勾留される

選択がある様で、選択の余地は無く、彼らは私の能力を利用しようと考えたのだ。


「貴女は自分の能力を隠しているんですね?日本政府も貴女の事を把握していませんでした。米国もです」


「日本は貴女の事を知らない。これは此方こちらには大変都合が良い事です。貴女1人が消えても気付かれないし、国際問題にはならない。軍事機密機関に不法侵入した日本人を消したと発表するだけですから」


どうしたものか。

通常なら迷わず①を選ぶしかない状況だ。

取り敢えず①を選択すれば、隙を見て日本に逃げ帰るチャンスもあるだろう。

しかしそれは、誠意を尽くしてくれた張玉ヂャン・ユゥを裏切る行為だ。

少なからずとも彼は私に優しくしてくれて好意も持っている。

政略結婚でありながら、彼は好きな相手と結婚出来る事になるのだから、不満など無いだろう。

そんな彼を裏切る事は、甘いと言われても私には出来ない。


「えーっと…」


返答に困っている私に対して李副司令官は、優しく聞いて来た。

「本国に婚約者か恋人でもいるのかね?」


「いません…好きな人はいますが…」


「それなら…」

と、張玉ヂャン・ユゥに目線を合わせながら、

「張中将は貴女にも申し分はないと思うが、どうだろう?この通り優しく誠実で実直な男だ。今の時代には珍しい。それに顔も良い。何よりも彼は貴女と同じ我国が誇るSSSランクだ。釣り合いも取れる。私を飛び越えて将来の元帥候補だよ」

はははははと、大声で笑ってみせた。


「少し考えさせて下さい…」

恋仲で無ければ何も問題ないだろ?みたいな言い方されたな。

簡単に好きな人をあきらめろ、とでも言うつもりか?


「そうだな、あまり時間は無いが、良く考える事だ」

李副司令官は席を立った。

神眼持ちの男と護衛たちがそれに続いて部屋を出て行った。


私もまた部屋を出されて、別の部屋を案内された。

そこに行く間は目隠しをさせられた。

辿り着いたらしく、部屋の中でようやく目隠しを外された。


「すまない。しばらくの間、辛抱してくれ。良い返事を待ってる」

張玉ヂャン・ユゥの能力で異空間に貼られた結界の中に閉じ込められた。


結界の中には着替えや寝床、食事などが用意されていた。

結界と言うよりも、真っ白な壁で出来た部屋に閉じ込められている感じだ?

(なんとかここから出る方法を考えなくては…)


先程のワンに襲われた悪夢が甦って来る。

一刻も早く、けがされたこの身体を洗いたい。


この結界の中には、ちゃんと浴室が存在していた。

ヂャン・ユゥなりの配慮だろう。

身体をこすってもこすっても汚れている気がする。

涙があふれ、止まらない。

精神状態異常無効はどうした?うつになりそうだ。


用意された食事に全く手を付けず、ベッドで丸くなっていた。

気が付けば、その状態を3日も繰り返していた。

流石に心配され、張玉ヂャン・ユゥや他の将校らが様子を伺いに来たが、一言も口は聞かず無視してやった。


身体状態異常無効は恐ろしい能力だ。

1滴の水分もっていないので、本来なら喉の渇きは地獄だ。

人間は3日飲まなければ、脱水症状で死ぬと聞いた。

それでも脱水症状にもならず死ねない。

死ねないのは不死の能力だろうけども。

空腹でひもじい、それでも餓死出来ない。

それなのに、ステイタスを見ても体重は1gも減ってはいなかった。


ここから出る方法を考えたけど、分からない。

今日で5日目だ。

(会社、無断欠勤してるなぁ、クビかな…?)

こんな状況でまだ会社に出勤していない事を考えるあたり、サラリーマンだよなぁ、と思い1人苦笑いした。


この5日間、己を知る為にステイタスとにらめっこしていた。

結界の中からでも、脱出出来るかも知れない呪文を確認した。

闇魔法にある『超重力空間転移ブラックホール』だ。

本来は相手を異空間に転移させて倒す呪文で、勿論これだけなら無事にこちらの世界に戻って来れるか分からないので自分には使えない。


しかし、光魔法には『異空間転移ホワイトホール』と言う呪文があり、どうやら異空間を自分の行った事のある座標と繋いで転移出来るみたいだ。

この組み合わせなら、ここから脱出が出来そうだ。

ただ、ブラックホールの中に入るのは怖い。

光すら吸い込む超重力だ。

本当に出られるのか心配だ。

だがもうこれしか方法が無い。

張玉ヂャン・ユゥ宛に手紙を残した。




数時間後、私は会社の屋上に立っていた。

すっかり日も暮れて、見下す景色に所々ネオンが灯り始めた。

屋上に上がって来た山下を見つけて抱き付き、首にしがみ付いて口付けをした。

山下の暖かくて大きな手が背中をさすった。

感情が昂ぶり、ぽろぽろと涙を流して泣いた。


山下には隠したくなくて、台湾の旅行中にレイプされそうになった事を正直に話した。

泣きながら話す私をなだめながら、時折り怒り、そして一緒に泣いてくれた。

山下への思いであふれ、どうしようもなく愛おしい。

もう離れたく無いと思い、私達は山下の部屋でお互いを求めて一晩中、愛し合った。

山下に抱かれている間、例え用もない幸福感で、心が満たされた。

もうおとこに戻れなくても良い。

ワンけがされたいまわしい記憶を、山下と愛し合う事で、上書きしようとした事も間違いではない。

でもこの気持ちは本物だ。

彼と共に生きて行きたい、許されるのであれば…。


翌朝早く彼のスマホが鳴り、起こされた。

「ごめん、起こしちゃって。すぐに出勤しないといけないから合鍵を渡しておくね」

彼は支度もそこそこに慌てて出て行った。


「私も支度しなくちゃ」

彼の部屋でシャワーを浴びて、『異空間転移ホワイトホール』で自分の部屋に帰った。

進行率は86%に達していたが、もうそんな事は気にしていない。

まだおとこの姿に戻れる間に退職しようと考えていた。

退職して皆んなの前から青山瑞稀は消える。

そして、女性・神崎瑞稀として生きる覚悟だ。

(急ごう)

大した支度は無いのだが、身だしなみを整えて出勤した。

勿論、男の姿で、だ。


もうすっかりバスも復旧して動いていた。

穴だらけの道路もいつの間にかに、舗装されている。

皆さんの努力の賜物たまものだ。


会社の入口に着いた途端にTVカメラ等の報道陣に囲まれた。

すぐに政府関係者らしき黒スーツの男達が私を囲って、「急いで此方こちらへ」と誘導してくれた。

(何だ一体?何があったんだ?)


黒スーツの男達に案内された部屋では、見た事がある人達がSPに守られていた。

(あの人は官房長官では?この人は防衛大臣だよな?)

急に不安に駆られた。

(まさか麻生さん達に何かあったのでは?)


「ここに呼ばれた理由が分かっていない様だが、それなら先ずはこれを見てくれたまえ」

そう言って見させられたのは、TVニュースの報道だった。

そこには私のステイタスを含めた能力がさらされていた。

『最後のSSSランクが見つかる、日本人・青山瑞稀』とテロップまで流れていた。


「何だこれは…?」


「青山君、1つ確認したい。これは本当の事かね?」

私は愕然がくぜんとして、力無くうなずいた。


この報道の発端は、中国のリークが原因だった。

そう聞けば全て納得がいった。

私は日本で正体を隠して生活している。

なので探し出すのは困難だろう。

敢えて正体をさらす事で、私を表舞台にあぶり出す事が出来る。


またSSSランクを日本が有する事によって、米国とも対等に物が言える立場となる。

もう日本が米国の顔色を伺う必要は無くなったのだ。

日本がSSSランクを有すると言う情報は、米国に対しても牽制となる。

中国にもメリットがあるのだ。


中国は、米国+日本vs.中国の構造とは必ずしも成り得ない事を見抜いていた。

それに私個人的には親中派だ。

但し、ワンには必ず報復する、必ずだ。

とは言っても、殺してやりたいほど憎んでいるが、殺人は出来ない。

アレをちょん切って宦官にでもしてやろうか?


「では、青山君、君にしかるべきポストが用意されているのだが、受け入れてくれるだろうか?」


「即答致しかねますので、考えさせて下さい」

正直、国に利用されるのは、ごめんだ。

それにもし受けるとしても条件を出したい。

今すぐには考えがまとまらない。


部屋から出ようとすると、「彼らに会って話をするが良い」と言われた。

入室して来た彼らとは、麻生さんと山下だった。

もはや全て内容を聞かされ、説得する様にでも言われたのかも知れない。

私は意を決して、2人と話をさせて欲しいと頼んだ。




あれから更に40年も経った。

私は今や死の淵に立たされていた。

だが悔いはない。

3人の子供に恵まれ、7人もの孫達に囲まれている。

そして私の愛しい妻、青山佳澄。

麻生さんのおかげで私の人生は暖かく豊かだった。

あの日、2人との話でした約束…それは…。




「先輩!どう言う事なんですか?本当に神崎さんが先輩?」


「すまない」


「すまないじゃ分かりませんよ!」


「山下くん、落ち着いて!話を聞きましょう?ね?」


私は、大きく深く息を吸って吐き、意を決して話し出した。

「何から話すべきか…まず見て欲しい」


麻生さん達の前で女性になって見せた。

山下は驚愕し、目の前に起こっている現実が受け入れられず夢でも見ているかの様だ。

申し訳なさで胸が締め付けられる。


「山下さん、ごめんなさい。決して騙した訳じゃないの。ずっと言わなきゃって思ってた…でも、嫌われそうで怖くて…」

涙が溢れて来て山下の顔が見えなくなった。


「1つだけ誤解しないで欲しいの。女性になっている時は心は女になっているの。今の私は、山下さんの事が好き…」


「そして…」

男の姿に戻って、

「男の時の自分は、麻生さんの事が好きなんです」

麻生さんの目を見つめた。


「困りますよね、急に言われても。気持ち悪いですよね?」


麻生さんは首を横に振り、両手で顔を押さえて泣き出した。

「私も青山くんが好き。好きなの」


その言葉を聞いて私は麻生さんと抱き合って2人で泣いた。

山下は顔を天に向けて溜息ためいきをついた。

「仕方ないなぁ。1つ提案があるんですが、聞いてくれますか?」


山下が提案したのは、男としての寿命が尽きるまでは麻生さんに譲る。

女性として生まれ変わって、まだ自分の事を思ってくれているなら一緒になろうと言うものだった。


「本当にそれで良いの?」

麻生さんが目を赤くしながら山下に問い正した。


「これが一番の解決方法ですよ。あと50年くらい…俺の神崎さんへの想いは不変です」


「50年以上待つ事になるかもよ?」

自分も辛いはずなのに強がって笑顔を見せた。


「その代わり、最後にもう1度だけ神崎さんになってもらえますか?」


神崎瑞稀になって山下と抱き合い、熱い口付けを交わした。

麻生さんは、顔を背けて目を逸らした。


「もう、長いー!」


「はいはいはい、もう終わり。ハリウッド映画じゃないんだからね」

抱き合ってキスしている私達を強制的に離れさせた。


「青山くん、早く男に戻って」

元に戻ると首に手を回され、背伸びをして抱き付いて来た。

そして、麻生さんから唇を重ねられた。

柔らかい。

甘い香りがしてクラクラする。

あの麻生さんとキスしている自分が信じられない。

私達を山下は、微笑ほほえましそうに見ていた。


「2人ともありがとう。本当に…」

私は喉を詰まらせながら感謝した。

3人で泣きながら笑った。


今生こんじょうは麻生さんと一緒になる。

来世らいせは山下と一緒になる。


男としての寿命が終えたらSSSランクとして、国に奉仕する。

官房長官と、そう約束してお帰り頂いた。

防衛大臣は何か言いたそうだったが、官房長官にさえぎられた。




今は全ての記憶が、思い出が懐かしい。

今生の灯火が消えようとしている。

もう目が見えないが、愛しい妻の方に向かって言葉を掛けた。

「佳澄さん、今までありがとう」

私は目を閉じた。




再び目を開けると、私はお墓の前に立っていた。

お墓には『青山瑞稀之墓 享年72歳』と書かれていて、花が生けられており、御供物もされていた。

まだ線香からは煙が昇っているので、先程まで誰か供養に来ていた事が分かる。


遠目の方で、若い男と年配の女性が私に気付いて、笑顔で手を振っている。

2人には見覚えがあった。

手を振り返すと強い風が吹いて、桜の花びらが目にかかった。

それを払い除けながら、桜の木をまぶしそうに見上げた。


私の物語は、ここから始まる。

だってこれは「その日、女の子になった私」の物語だからだ。



                      〜 Fin 〜



最後まで読んで頂きまして、ありがとうございます。

この物語は『序章プロローグ編』、『魔界編』、『神国編』(仮)へと続いて行く予定です。

続編も読んで頂けると幸いです。

『魔界編』の執筆を始めました。宜しくお願いします。(https://ncode.syosetu.com/n7324ii/1/)

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