強壮薬を飲み干して、血塗れで溜息を吐く。
強壮薬を飲み干して、血塗れで溜息を吐く。
私の静かな逃亡生活もここまでの様だ。
「はぁ、どこからばれたんだか……」
死体屋をやっていて良かった。
人体を知り尽くしていれば、相手が生きていようと死んでいようと解体する事は出来る。
もっとも、訓練された者が送り込まれていたらこうはならなかったが。
「姐御、大漁だな」
ミレンが内臓をぶら下げながらそう言った。
心なしか声も弾んでいる。
暢気なものだ。
再度湧き出る溜息を呑み込みながら、解体された死体達を見下ろす。
男が三人。若くはないが年老いてもいない。
一人は見覚えがある。ニクスイ家の縁者だった筈だ。
確か使えない小間使いの遠縁だったか?
大方ニクスイ家の爵位剥奪に関係する恨みを理由とした行動だろう。
ふむ……。
私の所在をどこから嗅ぎつけたのかは兎も角、これはやはり確定だろうか?
帝国は私を本気で始末する気は無い。
この程度の輩が私の所在を掴めたのに、皇帝や二等爵が動かないとは思えない。
私を本気で始末する気は無いが……爵位は減らしたいのか?
元々奇妙な事の連続だったのだ。
続発する貴族令嬢の不祥事と、それを基にした娯楽の流行。
私の断罪だってそうだ。私自身が処罰されるのはいいとして、ニクスイ家まで取り潰すのはちょっと大雑把過ぎるし、何より被害者であるカワソギ家まで実質取り潰しと言うのはどう考えてもおかしい。
ホネハギ家に至っては良く分からない内に断絶しているし。
貴族の縁者も幅広く処罰を受けて兵役か強制労働に……労働力が目的か?
貴族の縁者は多少の生体改良を受けている場合が多い。平民よりは頑丈で使い勝手はよい筈。
散華の一月後、大陸では労働力が足りていない。それを補うために……と言うのも無理があるか。
帝国民総数の内、頭数で言えば貴族の方が少ない。散った数は平民の方がはるかに多いだろうが、それでも貴族の何倍もの数が生きている筈だ。
そうすると単純に貴族を減らしたかった?
何のために? 分からない事が多すぎる。
いずれにせよ、カワソギ家単体ならまだしも帝国全体を敵には回したくない。
組織的な追手が無いから安心していたけど……これは帝国全体が少しだけ私の始末に能動的になったと見るべきか?
「姐御、一人来る」
ミレンがそう言った。
ああ、ゆっくりと死体の解体も出来やしない。
「はあ、聖国の領土までは後少しだし、一気に――」
「姐御、帝国側に逃げた方が良い」
私の決定にミレンが意見するのは珍しい。
その心を視線で問うと、ミレンはふいと聖国方面に視線を流した。
「誘導されている気がする」
私は全くそんな事は感じなかったけど、珍しくミレンが意見を言うのならばそうなのかも知れない。
むうと、私が煮え切らない唸り声を零すと、ミレンが今度は帝国方面に視線を流した。
「強襲するのもありかも知れない」
「ふはっ」
ミレンにしては強気で無謀なその提案に、変な笑いが漏れる。
でもまあ、嫌な気分では無い。
もうずっと逃げ回ってばかりで鬱憤も溜まっている。
「殺し損ねたフクロに止めを刺すのもいいかもねえ?」
あの陰険三つ編み眼鏡にはそろそろ退場願いたい所だ。
強壮薬が巡って来たのか、気分が妙に高揚している。
まあ、悪い気分では無い。
解体具を構えて、良い感じに肩の力を抜く。
取り敢えず、追加の五人をとっとと解体してしまおうか?
そう思ったのも束の間、ミレンの言う所のもう一人が……あれは確かケンシ家の?