59 目が覚めたあと
ようやく目を覚ましたところでジャンルイジは見覚えある天蓋を目の当たりにした。
自分の寝室の天蓋付きベッドで横になっていた。
「うぅ、いてて……」
体を動かすと腹が痛む。みてみると足の付け根に管が繋がれて、上の方をみると点滴がつるされていた。尿意が強くあり、トイレに行きたいなと周りをみるとルドヴィカがベッド脇で椅子に腰かけて眠りについていた。
先ほどみたやせ細っていたルドヴィカと違い、肉付きのいいルドヴィカだった。
うまく体を動かせず、のそのそと横の状態でベッド上移動してみる。
ようやくベッド脇付近まで近づいて、ルドヴィカの手に触れた。
先ほどのルドヴィカの骨ばった手ではなく安心した。
「……ジジ」
ルドヴィカは目を開けた。
彼女はじっとジャンルイジ大公を見つめた。
ジャンルイジ大公が声をかけるよりも先にルドヴィカは立ちあがり、ジャンルイジ大公に抱き着いた。
「良かった。ああ、神様……感謝します」
ルフィーノの治療はいちかばちかの勝負であった。失敗すれば大惨事になっていたかもしれない。
それでもルドヴィカは彼に全てを託した。
ルフィーノの魔法と発想力に感謝しているが、それでもジャンルイジ大公の意識回復は奇跡に近いとすら感じた。
「ルカ、そのな……あまりべたべたと」
「ひっく……」
ルドヴィカの声からもれる泣き声にジャンルイジ大公は内心やれやれと思いながら彼女の背中をぽんぽんと叩いた。
後から聞いた話では自分は急性膵炎という病気で、いつ重症化するかわからない状態だったようだ。
意識はほとんどなく、5日経過していたそうだ。
つまり5日も眠りについていたということになる。
ルフィーノから治療内容を聞くとジャンルイジ大公はぞっとした。
超音波魔法なら別にいいのだが、彼の重力魔法で胆石を砕いて外に押し出すという作業を聞かされた。
彼は器用に重力魔法をいろんな場面で利用しているが、基本攻撃魔法である。
それで体の中をいじくりまわされるとは生きた心地がしなかった。
「まぁ、そこらの魔法使いがやっていたら肝臓や周りの臓器の損傷がやばかっただろう」
ルフィーノだったからこそ可能な神業であった。
「もう二度と受けたくない」
ぐでぇっとジャンルイジは寝そべり続けた。しばらくは安静療養が必要だという。
「でも、まだ胆のうの中に石があるのよね」
「体調が万全になれば、体重を減らして手術を検討してもいいでしょう。ええ、と胆摘というやつを」
「急性膵炎は繰り返す可能性もあるというから大丈夫かしら」
「繰り返したら膵臓を切りましょう。幸い、インスリン注射というのもあるので血糖管理は問題ないでしょう」
「膵性糖尿病はコントロール難しいのですけど」
さらっと恐ろしい計画を目のまえで言わないでほしい。
手術を受けるにしてもかなりの覚悟が必要なのに。
「他にも治癒魔法使いたちも随分と頑張ってくれたのです」
ルドヴィカは彼らの活躍を説明した。
痛みのコントロールもしてくれたし、大量輸液をしている間尿量も確保しなければならないので腎臓にフォーカスあてた治癒魔法を使い腎機能を保持させたという。
「まぁ、ジジが若くて何とかなったというのと最近減量がうまく進んでいたおかげというか。春頃の状態だったら助からなかったというのが私と治癒魔法使いらの見解だ」
「そうか。そうか……」
ジャンルイジ大公は困ったようにうなずいて、ルドヴィカを見つめた。
「つまり私はお前にも助けられたということだな」
ジャンルイジ大公の言葉にルドヴィカは顔を真っ赤にして否定した。
「わ、私は何も……いざというとき大したことできなかったし、ただ隣で喚いていただけですし」
「喚いてくれて助かったというのもあるけど」
ルフィーノは意味深な台詞を呟く。
「ずっとずっと仮説をたててみましたが、やはり確信した」
一体何をだとジャンルイジ大公はルフィーノをみやる。
「大公妃も言霊魔法の使い手です」
「「はい?」」
はじめて聞いた言葉にルドヴィカもジャンルイジ大公も素っ頓狂な声をあげた。
「アンの言霊魔法が判明してから、調べてみました。アンの父方の曾祖母がロヴェリア公爵家の元令嬢だった」
ロヴェリア家に仕える騎士の家系というのは聞いていたが、まさか公爵家の遠縁だったとは。
「あ、そうか……」
ルドヴィカは思い出したようにつぶやいた。
「私が生まれる前はもっとこの髪への差別が酷くって……実家には時々生まれてくる子は修道院へ預けるのが多かったのですが、騎士の嫁として下げ渡すこともあったようです。騎士位をあげる代わりに厄介な鼠色の髪の娘を適当に引き受けろという具合に」
何という家系だ。帝都では鼠色の髪への差別が酷いというのは聞いていたがそこまでであったとは。
それでもルドヴィカの時代になりだいぶ緩和されたようだ。
「私も死んだものとして修道院へ捨てる予定でしたが、アリアンヌの下の子は死産になってそれ以降母は子を産めなくなってしまって。それでも皇帝家、アンジェロ大公家に嫁を出す必要性があって結局私は残されたみたいです」
「そうか。そうだったのか」
ジャンルイジ大公は静かに怒った。
ルドヴィカに対していう話ではないだろう。それをルドヴィカに知られるように公爵家内ではふつうに語られていたというのが許せなかった。
「とまぁ、話は戻しますが、言霊魔法はロヴェリア公爵家の血筋の者が時々持つ魔法形態だったようです。非常に珍しい魔法で、魔力もちはすぐに魔法棟へ預けられ修練を積まされて、アリアンヌという化け物レベルの厄介な魔女を生み出してしまった」
アリアンヌという名が出た時にルフィーノはいささか不愉快な声をしてしまっていた。まだ彼女に対しては色々思うところはあるようだ。
「対して大公妃はノミレベルの魔力しか持たないので早々魔法養育から外されたようです」
「ノミレベル……」
ルドヴィカも自分の魔力の低さは自覚していたが、ノミと評価されるとは思わなかった。
「ですが、ノミレベルでも魔力は一応持っていて、ジジに語り掛けた結果、小さな言霊魔法が発動していたようだ」
「私が彼に語り掛けたことで、助かったということ」
「うん、あとは4月頃から大公妃は微弱ながらも言霊魔法をときどきジジにかけていた」
ルドヴィカは目を丸めて首を横に振った。
「私、そんなことしたつもりは」
「ノミレベルだから大事は起きていないから問題ない。ひとつだけいい方向に進んだのはアリアンヌの言霊魔法の上書を続けていたことだ。ノミレベルの小さいものだけど、繰り返せばノミの大きさのほころびが発生してジジにかけられた言霊魔法は若干弱まった。だから先日の西の庭園への外出は成功した」
ルフィーノの仮説を聞いてジャンルイジ大公は思い当たる節があった。
ルドヴィカが一緒なら大丈夫のような感覚を覚えたのはそれだったのか。
「じゃあ、私がずっとジジに言葉をかけ続ければいずれは金髪の女への脅迫観念も消える」
「いや、所詮はノミレベルなので無理」
ルフィーノは手をぶんぶんと振って否定した。その言葉にルドヴィカはがくっと項垂れる。
「というかルフィーノ殿。さっきから人のことをノミノミと言わないでください。あと時々くだけた口調になっていませんか? 私に敬意とかないでしょう」
仮にもルドヴィカは大公妃である。
今まで放置していたが、ノミと繰り返されるとさすがに言いたくなってしまう。
「元々社交的な性格じゃないもので。あと、大公妃のことをノミと言っている訳ではありませんよ。大公妃の魔力をノミレベルといっているだけで」
「もう、それでも何か嫌です。他の表現方法はなかったのですか」
ルドヴィカはぷんぷんと怒り出した。
確かに自分の魔力をノミと表現されると面白くないだろう。
「努力します」
ルフィーノの気のない台詞、絶対にしないという同義であった。
ルドヴィカはむぅっと頬を膨らませていた。
「ルフィ、私の妻をからかうだけなら一度下がってくれないか」
さすがに気の毒になってきたので、ジャンルイジ大公はとりあえずルフィーノを追い出すことにした。ここにいても余計なことしか言わなそうだから。
「ああ、そういえば言い忘れていた」
立ち去る間際にルフィーノはひとつ報告した。
「君の急変を聞いて、フランが急遽帰ってくる。4週間後に」
その言葉にジャンルイジ大公はぴくんと反応した。
ジャンルイジ大公の幼馴染の神聖魔法の使い手。噂では大層な美人だという。
来てくれるのはありがたいが、ジャンルイジ大公のこの反応をみると何かあるような気がする。
聞いて良いのかわからないままルドヴィカは彼の部屋を後にした。
5日ぶりの自室でルドヴィカは入浴を済ませ、寝台に寝そべった。
「ま、考えても仕方ないか」




