緩衝区には死体が溢れている。
・帝国大衆文化変遷記 第二版より抜粋
悪役令嬢物と呼ばれる一連の流行は、最初婦女子達の間で流行していたと言われている。
一連の物語群に共通するのは敵役の一形態である悪役令嬢だ。悪役令嬢は作中の主役格の女性と敵対する形で描かれる事が多い。
これらの敵役は最後に主役格の女性と和解する事もあるが、断罪されて物語の裏へ消え去って行く場合が殆どである。
悪役令嬢物と呼ばれる一連の流行は、断罪されて去って行く脇役が主役を引き立てる物語である。
それらの流行は実話を元に形作られた。そう、悪役令嬢と呼ばれた貴族令嬢は実在したのだ。
現実の悪役令嬢もまた、その家諸共歴史の裏側へと去って行った。
今は亡きそれらの家。
盲信令嬢ハラサバキ=モドリを産み落としたハラサバキ家。
冷徹令嬢アシワライ=ツナギを産み落としたアシワライ家。
そして、虐殺令嬢ニクスイ=ハカリを産み落としたニクスイ家。
緩衝区には死体が溢れている。
帝国と聖国が停戦協定を締結してから四年が経ち、緩衝区は少しだけ安全になり、転がる死体が三割程減った。
危険な部類の奇術師がうろつく事が少なくなったのはありがたいけれど、やばい死体屋は減っていないので危険である事には変わりはしない。
「姐御、これ以上は持ち帰れないぞ」
ミレンが血生臭い背負子を揺らしてそう言った。
確かにこれ以上は持ちきれない。高く売れる臓器だけを選んで抜いていると言うのに。
「まあ、そうねぇ。この場で加工してもう少しと思ったけど、ちょっと厳しい感じかしら?」
運良く新鮮な死体にありつけたけれど、そろそろ他の死体屋も死臭を嗅ぎつけて寄って来る頃合いかしら。
我が師も言っていた。生きている人間程恐ろしい物はないと。
私とミレンは手早く荷を纏めてその場から離れる事にした。
収穫は七人分の内蔵に腕が二本と血が二瓶。
昼前にこの収穫はありがたい。
午後は死体を加工して過ごそう。
「今日はどっちに戻るんだ?」
ミレンが腸をぷらぷら揺らしながら周囲に視線を巡らせている。
私は何も感じないが、人の気配を感じているのだろう。
「んー? 聖国かな?」
「分かった」
死体と言う物は金になる。
帝国と聖国が小競り合いを続ける昨今、両国は大量の医療資材と薬物を使用する。
帝国から追われる私が帝国民の死体で荒稼ぎする。何とも皮肉な事だ。
それ故に正体が露見すればただでは済まない。
我が師の元を離れて早一年。帝国に対してはミレンを窓口役にして私は表に出ない。
全ては忌々しいカワソギ家のせいだ。カワソギ家のせいで我が一族は断絶した。
階段から突き落として、頭蓋を砕き四肢を折ってやったフクロはどうしているだろうか?
「姐御、帝国軍だ」
ミレンが遠くに視線を飛ばしながらそう言った。
ミレンが見る方角に視線を向けても私には何も見えないが、ミレンが言うのならいるのだろう。帝国軍が。
そうそう私を知る者に鉢合わせる事は無いだろうが、不用意に接触したくはない。
私達は帝国軍を避けてその場を立ち去った。