45 帝都と大公領の魔法棟の違い
医務室の位置は長いこと封鎖されていた。
ビアンカ公女が誘拐される時、10人いた治癒魔法使いたちが無惨に殺されて使用継続が厳しくなった。
新しい医務室を造ることになり、現在は仮医務室への移動の準備中である。
使用人たちはまだ使用可能な薬剤を点検し、仮医務室へと運び込んでいた。
「広々としていて、個室もあるし勿体ないわ」
内装をみてルドヴィカは残念に感じた。
事件にさえ巻き込まれなければ、騎士たちの調査に踏み荒らされなければ清潔感のある立派な医務室であった。
「新しい治癒魔法使いを募集しなければならないし。彼らの中には迷信深いものが多いから不吉な場所で働かせるのかと抗議がくるのを予想して新設しようと意見が決議されました。治療される側もここに入るのを嫌がっているし」
治癒魔法使いが不在になったため、ルフィーノが代役を担っていた。
未だにルフィーノの悪評を信じている者がおり訪問患者は減ってしまった。
ルフィーノとしては必要ない患者を診ずに済んだとこぼしているが、内心どう感じているかはわからない。
「治癒魔法使いが迷信深い? 魔法使いは結構科学者的だと思ったけど」
魔法棟の面々を思い出した。
彼らの持つ知識は朱美の世界の科学に近いものであった。
「治癒魔法使いは神殿由来ですからね。今はだいぶ柔らかくなって魔法棟の掲げる医学を受け入れてますが、昔は頭の固い連中が多くて魔法棟の先輩らが彼らを批判しまくっていました」
魔法棟の魔法使いの中にも治癒魔法を使える者がいるが、治癒魔法の系統は神聖魔法に近いと言われている。
治癒魔法の素質者は聖職者になるように進路を勧められる。
魔法棟が治癒魔法の素質者を受け入れた時は自分たちこそ正しい道へ導けるのだと抗議し素質者を奪おうとした件が過去に多くあった。
大公領では神殿と魔法棟の対立が激しい時期が長かったようである。
その話を聞いてルドヴィカは驚いた。
「帝都では、魔法棟は神殿の下に組されていたけど」
「そうです。だから帝都の魔法使いは全体的に科学を邪険に扱い、迷信を信じがちです。未だに鼠色の髪への差別が強いそうだし」
ルドヴィカは自分の髪に触れた。
みすぼらしい鼠色の髪と呼ばれ蔑まれるのは過去の伝承からだ。
帝都の人口過半数を減らす程の疫病が出て、神殿の調査によりある地区が発端だとあてた。そこには北方からやってきた異民族の血が混じった集団が住んでおり、彼らの特徴は鼠色の髪であった。
彼らは長い間弾圧され続けた。未だに鼠色の髪は不吉の象徴とされ嫌悪の対象となり、差別され続けた。
差別をおそれ髪を染める者もいたが、裕福ではないものは髪を染められず賤民のような暮らしをせざるを得なかった。
ルドヴィカも髪を染めることを考えたが、アリアンヌに止められた。
――「私はお姉様の髪が好きなのよ。お父様たちには言っておくわ」
こうしてルドヴィカは髪を染めずに過ごすことになったが、同時に世間からの風当たりが強くなった。父親もルドヴィカをみる度に舌打ちをするようになる。
嫌なことを思い出したなとルドヴィカはルフィーノの説明に耳を傾けた。
「同時期大公領も同じ疫病が流行ったが、魔法棟の一員が解析を行い、原因をつきとめ早い段階で蔓延を回避することができました。その知識を帝都へ届け、遅れて疫病を抑えられたが奴らは神の啓示がどうので誤魔化していたな」
原因は地下水路に棲みつく鼠が原因だと判明した。
鼠を駆除し、水を清潔にする作業によって疫病は収まった。
この対策は周囲地方、帝都にも情報共有した。
この時に神殿は鼠色の髪の人たちの名誉挽回をせず、鼠を不吉な生き物とした。
鼠を連想する色の髪は差別の対象となった。
ルドヴィカの知らない歴史であった。
ルドヴィカが学んだ内容は神の啓示により病の運び屋を排除し水を浄化したという話だった。
あの対策が大公領の魔法棟由来によるものだったとは。
「帝都の神殿は腐っているからな」
国外ではどんどん科学が進歩し、医学も理論的なものへと変わりつつある。
その中でも神聖魔法を至高とし、科学を排除し続ける帝都では朱美からすればオカルトの世界だった。
現実彼らが持つ神聖魔法は強く、奇跡的な治癒魔法を発揮できたため科学は不用のものとされ続けた。
対して大公領はここから科学の有用性を実感し、魔法棟は独自の発展を遂げていった。元は神殿の下の扱いであったが彼らの活躍が面白くなく神殿は何度も魔法棟にあらぬ嫌疑をふろうとしたが、歴代大公はそれを許さなかった。
汚職にまみれた神官を追放し、科学に対して柔軟な受け入れができる神官が残っていた。
これにより今はだいぶ二つの関係は良好になったようだ。
「まぁ、科学をもってしてもジジにかけられた言霊魔法を解くことは難しいです。フランが戻るのを待つしかない……」
そのことがルフィーノとしては残念なことだった。
ルドヴィカは続けてルフィーノに魔法についての講義を依頼した。
何週間か過ぎたところで、ルドヴィカの透視魔法と分析魔法のスキルアップは進んだ。
それでも彼女の思うような内臓を視る方法までには至れていない。
「大分上達していますよ」
ルフィーノにしては珍しくルドヴィカの成長を褒めた。
「でも、全然ね。これじゃ殿下のお役に立てそうにない」
ルフィーノは首を傾げた。
「今も十分役になっていると思いますが」
ここ数か月ジャンルイジ大公の回復は目覚ましいものであった。
フランチェスカが戻るまではこのままだと誰もが諦めていたが、ジャンルイジ大公を補助器を使いながらでも立位できるまで回復させた。
今は歩く練習をしている。ようやく、歩行器を自力で使えるようになったようだ。
ルフィーノの言葉に対してルドヴィカはそれでも焦りを感じていた。
ルドヴィカは未来を知っていた。
前世でジャンルイジ大公は若くして急死してしまうことを。
「早く、彼の体を調べられる方法を考えないと」
透視魔法が一番手っ取り早いと思ったがなかなか思うように進まない。
「前言っていた体を切らずに臓器を調べる方法……でしたね」
超音波検査、太い血管や臓器を調べることができる機械をルドヴィカは恋しがった。
CTもMRIもない世界であるが、せめて超音波検査に似た方法くらいは欲しい。
焦るルドヴィカに対してルフィーノは思いもよらぬ告白をした。
「それなら習得しました」
ルドヴィカは透視魔法の訓練の手をとめた。




