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ハリス公爵のプロポーズ  作者: 玖遠
Prologue 〜Side:公爵夫人〜
2/17

王弟殿下と未亡人

話は2年前に遡る、とクリストファー様は切り出した。


「2年前、兄が事故に遭い亡くなった。王城での仕事を終えて、馬車に乗って屋敷に帰る道すがら、馬が暴れて馬車が横転した」


淡々としているが、心の痛みが伝わる声だった。

兄弟や親しい令嬢であれば、おそらく私は隣に座って手を重ねて寄り添っただろう——しかし今日お会いしたばかりのクリストファー様とは、それが躊躇われる距離感である。もしかすると今後も「良きパートナー」として適度な距離感を保った関係を築くことになるのかもしれないと、ふと思った。


クリストファー様の視線はただ1点、肖像画の女性にだけ向けられていた。


「あの事故の1か月前に、兄とこの女性はすでに離縁していた。理由は彼女による、ハリス公爵家への敵対行為だ」

「……敵対行為」


「あぁ」とクリストファー様は静かにうなずく。

部屋の中はしんと静まり返っていて、時折、燭台に灯された炎がパチンと爆ぜる音が響く。


「彼女は夜遊びと散財が激しかったが、それだけならまだ目を瞑れる範囲内ではあった。しかし彼女は、ハリス家の機密情報を持ち出そうとした。おそらく、()()()()()()()へ横流ししようとしたのだろう。彼女が()()()()()()()を胸に抱えて御者に告げた行き先は、その愛人と逢引きする際、よく使っている宿屋だった」


領地運営の収支、使用人や専属騎士の氏名や出身をまとめた名簿など……ジョセフィーヌ様が持ち出そうとしていたのは、その家の内情を把握するのに十分な資料だったという。悪意を以ってその資料を利用すれば、じわじわと公爵家を苦しめることができただろう。「愛人」の指示だったのだろうか。だとすると、よほどハリス家を敵視していると思われる。


クリストファー様は思案する私を一瞥し、それから目を伏せて、組んでいる両手を見つめた。指先に力が込められる。


「幸いなことに、未遂であったため被害を免れた。馬車が公爵家の庭を出る前に、彼女は捕らえられた。

しかし不幸なことに、未遂であったが故に、我がハリス家を陥れようとした不届き者を追い詰めることができなかった。あの日、あの宿屋には、その愛人殿が宿泊していたにも関わらず」


——あぁ、また。クリストファー様の双眸に、鋭い光が宿った。

きっとおそらく、クリストファー様が怒りを向けているのはジョセフィーヌ様ではなく、その愛人なのだろう。


「あの結婚は王家からの頼みで、ハリス家としても断れるものではなかった。だが、領地運営の情報持ち出しは流石に看過できない。王家には強く抗議のうえ、ダドリー家とは縁を切る運びとなった」


王家からの頼み。強く抗議。

クリストファー様の発言が少し引っかかった。


なぜ王家は、ハリス家とダドリー家がつながることを望んだのか。そして、なぜハリス家は、ダドリー家の失態に対して王家を責めるような真似をしたのか。ジョセフィーヌ様がしでかしたことは、厳密には王家の責任ではないはずだ。


ハリス公爵家は代々宰相を務め、政治界でも社交界でも影響力が強い。王家との関係もかなり良好だと聞く。

一方で、ダドリー家は侯爵位だ。上級貴族ではあるが、当主や子息は政治の重要ポストについていない。夫人が社交界の中心にいるわけでもなく、ダドリー家がハリス公爵家の派閥に属しているわけでもない。

つまり、ダドリー侯爵家と関係を結んでも、ハリス公爵家は影響力を増さないし、弱体化もしない。

だからこそ、陛下の意図がわからなかった。


思わず首を傾げてしまった私を見て、クリストファーは小さく微笑んだ。


「なるほど、確かにウォルトくんの姉君なだけはある。なかなかに鋭い感性を持っているね」


ウォルト、というのは私の弟の名前である。私やお兄様とは比べ物にならないくらい優秀な子で、お父様は「突然変異」だなんておっしゃっている。ウォルトは早いうちから公爵様に見出され、秘書官として登用されていた。多少生意気なところはあるが、素直で可愛くて賢い、自慢の弟である。


「推測を語ると角が立つから、君であればきっと理解してくれると信じて、事実だけを述べよう。——先ほど『王家からの頼み』と言ったが、陛下の意向ではない。そしてあの日、あの宿屋には、王弟殿下が滞在していた」


なるほど、と得心した。

王弟殿下とジョセフィーヌ様は元々深い関係にあって、ジョセフィーヌ様は間者としてハリス公爵家に送り込まれたのだ。そして、情報を盗み出す前に失敗に終わった。ハリス公爵家ほどの力があれば、状況証拠からジョセフィーヌ様の愛人を糾弾することもできるはずだが、相手が王族ではそうもいかない。


ダドリー家は侯爵位だ。

たとえ公爵家に嫁いでいても、上位貴族に対する間諜行為は叛意と見做され首を切られてもおかしくない。しかし、ここ数年でダドリー侯爵家に何かしらの処分が下されたという話も、誰かが廃嫡されたという話も聞いたことがなかった。


ハリス公爵家としても、体面を守るためにも重い処分を下したかっただろうに……きっとおそらく、王弟殿下が裏で動き、ジョセフィーヌ様の行いはなかったことにされたのだろう。



この国の政治派閥は、「王弟殿下」という観点でみると大別して2つに分かれる。


貴族社会のほとんどすべてを占める「国王派」と、現体制に不満を持ち、王位簒奪を目論む「王弟派」。

王弟派は表立って活動しているわけではなく、水面化でひっそりと暗躍していると聞く。表面上、陛下と王弟殿下の関係は良好だが、「王弟殿下は王位を諦めたわけではない」という噂は貴族社会の共通認識だった。

陛下の右腕として忠誠を誓うハリス公爵家のことを、王弟殿下が敵視していることも納得できる。


「ダドリー家は王弟派に与しているわけではなく、ジョセフィーヌ殿が王弟殿下にたらし込まれて良いように使われたのだろう……というのが、我々の見立てだ。ダドリー家を監視したがその兆候は見られないし、彼女は王家を相手に水面下で立ち回れるほど賢くない」


クリストファー様は再び、テーブルの上の肖像画に視線を向けた。


「彼女はあまり思慮深くなく、そして強欲だ。当時すでにハリス家とは絶縁していたにも関わらず……そして、()()()()()()処分されずに済んだ立場であったにも関わらず、兄の事故を知ると遺産をよこせと騒ぎ立てた。王弟殿下からの横槍もなかったし、ダドリー家に()()して大人しくなったが……あれから2年経った今、今度は父の死を受けて、『新しい公爵家当主には奥方が必要だろう』と私にまとわりつくようになった」

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