41 救出劇
船内の奥の暗い部屋の中にビアンカ公女は捕らえられていた。
ただ揺れる部屋の中でビアンカ公女は今か今かと自分の命が終わる瞬間に怯えていた。
ぎぃっと音が建てられるとともに強い光が中へ入ってきた。
照明道具の燭台の灯りで大した灯りではないが、真っ暗闇の中で突然入ると強く感じられる。
「公女様」
怖い程の明るい声にビアンカ公女は震えた。
自分をここへおいやったアンの声であった。
アンは燭台を手に部屋の中へ入っていった。部屋の中の燭台を置くスペースに灯りを置いていく。
その間、後から入ってきた男は荷物を抱えていた。
それをビアンカ公女の前で降ろす。
「っひ……」
ビアンカ公女は小さく悲鳴をあげた。
目の前に倒れているのはルドヴィカであった。
髪は短くなっているが印象的な鼠色の髪は忘れられない。
身動きしない女が不気味で、もしかするととビアンカ公女はぶるぶると震えた。
「公女様、ここでおさらいをしてみましょう」
「おさ、らい?」
震える声でビアンカ公女は反芻する。それにアンはにこりと微笑んだ。
「公女様に毒入りクッキーを差し出したのは大公妃様です」
アンの言葉にビアンカ公女は俯いた。
メイドが気分不良を起こし、医務室へかけこんだ日を思い出した。
あの時は、ルドヴィカの仕業だと疑っていたが今は違うかもしれないと感じられた。
「公女様を池へ突き飛ばしたのは大公妃様です」
それも違う。
ビアンカ公女は池に入る前にみた。自分を突き飛ばした犯人は、アンである。記憶が錯乱していたとはいえ、これだけは確実にいえる。
少なくともメイドの服を着た誰かであるのは間違いない。
「公女様を誘拐して閉じ込めたのも大公妃様です」
違う。
ビアンカ公女を誘拐し、ここへ閉じ込めたのはアンである。
違うとわかっているのに、ビアンカ公女は口から声を発せられなかった。
もし言えばどうなるか想像できてしまう。
アンの好ましくない反応をすればアンは迷わず自分を殺してしまう。
そんな恐怖を抱えた。
「私たちはすんでのところで、反抗し大公妃様を追い詰めた。追い詰められた大公妃様は自ら毒を飲み、命を落とされました」
その言葉にビアンカ公女はルドヴィカの方をみやった。
微動だにしないルドヴィカの体に触れようとするが、その前にアンが手を握ってきた。
「怖かったですね。でも、もう大丈夫です」
白々しい程の演技をするアンにビアンカ公女はぶるぶると震えた。
今自分はどうすればいいのだろうかと頭の中で混乱してしまう。
「これからは大丈夫です。全部アンにお任せください」
アンの笑顔はとても冷ややかで恐ろしかった。
暗闇の中、燭台の灯りのみでみえる彼女の素顔がまるでアンとは別の化け物のように思える。
「私の言う通りにすれば公女様はこれからもずっと安全です。アンが御守します。大公妃様のような悲劇が起きないように」
これは脅しであった。
今まであったことを全て忘れてアンが求めるように演じるようにと。
脅迫と、誘導と、洗脳であった。
極度の恐怖に晒されたビアンカ公女は今はアンの仮初の優しさに頼るほかなかった。
これは仕方ない。
そう自分に言い聞かせたかった。
アンの方へ注視しているあまりのそりと黒い物体が動くのに気づかなかった。
「この卑怯者!」
数回しか聞いていない女の声は酷く怒っていた。
薄暗い中、アンは大きな力に押し出されビアンカ公女から放された。
よくみると先ほどまで微動だにしなかったルドヴィカはアンの上にまたがっていた。
「死んだんじゃなかったの?」
ビアンカ公女はかすれた声で呟いた。
「お前! お前はこんな幼い少女に何てことするの! 何が騎士の家系だったよ。このように幼い少女を脅し洗脳し、卑怯なことこの上ない! お前の好きにはさせない」
今までにない程怒り表情を崩したルドヴィカはアンを睨みつけた。
今まで怒る気配のなかった女でもこのように怒ることはあったのか。
ビアンカ公女は茫然とルドヴィカの姿を見つめていた。
「何をどうするのです? あなたはこんな状況で、どうできるのです?」
アンは嘲笑した。
どちらにせよ追い詰められているのはルドヴィカの方である。
この薄暗い部屋の中には武器を所持したアンの部下がおり、丸腰のルドヴィカにはどうすることもできない。
彼女が倒れた時に所持していた魔法道具の入った鞄は取り払った。
怪しそうな装飾品も全て奪った。
何の力もない女に何ができようか。
「公女様!」
男たちがルドヴィカを押さえつけようとする。ルドヴィカはビアンカ公女の方へ右手を伸ばした。
その声はあまりにまっすぐで、その手はあまりにも綺麗で。
ビアンカ公女は思わずその手に飛びつくようにしがみついた。
「テレポ!」
ルドヴィカが叫ぶと、ルドヴィカとビアンカ公女はすっと姿を消した。
彼女を押さえつけていた男も一緒にである。
突然消えて、アンたちは驚いた。
確かに怪しいものは全て取り外したというのにルドヴィカにはまだ魔法道具を所持していたようだ。
「探して! 大公妃には大した魔力は持っていないからどうせ遠くには行けていない」
アンは慌てて指示を出すが、男たちは身動きがとれなかった。
入口付近からひやりとした感触の刃物が男たちの首筋にあたっていた。
目をこらしてみるとオルランド卿と数名の傭兵が剣を携えて、男たちの行動を封じた。
「ビアンカ公女付きのメイド、アンだな。お前を公女暗殺未遂事件の首謀者で拘束させてもらおう」
オルランド卿の冷ややかな声であった。
大公城でみるひょうひょうとして明るい姿の彼とは想像できない程の姿である。
既にこの船はオルランド卿と、彼が雇った傭兵によって占拠された。
◆◆◆
ルドヴィカとビアンカ公女はアンの言う通りそう遠くない場所へと移った。
彼女は従騎士服の生地裏にスクロールの魔法道具を縫い付けていた。とても小さいもので、ルドヴィカが事前に縫い付けた。
最近ルフィーノが作成に成功した魔法道具だった。
ルドヴィカ程度の魔力であればうまく方向提示ができないので、オリンドが目印になるように魔法を追加した。
これでルドヴィカが合図を出せば、スクロールは作動し魔法発動する。
迷わないようにオリンドが目印を提示して、ルドヴィカたちは無事オリンドの元へと合流できた。
そう遠い場所へと呼べない為、オリンドが待機していた船内の一室である。
一緒に飛ばされたルドヴィカを押さえつけていた男は動揺し、その隙に待機していた傭兵に取り押さえられた。
「これで一件落着だな……ですね」
オリンドはビアンカ公女がいるのを知り、ごほんと咳払いして言い直した。
ルドヴィカだけしかいないときは軽い口調の時が多いが、さすがに公女の前であれば分別はしっかりしていた。
一応、ルドヴィカの立場が蔑ろにされてはいけないと配慮する心はあった。
ルドヴィカは腕にしがみついているビアンカ公女をみやった。
酷く青ざめて、目をぎゅっとつぶっていた。
ぶるぶると小刻みに震える体は可哀そうでルドヴィカは彼女の頭を撫でた。
「公女様、もう大丈夫ですよ」
ルドヴィカが優しく声をかけるとビアンカ公女はおそるおそる目を開けた。
先ほどの暗い部屋よりも明るい部屋にいる。
周りをみるとルドヴィカとオリンドと仲間だという傭兵の姿であった。
ようやく安全だと確認してビアンカ公女はルドヴィカの腕から離れた。
「よく頑張りました」
ルドヴィカの言葉にビアンカ公女は俯いてきゅっと唇を噛んだ。
これをみてオリンドは内心「感謝くらいしたらいいのに」と呟いた。
ルドヴィカは彼女の扱いに悩んだ。
誘拐されて怖い目に遭ったから寄り添いたい気持ちがあるが、自分は彼女の家をめちゃくちゃにした一味と思われている。
「オリンド、公女様の傍にいてあげて」
オルランド卿の様子も気になることだし、ルドヴィカはビアンカ公女をオリンドに任せることにした。
年が近いし、自分やアンのような大人の女性よりは怖く感じないだろう。
ルドヴィカが離れようとするとビアンカ公女は慌ててルドヴィカの腰にしがみついた。
「こ、公女様」
「わ、わたしを置いていく気?」
震える少女の声にルドヴィカは首を横に振った。
「助けてくれた騎士の無事も確認したいですし、私がいれば公女様も気が休まらないでしょう」
「誰が決めたのよ!」
「公女様は私を疑っていて」
「今は疑っていないわ」
ビアンカ公女の必死な声にルドヴィカは悩みながらも彼女の手を握った。
「オリンド、代わりにオルランド卿の様子を見に行ってくれる」
「大丈夫か?」
「オルランド卿が信じている凄腕の傭兵がいるから大丈夫よ」
ルドヴィカはちらりと傭兵の方をみた。
計画開始の時に顔合わせした男である。少々荒っぽい印象であるが、オルランド卿が信用して助力嘆願したので大丈夫だろう。
ルドヴィカに見つめられて傭兵はにこりと笑顔を振りまいた。
無精ひげの怖い男であるが、愛嬌が良い。
ルドヴィカの護衛のお願いを喜んで引き受けてくれた。
オリンドが去った後、ルドヴィカはビアンカ公女を抱えて壁の端に背を預けた。ずるずると膝をおり、座り込むとビアンカ公女もそれにつられてルドヴィカの膝にしがみついた。
何を話しかけようか悩むが、ビアンカ公女は今は会話をする余裕はない。
ただ傍にルドヴィカがいるだけで良かった。




