話には聞いていたが、でかい。
話には聞いていたが、でかい。
私はそこまで小柄な人間ではない筈だが、その私が見上げる様な大男だ。
銀芯の獣追いヤグラ。
封国専属奇術師とも言われる有名な奇術師だ。
血の代わりに液体状の銀を身体に巡らせ、それを自在に操る。
接界系と呼ばれる系統の奇術師。
あの散華の一月以来、帝国軍は奇術師の危険性評価を全般的に引き上げた。
その判断項目の一つに、奇術の理解し易さと言う物がある。
接界系は奇術師以外でも比較的理解し易い奇術系統ではあるが、銀芯の獣追いヤグラに関してはその能力を知っているか否かはそれ程重要では無い。
奇術以前にこの大男、純粋に強いからだ。
「……はあ。そうすると、ユブネと言う死体屋に会うためにわざわざ緩衝区まで?」
「まあ、緩衝区を穏便に抜けるだけなら他の奇術師より有用だと自負しているしな」
その背中には封国紋章旗がたなびいている。
自制六形――六角形を四方からの矢印が貫く封国紋章は、法の下に抑圧された国家と言う意味を持つ。
我等が帝国の内側から破られた殻とは正反対の意味合いの紋章だが、聖国の七翼連光円に比べれば色々と分かり易い点は良い。
時折遠方からの視線を感じる。
殻を破る卵と自制六形が並んで歩く様はさぞかし不可思議な光景だろう。
と言うか、緩衝区に自制六形と言うだけでも奇異な光景だろう。
一応国紋章旗を掲げるのは攻撃すると国を敵に回すぞと言う脅しだが、緩衝区でそれは安全の担保として機能しない。
「規模にもよるが、帝国軍と聖国軍の小競り合いを守勢で切り抜けられる奇術師は少ないからな」
「ああ、はあ、まあそうですねぇ」
そう言えばこの大男、守りに徹するとやたら堅いとされている。
なにせ散華の一月の際にはあの花畑に一人で乗り込んだ上に五体満足で生還した奇術師なのだ。
あの一件で銀芯の獣追いヤグラは一等奇術師に指定された。
一等奇術師は最低でも大隊規模で迎え撃つ必要性のある脅威度だ。
使い潰しの小隊で対応するには本来ならば荷が重い。
その一方で封国との関わりが強いと言う点から交渉が可能な奇術師とも認識されている。
奇術師の中には比喩じゃなくて言葉の通用しない輩がいるからな……。
「で、そのユブネと言う死体屋は今何を?」
「知らんし、多分知らない方がいいと思うぞ。お互いに」
「ああ、そうですか」
我が帝国に雇われているのかな? 下手したら皇帝から。
「……やけに物わかりがいいな?」
ヤグラが怪訝な顔で私を睨み付けて来る。
もう少し興味を持った振りをすべきだったか?
でも正直、あまり深く関わりたくないし。
「これでも一応、私貴族なんですよ。無等級の末席ですけどね」
「ほう。と言う事は、あの物騒な気配の指揮官も貴族か?」
ヤグラが先程とは別の警戒を含んだ声でそう問い掛けて来た。
丁度いいので適度に警戒しておいてもらおう。
「指揮官殿は三等爵の出なんですよ。志願兵で緩衝区配備希望の変わり者ですけどね」
ヤグラの警戒が良い具合に指揮官殿に向いてくれた。
このまま無駄に警戒しておいて貰おう。