46 ついに手に入れた超音波魔法
ルフィーノの言葉にルドヴィカは首を傾げた。
今、この男はとんでもないことを言ったような気がする。
「大公妃が言っていた超音波というやつを聞いて、音魔法も使って、透視魔法と分析魔法を重ね合わせて肝臓と心臓を視ることに成功しました。あと、太い血管も」
言っている内容に理解が追い付かなかった。
「臓器を視れるようになったのですか?」
「ああ」
「いつの間に」
「大公妃が尋問されたり脱獄したりしている間です」
例のビアンカ公女暗殺未遂事件の時、ルフィーノも嫌疑をかけられて謹慎となっていた。魔法棟の一室で何もすることができず、ルフィーノは頭の中でルドヴィカが言っていた超音波検査というものについて考えていた。
超音波というと音の震え、振動。エコー(やまびこ)は音の振動が山にぶつかった反動ででるもの。
この反動されたものを分析して、ひとつの形を読み解く。
「ということをひたすら考えて自分の体で実践したらできました」
何ということだろう。
ようやく超音波検査に類似したものが手に入ったのだ。
「ルフィーノ殿、あなたって天才だわ。まさにチート級の有能さ」
ルドヴィカは今までにない程目をきらきらと輝かせてルフィーノを見つめた。
はたからみると若い魔法使いに恋をした乙女と誤解されそうだ。
「それは褒めてる?」
チートは元々いかさまという意味だからルフィーノからすれば良い意味で受け取れなかった。
朱美時代の一部界隈の用語がうっかりでてしまった。気を付けないと。
早速その能力がどの程度か確認してみたくなった。
ルドヴィカの専属騎士となったガヴァス卿を呼んでみて彼の臓器を評価してもらった。
ガヴァス卿は上半身脱いで診察台に横たわる。傍らでルフィーノは彼の体に手をあてて魔法を発動させた。
魔力の流れが変わったのを感じ取った。
「かなりの健康体ですね。悪そうな部位は見当たりません」
ルフィーノはそういいながら紙にさらさらっとスケッチを描いた。
「……」
ルフィーノのスケッチをみてルドヴィカの表情は曇っていく。
彼のスケッチはかなり大雑把なものであった。
楕円形にちょんと紐のと巾着がついたような絵であった。
(まさか、これは肝臓と胆管、胆のう?)
ルフィーノが手をあてた部位でルドヴィカは絵の正体を突き止める。
ルドヴィカ自身もスケッチ能力は低いので何も言えないが、これはわかりにくい。
教授が昔もう少し絵心をと言っていた気持ちがちょこっとわかってしまった。
「もしかしなくてもルフィーノ殿、絵が不得意でしょうか?」
「大公妃殿下に指摘される日がくるとは思いませんでした」
暗にお前の絵も似たようなものだろうと言われていた。
一瞬かちんときたが、真実なので何も言えない。
「困ったわ。これで協議会で、治療計画をたてられると思ったのに」
この臓器透視魔法、超音波魔法を使って今後どう役立てるかとルドヴィカは考えていた。
一番の目標はジャンルイジ大公の健康状態の評価である。
だが、他の魔法使いにも使用できるものであれば医療現場が大きく変わる。
患者が重症で複数人の治療者が必要になった場合は情報共有、協議が必要になる。
臓器評価者はひとめわかるように体内の臓器の問題をスケッチし、他の治療者がどこの問題を重点的に行うべきか、分担すべきかを協議できるようにする。緊急性が高い場合は短時間で判断しなければならないが、待てそうなものであれば協議会を設けて計画を立てる。
ルドヴィカはその形式を考えてみた。
透視魔法使いが説明をすれば問題ないのだが、文章より視覚化できればよりわかりやすい。
「文章での情報共有が無難ね」
残念であるが仕方ない。
ルドヴィカと同じようにルフィーノにも不得意分野があったということだ。
「大公妃は絵が欲しいのですか?」
途中から入室してきていたオリンドが質問した。
「ええ、でも今は実現難しいみたい」
「それならヴィートがやってみればいい」
オリンドは絵の授業中のヴィートを呼び出して来た。
「ヴィートの絵の能力はわかるわ。でも、臓器透視魔法もしながらのスケッチがよくて」
ルフィーノの文章をそのまま絵にする方法もありといえばありだが、できれば透視魔法使いが自身でスケッチしてくれた方がいい。
臓器といっても時々形状が異なるものもいる。胆管だって複雑な経路になっている者もいるのだ。
「ヴィート、できる範囲をやってみてくれ」
オリンドがすでに説明ずみでヴィートはおずおずと不安そうにガヴァス卿の体に手を触れた。
ふわっと彼の周囲の雰囲気が変わった。
「ヴィートも臓器透視ができるの?」
魔法の才能は低いと思っていたので意外だった。
オリンドは嬉しそうに説明した。
「ヴィートは元々分析魔法が得意だ。わずかだけど、透視魔法、音魔法の適性がある。魔力量が少ないから範囲を狭めればできるぞ」
自分と同じくらいの魔力、それも幼い少年と思いあなどっていた。
ヴィートの努力の賜物、そしてオリンドの指導能力のおかげで奇跡がおきた。
ルフィーノが魔法を完成してできたおかげだが、彼の原理をオリンドがかみ砕いてヴィートに指南したのは想像できてしまった。
ヴィートは紙にさらさらっと絵を描く。
範囲はルフィーノよりも狭い。すぐに息切れをついてしまったが、彼が描いたのは胆管であった。肝臓から十二指腸へ流れる管、その途中にある膵臓と胆のうにつながる管の位置も正確であった。
何よりもこんな短時間で写実的にスケッチしてしまうなど何と恐ろしい子か。
「す、素晴らしいわ」
ルドヴィカは興奮してヴィートを抱きしめた。
「ヴィート、あなたは奇跡の子よ。神にこれほど感謝したことはないわ」
彼が透視魔法でみたままのスケッチはまさにルドヴィカが求めていたものであった。超音波人間をこんなに早く手に入れられるとは思いもしなかった。
「さっきは頬を紅潮させて私をみていたくせに。変わり身の早い女だ」
ルフィーノの呆れた視線など気にならなかった。
「一線超えないうちに大公にちくっちゃう?」
オリンドの発言にルドヴィカはようやく我に返りヴィートを解放した。
さすがにこんな幼い少年に手を出すような節操なしと言われるのは我慢できなかった。
大公妃に抱擁されるとは思わなかったヴィートは顔を真っ赤にしていた。
女の人にこのように抱きしめられた経験はなかったようである。
そういえば、彼はオリンドが拾った孤児だったのを思い出した。




