2。
呼子鳥駅──。
私のマンションのすぐ近くにある地方線の駅。『鬼新線』。
歩きながら暗闇に見るスマホの灯り。『21:30』。手にした後、鞄に入れた。
まだ、塾帰りなのか、私と同世代っぽい子たちがいる。自転車に乗ってる子。歩きの子。それとも、今ごろ学校帰りなんだろうか。
高架下にワラワラと。
サラリーマン風な男の人や女の人に混じって。
交番の赤くて丸い形に灯る電球。それと、遊興施設のヴィーナスギャラリーの白い看板の明かり。
横断歩道の黒いアスファルトと白線が照らし出される。『シミ』。よく見ると、足もとに。そこかしこに。
何の跡なのか。誰かが吐いたツバなのか、ガムを吐き捨てた跡なのか、何かが踏み潰された跡なのか、何重にも黒く黒く。
誰も気にしなかった。何も言わなかった。見て見ぬふりだった。私みたいに。
「どこ行くんだろ──?」
私とは、逆方向にすれ違って行った。サラリーマン風な大人たちも、同い年くらいの男の子も女の子たちも。
蒸し暑い夜に、むぁっと、風が吹いた。私は、一人だった。雨なんて降ってなかった。
なのに──。
「──え?」
傘を差した女の人が、一人。
会社帰りなのか、膝上のタイトな黒のスカートに、白のカッターシャツ。
私と同じ方向を向いて、横断歩道を渡った。
呼子鳥駅の階段を登り、雨雫を落とすようにして傘を畳む、その女の人。
駅の階段のコンクリートは、屋根の蛍光灯の白さを反射しても、目には灰色に濁って見えた。
やっぱり、『シミ』が見える。黒色のが、ところどころ。
けれども、それは──、その女の人が落とした雨雫の跡なのかも知れない。
いや、でも、雨なんて降ってない。
「なに……。ゆ、ユーレイ?」
黒くて長い髪の毛が、腰のあたりまであった。
「女の人?」
そう想って、直ぐさま追い掛けた。興味本位と怖いもの見たさ? 死にたくはないけど、階段を登り切ったあたりで見失った。
辺りを見渡しても誰も居ない。改札口にいる駅員さんを見ただけだった。
足もとの盲人用の点字ブロックが運賃表の先に続く──黄色い色をした凹凸感のあるタイル。
それとは別に、四角の白い線に区切られたホームの床。薄い灰色に、どれだけ磨いても取れそうにない黒っぽい『シミ』。今は、私だけしか居なかった。
「まさか……ね。なんだったんだろ──。もしかして、やっぱり?」
梅雨明け間近で、雨の無い夜に傘を差してた女の人──。謎めいた感覚に少しだけ、ドキドキして、怖かったけど、気持ちが軽くなった。私一人だけだったけど、家に居る時よりも学校に居る時よりも──最近には無かった感覚だった。
「あ、東八角駅? 680円か」
お財布から、小銭取り出して券売機で買う。『東八角駅』行きの切符。
次の列車の到着時刻が30分もある長い待ち時間。22時台の真夜中の最終便。西行き。
改札口を抜けたホームのベンチ。腰掛けると、スマホの着信音。母からのラインだ。
『ご飯食べた? 洗い物は良いから、おやすみ。明日も学校、頑張ってね』
『了解。お母さんも、無理しないでね』
充電の残量が50パーセントの私のスマホ。画面右上に白く灯る表示。とりあえず、嘘を突いた。
何かが、満たされなかった。それは、ずっと。心の中にある『シミ』みたいなもの。
だけど──。
──真夜中の無人のホームがやたら明るくて、一人でも寂しくなかった。
「さっきのユーレイみたいな女の人? 居ないのかな……」
なんて、誰も居ない真夜中のホームを見渡していた。