銀鷲と黒真珠
——そこまでだ。
これ以上静観しても、得られる情報はないしシャーロットが危うい。ウォルトは身を隠すのをやめて、シャーロットに声をかけた。
「姉上。どうしたんですかそんなところで」
「あら、ウォルト」
シャーロットはウォルトに気づくと、ぱちぱちと瞬きをする。おっとりした仕草に見えるが、そう見えるように振る舞っているのだろう。たいした胆力である。
オズワルドはあごに手を置いて、シャーロットとウォルトを見比べていた。
「……オズワルド王弟殿下。ご機嫌麗しゅう」
胸に手を当て、頭を下げる。
ウォルトの挨拶に、オズワルドは片手で応えた。
「これはこれは宰相お気に入りの秘書官殿。今日も夏真っ盛りだがバテてはいないかな。犬は暑さに弱いというが」
「ご心配にはおよびません。涼む手段を知っている程度には、賢い犬でございますから」
オズワルドの嫌味に笑顔で応酬する。
ウォルトがダドリー領の問題に気づいて以来、王弟はウォルトへの敵意を露わにしていた。お互い、仮面をかぶって接するのは馬鹿馬鹿しいと思っているのだろう。これくらいあからさまな方がいっそ清々しい。
——武器備蓄の件が露呈したことがどれだけ痛恨だったのか伺い知れる。
ウォルトがダドリー領の人と金の流れがおかしいことに気づいたのは、ティアーズ領の人口増加に違和感を覚えたからだ。隣り合っているダドリー領から、看過できない人数が流入している。
当初はダドリー領が困窮して移民が流れているのかと思ったが、その気配はない。それどころか、ダドリー家の報告書によると、人口の目立った増減は見受けられなかった。
そして調査を進めるうちに、ダドリー領内で傭兵の数が急増していることを掴んだ。人口が増えれば、必要となる食糧も増える。しかし、生産量は急には増加しない。食い扶持を減らすため、余った領民はティアーズ家に流されたのだ。
ティアーズ家の領地運営がうまくいかなくなった原因である。
おそらくオズワルドは、「お人好しで力のない」ティアーズ家を侮っていたのだろう。「怪物」と呼ばれるウォルトも、所詮は弱小伯爵家の三男坊であると。
その読みが外れて貴重なカードを国王派にさらけ出した。
オズワルドにとって一番厄介なのは、今目の前でにこやかに笑っている自分に違いない。
「殿下が姉上と話されているなんて、珍しいですね。どんな話をされていたのですか?」
さて王弟殿下はなんと答えるかと、ウォルトは身構えた。
『宰相殿を屈従させるために、その奥方を懐柔したい』
——この発言をどう誤魔化してくるか。
「たいした話はしていないさ」
オズワルドは肩をすくめた。
「よくある世間話だよ。その耳飾りはよく似合っているだとか、そういう、他愛もない話だよ」
そんな会話はしていないことを、当然ウォルトは承知している。シャーロットは、否定も肯定もせずにこりと笑う。その耳元で、グレーダイヤモンドが光を集めて揺れていた。クリストファーとシャーロットの仲を注視していることを暗に知らせる、その意図は何か。
オズワルドとウォルトのあいだに、鋭い視線が交差する。——ここでオズワルドと火花を散らしても得られるものは少ない。ここは穏便にオズワルドの言葉に乗っかるのが得策だと判断したシャーロットが、にこやかな笑顔のまま言葉を引き継いだ。
「噴水のところに日傘を忘れてしまって、エミリーが取りに戻っていってくれているのです。ここで待っていたら、王弟殿下が話しかけてくださって」
「そういうことさ」
オズワルドは肩をすくめた。
その胸元で、ブローチがまばゆく光る。目に黒真珠が嵌め込まれ、猛々しい爪で十字架を掴んだ鷲の銀細工——あの忌々しい提言書を提出したウォルコック侯爵は黒真珠でできた十字架のブローチを身につけていることを、ウォルトは思い出していた。
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