64 家族の食卓
ジャンルイジ大公にかけられた言霊魔法が解除され、彼の金髪女への脅迫観念は消えて彼自身部屋を自由にでられるようになった。
階段上り下りは膝の負担が大きいのでエレベーターを使用しているが、随分と大きな進歩であった。
その日の夜は祝うように食堂で贅沢な食材を使用されお祝い膳が組まれていた。
勿論カロリー過剰にならないように調整されてある。
「私がいない間大公城の料理が随分と変わったのね」
大公家の家族の食卓に、フランチェスカが参加していた。
「もう、久々の家族のだんらんに遠慮しないなんて相変わらずふてぶてしい女だわ」
ビアンカ公女はぼそっと嫌みを呟く。
「あら。お祝いは大勢でやるものよ。そして殿下の治療をしたのは私じゃない」
「ふん。あなたがゆったりしている間にお兄様は急病にかかり、ルフィーノと大公妃がいなかったらどうなっていたか」
嫌みが返され、ビアンカ公女は一層嫌みを言い返す。
二人とも引く気がない。
何でこの二人はこんなに仲が悪いのだろう。
「食事なのだから喧嘩しないでくれ」
呆れながらジャンルイジ大公は仲裁に入った。
「ビアンカ、フランチェスカ嬢を夕食会に招いたのは私なのだ。文句は私の方へ言ってほしい」
ジャンルイジ大公のフランチェスカを庇う仕草にビアンカ公女は頬を膨らませた。
その姿をみてルドヴィカは心苦しく思った。
フランチェスカを客人として大公城に滞在するように手配したのは自分なのだ。
「フランチェスカ嬢、妹の無礼を謝ろう。だが、あまり妹を揶揄わないでほしい」
特に気に留めていない様子でフランチェスカはにこにこと笑い頷いた。
「どうでしょうか。殿下。食堂での食事は……」
何とか話題を変えた方がいいとルドヴィカはジャンルイジ大公へ話題を振った。
「2年前と変わらないな。昔はよくビアンカと一緒に食事をとった。こうして一緒にとれるようになれるなど今も信じられない」
「まごうことなき現実です」
ルドヴィカはにこりと微笑んだ。
「違うものといえば食事の内容かな。それでもうまいのだからシェフたちの努力が感じられる」
量や味付けはかなり気を付けている。
肥満に対しての食事療法を基本としていたが、今は膵臓用の食事にしてある。以前よりもこってりとした油物の食事は減っただろう。
「果実酒が飲めたら良いのだけど」
急性膵炎の後であり、用心の為にアルコールの飲み物は省いてある。
代わりに葡萄ジュースを出してみたが物足りなかったかもしれない。
ジャンルイジ大公は大酒家というわけではないが、それなりに酒を好んでいた。夕方には必ず食前酒を飲んでいた。
「急性膵炎は再発するおそれがありますので……」
「わかっている。私の健康の為であろう」
ジャンルイジ大公はそこまで気にしていないとジュースを飲み干した。次の飲み物はお茶にするように依頼する。
東の大国から仕入れたお茶は始めは慣れない味であったが、ルドヴィカの試行錯誤の結果一緒に飲んでくれるようになった。
「噂通りのお姿で安心しました」
フランチェスカはにこりと笑った。
「最後に記憶したのは巡礼へ旅立つ前の状態でしたので、大公殿下がちゃんと夫婦生活できるか不安だったのです。ですが、お互い寄り添い素敵な夫婦で見ていて安心します」
アリアンヌの件でジャンルイジ大公は女性に対して卑屈な精神を持ち壁を作るようになっていた。
ルドヴィカはその壁をうまく通り越えていけたことをフランチェスカは称賛した。
「夫婦、生活……」
ルドヴィカはぽつりとつぶやいた。
実は二人は未だに家庭内別居に近い状態であった。
それでもルドヴィカの立場は前世よりもずっと改善されているし特に不満はなかった。
夫婦の形もそれぞれだし、険悪な関係ではないしこれでいいのだろう。
夕食を終えた後、ジャンルイジ大公を自室へ戻るお供をした。
騎士たちが人力エレベーターを稼働させて、3階へとあがっていく。
「部屋から出られるようになったことだし、しばらく部屋を1階に移そうと思う」
ジャンルイジ大公はフランチェスカが戻って無事言霊魔法が解除されればどうするか考えていた。
この体格であれば自力で階段上り下りするのは厳しい。
ルドヴィカが発案、技術者・騎士たちの努力で完成された人力エレベーターがあるとはいえ、騎士たちの負担がでてきている。定期的なメンテナンスも必要になるだろう。
そう考えると、体力が戻るまで、せめて1階分の階段の上り下りを自力でできるまでは1階で過ごした方がいいと考えた。
「仕事に必要なものは全部3階のあの部屋にため込んでしまったので、すぐには厳しいが……」
「それまで階段訓練しましょう」
段差に関しては二段までであれば介助つきで登れるのは確認している。
回復の状況に合わせて階段訓練をしていけば、部屋の移動よりも前にジャンルイジ大公が階段を利用できるようになるかもしれない。
「そんな……未だに二段までがいっぱいいっぱいだというのに」
「二段できるのでしょう。では、次は三段です」
慌てる必要はない。
今の彼の一番の難関だった急病死は回避できたのである。
言霊魔法からも解放されたことだし、あとはゆっくりと彼の減量と生活能力を取り戻していけばいいのだ。
「殿下ならできます」
ルドヴィカはジャンルイジ大公に笑いかけた。
「全く。お前がそのようにいうから、やってみようかと思ってしまうじゃないか」
ジャンルイジ大公は頬を赤くしてそっぽ向いた。
夜の支度を終えたジャンルイジ大公は寝台の端へと腰を下ろした。
今日はフランチェスカの襲撃もあり、彼女の治療もあり、妹との再会といろいろあったため疲れてしまった。
「それでは殿下、おやすみなさい」
ルドヴィカは思い出したようにジャンルイジ大公の額にキスをした。
いつの頃かルドヴィカは夜の挨拶にジャンルイジ大公にキスをするようになっていた。それは急病からの回復の頃からだろう。
はじめは慣れないジャンルイジ大公もようやく彼女のキスを受け入れるようになった。
まだ自分から彼女にキスをすることができないが。
「おやすみ」
ルドヴィカへの挨拶に、彼女はにこりと微笑んだ。
最近は付け毛なしに髪を結いあげられるようになっていた。それでも肩より少し伸びた程度である。
はじめて出会ったあの見事な長さまではまだほど遠いだろう。
彼女としては髪が短い方が動きやすいからいっそ一定の短さを保つようにしようと考えていたが、ジャンルイジ大公は彼女に呟いてしまった。
また伸ばして欲しいと。
以前より感じていたが、ルドヴィカは自分の髪の色に対して強い劣等感を抱いていた。そんなことを感じる必要はないとジャンルイジ大公は何度か彼女に言おうと思っていたがなかなかできず、ようやく口にできたのがそれであった。
それから彼女は髪を切らずにおいてくれている。
彼女がどのように受け取ったのかは不明であるが。
もしかすると淑女の嗜みとしてやはり必要な長さは維持しないといけないと考えているのかもしれない。
そうではない。ただ彼女の髪が好きなのだ。
そういいたいが、未だにジャンルイジ大公は言えずにいた。
ルドヴィカが立ち去った後、ジャンルイジ大公はパルドンを呼び、棚の奥にある箱を取り出させた。
箱を開けると中には鍵が入っていた。
女主人の鍵である。
このジャンルイジ大公の寝室にはバストイレの部屋以外の部屋へ繋がる扉がある。
二人用の寝室で、さらに反対側の扉はジャンルイジ大公の寝室と似た構造の部屋へと繋がっていた。
女主人の寝室であり、大公の妻の部屋である。
父母が死んだ後に一切触れられることがなかった埃だらけの部屋である。
ルドヴィカの持つべき部屋であるが、初日よりジャンルイジ大公はルドヴィカを寄せ付けまいと別の部屋を準備していた。
ジャンルイジ大公が急病で倒れた日から数日ルドヴィカは寝泊まりをしながら看病を続けた。使用人の説得で仮眠をとるときは同じ階の使用人の部屋を利用していたそうだ。
「パルドン……女主人の部屋を、整えてほしい」
パルドンは何も言わずに承ったと礼をし女主人の鍵の入った箱を受け取った。




