75 帝都での祝いごと
5年ぶりの帝都は人々の表情が一層華やかであった。
アリアンヌが待望の皇太子を出産した為である。
大きな祝いがあると減税されることもある。また恩赦も行われる。
カリスト皇帝が即位したときも、減税していたので今回も行われるだろうと確信されていた。
ルドヴィカは馬車から外の様子を眺めた。
「変わりはないか?」
ジャンルイジ大公はルドヴィカに声をかけた。ルドヴィカは苦笑いした。
「ええ、特に……」
ルドヴィカは懐かしい景色を眺め、ホテルへと向かった。
ホテルは高位貴族が宿泊する帝都で人気ある高級ホテルであった。
ここで数日ルドヴィカとジャンルイジ大公は宿泊する。勿論護衛の為に連れて来た騎士、世話人の部屋も確保していた。
「ようこそ、大公殿下」
ホテルの支配人は恭しくジャンルイジ大公を部屋へと案内した。
広々とした空間で、この一つの部屋だけで数名が暮らしていけそうであった。
「当ホテル自慢の客室でございます。ああ、使用人たちを部屋へ案内してくれ」
支配人は部下たちに命じてルルたちを使用人の客室へと案内する。
部下の一人がルドヴィカの方へ声をかけた。
「どうぞ、使用人用のお部屋へご案内します」
その瞬間、場は凍った。
ルドヴィカはどうしようと頭の中で考えた。
悪気はないと思う。大公領ではすっかり髪の色の差別がなかったから忘れていたが、帝都ではまだ鼠色の髪への差別が濃厚に残っていた。
「お前! 今すぐ下がりなさい!」
青ざめた支配人は部下を叱咤した。
部下はどうしてだと首を傾げた。別の部下が耳打ちをしてさぁっと青ざめた。
「申し訳ありません。大公妃殿下」
まさか鼠色の髪の女性が大公妃だとは思わなかったようだ。
「今回は許しましょう。ですが、しばらくはお互い顔を合わせない方がいいわね」
この件を大事にするつもりはないとまずルドヴィカは発言した。
だが、個人として簡単に受け入れられないとも伝え、使用人は恐縮してその場を立ち去った。
「殿下の寛大なお心遣いに感謝致します」
支配人は深く頭を下げた。
部屋の説明を受けた後、ようやく部屋は二人だけの空間となった。
「ふぅ……、あれで良かったかしら」
ルドヴィカはちらりとジャンルイジ大公を見つめた。
「甘すぎるくらいだ。仮にも大公夫妻を招き入れるホテルスタッフであろう。なら、大公妃の情報くらいは網羅すべきだ」
面白くなさげにジャンルイジ大公は吐き出した。
ルドヴィカはくすっと微笑んだ。
ルルが戻ってきてお茶を用意して、しばらく長旅の休息をとる。
「これからの予定の確認、と」
祝賀会は3日後であり、明日ルドヴィカは実家へ挨拶へ向かう予定であった。
出発前に手紙で決めたことである。
久々の実家は気が重たかった。
ソフィア・タッソをアリアンヌのメイドとして雇い入れたのはルドヴィカの父母であった。ソフィアはアンに成りすましスパイ活動を続けていた。
ソフィアの行動はロヴェリア公爵家も関与している。
つまりジャンルイジ大公の政敵となる。
しかし、帝都へやってきたとなれば無視するわけにはいかない。
手紙で無事到着したこと、約束の時間通り訪問することを記載してルルに手渡す。返事は夕食の後に届いた。
そっけない簡素な事務的な文書である。
「さて、明日のことは明日考えて休みましょう」
ルドヴィカは部屋の寝台へと横になった。
「どうしました。ジジ。長旅で疲れているのですから早く休みましょう」
「いや、その……こう初めて一緒に」
ぼそぼそと出た彼の言葉にルドヴィカはにこりと笑った。
「夫婦なのよ。一緒に寝てもいいでしょう」
さすがにホテルに今更夫婦別々の部屋を用意させるわけにはいかない。
変に思われるだろうし、部屋に関しては一緒に相談してパルドンに手配させたことではないか。
「別に何かをするというわけではなく一緒に寝るだけです」
さすがに疲れた夜に夫婦の営みをしようなどお互い考えていない。
ようやくジャンルイジ大公は布団の中へと入った。その時にみえた寝着の隙間からの大胸筋をみてルドヴィカは少し驚いた。
あのぷにぷにだったお胸がここまでなるなんて。
元々筋肉質な体というのは知っていたが、5年の減量と筋トレの成果である。
肥満で広がった皮膚もたるまずに済んでいてよかった。
「何だ。私をじろじろと見て」
「ふふ、ジジが逞しくなってほれぼれとしました」
「な……」
ジャンルイジ大公は顔を赤くした。
「おやすみなさい」
何かを言おうとする前にルドヴィカはそう一言呟いて瞼を閉ざした。
「ル、ルカ」
ジャンルイジ大公はルドヴィカの方を確認した。規則的な寝息をたてた。
こうもあっさりと熟睡されるとは思わなかった。
長旅で疲れていたのだろうとわかるのだが、わかるのだが。
「は、はじめて一緒の寝台で寝るのだぞ」
いくら何でも緊張感がないのではなかろうか。
それとも自分は男として意識されていないのだろうか。
いや、それはない。ことあるごとにルドヴィカはジャンルイジ大公にアプローチしていた。
瞳の色を褒めながら顔を近づけたり、腕に触れたり、頬にキスをしたり。
もしかして幼児と思われているのだろうか。
一応ジャンルイジ大公の方が年上であるが、可能性はありえなくはない。
思い出してみるとルドヴィカの接し方は年下の面倒をみている男の子にしているものに近いような。
考えるうちにもんもんとしてきたが、次第にジャンルイジ大公も眠りについていた。




