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ハリス公爵のプロポーズ  作者: 玖遠
1. 「発覚」の春 〜Side:王太子妃〜
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すれ違いの発覚

マカロンが半分ほど数を減らしたころ、リザベラのメイドが恭しくマドレーヌをテーブルに並べた。シャーロットの手土産は、ハリス家お抱えのシェフ特製の焼き菓子であることが多い。もちろん絶品だし、懐かしい実家の味は有名店のお菓子よりも嬉しい。


お互いの近況報告が終わりお茶会も中盤に差し掛かる。

二人とも春の中頃に結婚したということもあり、話題は自然と、間近に迫った結婚記念日の話になっていた。弟夫婦が結婚して丸1年を迎えるまであと一月ほど、リザベラの結婚記念日はさらにその半月後である。


シャーロットは無難に、刺繍を施したハンカチとカフスボタンを贈るらしい。前回のお茶会では、どんなデザインにしようか悩んでいると言っていた。シャーロット自身が決めたものを贈ることが大切だと思っているので、リザベラは口を出していない。あれからどうなっただろうか。


「そういえばシャーロットちゃん、クリスへの贈り物は間に合いそう?」


リザベラの問いに、シャーロットは「なんとか間に合いそうです」と照れたように笑った。


「ちょうど公爵家のお庭にベロニカが咲き始めて、とても綺麗だと思ったので意匠に取り入れることにしました。ハリス家の紋章とクリストファー様のイニシャルに、ベロニカの花を添える形で」

「あら、素敵じゃない。ベロニカをデザインするのね」


——ベロニカの花言葉は「忠実」「名誉」。

空に向かって清廉と並ぶ花穂は、リザベラもよく知っている。王家への忠誠を誓うハリス家の象徴として、古くから公爵家の庭園に植えられている花だ。


「ありがとうございます」


リザベラに褒められて、シャーロットは控えめながらも嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ベロニカの花言葉は知っておりましたが、ハリス家がこの花に込めた思いや矜持をエミリーから教えてもらって、クリストファー様へお渡しするにはぴったりだと思ったんです。薔薇やマーガレットのようなよく選ばれるお花を縫ってしまうと、あらぬ誤解が生まれて、クリストファー様にご迷惑をかけてしまうのではないかと悩んでいたので……」

「……んん?」


色々と引っかかる言葉があり、思わず淑女にふさわしくない声を上げてしまった。


ハリス家にとって、ベロニカはどういう意味を持つ花か。それを伝えたのがエミリーであることは、まぁ良しとしよう。

本音を言えば、夫婦で庭園を散歩したときに弟の口から教えてあげるのが一番素敵だったのにと思わなくもないが、彼にそんな時間の余裕はないことはリザベラも知っている。弟の上司は、リザベラの夫だ。


——問題は、その後の発言である。


「えーっと、シャーロットちゃん」

「なんでしょうか、リザベラ様」

「誤解とかご迷惑というのは、いったいどういう意味かしら」


シャーロットは、淡い緑色の瞳をぱちぱちと瞬いた。

まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった、という顔だ。


「私とクリストファー様は、リザベラ様もご存じの通り、お互いの家の利害が一致して結ばれた政略結婚で、良き友人として寄り添い合っておりますから……なので、薔薇やマーガレットのような愛の言葉を持つ花を贈ってしまうと、愛を寄せられたと思われてしまったクリストファー様が、私に気を遣ってしまうのではないかと思ったのです」

「うぅん……なるほど」


シャーロットなりにクリストファーのことを気遣った結果のようだ。

どうやら微妙なすれ違いを起こしているらしいと、リザベラは気が付いた。思えば、結婚して1年経つというのに「クリストファー様」呼びは、いささか他人行儀である。


リザベラの脳裏に、シャーロットの好みを聞かされて嬉しそうに礼を言う弟の顔が思い浮かぶ。リザベラの見るクリストファーは、シャーロットに対して愛情を持って接していた。

一方シャーロットについても、お茶会でクリストファーについて語る様子や社交パーティーで彼に向ける視線を見る限り、本人に自覚はなさそうだがきっと淡い恋心を抱いているだろうというのがリザベラの見立てだった。だからこそ、弟夫婦の仲はあまり心配していなかったのだが。


弟の為人(ひととなり)は、リザベラもよく知っている。

——これはもしや、愛情を抱く前から気遣って大切に扱ってきたが故に、クリスのシャーロットちゃんに対する態度は今も昔も変わっておらず、今の愛情表現も「良き友人に対する気遣いの一部」だと思われているということかしら。

もしそうだとすると……誠実さと人格の高さが裏目に出るだなんて、我が弟ながら不憫なことである。


この問題を解決するのは簡単だ、「クリスはあなたを愛しているわ」と伝えてしまえばいい。

だがそれはあまりに無粋すぎる。いったんここは流した方が良いだろうと、リザベラは結論づけた。


「ごめんなさい、少し考え事をしてしまって。シャーロットちゃんの刺繍案やクリスへの気遣いは、とても素敵だと思うわ」

「ありがとうございます、リザベラ様」


シャーロットは嬉しそうに笑う。

その拍子に耳飾りが揺れて、クリストファーの瞳の色を(たた)えた宝石が控えめな色合いの輝きを放った。

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