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ハリス公爵のプロポーズ  作者: 玖遠
2. 「静観」の夏 〜Side:公爵家秘書官〜
15/17

お人好しの愚か者か、現実主義の善人か

シャーロットがハリス公爵家の領地運営に携わっていないのは事実だ。領地運営の補佐は、ハリス家に古くからいる執事とウォルトが担っている。


「おっしゃる通り、私は伯爵家の出身ですから」


シャーロットは、柔らかく微笑んだ。


「公爵夫人として振る舞うためには、学び足りないことがまだまだありましたから。ハリス家でのお作法を理解する必要もありましたし。クリストファー様はお優しい方なので、時間を設けてくださりました。それを悲しいと思ってしまっては、クリストファー様に失礼ですわ」

「なるほど。模範解答だな」


オズワルドはにやりと笑った。拍子抜けしている様子はなく、シャーロットの返答は予想通りといった様子だった。


「しかし、宰相殿のその優しさはただの言い訳かもしれない」

「言い訳……ですか?」


シャーロットは首を傾げる。

「あぁ」とオズワルドは肩をすくめた。


「ハリス公爵家の領地運営は、ティアーズ家のように領民に優しいものではないからな。宰相殿は、シャーロット殿にそれを知られたくないのかもしれない」


なんて悪意のある言い回しか。

王弟殿下の目的は、いったいなんなのか——ウォルトは思案した。姉上に閣下を非難させて亀裂をつくること? ティアーズ家と同様の領地運営を、ハリス領でも実現させること? それとも、姉上の深層心理に、閣下への不信感の芽を植えようとしているのか。


ティアーズ家は私財を切り詰めて領民に還元している。

しかし余裕のない領地運営では、より豊かになるための投資はできない。また、他の貴族に侮られ政治力を失ってしまえば、政治や社交の世界で優位に立ち回ることもままならない。ティアーズ家はそれらを天秤にかけて領民の「今このときのささやかな幸福」を選択しているが、それは他家に強要するものではない。


シャーロットもそれはわかっているはずだ。だからウォルトは出張らずに、息を潜めて王弟の出方を見守っている。

シャーロットは表情を崩さず、まっすぐにオズワルドを見上げて答えた。


「ハリス家のあの広くて豊かな領土で同じような運営方針を選択していたら、それはあまり賢い選択肢とは言えませんわ。ティアーズ家の領地運営は、あの領土の規模で、あの立地で……素朴な生活でも幸福を感じられる領民の気質だからこそ、成り立っていたものですから」


オズワルドは眉を上げて、シャーロットを見下ろす。そして——口の端が吊り上がるのを隠すためか、口元を手で覆った。くく、と小さな笑い声が手のひらから漏れる。


「なるほど……いやはや、なるほど——面白い。ティアーズ家の人間というのはただのお人好しの間抜けどもばかりだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい」

「…………」


言葉の端ばしから感じる隠されていない悪意に、シャーロットは探るような目線をオズワルドに向ける。オズワルドは冷たく光る青い瞳で、その視線をまっすぐ受け止めていた。


「思っているよりも冷淡に状況を捉えているのだな。陰で愚か者と呼ばれているのも、気づいていないのではなく意に介していないといったところか。あのお人好しの家系から()()()()()()()殿()のような人間が生まれてきたことは疑問だったが……なるほど、得心した」

「恐れ入りますが殿下。お言葉が過ぎるのでは」


眉をひそめるシャーロットに、オズワルドは薄笑いを浮かべた。


「いやはや、失敬。しかし、ただのお人好しなら御し易いと思っていたが、そうもいかないらしい。おかげで計画が狂ってしまいそうだ」

「計画?」

「こちらの話さ、お気になさらず。さて……聡い公爵夫人殿なら私が好意で話しかけたわけではないことにも気づいているだろうから、単刀直入に聞いてみようか」


オズワルドは長身の腰を折り曲げて、シャーロットの耳元に顔を近づける。口の端を吊り上げ、底意地の悪い表情を浮かべて囁いた。




「宰相殿を屈従させるために、その奥方を懐柔したい。どうすれば良いかな?」




——誰もいない正面玄関で、その声はウォルトの耳にもしっかりと届いた。




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