4。
まるで──。
お人形のように切りそろえられた黒い前髪。その下から覗く一重瞼の小さな黒い瞳。しっかりと私の目を見つめている。
白のカッターシャツには、長い黒髪が胸の膨らみに掛かり、私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
そして──、黒のタイトなスカート姿。何処かの会社の制服みたいな。
(な、何!? 濡れ女? さっきの? 雨も降ってないのに? 傘差してた? 妖怪? 幽霊?)
私は、目の前にいる女の人に、驚きながら奇声を上げて腰を抜かしていた。
列車に乗ってからすぐ。3回も転倒するなんて、生まれて初めてだった。
「怪我は?」
「い、いいえ、いいえ! だ、大丈夫です!!」
─┣┿┷┰╂┝─
(──ガタンゴトン。ガタンゴトン……)
嘘みたいに想える。規則的に刻まれるリズム。
まるで、心臓の音みたいに。
各駅停車の『鬼新線』。乗っている。真夜中の私。車内には──、私と女の人。二人だけ。
(──誰だろう……?)
名前も聞けないまま、私は、大人しくグリーン色の横掛けの座椅子に座らされていた。
「どうしたの? 幽霊でも見たような顔して?」
「い、いえ。そ、その……。アハハ」
い、いや。聞けない。
なんで、雨も降ってないのに傘差してたの?とか、瞬きしたら消えたり現れたりとか。
──そんなの人間じゃない、とか……。
現に、女の人の足もとには、濡れて畳まれた傘が置かれている。雨なんて、降ってなかったのに。
(うぅぅっ……。ヤバい、ヤバい……。ヤバいよ)
泣きたくなる私を他所に、女の人の横顔は、涼しそうだった。
車内に灯る白い蛍光灯の先──。何処か、遠くを見つめている。
時折、黒髪を耳もとに掻き上げる仕草が、大人っぽかった。高校生の私より少し年上には見えたけど、社会人なんだって想わせる。
──静かな車内。夜の明かりが次第に小さくなる車窓。窓枠の銀色の金属。梅雨明けの強い湿気のせいか、水滴が少し。天井から吊革が揺れている。
乗った事が無かった。無言の時間が経過する西行き。『鬼新線』。おおかた、父の生まれ故郷へ。いつも、車だったから。何年か前の洪水で壊滅してた。『東八角駅』。そこは、父の生まれ故郷の最寄り駅。
──だけど、車内の床にも、そこかしこ。さっきまで無かった『シミ』。知らない内に、ボンヤリと浮かび上がってるのが、見えてた。車内の天井の白い蛍光灯に照らされ、余計に目立って見える。
「あぁ、『シミ』? 見えるんだ? 珍しいね?」
「い、いえ!?」
どうして、分かったんだろう。
確かに、見えてたけど、この女の人にも見えるんだろうか?
まるで──、何かの傷とか、こびりついてて取れないもの。磨いても色素沈着してるかのような。決して取れないもの。
それは──。
ネットで見たことある事故物件? みたいな。
孤独死? 自殺? 何かの事件?
剥いでも剥いでも、染み込んでいる──畳や床材に染み込んだ人の血液とか、体液のようなもの。
私には、そんな風に見えてた。もしかしたら、私は、そう言った特殊清掃業者とか、普通に生きてたら体験し難い何かに、興味があったのかも知れない。
「──お父さん? 呼んであげよっか?」
「え、えぇっ!? い、いや、あの……」
「ウフフ……」と、足組してた女の人が笑って、指先を魔法をかけたみたいにしてクイッと上げた。
二枚の切符──。
それは、さっき購入したばかりの『東八角駅』行きの切符と、お父さんの座ってた椅子からヒラヒラと出て来た切符。
「なんで……?」よりも、二枚の切符が、フワフワと私と女の人の膝上に浮かび上がってる。
それから──。
幻みたいなのが見えた。誰かの視点。
私──、なのかな……。