47 結局減量です
ルドヴィカはルフィーノと彼の弟子たちを連れてジャンルイジ大公の部屋へと入った。
朝のルーティンを終わらせ、デスクワークをしていた。
以前はベッド上で仕事をしていたが、今は車椅子に腰をかけ机に向き合っている。
「パルドン、お茶を淹れてくれ」
ジャンルイジ大公はペンを置き、机から離れた。
「忙しいのであれば日を改めます」
「ちょうど区切りの良いところだったのだ」
寝たままの状態に比べ慢性的なだるさや眠気は改善され効率があがったようである。同じ時間でも以前よりも多くの仕事がこなせるようになったようだ。
(元々優秀な方だったものね)
戦争英雄のイメージが強いが、政治家としては優秀だった。
寝たきりの状態になっても大公領の管理を全うしてきただけはある。
その上でルドヴィカがしてきた仕事もこなしていたのだから大したものである。
「殿下、ついに臓器評価の手立てが解決しました」
パルドンが淹れてくれたお茶を飲みながらルドヴィカはやや興奮して報告した。
ジャンルイジ大公はルドヴィカをみて、次にルフィーノをみやった。だいたい彼が解決したのだろうと察しがついた。
「そうか」
ジャンルイジ大公は気のない声で頷いた。
臓器評価の重要性を何度か説明を受けたが、未だにピンとこないようである。日に日に体がよくなっているのを実感していたので必要ないのではとすら考えている。
「早速上半身裸になって横になってください」
ルドヴィカの言葉にジャンルイジ大公は飲んでいた茶をこぼした。
真昼間に何を言い出すのだろうか、この女は。
本気でそう考えているのがわかる表情であった。
「そういう破廉恥な言葉を言うのは控えてくれ」
「破廉恥とは? 診察ですよ」
ルドヴィカは首を傾げた。
「やましいことなんて考えていませんよ。こんな昼間で、パルドンもルフィーノ殿も子供たちがいる中で」
ルドヴィカはほほっと笑った。
社交の場ではさすがに憚れるが、今ここにはパルドンらしかいない。
むしろ二人っきりでいた方が言いにくいだろう。
突拍子のない発言を繰り返す女の相手をするのも疲れるのでジャンルイジ大公はパルドンに手伝ってもらいながら上半身を脱ぎベッドに横たわった。
以前より介助はそれほど必要なく、スムーズに動けていた。
「それじゃあ、ヴィート。お願いね」
視覚化できる情報を得る為にルドヴィカはヴィートに臓器透視魔法、超音波魔法を依頼した。
ルフィーノが行うのも良いが、肝臓とか、膵臓とか絵で見てみたかった。
ヴィートは恐縮しつつもジャンルイジ大公の体に触れて魔法を発動させた。
空気が一部変わり彼の魔法を感じ取れる。
「変わった形式だな」
ジャンルイジ大公は興味深くヴィートの魔法を確認した。
彼も魔力を持ち多少魔法を使えたのを思い出した。
「透視魔法に音魔法……分析魔法を組み合わせた混合です」
ルドヴィカの説明にジャンルイジ大公は難し気に眉をよせた。
「複雑そうな……」
実際、原理自体は単純であるがコツが必要になる。
「どうかしら、ヴィート」
先ほどガヴァス卿の評価をしたときはすらすらとスケッチしていたのを思い出した。今は彼の手は止まっている。
彼は困ったように眉をひそめた。
「み、みえない」
ようやく呟いた言葉は悲し気なものだった。ひどく疲れていた様子だった。
見えないというのはどういうことか。
師匠であるルフィーノが交代してジャンルイジ大公に超音波魔法を施す。
しばらくしてルフィーノが納得した。
「腹の肉が厚すぎて、臓器に到達できなかったのだろう。ヴィートの魔力では、肝臓の表面届けば上々なところだろう」
「ああ……」
ルフィーノの解説にルドヴィカは思わずうなずいた。
超音波検査でも腹の脂肪の量で評価が困難になる。確認できたとしても、画像が見えにくくなる。
肝臓の評価の第一選択は超音波検査だが、どうしてもできない、評価したい場合はCTを選ぶ。CTで皮下脂肪、内臓脂肪の評価もできたし。朱美時代は超音波検査での評価は困難だなと感じればCTを選んだ。
この世界ではCTはない。ようやく超音波検査の代替魔法が可能になったという段階なのだ。
「ルフィーノ殿、確認できます?」
ルドヴィカはルフィーノに声をかけた。
「肝臓……ガヴァス卿のより辺縁にまるみがあるような」
「脂肪肝ね」
この体格であれば特に驚くような初見ではない。
ルドヴィカは仕方ないと紙にメモをとった。
「胆のう……石がみえるな。1センチ程……3個ある。胆管は問題なし。拡張? 胆管の拡張はしていないな。腎臓は……ガヴァス卿と比較して腫大はしていなさそうだ。副腎? ああ、視認できる範囲では腫瘍はないな」
ルドヴィカの要求通りにルフィーノは臓器評価をしてくれていた。
診察、血液検査、尿検査以外で臓器を評価する手立てがなかった以前よりもずっとありがたい。
超音波魔法の画像情報共有の為にヴィートのスケッチをみてみたかったが、しばらくは文章レポート中心で情報共有するしかない。
もしくは他の絵が得意な魔法使いを斡旋するほかない。オリンドに任せ適度な魔法使いを見つけてみることとした。
少し落ち込んでいたヴィートが視界の端にみえた。
「ヴィート、落ち込まないで」
「でも、臓器……絵をみたかったって」
先ほどルドヴィカが手放しにヴィートを褒めてくれた為、期待に応えたかったようだ。
何と可愛らしい子だろうか。
初対面の時にりんごを投げつけられたのが嘘のようである。
「しょうがないわ。殿下がもう少し痩せてからにしましょう」
「……」
ルドヴィカの言葉にジャンルイジ大公は唇を固く結んだ。
さらっと自分の肥満について言及されたのが不服であったが、事実なので何も言わないでおこう。痩せなければならないのも実際その通りなのだ。
「あなたのおかげでわかったこともあるのよ」
「僕のおかげで」
「ええ、あなたの魔力でもこの魔法は可能だというのがわかった。つまり他の魔法使いにも実現可能、汎用化できるようになるということよ」
ルフィーノだけの特別な魔法という訳ではない。
確かにコツが必要である。複数の系統の魔法を組み合わせなければならないのだ。
今回、ルフィーノの天才的能力と、オリンドの優れた指導力、ヴィートの努力で実現可能になった魔法である。
魔力がルドヴィカと同程度のヴィートが使えるようになったということは、他の魔法使いも訓練次第で可能になる魔法だということを証明している。
ルドヴィカ自身も頑張ればできなくはないということだ。
「あなたの頑張りのおかげで私も頑張ろうと思ったわ」
ルドヴィカの笑顔にヴィートはようやく表情を元に戻した。




