67 女主人の部屋
騎士二人が去った後に、ルドヴィカはジャンルイジ大公の方へとふり向いた。
「どうしました。殿下?」
「いや、別に」
ジャンルイジ大公はしかめた表情であった。
妻が別の男に贈り物をしている場面に遭遇するのは見ていて微妙な気分にさせられる。
その感情が嫉妬に近いものなどと考えると己の幼さが知られそうで嫌であった。
「そんな面白くない顔をしないでください。殿下にも贈り物を用意しているのですから」
ルドヴィカはにこにこ笑いながら上等な包みを見せた。
包みを開けてみるとブルーサファイアのカフスであった。
実は例の髪飾りのお礼として用意していたのであるが、渡す機会を逃してしまっていた。
「新しい紳士服も卸していますし一緒に使ってくださいね」
ジャンルイジ大公はじっとカフスを見つめた。宝石の色がビアンカ公女の瞳に似ていると思った。
「殿下の瞳の色に近い色で、この石を使ったカフスをオーダーメイドで作らせたのですよ。素敵でしょう」
ルドヴィカは嬉しそうに説明し、その内容にジャンルイジ大公は顔を赤らめた。
「ありがとう」
ジャンルイジ大公はこほんと咳払いして、包みごと膝の上に置いた。
「私からもお前に渡すものがある」
パルドンに声をかけると、彼は心得たように頷いた。
部屋を一度出て同じ階の別室へと案内される。
そこは婦人用の寝室であった。
ルドヴィカが現在使用しているものと同じものを選んである。
「女主人の部屋です」
ジャンルイジ大公の部屋と似ている。位置は対称的なものである。
「まさか、ここは」
一緒に部屋に入ったジャンルイジ大公は説明した。
「お前の部屋だ。細かい部分は好きに変えていいし、勿論今まで使っていた部屋も自由に使って構わない」
既に寝室も執務室も持っていた為、思わぬ贈り物にルドヴィカは声を失った。
女主人の部屋など前世で使用したこともなかった。前世ではそれすら足に踏み入れることがない為、ルドヴィカの立場は一層軽んじられ影から仮初の女主人と呼ばれていた。
「ここを、使って良いのですか?」
「女主人のお前が使えないのはおかしいだろう」
ジャンルイジ大公はルドヴィカに部屋の鍵を渡した。
「今まで通り、あの部屋を利用してもいいが、ここの所有権はお前のものだ。これでまだお前を大公妃と認めていない者らも考えを改めることだろう。その、もっと早く明け渡すべきだったな。それでお前の立場を好き勝手言う者がいて、放置して悪かった」
「いいえ……」
ルドヴィカは鍵を大事に握りしめた。
「殿下がいつも私に心を砕いてくださっているのはわかっています」
ジャンルイジ大公の生母が利用していた部屋は大事に使わせていただきたい。
ルドヴィカは笑いかけた。
改めて部屋の中を確認する。綺麗に清掃は終わっておりルドヴィカが好みそうな家具をそろえていた。
ドレスを置くクローゼット室は広々としていて中にはずらりと季節ごとのドレスが揃えられていた。前日購入したコートなどの防寒具もここに置かれている。
ルドヴィカの生活を理解したもの、ルルがこの部屋の整備に関わっていたのであろう。
そういえば最近、妙にそわそわした様子で気になっていた。
個人用のバス・トイレ室もあり、ルドヴィカの為に新調されている。
ルドヴィカは新居を訪れたわくわく感が強く出て部屋の中の冒険を繰り返していた。
その様子で気に入ってくれたとわかったジャンルイジ大公は安心し彼女を見つめた。
「こちらは何の扉かしら」
ルドヴィカは気になっていた扉を開くと女主人の部屋より少し小さい部屋へと繋がった。
そこに大きな寝台が置かれている。ルドヴィカとジャンルイジ大公が使用している寝台よりもずっと大きい。
「そちらは夫婦の部屋です。今まで放置されておりましたが、大公妃の部屋と同じく整備しておきましたから自由に使えます」
パルドンの説明に、ジャンルイジ大公は慌てた。
夫婦の部屋というのは夜の営みをするための部屋である。
ここはまだ使用される必要はないから何もしなくていい、鍵をかけたままでよいと言っていたのにまさか聞き入られていなかったとは。
これではまるで早速夫婦の営みをしたいという意志表示にみえるではないか。
「いや、違う。ここは……その」
「とっても良い寝台ですね。マットが……これは高級家具のもの。もしかして今私が使っているのよりもずっと良いものでは」
ルドヴィカは気にせず夫婦の部屋の寝台を確認した。
「はい、大公領で最も素晴らしい職人たちの最高傑作でございます」
顔を真っ赤にしたジャンルイジ大公を他所にパルドンはルドヴィカへ説明を続けた。
「もしかしてあっちの扉は」
「大公殿下の寝室に繋がっております」
「なるほど。気になっていた扉があったけど、それはこの部屋へ繋がるものだったのね」
「る、ルカ……」
ジャンルイジ大公は慌てて扉の説明をした。
「お互いの部屋の内側でしか施錠できないから、そのな……夜しっかり鍵をかけていれば心配はないからな」
夫婦の部屋側からは施錠するためのものがない。
つまり片方にその気はなく、しばらく距離をとりたいときの措置はできるということを説明していた。
「別に鍵をかける必要はないのでは?」
ルドヴィカは首を傾げて呟いた。それにパルドンはうんうんと頷いた。
「大丈夫ですよ。私はあなたを襲いませんから」
「いや、それはその……逆の心配が」
「殿下が私を襲うのですか?」
「それは、ない……いや、ルカに魅力がないというわけではなくて」
ジャンルイジ大公は酷く困った様子であった。
「殿下が女性と一緒に夜を過ごせないのはわかっています」
その原因がアリアンヌにあるというのも。
言霊から解放されても彼がアリアンヌから受けた暴言、男としての尊厳を奪われたのは事実である。
魔法で簡単に治るものではない。
大公夫婦として、子をなした方がよいのだろう。
だが、このまま子ができなくても良いと思った。
跡取りとして教育を受けたビアンカ公女がいる。
彼女が大人になるまで二人で支えて生きていければいいのだ。
「私はこのままで十分ですよ。女主人の部屋を手に入れられたので、大公妃としてさらに堂々とできますし」
「ルカ」
「この部屋を大事に使わせていただきますね」




