83 ルドヴィカの変化
帝都の暴動は鎮まり、新たな皇帝の登場により人々は喜んだ。
二度と愚かな皇帝を出してはならない。
新たな皇帝はそう誓った。
帝都での出来事をだいたい終わらせた後、ジャンルイジ大公は軍隊を伴い大公領へと帰還した。
アンジェロ大公領はこの時をきっかけに公国として認められた。
ガンドルフォ帝国とは対等な関係を結ぶことになる。
「お帰りなさい」
ルドヴィカはジャンルイジ大公に挨拶をした。
以前より痩せたルドヴィカの姿にジャンルイジ大公は眉をひそめた。
「変わりはなかったか?」
「はい。留守の間、得には」
その日に久々の夕食を家族で行ったがルドヴィカは食事を食べられずにいた。
せいぜいスープを半分摂取できた程度である。
留守中に起きた報告を聞きながらジャンルイジ大公はちらりとビアンカ公女の方を見やった。
彼女は今まさに心配していることはそれであると言わんばかりにうなずいて見せている。
食事が終わった後、ルドヴィカを早めに自室で休ませてビアンカ公女と会話をした。
「はじめはメイドも食事を摂らせるように配慮しておりましたが、吐いているのを見つけました。肉類とか特に……スープなら食べられるようなので何とかその中に栄養価の高いものを溶かして食べてもらっている有様です」
それでも必要なエネルギー量には到達していないだろう。
ルドヴィカの影響でジャンルイジ大公は必要カロリー量についてだいぶ把握できるようになっていた。
「いつから食事が摂れていなかったのか」
ビアンカ公女は顎に手をあてて思い出すようにしていた。
「お兄様が帝都占領したあたりだったかしら、もしかするとその前にすでに食べれなくなっていたかもしれない」
ビアンカ公女が示した時期で何が起きたかを思い出した。
ジャンルイジ大公が帝都占領したときは皇帝は暗殺され、民衆は暴徒化し皇后が逃亡した。
あのきらびやかな帝都は失われていた。
街中が汚染された空気で、遺体が転がっていた。
得にひどいと感じたのは中央広場であった。
そこには民衆が粛正した貴族の死体が乱雑に集められていた。
さらに進んだ先にある管理人がいなくなった絞首台には幼い皇太子の首がつるされていた。
民衆が腹いせに石や汚物を投げつけていた為、血と泥で汚れひどい匂いを放っている。
皇帝夫妻が圧政を敷いていたとはいえ、まだ幼い皇太子が受けるにはあまりにむごい有様であった。
ジャンルイジ大公は暴徒化した帝都民を鎮圧し終え、殺され死体をさらされた皇太子をはじめ貴族の面々の遺体を教会へと運び葬儀を依頼した。
「確かに、皇太子の最期を聞いてから様子がおかしかったわ」
ビアンカ公女は思い出したようにつぶやいた。
ジャンルイジ大公は頭を抱えた。
実家や妹一家を敵に回そうとジャンルイジ大公の味方であり続けると宣言したルドヴィカを思い出した。
罪のない幼い皇太子、皇女のことを想い、罪悪感が強くなったのだろう。
「大公妃が罪の意識を感じる必要はないわ。それならば、諸悪の根源・アリアンヌの方よ。あいつが皇太子と皇女を置いていったのが悪いのよ。あの悪女が安心安全な場所に逃げたと考えると腸が煮えくり返りそうだわ」
「アリアンヌ皇后は死んだ」
その瞬間ビアンカ公女は目を丸くした。
まだルドヴィカには伝えていない内容であるが、とジャンルイジ大公は付け加えた。
「コジェット辺境伯城にて病死したと。そのうち新皇帝より公表されるだろう」
「病死、あの女が」
ビアンカ公女は鼻で笑った。
何とも呆気ない最期に呆れた。
「あんな殺しても死ななそうな女が」
「殺されたのだろう」
ジャンルイジ大公は推測を語った。
コジェット辺境伯周辺の調べによるとルドヴィカの家庭教師の実家であった。最期について調べてみると不可解な点があった。
家庭教師の殺され方が、大公城の池に沈められたメイドの損傷具合に似ていた。
さらに確証ともいえる証言を得られた。宮殿のメイドがアリアンヌ皇后の横暴を告発したのだ。彼女が気に食わないメイドを閉じ込めてひどい拷問を与えていたという。
拷問場所へ入ると目を覆いたくなるような拷問器具が散乱しており、宮殿の端の方には死体が埋められていた。拷問を受けたメイドだと判明した。
アリアンヌの残忍さを嫌でも確認することになった。
コジェット夫人の死もアリアンヌが関わっていたと考えれば辺境伯が彼女を憎む気持ちはわかる。ジャンルイジ大公は彼を皇后を私刑したことで告発する気にはなれなかった。
「そう。死んだのね。あの女」
ビアンカ公女は何度も繰り返した。
いけ好かない女であった。
死んでほしくなかったとは決して思わない。
むしろ歩く災害のような女であのまま逃亡をはかってもその先で似たような被害者が出てきたであろう。
妙に実感がわかなかった。
先ほども言ったように殺しても死ななそうな女だからまだどこかで生息しているのではないかという不気味さを感じる。
あまりに呆気ない幕引きだと感じた。
「大公妃には言うの?」
「数日のうちに頃合いを見て……」
アリアンヌは褒められるような女性ではなかったが、仮にも妹である。
皇太子、皇女のことで摂食障害に至るのであればどうなってしまうかわからない。
「そういえば、大公妃の実家はどうなったのかしら」
ビアンカ公女は思い出したように質問を変えた。
皇太子、皇女、アリアンヌといって次の関心はルドヴィカの両親である。
「ロヴェリア公爵家は解体される」
帝都民の暴徒化でロヴェリア公爵夫妻は国外逃亡し、山中で捕縛された。捕縛された頃はジャンルイジ大公が聖国への依頼の手紙を送った後であった。
戻されたロヴェリア公爵はねこなで声でごまをすりはじめた。帝都を鎮圧したジャンルイジ大公を新たな皇帝にと望んだ。
そうすればルドヴィカは新たな皇后になる。
外戚に返り咲けると思ったのであろう。
戦争が起きると同時にルドヴィカは絶縁状を送ったというのを忘れているようだった。
気持ち悪いほどの持ち上げようにジャンルイジ大公は呆れてしまった。
これ以上面倒な話を進められたくないため、すぐに断言した。
自分は皇帝になるつもりはないこと。新たな皇帝は聖国から招かれること。今後の措置に関しては新皇帝の体制で決められること。
あまりにも面倒くさくなり、新皇帝が登場するまで彼らを幽閉塔へと閉じ込めて一切の面会要請を拒否した。
聖国から皇帝が現れたら様々なことの見直しがされた。残された貴族家門の整備についても確認していた。
ロヴェリア公爵家は解体と決められた。
理由は多くある。
ひとつは皇帝の腹心、皇后の親でありながら皇帝夫妻の暴走を止めようとしなかったこと。
ひとつは貴族としての責務を放棄し国外へ逃亡しようとしたこと。
このふたつが決めてであった。
ロヴェリア公爵家は貴族としての地位も領地も全て剥奪することとなった。
せめてもの温情と最低限の生活保護を受けられるだけありがたがるべきであろう。
だが、ロヴェリア公爵夫妻は納得できず何度も裁判を起こした。当然敗訴で終わる。
家門の衰退をみてロヴェリア公爵はすっかりやつれてしまい、風邪でそのまま命を閉ざした。
残されたロヴェリア公爵夫人はといえば、新皇帝の横暴を触れ回り生活保護の打ち止めを受けた。自業自得である。
生活に困窮し、ジャンルイジ大公の元へ助けを求めたのはさすがに苛立った。
「どうか、私を大公城へ連れて行ってください」
一刻も早く大公城へ、ルドヴィカの元へ帰りたいジャンルイジ大公は彼女の言葉を聞いて腹が立った。
彼女がルドヴィカに今まで何をしてきたかジャンルイジ大公は知らない訳ではない。
「私にはそんな義理はない」
「いいえ、私はあなたの義理の母よ」
「面の皮の厚さはアリアンヌと似ているな」
拳を握りしめながらも相手は女性であると自制していた。皮肉は抑えられなかったが。
その瞬間むっとした表情を浮かべたのを見逃さなかった。
一瞬、下女としてなら連れて行ってもいいと口にしようと思ったがやめた。
アリアンヌの母親である彼女を大公城へ連れて行っても、どうせ分を弁えないであろう。
そうなればルドヴィカの心労はひどいものとなる。
「それでどうしたの?」
ジャンルイジ大公の語りにビアンカ公女は両手を強く握ってその先を知りたがった。
「会話は成立せず、面倒だから不法侵入罪で憲兵に突き出した。その後はコジェット辺境伯が手を貸してくれたな。辺境の修道院に預かってもらうこととなった」
話によるとアリアンヌ皇后の遺体を埋葬された修道院だという。
公爵夫人としての地位も財産も失った女であり、そこからアンジェロ大公領へ来ることはまずないだろう。アンジェロ大公の借宅への不法侵入の件もあり、アンジェロ大公領への侵入は禁じられることを認められた。
見つかれば劣悪な環境の監獄へ送られることを脅しにかけた。
「話を聞くと大丈夫かしら……あのアリアンヌの母親でしょう?」
ビアンカ公女の不安は的中してしまう。残念なことであるが。




