挿話 メイドのルルさん
私はルルといいます。
ルドヴィカ大公妃付きのメイドをしております。
実は最近、私を羨ましがるメイド仲間が多いのですよ。
はじめは大公妃殿下の世話係になりたがる者はほぼいませんでした。
何しろ大公城をめちゃくちゃにしたアリアンヌ嬢の姉、噂ではアリアンヌ嬢以上に性格が歪んだ娘だと聞かされていたからです。
どんな目に遭わされるかわからないとメイドたちは彼女に近づきたがりませんでした。
なので私が手をあげました。
どうしてかと言われると今もわかりません。
何だかとっても大公妃殿下を放っておけないなと思って。
でも実際お会いした大公妃殿下はとてもはきはきと喋る元気な令嬢でした。
記憶の中では部屋の奥に引きこもって、外出しないのに豪華なドレスや髪飾りを購入し、自分の髪を目立たないように装飾品で飾り立てる方だったと思いましたが。
変な先入観を持ってしまったようです。
何はともあれルドヴィカ大公妃は思った以上によく働いており、次第に大公城の者たちとも打ち解けるようになっておりました。
例の公女暗殺未遂事件からビアンカ公女とは和解し、今では時折一緒に庭を散策したりお茶をなされたりと良好な関係を築かれております。
ジャンルイジ大公殿下もルドヴィカ大公妃を気にかけておられて、はじめは壁を作っておられましたが次第に夫婦生活に進展があるようにみられました。
が、肝心な部分が進んでおりません。
「それではおやすみなさい」
ルドヴィカ大公妃はジャンルイジ大公におやすみのキスをする。
ジャンルイジ大公もはじめは照れて逃げ腰でしたが最近はキスを受け入れ、返すようになりました。
すごい進展だと思います。
「では」
ルドヴィカ大公妃は自室へと入って行かれました。
大公殿下も自分の部屋へと入って行かれました。
結婚して数年お二人は未だに夜を一緒に過ごされていないのです。
未だに夫婦別々で就寝されているのです。真ん中に夫婦で夜を過ごすための部屋があるというのに。
私はいつかは使用される日が来るはずと信じて毎日欠かさず夫婦用の寝台のメンテナンスを続けております。
「どうすれば、お二人は一緒になれるのでしょうか」
ついに我慢できず私はガヴァス卿に声をかけてしまいました。
こんなことを騎士に話すなどよくはないとわかっています。
でも、メイド仲間内でこんな話できるわけありませんし、口の堅いガヴァス卿なら大丈夫かなーと日頃もんもんとしている悩みを口にしたのです。
「今も一緒に食事を過ごされているじゃないか」
心配する必要はないと言わんばかりに笑うガヴァス卿に私は一喝します。
「夜、一緒に過ごして欲しいのです」
「えーっと」
ガヴァス卿は困ったように視線をそらした。
さすがに彼の専門外のことだったようだ。
「そういった話はうーん。でも、お二人は仲が悪いという訳でもないし」
はじめの頃はお互い壁があった関係でした。
ジャンルイジ大公は全開で壁を構築し、ルドヴィカ大公妃もその壁にあたろうとする中自分自身で殻を作っている。
そんな歪な夫婦関係でした。
壁も殻もだいぶ薄くなった今となっては、大公城で誰も二人の関係を疑う者はおりません。
「でも、やはり夫婦ですし……子供だって」
ぶしつけな問題であるが、ルドヴィカ大公妃に子供ができることを望む声もあります。その中に私や、女官たちもいます。
妃としての地位を確固たるものにするには大公家の子を産むことだと考えてしまいました。
「大事なのはお二人の考えだろう。いっそ大公妃様に聞いてみては」
「そんな無礼なことを聞くのは」
「別に夜のことを具体的に聞くんじゃない。大公妃様がどのように将来を過ごしたいかを聞けばいいのだよ」
確かにそれなら私でも聞いてもよさそうな内容です。
就寝前のルドヴィカ大公妃に私は尋ねました。
「ええ、老後の過ごし方?」
若干違うが、将来的な考えといえば間違いはないのでそのまま話を進めてみました。
「そうねぇ。ジジとビアンカ公女が穏やかに暮らしているのを見られれば私はそれでいいかなと」
大公妃様は寝台の上で寝そべりながら目をこすりながら言葉にしていく。
ごめん、眠いとそのまま大公妃様は目を閉ざされました。
私は彼女の毛布や布団を整えてあげて、静かに部屋を出ました。
何となく、二人の関係をせっつくのは忍びなく感じてしまいました。
それでも私は何度でも大公妃様が大公様とより一層深い関係になることを願ってしまいます。
次は女官の中で一番口が固そうなグレゴリー夫人に相談してみましょう。




