90 告白
場面はルドヴィカの方へと移る。
フランチェスカが去った後2日間だけ小旅行を行った。
といっても視察も兼ねている。
向かった先はベルベイ港であった。戦争の影響でさらに活気づいて、規模が大きくなっていっている。
その影響でギルドも大きくなったようである。
ビアンカ公女救出に力を貸してくれた傭兵ガットとも再会を果たした。
「何だ。大公妃様、ずいぶんと痩せたじゃないか。忙しくて食べられていなかったのかい?」
今度、狩猟に出たときに良い肉でも届けようかとガットの提案にルドヴィカは曖昧に頷いた。
とてもじゃないが肉は口にいれられそうにないが、好意を拒否するのは憚れた。
しばらく彼から港町周辺の状況を確認し、市場を散策した。
船に乗ることも考えたが、揺れにルドヴィカが耐えれず断念することとなった。
「ごめんなさい。折角船旅の計画もたててくれたのに」
「別に構わない。他にも見たいところがあるし」
馬車で近くの丘まで行く。そこには昔の戦争で利用されていた塔が建てられていた。
今は治安部隊の拠点のひとつとなっており、何もない時は観光名所になっている。
階段に上ってみたがルドヴィカの様子を確認してジャンルイジ大公が抱き上げた。
「別に大丈夫なのに」
「私がそうしたいのだ。以前に比べて逞しくなった自分を見せつけたいし」
ルドヴィカの身を案じているのであるが、そういい彼女の後ろめたさを緩めようとする。
仕方ないとルドヴィカはジャンルイジ大公の首にしがみついた。
立つこともままならなかったジャンルイジ大公が自分を抱えて階段を登れるなど思いもしなかった。
彼は間違いなく良くなったと実感し、嬉しく思った。
「ついたぞ」
塔の上から眺めるのは大河とそれに沿ってみられる草原と丘の美しい光景であった。
「素敵」
ルドヴィカは微笑んだ。
こんな場所があるなど知らなかった。
「新しく取引する国が増えた」
10年以上前にジャンルイジ大公が争った他国である。友好関係が結ばれて、公的な交易をおこなうこととなったのだ。
「しばらくはこの大公領、いや公国は平和であろう」
少なくとも自分がいる間はもたせるつもりである。
「遅ればせながら公国独立おめでとうございます」
ルドヴィカは改めてお祝いの言葉を述べた。
「お前のおかげだ」
ジャンルイジ大公は微笑んだ。
「お前がいなければ私はきっとあのまま自室に引きこもったまま一生を終えたことだろう。ビアンカにもいらぬ負担をかけて潰していたかもしれない」
前世の記憶を思い出しルドヴィカは苦く笑った。
「もう大丈夫だ」
「はい、もう大丈夫ですね」
彼の成長を目の当たりにして嬉しくもあるが寂しくも感じる。
もう自分の役割は終えたようなものだ。
「だが、私にはまだお前が必要だ」
ジャンルイジ大公の言葉にルドヴィカは顔をあげる。
「お前がいなくなればきっと私は耐えられなくなる。だから、これからも私の傍にいてほしい」
「まるで求愛ですね」
「そのつもりだ」
はっきりと述べるジャンルイジ大公の言葉にルドヴィカは困った。
「私、その……すごいおばあちゃんですよ」
内面は現年齢のぷらす35歳、いやそれ以上である。
1周目のルドヴィカ、朱美の記憶も持っているのだから、70歳以上である。
「そんなことを今更気にするか」
ジャンルイジ大公は呆れたようにつぶやいた。
「大問題ですよ。私の前世では犯罪的な年齢差ですよ」
「そう思うならもう少し落ち着きを持ってほしかった」
思い出す今までの記憶。
簡単にジャンルイジ大公の体に触れたり、体を支えるつもりが胸を押し付けてきたり、毒薬に平然と素手で触ったり、スパイの後を追いかけたり、暗殺を企てるスパイと二人っきりで話をしようとしたり。
思い出せばきりがない。
「とにかく、お前が転生を繰り返して実年齢がどうとあったとしても私にはどうでもいいことだ。というか私より年上のつもりだったのに驚きだが」
ずっと頭の中で繰り返し考えていたルドヴィカとしては残念な気持ちである。ジャンルイジ大公からはたいした問題ではない、むしろ年上っぽくないしとまで言われてしまった。
「ルカ、私はお前を愛している。お前じゃなきゃダメだ」
直接的な言葉でなければルドヴィカには伝わらないだろう。
ジャンルイジ大公は顔を赤くしながらも、何とか告白した。
「そ、そんな……私からしたらジジは孫みたいで可愛くて」
可愛いという言葉にジャンルイジ大公はぐさりと刺さるものを感じた。
ここまできてそんな回答をされるとは思わなかった。
ずっとそれを考えていたのか。
「と、自分に思い込みたかったけど」
ルドヴィカはこほんと咳払いした。
「見境ないと思われるかもだけど、ジジのことが好きよ」
「……それは本当に? 子供が好きとかそんな感情ではなく?」
警戒心を抱きジャンルイジ大公はじとーとルドヴィカを見つめた。
「本当よ。これでも、ずっと前から……少なくとも40年以上は想い続けていたのよ」
「いつ頃から」
「1回目の私、あなたが亡くなった後、あなたの優しさを知ってから……あなたとなら夫婦としてわかり合えたかもと思った時から」
ジャンルイジ大公の寡婦となったルドヴィカは、ようやく彼のことを意識するようになった。
お互い姿かたちを気にするあまり溝と壁を作ってしまったまま終わった夫婦であった。どちらかがその溝と壁を越えようとすれば違う未来が待っていたかもしれない。
「でも、こうしていざ一緒にいると何だかそわそわしちゃうわ。精神的に年下のあなたと一緒になっていいのかなって……うわっ」
ジャンルイジ大公は再びルドヴィカを抱きしめて、そのまま抱き上げた。
姫抱っこの状態でルドヴィカは顔を赤くした。
「もう、降りるくらいどうともないわ。おろしてちょうだい」
「仕方ないだろう。抱き上げたい気分だったのだから」
「わけがわかりません」
ルドヴィカは顔を真っ赤にしながらジャンルイジ大公を見つめた。
彼は逃がすまいと畳みかけるように話の続きをした。
「精神年齢がどうというが、お前は私にとって愛する女性には変わりない。私はお前を離すつもりはない。だから傍にいて欲しい」
このように逞しくなったジャンルイジ大公に言われては逃げられる訳ない。
「わかったわ。傍にいるわ」
「本当に?」
なおも疑い深いジャンルイジ大公にルドヴィカはもうっと叫んだ。
「わ、私もジジのこと好き。愛してるもの」
鼠色の髪をいじりながら語る彼女の愛は可愛らしいものであった。
ジャンルイジ大公は彼女の頬にキスを落とした。
彼女はくすぐったそうに笑った。




