66 冬の贈り物
朝起きた時に肌寒さが一層感じられるようになった。
窓の外をみると遠い山の方は白く化粧がされていた。
アンジェロ大公領の冬の頃である。
あと1か月もしないうちに大公城の敷地内も白い雪に覆われていくであろう。
城下町では、冬ごもりの準備を終わらせている頃だという。
日頃の朝食の頃、食堂には既にビアンカ公女が席についていた。
いつも早く起きて、基礎的な体力作りをしているらしい。
最近は剣の訓練も始めたそうだ。周りからは護身程度の術が身に着けばいいと思っているようだが、彼女は本格的な訓練を求めていた。
「公女様、おはようございます」
ルドヴィカは朝の挨拶をするとビアンカ公女も応える。
「今日の予定は?」
「執務と殿下の治療計画の見直しと、普段通りです」
「それなら午後に私の部屋へ来てもらうわ」
彼女の言っていることにルドヴィカは首を傾げた。
「私のお抱えの服飾店の者が来るのよ」
「そうですか。私は何をすればいいのですか?」
「あなたの防寒具を購入するのよ」
予想外の発言にルドヴィカは首を傾げた。
ルドヴィカは帝都で使用していた防寒具を持ってきている。
必要な持ち物は全てアンジェロ大公領へ来た時に馬車に積んであった。
「あなたが帝都から持ち込んだコートをみてびっくりしたわ。あんな薄手で、大公領の冬をあなどっているの。あれで風邪をひかれてはこちらが困るから今のうちにちゃんとしたのを購入するのよ」
「公女様ったら、大公妃様を心配しての発言ならもう少し優しく言ってさしあげないと」
フランチェスカが朝の挨拶にやってきた。
「あなたもいつまでここにいるのよ。いい加減修道院へ帰ったらどうなの?」
「そうなんだけど、司祭様からしばらくこちらで社会勉強をするようにと言われて」
「あなたに社会の常識を学ばせるなど不可能だわ。司祭様には諦めてもらいましょう」
ビアンカ公女は大公城の代表として匙を投げる宣言をした。
「あら、でも大公妃様は私と一緒にいて楽しいと言ってくださいますよ」
フランチェスカの言葉にビアンカ公女はじろりとルドヴィカを睨みつけた。
「ええっと……こちらにきて気安い友人というのはいなかったもので」
ルドヴィカは曖昧に応える。
実際、フランチェスカとの会話は面白いし、それに彼女はルドヴィカの恩人でもあった。
ルドヴィカに回帰してやり直す機会を与えてくれた存在なのだ。
無下にできない。
それに何故かよくわからないが、フランチェスカはルドヴィカを気に入っていた。魂の形が好みなのだと言われたが、実際の真意はわからない。
「友人、友人なんて……私がいるでしょう?」
つんとしつつも呟くビアンカ公女の言葉にルドヴィカは胸打たれた。
朝から可愛いことを言ってくれる。
「あら、わかっていないわね。公女様は。大公妃様は大人の女性の友人を欲しているのよ。あなたはまだお子様なのだから、同年代の子とのお茶会にでも参加してらっしゃいな」
「あなた、自分が大人という自覚があったのね。びっくりだわ」
一瞬胸打たれたが、変わらず売り言葉に買い言葉を繰り返す義理の妹と客人に挟まれてルドヴィカは苦笑いするほかなかった。
「朝から何をやっているのだ。早く朝食にするぞ」
車いす姿で現れたジャンルイジ大公はパルドンに支えられながら自分の席へとついた。
使用人たちが朝食を運んでくる為、ルドヴィカたちも自分の席についた。
◆◆◆
「これよこれ! 大白狐の毛皮のコート!」
ビアンカ公女は店の者が持ってきた防寒具一式を部屋いっぱいに広げてルドヴィカにおすすめを披露した。
厚手の獣皮のコートは確かに暖かそうだ。
だぼっとしていて動きにくいと感じるがビアンカ公女は首を横に振った。
「アンジェロ大公領は冬は雪に閉ざされた寒い地域なのよ。あなたのあの薄手のコートじゃ、外出時に凍死してしまうわ」
そこまで言うのか。
といいたいが既に今の季節は寒い。まだまだ寒くなっていくと聞くと確かにビアンカ公女の言う通り自分が持ってきたコートでは事足りない。
よく考えたら帝都は温暖な地域だったのを思い出した。
「それにしても見事な白い毛皮ですね」
大白狐というと、辺境に棲む害獣だった。人の3倍もの大きさで、狂暴で騎士団が討伐にでかける程のものである。
毛皮はとても美しい白であり防寒具の素材として人気が高く、傭兵団も大白狐討伐にでかけて稼いでいるとか聞かされた。
「今年の討伐数を考えるともう在庫がないかと思ったけど助かったわ」
ビアンカ公女は店の者に感謝を述べた。
ビアンカ公女に頼まれて、関連店中をあたって探し出してくれたそうだ。
「そこまでしていただかなくても」
さぞかし大変であっただろう。
ルドヴィカは店の者を労った。
「いいえ、こうして大公妃殿下のお役に立てると思えば苦労した甲斐があります」
店の者は恭しくルドヴィカに礼を尽くした。
「そういえば、紳士用の手袋でおすすめはあるかしら」
ルドヴィカはついでに買い物をしてみることとした。
数日後、ルドヴィカはジャンルイジ大公の部屋で二人の騎士に贈りものをした。
冬用の手袋である。
女主人からの贈り物に二人は感謝した。
「いつも私の計画に協力してくれているから感謝を形にしてみたかったの」
「そんな……大公夫妻の為と思えばこそ」
トヴィア卿は当たり前のことをしただけであるというが、頬を緩ませている。喜んでもらえて何よりであった。
「大事にします。家宝にしますね」
「できたら使ってね」
すっかりルドヴィカに懐いているガヴァス卿は大事に贈り物を抱きしめていた。




