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うちの大公妃は肥満専攻です  作者: ariya


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68 ある女の回顧(1)

 女は確かに名があったが、もうどういった名前かも誰も覚えていなかった。

 騎士の家に生まれた令嬢、父はロヴェリア公爵家に仕える騎士であった。

 美しい装飾の騎士姿の父をみるのが幼い頃の女の楽しみであった。


「いってらっしゃいませ」


 狩りのお供をするという父を見送り、女は2階の奥の部屋へと向かった。


「お母様、お父様はでかけました」

「そう。ちゃんと御守を渡せた?」

「ええ、ばっちりよ」


 先日母に教わりながら作った百合の刺繍を施した守り袋を父は受け取ってくれた。


「お母様も一緒にお見送りをすれば良いのに」


 女がそういうと母は困ったように笑った。


「私は外に出られないから」


 言い訳は女には理解できなかった。

 母は特に病気もなく健康そうだ。肌が弱いくらいである。

 最近は言い訳が通じないのを感じ母はようやく本音をもらした。


「私の髪が外の人に見られたらあの人が困るもの」


 それがますます理解できない。


「どうしてお母様の髪はとっても綺麗な色なのに」


 少しくすんだ青みのかかった銀色の髪、鼠色ブルーグレイの髪と呼ばれたその色がどうしてそう呼ばれているか女は理解できなかった。

 光にあたればとても綺麗に輝いていて女のお気に入りの色であった。


「ダメなのよ。この色は帝都では差別を受けるものなの」


 せめて髪の色を染められれば良かったのだが、染め物に対して皮膚アレルギーがでるようになり女は髪を染めることができなかった。

 差別を受ける髪、近所の人に見られると何といわれるかわからない。

 だから母は窓が閉ざされた奥の部屋に引きこもっていた。

 この部屋にやってこれるのは父と女、そして口の堅い侍女だけであった。


 父が狩りから戻るまでの間、女は母と一緒に過ごした。母の刺繍を眺め、自分も編み物をして過ごす。


「こほこほ」


 時折母からせき込んだ声が聞こえて来た。

 掃除はきちんとされているが、それでもほこりっぽい部屋。

 窓を開けることがほとんどない部屋だった。


「このお部屋にいたら病気になっちゃう」


 せめて換気はしっかりしないとと女は窓を開けた。

 開けることがなく久しい窓は固くなかなか開けられない。

 女は何とか踏ん張ってみた。


「■■■■、危ないわ」


 母親は椅子から腰をあげて女を止めようとした。それより前に窓は開いたが、かなり力を入れたから勢いよく開けられそのはずみに女は外へと身を落としてしまった。


「■■■■!」


 母は悲鳴をあげた。

 2階から放り出された女はぼんやりと空を眺めていた。

 起きようと思っても思うように動けなかった。

 母の悲鳴が少しずつ大きくなっていくのを感じた。


 なんだ。お母様、お外へ出られたじゃない。


 お家から出た母の姿をみて女は思わず微笑んだ。

 母は侍女を呼び、治療院へ連れて行くように頼んだ。


「何をしている?」


 侍女に抱え込まれた状態で女は父の声をぼんやりと聞いた。

 父は妙に苛立った様子であった。

 怯える母の声、終始苛立った父の声。

 父母のこんな様子をみたのは初めてだった。

 何か言わないとと思ったが、侍女に抱え込まれ女は家から離れてしまった。


 しばらくした後、女は魔法棟の一室で目を覚ました。

 治療院ではすぐに見てもらえず、丁度通りかかった魔法棟の魔法使いが治療をしてくれるとこちらの方へ運ばれたようである。


「頭を打っていたが、軽い脳震盪ですんでよかった」


 それよりもと魔法使いは興味深く女に言った。


「君には魔力があるようだね。珍しいタイプの魔法だ。是非我が魔法棟で力をつけてみないかね」


 勧誘をされたが女はすぐにどうすればいいかわからなかった。

 父が迎えに来てくれて、女は家へと帰った。


「お母様は?」

「部屋で待っている」


 むすっとした声で父は応えた。


「お母様はお家の外に出られたの。良かったわ」

「良くない! あんなけがわらしい髪を他の者に見られたのだぞ。明日には噂になっているかもしれない」


 父は今までにないほどの声で怒鳴った。

 どうして父はこんなに怒っているのか女には理解できなかった。


 家に帰ると青ざめた女が主人の帰りを待っていた。

 2階の奥の部屋へとあがろうとしたが、侍女は決して上へとあがらせようとしなかった。父が2階から戻ってきて忌々し気に呟いた。


「最期までろくでもない」


 後から聞いた話では、あの時母は2階の奥の部屋で自殺をしていた。

 首をくくって。

 何故母は自殺をしたのか女はわからなかった。

 わかるようになったのは成人になった頃であった。


 母が死んだ後、父は後妻を迎えた。

 女は実家での居場所を感じられず魔法棟へ転がり込むように移り住んだ。

 どうやら本当に自分は珍しいタイプの魔法を持っていたようだ。


 言霊魔法。


 聞いたことのない魔法である。

 ロヴェリア公爵家の令嬢も持っている魔法だったと聞かされた。

 どうやら公爵家で時々みることがある魔法だという。


 父の仕えるロヴェリア公爵家について調べて女はようやく理解した。

 母は元はロヴェリア公爵家の令嬢であった。先々代当主の末弟の娘。

 鼠色の髪を持って生まれた為、存在を否定されていた。

 昔であれば殺処分されていたようであるが、今はいろいろと面倒だったようで適当な嫁ぎ先を作りそこに丸投げした。


 凡庸な騎士見習いの元へ。

 騎士号を与える代わりに面倒な令嬢を妻にもらうようにと言われたそうだ。

 それが女の父親であった。


 父は困惑したが、騎士の家系に生まれながら未だに芽が出ず同期が次々騎士になる中未だに見習い止まりであった。

 焦りが出て、騎士になれるのであればとすぐに飛びついた。


 しかし、鼠色の髪の令嬢をもらったことを後に悔やんだ。

 同僚からは棄て娘の処分を引き受けて騎士になったと揶揄されて自尊心は傷つけられた。


 せめて鼠色の髪を隠せればいいが、皮膚アレルギーがでて母は髪を染めることができなかった。

 無理にすれば皮膚が醜くただれてみるのもきつい有様であった。

 化け物のような姿を受け入れるか、忌々しい鼠色の髪を受け入れるか。

 父は仕方なく後者を選んだ。


 母を奥へ閉じ込めて、外へでるなと強く言う。

 女は知らなかったが、父はことあるごとに母を罵倒し続けた。

 母は決してそれに逆らわずひたすら父に許しを請うた。

 どうして母がそこまでして我慢していたか理解できなかったが、侍女から聞かされて女は深くため息をついた。

 女の立場が危うくならないように、この父の暴言が女の方へ向かないようにと母は気が済むままに父の暴言を受け入れていたのだ。


 ああ、何て馬鹿な母なのだ。

 いや、それよりも母の立場に気づかずに無遠慮なことを言った幼い自分を馬鹿だと罵りたかった。

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