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うちの大公妃は肥満専攻です  作者: ariya


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58 運命の糸紡ぎ

 体調が戻った後もジャンルイジは修道院に残り彼女たちの手伝いをした。

 入院中の男から聞いた話では、男手が足りていない為世話になった者の中には力仕事をしてしばらく居候するものもいるという。


「よそ者だから警戒されると思ったけど、やっぱり顔かな」


 思ったよりも修道女たちから頼られているのをみて入院中の男は悔しそうにしていた。顔は笑っているので特に気にしていない。


 ジャンルイジは修道女から頼まれる仕事をこなしながら、ここの情報を教えてもらった。ジャンルイジがいた大公領を越えた辺境であった。

 ここの領主は何という名前だったか思い出せない。修道女たちから聞き出そうとしてもぼんやりともやがかかったようでしっかりと名前が聞き取れなかった。

 険しい山に囲まれた自然豊かな、同時に厳しい環境の地。

 近くに村があるが、時代遅れの道具を今だに使っている貧しい農村であった。

 最近は災害続きで作物が届かず、近くの町からの援助で食糧を届けてもらって食いつないでいるらしい。


「だから、今年は栄養失調で運ばれる方が多いのです。病気や怪我で運ばれる方もどちらかというと栄養不足、体力の問題が大きい」


 ジャンルイジの薪割を手伝いながら、ルドヴィカは土地の事情を教えてくれた。

 一通りの薪割が終わった頃にルドヴィカはジャンルイジに水の入った筒を渡した。ジャンルイジはそれを受け取りごくりと水を飲み干した。


「あなたがいてくれて助かります。こういった仕事は大変で」

「その手で斧をもつのか?」

「斧くらい持てますよ。あなたより早くへばってしまいますが」


 ルドヴィカは腕を捲り上げた。細い腕だなとジャンルイジ大公はそれを見つめていた。


「……こほ、こほ」


 ルドヴィカは胸を張っていった。ふとしたはずみにルドヴィカはせき込んだ。


「大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。ちょっと冷え込んで気管支を痛めたみたいです」


 彼女は苦く笑った。


「今日は少し早めに休みますね」


 その次の日、ルドヴィカの姿は見当たらなかった。

 シスター・アンナに尋ねると最近気管支がよわく、寝込んでしまったという。


「医者には診せたのか?」


 シスター・アンナは首を横にふった。


「この村には医者はいません。先代院長が医者代わりを務めていましたが、今はおられず」


 先代院長から学んだのは薬草に関することでだいたいがその場しのぎのものばかりだという。

 その次の日もルドヴィカの姿をみなかった。その次の日も。


 廊下でシスター・アンナが涙を流しているのをみた。

 彼女に質問しても彼女はなかなか答えてくれない。ジャンルイジはそれでもしつこく聞いて、ようやくシスター・アンナは答えてくれた。


「シスター・ルドヴィカは、長くないかもしれないって。発作が多くなっていっこうに治らないんです。今も呼吸が苦しそうで」


 ぐすんぐすんとシスター・アンナはひきつった声でいった。


「シスターは身よりのない私を拾って看病して、先代院長に頼んでこのままここに置いてくれました。私にとっては母のような方で……何もできないのが辛いの」

「この辺りで医者がいそうな場所はどこだ? 私が連れて来る」

「無理です。歩いて一週間もかかる町ですよ。そこから医者が来てくれるわけありません」


 それでも医者を連れて来るとジャンルイジは宣言した。

 その前に一目ルドヴィカの姿をみておきたい。どんな状況か説明するためだ。

 ジャンルイジは修道女から無理をいってルドヴィカの部屋へと案内してもらった。


 扉を開くとルドヴィカは気づいた様子はなかった。

 彼女は酷い呼吸の音をしながら天井を眺めていた。

 部屋の出入り口でもよく聞こえる気管支が弱っている音である。

 呼吸は苦しいだろうに、彼女は誰かに助けを求める様子はない。

 ジャンルイジは声をかけるのを躊躇った。


「かみ、さま……」


 彼女のかすれた声が聞こえる。

 ひどく切なく、必死な声で邪魔をするのは悪いと思った。


「私を、哀れむのなら、どうか次の生では……大事な方を守れるだけの、知識と力を与えてくださぃ……こほこほ」


 願いを最後まで言えずにルドヴィカはせき込んだ。


「ジャンルイジ大公、ごめんなさぃ……こほ。大公家は……公女様を死なせて、……。こんどはうまくやります。こんどはちゃんとします……」


 せき込みながらも涙を浮かべ懺悔する彼女の姿をみてジャンルイジは我慢できなかった。

 この女性はやはりルドヴィカだった。

 ジャンルイジの知るルドヴィカである。

 随分変わり果てた姿であるが、ジャンルイジは彼女を呼んだ。


「ルカ。私だ。ジジだ」


 そういうがルドヴィカにはジャンルイジの声は聞こえていないようだ。

 部屋へ入ろうとしても足が中へ入ろうとしない。強い力で抑え込まれているようだった。


「シスター・ルドヴィカ!」


 シスター・アンナが小さく悲鳴をあげて彼女の方へと走り寄った。

 いよいよだと察してアンナは彼女の手を握りしめた。


 ジャンルイジも彼女の傍に近づこうと思ったが、近づくことができない。


「ルカ! 私だ。私はここにいる! こっちを向いてくれ」


 そういっても彼女はじぃっと天井を見つめていた。

 今すぐにその手を握り、今すぐ彼女の頬に触れてやりたいのにできないなんて。

 段々意識が遠のいていく。

 ルドヴィカがいる部屋がぽっかりと別空間のように切り取られて、ジャンルイジは自分が遠くへと飛ばされている感覚を覚えた。


「おやぁ? どうして君がいるのかい?」


 その時に頭上から声が聞こえた。

 一人ではない。三人の女の声であった。


「聖女の予想外の願いを聞いて齟齬が発生したのかもしれないな」

「仕方ないな。サービスで元の場所へ戻しておいてあげよう」


 かたかたと何かの機械が回る音がした。

 何の音だろうとジャンルイジは必死に思い出そうとする。

 確か、これは糸を紡ぐ機械の音である。

 気づいた時に、パチンとはさみが切られる音もした。


「ここかな」

「ここだよ、ここ」

「わかっているよ」

「ほらほら、早く糸を戻してあげて」

「わかっているよ。もううるさいな」


 三人の女たちの鳥の鳴き声のように心地よく美しく響きわたってくる。

 この声を聞いてふと思い出した。

 母親がジャンルイジの幼い頃に語った神話の話。

 この世界は三人の女神が調律しているという。

 女神にとって世界はひとつの糸であった。人の運命はさらに細い糸であった。

 一人の女神がそれを紡ぎ、一人の女神が長さを決めて、一人の女神が切る。

 しかし、時々あまりに酷い運命であれば気の毒に感じて少しだけ試練を与えてくれるという。切った糸をもう一度紡ぎ直してくれるのだという。たった一度だけであるが。

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