31 不穏な空気
「公女様、公女様」
ビアンカ公女が目を覚ますと自分は大公城の医務室にいた。
治癒魔法使いたちが心配そうにビアンカ公女を覗き込んだ。
「失礼いたします」
治癒魔法使いはビアンカ公女の手に触れ、脈を確認する。
「だいぶ落ち着かれました。咳きこみなどはどうでしょうか。かなりの水が気管支に入り込んでいたのですが」
ルフィーノが魔法で気管支内の水をできる限り吸い上げてくれた。まだ残っている分もあり、それは呼吸状態を確認し、抗生剤で経過をみていく必要があった。幸い呼吸状態は落ち着いている。
「まだ無理をなされてはいけません。絶対安静、経過観察が必要なので」
「あ、あ……」
ビアンカ公女は先ほどのことを思い出した。
確か、池でルドヴィカを待っていた時に、後ろを押され池へと投げ出された。
人払いをと考えていたが、あらかじめメイドを配置していたのは杞憂ではなかった。
ルドヴィカが自分を害したと確信し、水の中へ沈み込む前に彼女の方へ見やった。
自分を池へ押し倒した人間の笑顔を。
「ひっく」
ビアンカ公女は青ざめて、全身震えた。
「もう大丈夫です。怖かったでしょう」
治癒魔法使いたちは必死にビアンカ公女を励ました。
ビアンカ公女はふるふると震えた。
治癒魔法使いがどんなに声をかけようにもビアンカ公女は反応が乏しかった。
「あの、公女様。公女様のメイドが心配しておられております」
「そうですね。世話人がないままだと不便でしょうし」
治癒魔法使いたちの声にビアンカ公女は首を横に振った。
今は誰にも会いたくなかった。
◆◆◆
ルドヴィカ大公妃が投獄された。
投獄理由はビアンカ公女の暗殺、それはジャンルイジ大公にとって心穏やかな内容ではなかった。
まずはビアンカ公女の容態を確認し、一命は取り留めたとのことだ。
先ほど意識を取り戻したが、よほどショックだったのか未だ呆然としている。
本来であればすぐに駆けつけたいが、ジャンルイジ大公は部屋を出られなかった。
ひとまずルフィーノと治癒魔法使いをねぎらい、ビアンカ公女の今後を頼んだ。
次にルドヴィカ大公妃についてである。
ジャンルイジ大公はオルランド卿をはじめとした騎士たちを部屋へ呼び寄せた。
ここ1年の間にこれだけの人員を自室へ招いたのは初めてのことだった。
騎士の数名は久々にみる主君の姿に驚きの表情をあげるが、ジャンルイジ大公はそれに構わず数名の騎士を非難した。
事態が詳細にわかるまでは投獄はやりすぎだと。
「ですが、大公妃は公女様を」
「証拠がないだろう! それに何故私の判断を待たず投獄した」
騎士の勝手な行動を言及した。ルドヴィカの身はただちに東の塔への幽閉へと変わった。貴人用の部屋であり、牢獄よりはましである。ルルという世話役のメイドも配置させた。
ビアンカ公女の身を案じながらも、治癒魔法使いやルフィーノに頼るほかなく自分はビアンカ公女暗殺未遂事件の捜査を確認した。
オルランド卿の報告ではルドヴィカのドレスは桟橋で脱ぎ散らかされていた。ルドヴィカの証言も合わされば、溺れたビアンカ公女を助けようとしたとのことである。
投獄を決めた騎士らに確認すると、彼らはメイドらの証言は正反対であった。
「メイドが目撃したとのことです。池へ公女殿下を突き飛ばす大公妃の姿を」
ルドヴィカを投獄した騎士は毅然と答えた。自分は何も間違ったことはしていないという表情である。
メイドとルドヴィカの証言が違う。
どちらの証言が正しいのか、調査を進めている最中だという。
ここで今まで息を潜めていた反大公妃派閥、正確には反皇帝派閥が表へ出てきた。
今まではジャンルイジ大公の庇護もあり、ルドヴィカも奇行はあるものの直接の害はなく、一部の使用人たちに人気が出ていた為黙していた。
だが、ビアンカ公女への直接的な害を与えたということで、真実を明らかにすべきだと姿を現しはじめた。
半分はビアンカ公女擁立派で、ルドヴィカがジャンルイジ大公の子を産んだら困る連中である。
今まではルドヴィカへ注意するようにという忠告の手紙がくる程度であったが、今はここぞとばかりにルドヴィカを責め立てている。
彼らがここまで強気なのは他にも証拠があがっているからだ。
「それに大公妃はビアンカ公女に毒を盛っていた証拠があります」
事件当日、騎士が提示した木箱の中身を思い出した。
それはルドヴィカからビアンカ公女へ送られたお菓子であった。
ジャンルイジ大公も食べたことがあるクッキーで覚えている。
ビアンカ公女は警戒され食べなかったが、毒が検出されたという報告書が届いた。
当然ルドヴィカは知らないと言っている。
他にも怪しい緑色の飲み物を作っていたため、毒の色や味をごまかす為に作られていたのかもしれない。
騎士の報告を聞き、ジャンルイジ大公は頭を抱えた。
ルドヴィカがビアンカ公女に毒を盛るなど考えにくい。
「その毒も実際大公妃を陥れるためのものかもしれない」
ジャンルイジ大公はオルランド卿をビアンカ公女暗殺未遂事件捜査に任せようとした。それを周りの騎士が止める。
「オルランド卿は大公妃と親しくあります」
「おや、あくまで一介の騎士として接しただけですが」
オルランド卿の言うとおりである。
彼は今までルドヴィカとの距離感は一定を保っていた。ルドヴィカが騎士の協力を得たい時、トヴィア卿とガヴァス卿を推薦したっきり交流はない。
「ですが怪しいです。大公妃はあのアリアンヌ嬢の姉」
その言葉にジャンルイジ大公は眉間にしわを寄せて騎士をにらみつけた。
満足に動けなくなったとはいえ、恰幅のよい体格のかつての英雄ににらまれ騎士は萎縮してしまった。
今の発言は隠れてルドヴィカとオルランド卿が恋人関係だというような口ぶりであった。
「大公殿下、私と大公妃は何もありませんよ。自白剤を使ってもいいです」
「それは必要ない」
可能な限り使用は避けたい薬剤であった。戦争中は何度か使用したことがあるが、量を間違えると精神に異常をきたし、発語の障害もでてしまう劇薬である。
それをオルランド卿に飲ますなどもっての他である。
「では、ヴァリー卿を捜査責任者に、オルランド卿はその監督者だ」
反大公妃派の騎士を選び、オルランド卿に監視を命じた。
「重々言うが、大公妃に自白剤を使用することは禁ずる」
もし約束を違えれば、大公妃の罪が事実であったとしても処分すると言った。
「心得ました」
ヴァリー卿は恭しく承った。
物々しい騎士たちはジャンルイジ大公の寝室から出ていき、残されたのは大公と執事長のみであった。
「パルドン、妃が不便ないようにルルを定期的に送るように手配を」
「かしこまりました」
「ビアンカは……どうすればいいのだろうか」
ジャンルイジ大公は己の不甲斐なさに苛立った。
妻と妹がこんな状態になっておきながら未だにこの部屋から出ることが叶わない。
まだアリアンヌの呪縛を強く感じてしまう恐怖があった。
「殿下はできることをされております」
「だが」
「では、手紙を書かれてはどうでしょうか」
そうはいっても何と書けばいい。この1年ずっとビアンカ公女との接触を絶ち、説明もできないまま放置してしまっていた。
「病気が移るといけないから」と嘘のことしか書けない手紙、誕生日に与える適当なプレゼントのみしか送らずに過ごしていた為何と書けばいいかわからなかった。
「難しく考えずに、ただ心配しているとだけ伝えるのです」
パルドンに勧められるままジャンルイジ大公は便箋に手を出した。




