62 兄妹の再会
「急性膵炎後の臓器も少しだけ回復させましたが全快には至れていません。低下した機能は元に戻っていないと考えて今後の為に減量を続けてくださいね」
喜びに包まれる中、フランチェスカは釘をさすように言った。
「お前は余計なことを……」
それは今言うことだろうかとジャンルイジ大公はジト目で見つめた。
「私の神聖魔法で全部解決したと思われたら後々クレームのもとになりますので」
「私もお前にそこまでは求めていない。とりあえず、例の馬房の修理代の請求書だけはうけとっておけ」
「今の治療費で免除では」
「どれだけ日頃お前の所属教会に寄付していると思っているのだ」
パルドンはささっとフランチェスカの前に請求の書類を提出した。
フランチェスカは唇をとがらせて「けちけちジジ」と呟いていた。
気安い関係性をみてルドヴィカは少し居たたまれない気分になった。
自分はもしかすると部外者なのではないかと感じてしまい、ガヴァス卿に声をかけて一緒に部屋を出た。
「あれ……」
壁の向こうにちょんと金髪のおさげがみえた。
「公女様」
びくっと金髪のおさげが揺れた。
「お待ちください。公女様」
ルドヴィカは裾をめくって階段をおりるビアンカ公女を追いかけた。
自分よりも体力のある少女を追いかけるのは苦労する。
ルドヴィカはガヴァス卿に声をかけて彼女を追いかけさせた。
目の前に騎士が回り込んできてビアンカ公女は足を止めた。
ルドヴィカは後ろから声をかけた。
「フランチェスカ嬢の治療は終わりました。今なら例の発作は起きなくて……もしかしたら会えるかもしれません」
「でも、またお兄様の体調が悪くなったら」
震えるビアンカ公女の声にルドヴィカは眉をひそめた。
まだ8歳の少女が、親代わりの兄に会いたいという気持ちを押さえつける姿は見ていて辛い。
「では、私が殿下に聞いてみます。もし、まだ難しそうであれば後日改めてにしましょう」
「……そんなことしなくても」
そうはいってもビアンカ公女の表情は少しだけ期待に満ちていた。
「2階のサロン室で待ってください」
「もし無理だったら」
「そのまま私とお茶会をしましょう。公女様の大好きなケーキをいっぱい焼いて」
ルドヴィカの笑顔をみてビアンカ公女はしばらく考え込んだ。
「仕方ないわね。今日は勉強を休みたい気分だったしお茶の相手をしてあげるわ」
素直になりきれない返事に思わず笑みがこぼれてしまう。
◆◆◆
「……大丈夫かもしれない」
不安ながらもジャンルイジ大公は呟いた。
目の前には髪を下した金髪のメイドがいた。
メイドは困ったように周りの反応を伺った。
目の前のジャンルイジ大公の姿をはじめてみたときは驚いた。
彼女が知っている大公の姿は肖像画の時代の頃のもので、スマートな美青年であった。目の前にいるのはふくよかな体格の男である。それでも顔立ちは整っているというのは何となく感じられた。
だが、今のメイドが気にしているのは主君の姿ではなかった。
枕元にあるのは金髪の長い髪のぬいぐるみ、その隣にはややリアル感のある人形であった。
人気の着せ替え人形シリーズで妹が持っていたのを覚えている。
さらに布団の上には金髪のかつらと思われるものが散らばっていた。
大公の姿よりも周りの状況が何なのか気になって仕方ない。
「よし、お疲れ様! これは口留め料ね。今日みたことは言わない」
憧れの聖女候補が気軽に声をかけた。
会話の内容は有無を言わさない命令のような指示のようなもの。
「復唱!」
フランチェスカの声掛けにメイドははっとして復唱した。
満足げに笑った聖女候補はお駄賃の入った袋を手渡してメイドを下がらせた。
「と、いうわけでビアンカ公女の面会は可能と思うわ」
フランチェスカはルドヴィカに笑いかけた。
つい先ほどルドヴィカは部屋へ戻り、ジャンルイジ大公に進言した。
ビアンカ公女の面会を受け入れられないかどうか。
ジャンルイジ大公が金髪の女に会うと苦しむ神経症を起こす程の言霊は解除されている。
会っても問題ないはずだが、ジャンルイジ大公はまだ不安であった。
もし面会を許しても、まだ動悸がして苦しんでビアンカ公女を拒絶するかもしれない。
ビアンカ公女を傷つけるし、それと同時に自分も苦しんだ。
「もう、私の神聖魔法を信じないのであれば実践してみればいいのです!」
フランチェスカはパルドンに命じて、大公城中の金髪女を模したぬいぐるみや人形、はてはかつらを用意させた。
まずは小さなぬいぐるみ、次にリアル感をました人形と段を踏んで最終的に金髪のかつらをつけたルドヴィカを傍に置いてみた。
「……特に問題ないかもしれない」
ジャンルイジ大公はかつら姿のルドヴィカをみて呟いた。
そしてようやく実の金髪の女であるメイドを呼び寄せた。
片付けた後に呼べば良かったのだが、期待を膨らませたビアンカ公女をいつまでも待たせるわけにはいかない。
人形で練習し、段を踏んでいる間にフランチェスカはメイドを直接届けて来た。
金髪のメイドは引きこもりの主君の部屋の異質さを疑問に感じただろう。だが、いちいち事情を話すこともないとフランチェスカは強引に口止めした。
仮にも聖女候補が口止め料を与えるなどもちょっとおかしな光景である。
「よし、それならとっととビアンカ公女との面会を済ませてきなさい」
随分と積極的なフランチェスカの掛け声である。
「お前がここまでビアンカの為に動くとは」
フランチェスカの行動力にジャンルイジ大公は感心した。
彼の記憶の中でも二人の関係は微妙であった。
「そうよ。早く私の魔法のすごさをあの生意気公女に見せつけて、私を崇め奉らせるのよ」
「感心した私が愚かだった」
ジャンルイジ大公はふぅっとため息をついて、ルドヴィカに目配せをした。
「大丈夫そうだ。悪いが、お前が連れてきてくれないか」
「ええ」
元々そのつもりであった。
ルドヴィカはビアンカ公女を2階から3階の大公の部屋へと連れて行った。
「ねぇ、大公妃」
ビアンカ公女はちらりとルドヴィカを見つめた。
「手を繋いで頂戴」
その言葉を聞きルドヴィカはこくりと頷いた。
兄に会えるかもしれないとう期待感と、また前日のような拒絶を経験するかもしれないという恐怖心が混在している。
少しでもビアンカ公女の気持ちが和らげばとルドヴィカは手を差し伸ばした。
ぎゅと繋いだ手は小さいものだった。
扉の前でビアンカ公女の手がわずかに震えているのが感じられる。
ルドヴィカは彼女の手をもう一度握り直した。
扉が開いてビアンカ公女は中へ入った。
「お兄様、ビアンカです」
震えた声でビアンカ公女は兄に挨拶をした。視線は兄に合わせられず自分の足をじっと見つめる。
「ビアンカ、近くに来てくれ」
先ほどのメイドのおかげでジャンルイジ大公は随分落ちついた声で彼女を呼べた。
ビアンカはルドヴィカの手を握ったままジャンルイジ大公の傍へ近づく。顔は俯いたままであった。
ぽんとビアンカ公女の頭に手が触れた。温かくて大きくて懐かしいものであった。
ビアンカ公女は顔をあげるとジャンルイジ大公の穏やかな顔が見える。
「その、随分と酷い姿になってしまって……」
「お兄様」
ビアンカ公女はルドヴィカの手から抜けて兄の方へとさらに近づいた。
寝台の脇から乗り上がり、ジャンルイジ大公の顔に触れた。
自分と同じ空色の瞳がみえる。2年前の最後に出会った頃の優しい兄の瞳である。
「お兄様、私……すっごく寂しかった」
ビアンカ公女の言葉にジャンルイジ大公は眉をひそめて瞳の光が揺らいだ。
「すまなかった」
年齢が離れている分、両親を早くに失ったビアンカ公女にとってジャンルイジ大公は唯一の肉親で、兄であり、親のような存在であった。
その兄に会うことはできないと言われ、部屋へ近づくことも許されなかったビアンカ公女はどれだけの苦痛であったか。
その間ジャンルイジ大公も苦しんでいた。
だからといってビアンカ公女に許されるなど思ってはいけない。
「今まで我慢を強いてすまなかった」
「寂しかった」
ビアンカ公女はぎゅっとジャンルイジ大公に抱き着いた。彼女の小さな腕はいっぱいに広がりジャンルイジ大公の首と肩を包む。
「お兄様! 会いたかったの。すっごく寂しかったの」
涙声の彼女の言葉にジャンルイジ大公は「すまなかった」と繰り返し、ビアンカ公女の肩をぽんぽんと優しく叩いた。
兄妹の再会にパルドンは涙をこぼした。思わずハンカチを取り出し、くぐもって涙を抑える声がする。
ちょんちょんとルドヴィカは背中を触れられている感触を覚えた。振り返るとフランチェスカがにこにこ笑っていた。
「折角だから私たちは下でお茶しません?」
フランチェスカの申し出に確かにそうだとルドヴィカは首を縦にした。
今まで積み重なっていたもの、話したいこともたくさんあるだろう。
この提案をすべきはルドヴィカであったというのに自分の不甲斐なさを感じいった。




