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うちの大公妃は肥満専攻です  作者: ariya


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82 アリアンヌの最期

 どうして私がこんな目に遭わないといけないの。


 アリアンヌは不満を抱えながら馬車に揺られていた。

 アリアンヌはロヴェリア公爵家令嬢、誰もが愛する令嬢であった。

 その上で珍しい言霊魔法を持つと魔法棟から褒められ、教会から自分こそ人の上に立つのに相応しいと誉めそやされた。

 だから彼らの言う通りにした。

 皇帝の願い通り、アンジェロ大公家をめちゃくちゃにして戻ってきた。

 姉を蹴落として、ご褒美として皇后の座につきアリアンヌは順風満帆な日々を送っていた。

 なのに、まだまだ欲は満たされずにいた。

 きっと一番目の皇女が鼠色の髪で生まれて来たせいだ。

 アリアンヌはカプリアナ皇女をことあるごと虐めて来た。

 同じく鼠色の髪を忌み嫌う皇帝もカプリアナ皇女を空気のように扱った。

 カプリアナ皇女が人目に触れるのを避けさせ、外に出るときは髪を隠すように命じた。

 苛立ちは募る一方であった。

 カプリアナ皇女をみると姉のことを思い出してしまう。

 自分よりも劣った容姿を持つ癖に皇后になろうとした身の程知らず。


 貴族たちはアリアンヌを誉めそやしたが、しかし、時々ルドヴィカの方がよかったという意見を聞いた。

 貴族ではない下賤な平民の出である。

 どうやら自分たちの待遇を一番改善するようにと上に掛け合ったのはルドヴィカだった為、ひそかに彼女を慕っていたようだ。

 アリアンヌは怒り、彼らを陥れ投獄させた。酷い罰を与え最期には絞首台へと向かわせる。

 その時の様子を特等席で眺めるのは最高に楽しかった。


 貴族でもごくたまにルドヴィカを評価する者もいたが、とってもうるさい女であった。

 いなくなってせいせいした。


 ようやく皇太子が生まれたというのにあまり満たされない。

 そうだ。ルドヴィカを誕生の場へ招待してしよう。

 夫に愛されず惨めな女の生活をしている姉を慰めて、最終的には身の程を知らしめてやるのだ。

 そうすればきっと満たされる。


 そう思っていたのに、ルドヴィカと共に現れたのは精悍な素敵な男であった。

 ジャンルイジ大公に似ているが、違うとわかっている。

 だってあいつはとんでもない豚なのだ。

 よくも肖像画に似た男を用意できたものだとアリアンヌは感心した。


 手を回し、ジャンルイジ大公を休憩室へと案内し密会をした。


「可哀そうなお姉様。いくら惨めでも夫の偽物を用意するなんて……あなたもそう思うでしょう」


 甘えて男に声をかける。そうすればだいたいの男はアリアンヌに心動かされた。

 この男もきっと動かされる。


「正真正銘、ルドヴィカの夫だが」


 男は呆れてアリアンヌをはねつけた。


「はぁ? 冗談を。あなたのような素敵な方があの豚」

「その豚男が私です」


 そんなはずがない。

 アリアンヌによって惨めな豚として日々過ごしたあの男がこんな素敵な殿方のはずがない。


「まだ信じられないのならば、お前が私に言った言葉を一言一句間違えずに行ってみましょうか」

「そんな……本当にあの時の」


 アリアンヌはすぐに立ち直った。


「素敵だわ。ジャンルイジ様。あの苦境の中よく立ち上がられて、このような素敵な殿方になるなんて」


 甘えるようにジャンルイジ大公に寄り添った。

 こんな素敵な男になったのなら愛人にしてやってもいい。

 その気持ちであった。

 ジャンルイジ大公は呆れたようにアリアンヌをはねつけた。


「相変わらずだな。アリアンヌ、……いや、今は皇后でしたね。あなたに出会うことでまた自分は逆戻りするのかと内心怯えたが、そうならずに今安心したよ」


 彼女に会うことを拒絶する強い脅迫観念が消えたようで安心した。


「今のことは忘れます。あなたも節度を以て皇后らしく振舞っていただきたい」


 そう言い放ちジャンルイジ大公は部屋を出ていった。

 残されたアリアンヌは歯ぎしりした。

 自分が相手にされないことに強い怒りを感じた。

 あんなに幸せそうにルドヴィカとダンスしていたことを思い出して、さらにいっそう苛立った。


 アリアンヌは自分のドレスを引き裂き、悲鳴をあげた。

 訪れた使用人、皇帝に泣きつきジャンルイジ大公に襲われたことをでっち上げたのである。

 カリスト皇帝はこの機にジャンルイジ大公を陥れてしまおうと画策した。

 ルドヴィカに対しても同様である。

 ネックレスにヒ素を塗りこめて、ルドヴィカの罪を作り上げた。


 これがうまくいけば惨めに牢獄に過ごす姉を嘲笑してやろうとアリアンヌは楽しみであった。

 なのに、ルドヴィカは暴力聖女に救い出され、ジャンルイジ大公は逃亡し、ホテルに待機していた使用人たちもいなくなってしまっていた。


 何もかもうまくいかないことにいら立ちを覚えた。

 戦争で何が何でも勝って、アンジェロ大公家の者たちを屈服させたい。

 そうすればきっとアリアンヌの気持ちは晴れることだろう。


 それなのに、どうしてうまくいかないの。


 馬車の壁にアリアンヌは叩いた。どんと鈍い音が響いた。


「鏡……」


 アリアンヌはメイドに命じた。


「お化粧直しと髪を綺麗にするのよ。どんくさいわね!」


 もうすぐ逃亡先の城へとたどり着く。そこの主に良い姿を見せなければならない。


 鏡に映る自分をみてアリアンヌは笑った。

 自分はまだ美しい。これを武器にすればまたやり直せる。

 まずは手始めに領主を篭絡してそこを拠点にしよう。

 帝都での暮らしに比べると魅力を感じないが、地理的に簡単に攻め込めそうにない。良い時間稼ぎになるだろう。


 隣国に逃亡してそこで国王に泣きつくのよ。


 それまではしっかりと日頃の疲れを城で取らさせてもらいましょう。


「あ、やっぱり少し暗めの化粧にして。同情を誘うにようにするのよ」


 どんな姿でも自分は美しい。

 可哀そうな姿をみれば領主もつい絆されてしまうだろう。


「ようこそお越しいただきました。皇后陛下」

「コジェット辺境伯、私を救い出してくださり感謝します」


 あの逃亡劇の中、アリアンヌを救い出そうと馬車を手配したのがこの辺境領の領主レオナルド・コジェットであった。

 アリアンヌは作った疲労感あらわな姿で、お礼を言う。


「大分お疲れでしょう。部屋でどうぞお寛ぎください」


 メイドに案内される中、アリアンヌは城の中を眺めた。


 ふーん、なかなか悪くないわ。お金もありそうだし、ここで贅沢な暮らしをしましょう。

 あのレオナルドもだいぶ年上だけど良い男ね。

 楽しませてあげなくはないわ。


 アリアンヌはその夜メイドの手引きでレオナルドの寝所へと向かった。


「皇后陛下、いかがしました。何か不便が」

「いえ、その……心細くて」


 ちらりと胸元をみせ色目遣いを使う。


「長い間苦労されていましたからね。丁度良い果実酒があり、一緒に飲みますか?」


 部屋の中へとあっさりと通され、アリアンヌは内心高笑いした。

 やっぱり楽勝だったわ。アンジェロ大公とあそこの魔法使いは異例だったけど大抵の男は私に落ちる。

 自信に満ちてレオナルドの淹れる果実酒にのどを潤わせた。


「そういえば、辺境伯はおひとりでしょうか」


 こんなところに入っては奥方に悪いのではとちらりとほのめかす。

 気にしなくてもいいとレオナルドは笑った。


「良い出会いに恵まれず独り身です。これではあの世の母に何といわれるか」

「お母様は亡くなられたのですか」


 これは好機だ。

 妻もおらず、口うるさい母親もいない。

 このままレオナルドを篭絡して好きにさせてもらおう。

 アリアンヌは舌なめずりして、追加の果実酒を楽しんだ。


「ええ、あなたに殺されました」


 レオナルドの発言にアリアンヌは息を呑んだ。

 突然何を言い出すのだ。

 急に呼吸が苦しいのを感じた。手に力が入らない。

 アリアンヌの反応をレオナルドは冷ややかに見下ろした。


「わかりませんか。あなたの元家庭教師だったコジェット夫人、私の母です」


 そういえばそんな女もいた。

 とっても口うるさくて父に頼んでくびにさせた。その後も社交界で見かけて目障りで、愛人騎士に頼んで消してもらった。

 強盗に襲われたと見せかけて。彼女が痛めつけられる場面を見れて興奮したものだ。

 アリアンヌが関与しているという証拠はないはずだ。


「部下に命じて強盗犯を捕え締め上げさせました。そこでさらに指示を出した騎士にも手を伸ばし……あなたが母を殺すように仕向けたとようやく真実に至れました」

「そんな……私を疑うなんてひどいわ」

「なるほど。その顔で多くの男をたらしこめたのでしょう。ただ、母が言うように頭はよろしくないようで安心しましたよ」


 救出用の馬車を用意すれば簡単に乗り込んでくれた。


「皇太子、皇女を捨てていく姿をみて罪悪感はすっかり消えました。二人の目の前で唯一の母を殺すのはさすがに良心が痛みますから」

「何をいって、……あの果実酒に何を入れたの!」

「我が領で採れる毒草です。解毒剤は一応用意しています。あなたが罪を認め贖罪するのであれば差し上げましょう」


 レオナルドは箱から注射器を取り出した。中には黄色の液状薬が入ってある。


「わ、私が悪かったわ。許して……お願い」


 このまましらばっくれても命を落とすだけだと察したアリアンヌはようやく罪を認めた。

 許して許してと何度も呟くアリアンヌに対してレオナルドは注射針を彼女の肩に刺す。

 薬が注がれてしばらくして、アリアンヌは「あはは」と笑った。

 さっきより口がよく回るようになった。


「ばっかじゃないの。あの女が死んだのは自業自得よ。私よりもお姉様を立派だと言っていたんだもの」

「やはり頭がよくないようで安心しました」


 楽になったのは数分だけですぐにアリアンヌは呼吸が苦しくなるのを感じた。


「あなたは2杯飲みました。2杯分に潜ませていた毒を中和するにはもうひとつ注射が必要です」

「そ、んな……どうして私がこんな目に」

「そんなのこちらが言いたい。何故母はあんな目に遭わなければならなかった」


 レオナルドは怒りをアリアンヌにぶつけた。

 回収されたコジェット夫人の体は見るも無残な姿であった。口にするのも憚れる。女に対して、人に対する侮辱ともとれる程体は痛めつけられて殺されていたのだ。


「母を見た時に私は誓った。絶対に犯人を、あなたを許さないと」


 レオナルドは冷ややかに言い放った。

 そして別の箱から出した注射器を取り出す。


「さすがに私も嗜虐趣味はなくてね。これを一気に注ぎ込めばあなたはすぐに死にます」

「そんな、ひどい。ひどい」

「あなたに比べればましでしょう」


 そういいレオナルドはアリアンヌの肩に新しい薬を刺した。

 薬が一気に注入され、アリアンヌは一瞬苦しそうに呻いたがすぐに動かなくなった。


 こうしてアリアンヌはルドヴィカの知らないところで息を引き取った。


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