王弟殿下と公爵夫人
庭園のガゼボを借りて昼食をとろうと正面玄関に向かっていると、見知った人影を見つけた。
(あれは……姉上)
エミリーを待っているのだろう、シャーロットは中央に据えられた大階段の隅で、護衛騎士のアントンと並んで佇んでいる。
挨拶しようと近づいたとき、正面から黒い長身の体躯が姉に近付くのが見えて、ウォルトは思わず身を隠した。
並べられた胸像の裏から、様子を伺う——声は届く距離だ。
「オズワルド王弟殿下。ご機嫌麗しゅう」
近付く影に気付いたシャーロットが、カーテシーとともに挨拶をする。隣にいたアントンも、黙したまま胸に手を当てて深く頭を下げた。
影の正体——オズワルドは、わざとらしく両手を広げて驚いた表情を見せた。
「おやおやこれはこれは……可愛らしいご令嬢がいるかと思ったら、宰相殿の奥方だったか」
「はい。クリストファー・ハリスの妻、シャーロットでございます。殿下にお褒めいただき光栄至極にございます」
「どうしてこんなところに?」
オズワルドの問いに、シャーロットは「クリストファー様とリザベラ様と、アサガオを見ていたのです」と素直に答える。
ウォルトはじっと、オズワルドの表情を観察した。
「へぇ……アサガオねぇ……姉弟揃って花嫁と花を鑑賞するとは、シャーロット殿はハリス家の者たちに随分と歓迎されているようだ」
どこか揶揄するような口ぶりだったが、シャーロットは「はい」と素直な様子で微笑んだ。
シャーロットは結婚初夜にオズワルドとハリス公爵家の因縁を聞かされているが、ここ数ヶ月で発覚したオズワルドの武器貯蔵の話は伝えられていない。王弟派閥に関係者とみなされて、危険が及ぶのを防ぐためだ。
——なぜ、王弟殿下は姉上に近付いたのだろう?
たまたま見つけて声をかけた? いや、オズワルド殿下と姉上は世間話を楽しむような間柄ではないし、オズワルドは世間話を好むような人柄でもない。
「クリストファー様もリザベラ様も、私のことを本当に大切にしてくれていますわ」
「おやおや、それは良かった。しかし……」
オズワルドは貼り付けた笑みを浮かべた後、深刻そうに眉根を寄せた。
憐れむような表情を浮かべて、シャーロットに顔を寄せる。
「……これは風の噂で聞いたのだが、シャーロット殿は、ハリス公爵家の領地運営にはいっさい携われていないとか」
ウォルトは思わず前に出ていきそうになったが、なんとか耐えた。
じっと自身のことを見上げるシャーロットに、オズワルドは続ける。
「いくら奥方の役割は屋敷内の取り仕切りとはいえ、領地運営にまったく関わらせてもらえないなんて聞いたことがない。特に、主人が宰相や大臣を務めているような家門であれば……多忙な主人を助けるのが、夫人の役割でもあろうに。やはり、相手が中級貴族の出身だと、広大な公爵家の領地を任せるには足らないと思われてしまうのかな」
「…………」
「旦那様に信用されなくて、悲しくはないかな、シャーロット殿? 私はあなたが心を痛めていないか心配でね」
(……何が目的だ、王弟殿下)
姉夫婦を仲違いさせようとしているのか、それともシャーロットを取り込もうとしているのか。
いずれにせよ、シャーロットを心配する気持ちなど微塵もなく、悪意の滲み出る声色だった。
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