ぱっと見はひ弱な一般人に見える女が、警邏隊と談笑している。
ぱっと見はひ弱な一般人に見える女が、警邏隊と談笑している。
いや、談笑してはいないな。笑っているのは死体屋ユブネだけだ。
その視線は俺の方を向いている。
俺の巨体は雑踏の中でも目立つ。気付かない方がおかしい。
厳つい警邏隊に囲まれた上で、隣に並ぶ軍人令嬢が近寄って来るのにも気付いてもまだへらへらしているユブネがおかしいのだ。
「久しぶりですね? 異形の森以来?」
声が届く距離まで近づくと、ユブネは会話の相手を俺に切り替えた。
警邏隊は良い顔をしていないが、それでも俺やユブネに苦言を呈したりはしなかった。
それは俺の隣にいる物騒な雰囲気を醸し出す軍人令嬢のせいか、単にユブネに辟易していたからか。
「カワソギ=フクロ。軍属で階級は準二等だ。そこの死体屋に用がある」
軍人令嬢が殺気すら放ちながら警邏隊に一方的に物を言う。
警邏隊は帝国軍に配慮したのか、この軍人令嬢が貴族である事に遠慮したのか、あるいは単にユブネから解放されたかったのか、略式の敬礼をして去って行った。
「ふうん?」
軍人令嬢に不躾な視線を向けながら、ユブネが小首を傾げた。
「封国からの書状と言伝を預かって来たのだが、何をやからした?」
「別に何も? 死体が一つ転がっただけよ?」
全くこの女は、清々しい程死体の事しか考えていない。
大抵の死体屋が生きている人間を見ると死体になった時の事を考えると言うが、ユブネのそれは最早奇術師の領域に到達している。
「まあいい、封国が仕事の依頼をしたいそうだ。簡単な条件はこの書状に記されている」
俺が書状を差し出すと、ユブネはそれを乱雑に受け取った。
中身を見る様子が無いのは軍人令嬢の存在を気にしてか、或いはそもそも読む気が無いのか。
「いつ頃帝国での仕事が終わるのかが分かるのなら聞いて来いと言われているのだが、目処は立っているのか?」
「多分次で帝国の仕事が終わると思うからそうしたら封国に行くわ。封国に行けるのは、そうねえ……」
ユブネが少し言い淀んで、視線を横に向けた。
その方向に視線を向けると、くぐもった爆発音と共に何かが飛び散った。
音に遅れて悲鳴と、漂う血と硝煙の匂い。そして――
「ハカリィィィィ!」
――軍人令嬢の絶叫と殺気。
俺は取り敢えず体表に銀芯を纏って身構えた。
「明後日くらいかしら?」
いつの間にか俺の後ろに身を隠したユブネが暢気な声でそう言った。
一瞬何の事か分からなかったが、少し考えて帝国での仕事が終わる時期の事だと理解する。
みちりと、肉が裂ける様な音が聞こえる。
音の方に視線を向けると、軍人令嬢の身体が変形していた。
その背中には二対の排熱翼が生えている。足と腕が俺のそれと同じ位に膨張し、表面が赤黒く変色していた。
普通に気持ち悪い。
軍人令嬢が弾丸の如く飛びだす。
その先にはどこか狂気を感じる笑みを浮かべた、一人の女がいた。
その女に背後から飛び掛かる男がいる。確かドダイとか言う名の、無等級貴族の軍人。
無等級貴族は女に掴み掛かる寸前で背負子を背負った男に蹴り飛ばされた。
背負子の男と狂気の女が軍人令嬢の進路から飛び退く。
何かが飛び退いた二人がいた空間を突き抜けて、背後の建造物に衝突する。
軍人令嬢が何かを仕掛けたのだろう。
生体改良は帝国のお家芸だが、軍人令嬢のそれは些か行き過ぎている様に見える。
「あーあ。勿体無い」
ユブネが俺を盾にしつつそんな呟きを漏らす。
何がどう勿体無いのかは聞かない事にする。どうせ碌でもない理屈だろうから。
軍人令嬢は狂気の女に肉迫し、太い腕を振るう。
女はひらりとその腕を躱し、続けて突き出されたもう一本の腕もぎりぎりで躱す。
その二人に、男が飛び掛かる。
背負子の男でも無等級貴族でもない。
虚ろな目をした薄汚れた格好の男だ。
薄汚れた格好の男は女二人に覆い被さる様にして――破裂した。
「死体の使い方がなってないな」
あれは死体だったのか。
破裂した死体からは猛然と煙が吹き出して、あっという間に辺り一帯は煙に包まれた。
「ハカリィィィィ!」
煙の向こうから軍人令嬢の絶叫が聞こえて来る。
そして気が付けば、ユブネの姿が見当たらなかった。