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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あの子からのメッセージ

作者: 楽市

 時計を見たら、夜の十時を過ぎていた。

 学校から帰って、お夕飯を食べて、お風呂に入って、パジャマに着替えて自分の部屋に戻って、ベッドの上でまったりしていたらこんな時間だ。


 パパとママは、まだ一階にいると思う。

 今の時間は、二人が毎日見てるニュース番組がやってる時間。


 私はそんなものに興味はないから、さっさと自分の部屋に引き上げてきたんだ。

 ベッドで漫画を読んでいたら、枕の脇に置いたスマホからピロンと音がした。


「あれ、ゆかりだ」


 見ると、LINEの通知だった。

 学校の友達からのメッセージが来ていて、縦長のスマホの画面の上部分に、メッセージの書き出しが短く見えている。


『やっほー、かなぽん、元気し――』


 そこまでしか見えない。

 やれやれ、今日のゆかりの餌食は私かぁ、と、息をつきながら漫画を閉じる。

 ゆかりは私が仲良くしてるクラスの友達の一人で、ずっと誰かと喋っているのが好きな、会話に飢えまくっている女子高生だ。


 朝も、休み時間も、お昼も、帰りも、普通の会話、SNS問わず、常に誰かとお喋りをしていなければ気が済まない。そんな、ちょっとめんどくさい子でもある。

 見た目は小柄で可愛らしいんだけど、そのマシンガントークっぷりが災いして、彼氏の一人も出来たことがない、哀れな小娘なのである。


 ま、私も彼氏なんてできたことないけどね。

 さて、そんなゆかりの今日の話し相手という名の餌食。私はそれに選ばれてしまったらしい。


 ああ、何てこと。

 読んでた漫画のクライマックスまで、あともうちょっとだったのに。


 上がりつつあったテンションが、もう海抜0mまで下がってしまった。私が味わうはずだった興奮を、明日くらいにゆかりに請求してやろうか。

 思いつつ、私はスマホを叩いてLINEを開く。


『やっほー、かなぽん、元気してまーす。ゆかりでーす』


 私に尋ねるんじゃなくてあんたが言う側か。


『ねぇねぇ、かなぽん、聞いて聞いてー! ちょっと、面白い噂を耳にしたんだぜー!』


 絵文字を交えて、ゆかりのハイテンションな書き込みが続く。

 さてさて、これこそ彼女のいつもの作戦。

 噂、とやらを話の入り口に持ってきて、こっちの興味をひこうというのだ。


 それこそ、毎日のように。

 今日だって、一体幾つの噂がゆかりの口から飛び出てきたやら。

 どうせ、ほとんどがゆかりの作り話なんだろうけどさー。


『何、どったん? 噂って何?』


 と、私は返信をする。

 あ~ぁ、優しいなぁ、私。

 結局、ゆかりに付き合ってあげちゃうんだもんなー。あー、私ってば友情に篤いわ。


 ゆかりから返事が来た。


『え~、何~、かなぽん、聞きたいの? ねぇ、そんなに聞きたいの?』


 ……うっざ。

 私はスマホを枕の脇に置き直し、漫画を読むことにした。


 ――数分後、


 ピロン。

 ピロン。

 ピロン。

 ピロン。

 ピロン。

 ピロン。


「ああ、もう。うっさい!」


 途切れることなく響き続けるLINEの通知音に、私は集中力は乱されきった。

 全ッ然、漫画に集中できない!

 もうちょっとで一番好きな場面なのに!


「全く、もう……!」


 私は観念して、スマホを取り上げて再びLINEを開く。

 そこには、ゆかりからのメッセージが現在進行形で積み上げられていた。


『ねぇ』

『ねぇ』

『ねぇ』

『ねぇ』

『ねぇ』

『ねぇ』


 怖ッ、こいつ『ねぇ』しか言ってこないんだけど!

 ヘラっててももう少しメッセージにパターン出てくるモンでしょうが……。


 と、そこまで考えて、私はため息をついた。

 そうだった、こいつはゆかりだった、。


 こいつ、自分の話を聞かせるまで『ねぇねぇ』を繰り返すめんどくさいヤツだった。

 たかが数分無視された程度で、静かになるような殊勝さなんてあるわきゃない。

 図太さの塊みたいなヤツだし。


 そこまで考えて、私はついに諦める。無視したところで、どうせゆかりは私と話すことをやめてくれない。なら付き合ってやった方が、私の精神衛生上、マシだろう。


『ただいま。ちょっと親に呼ばれてた』


 一階でニュースを見ている親を口実にして、私は何食わぬ顔でゆかりとの会話に復帰する。すると、やたら絵文字で飾り立てられた『おかえりー』が返ってきた。うざ。


『で、噂って何?』

『やっぱ聞きたいんだー、かなぽん! いいよ、ゆかりさんが教えてあげよう!』


 我が意を得たりだな、こいつ。

 私が呆れていると、ゆかりがその噂、とやらの内容をメッセージに乗せてくる。


 そこに書かれていたのは『結婚式前夜に血痕を残して消えた花嫁』とかいう、もう、一目見てくだらないとわかるレベルのバカみたいなタイトルだった。


 私は悟った。

 あー、今日は大外れだ。大凶ひいたー!


 ゆかりがくっちゃべる『噂』は、かなりアタリハズレが大きい。

 面白い話もあれば、くだらなすぎて笑うに笑えない話もある。


 そして、それら数あるゆかりの話す『噂』の中で、確実なハズレ枠が、オカルト要素が入っているヤツ。例えば、今から彼女が話すヤツ、なのである。


 私はそんなことを考えながら、LINEの画面を光のない瞳で見つめる。

 そこに、次々と増えていくメッセージ。


『これはね、私の先輩のお父さんのお母さんのお祖父ちゃんから聞いた噂なんだけど』


 遠いなー。

 遠すぎて明らかに捏造ってわかる遠さだなー。


『そのお祖父ちゃんがね、数年前、自分が通ってた学校で体験したことなんだって』


 いや、そのお祖父ちゃん、普通に考えて生きてないでしょ。

 何歳よ。確実に百歳超えてるでしょ。ねぇ。


『そのお祖父ちゃんがね、学校で開かれる結婚式に参加することになって――』


 学校で開かれる結婚式って何なのよ。

 どうして文章三つでここまで大量のツッコミドコロを量産できるのよ、あんたは。


『へぇ、それで?』


 と、私は内心にいちいちツッコミを入れつつ、でも表向きはそんなものは微塵も出さずに、ゆかりに話の続きを促していく。


 もう、見るからに作り話とわかる幼稚さだけど、そこをつつくとどうせメンヘラるのとは別の方向でめんどくさくなるのは目に見えているので、私は心を無にする。

 そう、心を無にして、さっさとゆかりの話を聞き終えて、そして漫画に戻るのだ。


『でね、そのときお祖父さんは寒気を感じたらしくて――』

『あ、そうなんだ』


 私とゆかりのやり取りは続く。

 どうぜ、ゆかりはただ単に誰かに自分が考えた話を聞いてほしいだけだ。


 別に、私は熱心になる必要はない。

 聞いている、という姿勢をゆかりに見せ続ければ、彼女は一人で勝手に喋り続けて、そのうち満足してくれる。彼女は昔からそうだった。


 思えば、ゆかりとの付き合いは実はそれなりに長い。

 小学校は別だったけど、中学が同じで、一年からずっと一緒のクラスだった。

 話すようになったのは中学一年の二学期辺りからで、何だっけ、いつの間にかゆかりが私と他数名の輪の中に入ってた気がする。案外、人に馴染むのは得意なのかも。


 そこからはもう、大体今日と同じ感じ。

 喋って、喋って、喋って、それこそ文字通りにマシンガンみたいにトークして、男子からの評価は『可愛い』より『うるさい』で統一されるような子だったなぁ。


 でも、そんなヤツだって知る前は、小柄で可愛くて、小動物みたいだなって思ったこともあったっけ。今は、ただの壊れたラジオか目覚ましみたいにしか思わないけど。

 だけどこれまでも、ゆかりの家に行ったり、ゆかりがウチに遊びに来たりして、結構私達、いい友達付き合いしているのかもしれない。なんて思ったりもした。


 と、何となく昔を懐かしんでいる間にも、ゆかりのトークは続いていた。


『花嫁がいた三年二組の教室には、大量の血痕が残されていて、しかも教室は密室になっていて、犯行時間はそこには花嫁しかいないはずだったの。それでね――』


 盛りすぎ盛りすぎ。


 何、花嫁がいた三年二組の教室って。

 そこは花嫁がいていい場所じゃないでしょ!?


 しかも、犯行時刻とか、密室とか、さぁ……。

 ゆかり、この話、絶対何かの密室系のミステリー読んで思いついたでしょ。


 影響受けやすすぎるんだよなー。あー、そろそろ飽きてきたんだけど。


『ね、ね、かなぽん。犯人、誰だと思うー。ねー? ねーってばー?』


 うっっっっっっっざ!!!!!!


 いい加減、私もキレかけて『知るか!』と打ちそうになってしまう。

 そして、私の指先が動いて、画面上に『知る』まで打ちかけたそのとき、


「ちょっと、ちょっと加奈子!」


 そんなママの声と共に、私の部屋のドアが派手な音を立てて開け放たれた。


「きゃあ!?」


 私は驚き、ドアの方を見る。

 すると、ママが顔色を青ざめさせて、まばたきもしないまま私を見ていた。


「な、何よママ、どうしたのよ……」


 その様子に、ただ事ではない何かを感じながら私が尋ねると、ママは身体を静かに震わせながら、一階の方を指さして、


「い、今、ニュースで、ゆ――」

「ゆ?」


「ゆかりちゃんが、死んじゃった、って……」

「…………え?」


 私は固まる。


「ゆかりちゃんよ、ゆかりちゃん! あんたの、中学のときからの友達の!」


 固まっている私の前で、ママはなお血相を変えて、声を荒げ続けた。


「学校の近くの空き地で、首を絞められて死んでるのが発見されたって、ニュースでやってたのよ! ねぇ、加奈子! ゆかりちゃんが、あ、あ、あんたの友達が――」


 ママが半狂乱になって騒いでいる。

 それを、私は遠いところから眺めているかのように、実感もないまま聞き続けている。


 ピロン。


 音がして、私はビクリと大きく肩を震わせた。

 その音は、スマホから。


 LINEの画面は今は見えておらず、待ち受け画像だけが見えている。

 そして――、


 ピロン。

 ピロン。

 ピロン。

 ピロン。

 ピロン。

 ピロン。


 私が見つめる先で、待ち受け画面の上に『ねぇ』が繰り返し表示され続けていた。

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