厳かに、平静を装い、しかし微かな怒りを孕んで裁判長が判決を告げる。
厳かに、平静を装い、しかし微かな怒りを孕んで裁判長が判決を告げる。
「ニクスイ=ハカリ。本日をもって貴様と第六皇子との婚約は破棄される。
また、カワソギ=フクロに行った多数の暴行と殺人未遂の罪について、特に階段から突き落とした後に、多数の複雑骨折と裂傷及び眼球破裂に至るまで執拗な暴行を加えた事を悪質と見做し、ニクスイ=ハカリを公開絞首刑に処す。
また、一連の行為を幇助若しくは黙認した罪により、ニクスイ家は爵位剥奪の上、血族には薬殺刑、その他関係者は無期限の警邏隊従属を言い渡す。
ニクスイ=ハカリ、何か申し開きはあるか?」
断罪された令嬢は無邪気で可愛らしいしぐさで微笑んだ。
「では一つだけ。あの女は死んだのかしら? まだ生きているのかしら?」
対する裁判長が今度は一切の感情を込めずに一言。
「……生存している」
令嬢が可憐に、しかし隠せない狂気を孕んで笑った。
「まあ、それは重畳。次はもっと上手くやりますわ」
顎肘を立てていないと頭がテーブルに落ちそうだ。
「悪役令嬢……ねぇ?」
演劇を鑑賞しながら、私は気怠さをそのまま声にした。
唐突にフワケ家の男が鑑賞を勧めて来たのだ。確実に裏があるだろうな。
と言うか、そうでなければ中二階個室の特等席等私に寄越す訳が無い。
まあしかし、流行とは訳が分からない物だ。
大体何だ悪役令嬢と言う名は。
役を降りれば悪ではなくなるのか?
完全な創作ならまだしも、これらの演劇は実話を元にしているのだろう?
細部は誇張されているのだろうけれど、この令嬢の所業は悪役等では無い。
ただの犯罪だ。
しかも死体に続く程の犯罪だ。
若い女で地位もあるとなれば高く売れる死体だ。
事実、一連の爵位剥奪に伴う粛清は非常に実入りが良かった。
「何にしたって、やけに意味深な名よね悪役令嬢って」
そう思わない? と問い掛けながら身体を後ろに倒す。
私の背後から心臓を狙ったナイフは空を斬り、振り下ろされた腕が私の肩と掌に受け止められた。
んー、触った感じ若い女かな?
振り下ろされたのは死体に続くナイフだ。多分致死毒が塗られているのだろうな。
ナイフを握る指の関節を外しながらナイフを奪い取り、そのまま肩まで関節を外して適度に腕を引くと、変な伸び方をした筋が良い感じに硬直した。
痛みに腕を庇おうとする動きを利用して女を私の前に転がして、奪ったナイフを主要な血管を避けて足の甲に突き刺す。
女はこの期に及んで残った片手で反撃を試みるが、死体にならない程度に強く首を捩じってやれば動かなくなる。
生きたまま頭と身体の接続を切り離すのは結構難しいのだけれど、上手く行って良かった。
自分の髪を縛っていた紐を解いて、ナイフの刺さった方の足首を関節が外れた指と一緒に強く縛る。ナイフの毒がどの程度かは知らないけど、死体になるまでの猶予が少しだけ伸びた。
覆面越しに顎関節を固定してやれば、呻き声を漏らす死体一歩手前の女が完成する。
「はぁ、問題は貴方がどこの誰かって事よりも……まあ、いっか」
色々と聞き出そうかと思ったけど、死体屋の私が生きている人間を扱っても上手く行く訳が無い事に気が付いて、顎関節を外してから足首を縛った紐を解く。
その辺りに転がすと女は痙攣しながら死体に向かい、私の手には紐が返って来た。
「剥奪された家の関係者って役かな?」
戻って来た紐でまた髪を縛ろうと思ったけど、色々と面倒になって机の上に投げ捨てた。