5。
『─線状降水帯─』。
私の頭の中に響く言葉。
昨日、ニュースで見てた。何処かの村や町が、土砂災害と洪水で押し流されてた。
そのイメージなのか、映像なのか、まるで私の目の前に氾濫して増水した川の様子が、鈍色よりも暗く重い空の下で見えた。
あたかも──、電車の中にいる私が、その場にいるかのように……。
◇
「こっちや! 歌子! 高台まで、流されるな! 踏ん張れ!!」
「はい!」
一組の若夫婦。
日に焼けた一人の男の人が、白のカッターシャツに、赤ん坊を背負っている。
左手には、奥さんなのか──女の人の右手を握りしめている。川の氾濫の濁流に流されまいと、腰元まで水浸しになりながら、家の裏側の土手を目指していた。
流され行く瓦屋根や、家の壁板──トタン屋根の残骸。濁った川の水の大きなウネリが、全てを下流へと呑み込んでゆく。
「流されるなや! 道隆だけは、守り抜くんや!!」
「はい!!」
──『道隆』。お父さんの名前だ。
って事は、お父さん? それに、お爺ちゃん? お婆ちゃん? 会ったことなかったけれど──。
何故か、直感的に、そう思った。
「オギャア! オギャア!!!」
「道隆っ!!」
「歌子! 踏ん張れ!! ワシら三人、生き残るでよ!!」
険しい、お爺ちゃんと思しき人の顔。でも、若い。けれど、眉毛とか表情とか、目の光とか──、希望を掴んで離さない力強さがあった。
それから、お婆ちゃん──の黒い瞳と、頭に結われた黒髪。お爺ちゃんへの気持ちと、『道隆』……お父さんなのか、赤ちゃんを守りたい気持ちとが、胸に突き刺さるように私に伝わる。なんでだろ……。
「ハァハァ……。駄目……」
「諦めるな!!」
その時──、空から見下ろすように、私には何故か見えた。
濁流に押し流されそうな中。
しばらくすると、疲労困憊と言った様子でお婆ちゃんと思しき人が立ちすくんでいた。
俯瞰して見ると、土手沿いの畦道が、お爺ちゃんお婆ちゃん夫婦のいる辺りから、十数メートル先に見えた。けど、まだ、遠い。
「オギャア!オギャア!!」
「道、隆……」
尚も降り続く雨。容赦ない川の氾濫。重くぶら下がる曇天の黒い雲。
どんどんと水位が上がって行く中、急がなければ、土手沿いの畦道さえも、濁流が押し流してしまうのが見てとれる。
「道隆は、ワシらぁが、願いに願ってこさえた子やろぉぅが!! 諦めるな! 歌子っ!!」
「省吾さん……」
◇
(──パチン……!)
何かが弾けたような音がした──。
私の右の手のひらには、私が『呼子鳥駅』で買った切符と、お父さんの椅子から拾った切符。二枚ともが、重なり合うようにして、静かに握られていた。
「どう? 見えた?」
「え?」
「あなたのお父さんにあたる人」
「は、はい……」
お父さんなのかどうかは、分からない。けど──、『道隆』って聞こえた。赤ちゃんの名前。お父さんと同じ名前。
『東八角』──は、お父さんの生まれ故郷。
会ったことはないけれど、お爺ちゃんとお婆ちゃんの代で、一度め。
それから──、お父さんの代で、二度め。
過去、二度に渡り、大洪水の浸水の被害に見舞われていた。