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うちの大公妃は肥満専攻です  作者: ariya


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81 皇帝家の衰退

 数日後、皇帝家からの無礼な使者が訪れた。

 投降し、皇族侮辱罪を受けるのであれば領民に危害を加えないという発言。

 ジャンルイジ大公は使者らを投獄した。

 そして、戦線布告をし皇帝家はこれを叛意とし帝国中にアンジェロ大公討伐を命じた。

 ついに戦争がはじまる。


 その晩ルドヴィカは悪夢にうなされた。

 断頭台へと送られるジャンルイジ大公とビアンカ公女、その命乞いをしても皇帝から蔑まれ願いを聞き届けられず修道院へと追放となる。


「ルカ」


 ジャンルイジ大公の声にルドヴィカは目を覚ました。

 そういえば、帝都のホテルで一緒に寝るようになって二人の寝室の間の夫婦の部屋で寝るようになったのだ。


「すまない。酷いうなされていたようで」


 ジャンルイジ大公はルルを呼び、飲み物を入れてもらうようにした。

 震える手でルドヴィカは温めたミルクの入ったカップを受け取った。


「何にうなされた」


 宣戦布告の後、ルドヴィカの表情が曇っていたことにジャンルイジ大公は気づいていた。

 ルドヴィカは涙を浮かべて夢の内容を伝えた。


「夢だ。気にするな」

「それでも、戦争が始まったら……ジジもビアンカも」

「何に怯えているのだ」


 ジャンルイジ大公はルドヴィカの頬に触れた。


「教えてほしい。お前はずっと何かに怯えているようだった。何か未来がみえるように、いつも怯えて……お前の言う未来は何なのか」


 転生の話をルドヴィカは話していない。フランチェスカとしか共有していない話題であった。


「滑稽な話かもしれません」

「私の妻の話を滑稽と笑うはずがない」

「私、前世の記憶があるのです」


 ルドヴィカは語った。

 自分は前世の記憶があり、前世はアンジェロ大公が滅亡したことを。

 自分が前世は大公妃に相応しくない女だったこと、ジャンルイジ大公と共にお互い心を閉ざして彼に向き合わなかったこと、皇帝に捨てられ大公を理解することができず贅沢な日々を送って周りを困らせていたこと。その上で、起きたジャンルイジ大公の夭折、ビアンカ公女はスパイの手によって孤立化し戦争を引き起こし断罪されたこと。


「戦争が起きたら……人がいっぱい死にます。もしかするとジジも……死ななかったとしても、叛逆者として断罪されて」


 それならいっそ今のうちにルドヴィカを皇后暗殺未遂の犯人として差し出してしまえばいいのかもしれない。


「私は負けない」


 ジャンルイジ大公ははっきりと言った。


「よく考えろ。今は私がいる。私がいる限りお前も、ビアンカも手だしさせない。大公領も守り抜く」


 確かに戦争が起きれば人は死ぬだろう。それでも、これ以上皇帝家によって踏みにじられないようにしなければならない。


「私を信じてくれ。私は決して負けない」


 カーテンの隙間から月の光が差し込んできた。

 笑いながらルドヴィカに手を伸ばすジャンルイジ大公の姿は綺麗で、逞しくてルドヴィカは思わず彼の手をとった。


「いなくならないで。ジジ」


 ルドヴィカは彼の胸にすがりついた。


「大丈夫だ。私はいなくならない」


 ルドヴィカの髪を撫でた。ジャンルイジ大公は彼女の頬を再び触れた。

 涙をこぼす彼女の頬を拭いてやる。

 そして、顔を近づけた。

 ルドヴィカの唇に自分の唇を重ねた。

 そして彼女の手に自分の手をからませて、彼女と共に寝台の中へと沈み込んだ。


 ◆◆◆


 戦争は3年続いた。


 はじめは勢いのあった帝都軍であったが、大公領の境界を超えることはなかなかできない。

 大公領の騎士たちは精鋭ぞろいである。長い間、異国の攻防に尽力を尽くして来たからだ。

 対して帝都側の騎士たちは戦争経験はそれほどない。あったとしても奥の安全地帯で指揮をとっていただけである。末端が優秀で何とかなったというのに自分の手柄と思い込んでいる連中ばかりであった。

 帝都以外の地方の騎士、兵士たちは比較的善戦した方であろう。

 それでも帝都騎士との扱いの差に日々不満を抱えていた。


 1年経過したところでそれは著しい色として現れた。

 何かしらの理由をつけて地方の騎士たちは手を緩めるようになった。

 次第に劣勢となり帝都軍は押し返されて行く。


 さらに兵力を、と男たちを狩りだすが、兵士が増えれば増える分兵糧が必要になってくる。どこから補充するかといえば民たちに課せられる税である。

 税はどんどん大きく膨れ上がり、民の暮らしに余裕はなくなっていった。

 帝都の治安が悪くなる中、この戦争のはじまりの経緯に疑問を抱く者もいた。


 戦争の経緯は大公のアリアンヌ皇后へ懸想し暴行したこと、大公妃の皇后への毒殺したことだという。


 しかし、これが作られたシナリオだったのではないかという声があがった。

 そこから都合よくアリアンヌが大公領で行われた悪事が暴かれて行った。

 その内容に人々は引いてしまい、大公がこの女に懸想するのだろうかと疑問が強くなっていく。


 大公妃の危機に駆け付けたヒポグリフに乗った聖女の話も出て、それは人々には神秘的に思えた。

 むしろ大公妃は被害者ではないか。

 だから聖女は助けたのではなかろうか。


「久しぶりね。ルカ」


 フランチェスカは今は前線で治癒魔法をして大忙しであった。

 何とか時間を作りルドヴィカのいる大公城へとやってくる。


「フラン、お疲れ様。今日の為にお菓子を焼いてもらったの。あなたの好きないちごのタルトもあるわ」

「やったわ」


 フランチェスカは嬉しいとルドヴィカに抱き着いた。


「それよりも大変よね。皇帝が死んでも戦争が終わらないなんて」


 唇を尖らして語るフランチェスカにルドヴィカは苦笑いした。


 3カ月前、大きな事件に帝国だけではなく大公領にも激震が走った。


 3カ月前に起きた事件、カリスト皇帝殺害事件であった。

 宮殿に潜り込んだ皇帝愛人によるものだと言われたが、実際の犯人はアリアンヌであった。


 アリアンヌの大公領での行動から民の間では彼女の行動が注目されるようになった。

 今現在アリアンヌは多くの愛人を囲い込んでいるという。

 これに激怒したカリスト皇帝がアリアンヌに詰めかかり、アリアンヌは彼を殺害した。犯人を偽造した娼婦を断頭台に送り、事実を隠蔽した。

 これによりルドヴィカも帝都の民も皇帝を殺した真の犯人を知らずにいた。


「しかも、アリアンヌったら面の皮が厚いわね。あそこまで自分の悪事が暴露されたのに」


 残された皇太子の後見となったアリアンヌが政治の実権を握り始めた。

 皇太子が成人するまでの摂政である。


 税はさらに取り立てられて、戦争は終わらない。

 アリアンンヌの暮らしは変わらず贅沢三昧な日々を送っている。彼女のありようは以前より一層悪化していた。


 人々の不満は大きく膨れ上がっていきついに暴動が起きてしまう。


 宮殿騎士でも敵わない程の勢いで、アリアンヌは慌てて彼らを言霊魔法で鎮めようとした。だが、逆効果で民の憎悪はさらに膨れ上がっていく。


 この話を聞いた時ルドヴィカは首を傾げた。あれだけ強い言霊魔法が逆効果になるなんて。

 ルフィーノがそれを代わりに説明してくれた。どうやらフランチェスカが入手した聖国の資料に興味深いものが発見されたようだ。


 ここからは遠い東の小国にも言霊魔法を持つ一族がいたそうだ。

 その魔法を所持する女性は巫女として未婚を義務付けられている。

 どうやら子を産むと魔法が弱まっていくらしい。

 産んだ直後には気づかないが、少しずつ魔法の効力は失われて行き力のない女になっていくと。

 代わりに彼女が生んだ子、もしくはその子孫から同じ魔法を持つ者が生まれる。


「つまり子を産んでいくことでアリアンヌの強い言霊魔法はなくなってしまった。良かったよ。あんなものをいつまでも危険女が持ち続けなくて」


 ルフィーノは心から感想を述べた。


 さて、暴動事件の時、アリアンヌはどうしたかというと逃亡してしまった。

 我が子も何もかも捨てて。


 宮殿に命令をくだす皇帝家がいなくなり、体制は崩れ落ちていく。

 人々は皇帝家への怒りがなかなか静まらず、使用人たちが逃がそうとした皇太子をみるやいなや彼を縛り首にしてしまった。


 その話を聞きルドヴィカは青ざめた。

 いくらアリアンヌのしたことが許せないことだったとしても、まだ3歳の子には罪はないだろう。

 ふとルドヴィカは思い出した。

 あの時の皇女はどうなっただろうか。

 暴動の中、殺されてしまったのかもしれない。


 今更ながら胸が痛んだ。

 自分と自分の周りのことだけでいっぱいいっぱいだったとはいえ、幼い子が酷い目に遭ったのを黙って見過ごしてしまった。

 その日からルドヴィカの食欲は落ちていき、少しずつ痩せていった。


 皇帝がいなくなり、皇后も逃亡してしまったことで帝都軍の統率力は一気に落ち込んでいった。

 アンジェロ大公軍は推し進め、帝都軍を捕虜にし、さらに帝都の暴動を鎮圧していった。

 人々はアンジェロ大公こそ新たな皇帝であると拍手で迎えた。

 しかし、ジャンルイジ大公は皇帝になるつもりはない。

 アンジェロ大公領さえ守れれば彼はそれで良かった。

 聖国へ報せを届け、新しい皇帝に相応しい者を選んでほしいと頼み込んだ。

 聖国はそのままアンジェロ大公の固い意志を確認し、聖皇と元老院で話し合いをし聖皇の叔父にあたるフェリシアノ・ネロ将軍を推薦し、彼を新たなガンドルフォ皇帝とした。

 ガンドルフォ帝国としての名はそのまま残ったが、別の一族が皇帝となった。

 これによりガンドルフォ皇帝家は滅亡した。

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