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小さな思いやり

作者: よっし~

 僕の名前は吉野和人、歳は25歳。身長180センチでわりとスラリとしているんだけど、かなりの猫背で、そのせいか胃が少しばかり弱い。丸い顔に低い鼻とキリッとした眉毛に細い目が揃っていて、髪は眉毛にかかるくらい伸ばし耳は出しており、真面目なので黒髪だ。


 デイサービスに勤める僕は、気持ちの良い晴れた9月の朝、グレーのTシャツと黒のジャージという格好で、真紅の車体が鮮やかなべスパという名のバイクに乗って出勤して来たところ、いきなり問題に直面した。

 駐輪場にバイクを停めるスペースがない――北風に吹かれながら、僕は駐輪場を睨みどうしようかと考えた。

 確かに駐輪場は、2メートル×12メートルくらいのスペースしかないので、職員の出勤具合によっては一杯になることだってあるだろう。

 しかし今は違う。バイク4台と自転車2台、合わせて6台しか停まっていないのだから、スペースがあって然るべきだ。なのにない。なぜなら、4台のバイクと2台の自転車が、壁に沿うようにまっすぐ並んで停めてあったからだ。

「仲良く行列しやがって――」

 僕は苦虫を潰した顔で吐き捨てた。

 中でも気になるのが、真っ黒で巨大な750CCのバイク、ナナハンだった。ナナハンはふてぶてしくボディを黒光りさせていた。

 ナナハンは管理者のバイクだった。管理者とは、僕が入社してから1年半程の付き合いになるんだけど、常々「人が働きやすいよう考えて仕事せなアカンで。そうしていけば一人前として扱ってもらえるはずや」と指導を受けていたから、なおのこと目の前のナナハンが気に入らなかった。壁に沿って真っ直ぐ駐車するふてぶてしい図体は、人のことを考えているとはとても思えない。

 そもそも僕にとって管理者は、今だよく分からない存在だった。

 管理者の名前は加賀健治、歳は40歳くらいだ。僕より一回り小さく、顔はこれといった特徴はなかったんだけどまずまず整った顔立ちで、黒縁眼鏡をかけていて、いつもボサボサの髪をしていた。格好は、タイトなGパンに黒いティシャツというラフなスタイルなことが多く、一見しただけでは誰もデーサービスセンターの管理者とは思わないと思う。

 普段の加賀さんは、話すとフレンドリーで接しやすかった。ただ、どこかつかみどころがなく、何を考えているのかわからない印象を僕に抱かせた。

 加賀さんにおける最大で唯一の問題は、ほとんど挨拶しないことだった。向こうからは絶対しないし、こちらがしてもほとんど返さない。事務所でタイムカードを押す時も、廊下ですれ違う時も、何らかの加減で奇跡的に挨拶する気になった以外は(それは今まで2回起きた)まったく挨拶しなかった。

 だから僕は廊下を歩く時、加賀さんに会いませんようにと祈りながら歩かなければならなかった。挨拶しても返って来ないというのは、当然のことながら気分のいいものではない。時には僕のことを嫌いで無視してるんじゃないかと、しばらく気に病むことになる。

 そのような理由から、僕は加賀さんに会う度緊張を強いられた。

 

 僕はナナハンから目を切った。今僕がやるべきことは加賀さんに思いを馳せることではない。べスパを停める場所を確保することだ。僕は停まってある2台の自転車を斜め動かすことにした。バイクを動かすのは、警報のアラームが鳴るかもしれないし至難の業だ。

 自転車2台を動かすとスペースが生まれたので、僕はベスパを駐輪場に停車させた。


 なんでこんなことせなアカンねん?今日の会議で言ってやらなアカンな――僕はさっきの駐輪場の光景を蘇らせながら職場に向かった。1人1人が少しは人のことを考えてもらわないと困るし、無駄な手間が増える。

「おはようございます」

 事務所に着いた僕は、挨拶してタイムカードを押した。もちろん加賀さんからの返事はない――。

 

 職員会議で僕は、駐輪場について提案した。「より多くの台数が停めれるように、1台1台が壁に沿わすんじゃなく、斜めに停車させたらたらどうか?」という提案だ。

 職員から特に異論もなく、「確かに、バイクを停めるスペースがない時がある」と同意してくれる職員もいた。加賀さんも「なるほど」とか言って納得してくれている。よし。きっと加賀さんが僕の提案を施設全体に伝達してくれ、僕のベスパが停めれないような事態も減るだろう。


 翌日出勤してみると、ナナハンは相変わらず、不機嫌そうに壁に沿って停めてあった。

 一体どういうつもりなのか?会議の時は「なるほど」とか言ってたクセに、すっかり忘れてしまったのか?それとも、僕の意見なんて一切無視してやろうという意思の表れなのか?

 いずれにせよ、加賀さんのバイクがこの有様では、「より多くの台数が停めれるように、1台1台が壁に沿わすんじゃなく、斜めに停車させたらたらどうか?」なんて、他部署への伝達なんかしているはずがない。 

 僕は目を細め口を尖らせたんだけど、ふてくされていたって事態が解決するわけじゃない。

 まずは、俺が駐車の仕方を提示し、小さな思いやりを示したらええんちゃうんか?――そう思い直した僕は、ナナハンの隣りにベスパをわかりやすく斜めに停めた。

 これで、僕の小さな思いやりが加賀さんに伝わり、昨日の僕の提案を思い出し、他の部署にも伝え、壁に斜めに駐車した車両を眩しい太陽が照らすだろう。すべてのバイクや自転車から小さな思いやりが溢れている――僕が見たいのはそんな風景だ。そういう場所に、幸せの青い鳥は舞い降りるのだ。


 僕がデイサービスに入ってすぐに、事務所から内戦電話がかかって来た。

「はい。2階デイサービス、吉野です」

「ごめんごめん。赤のベスパって吉野さんのやったっけ?」

 電話は加賀さんからだった。 

「はい。僕のです」

「僕のバイクが出られへんから、ちょっと動かしに来てもらってええか?」

 え?なんやて?もしかして斜めに停めすぎたんか?僕の背筋を悪寒が駆け抜けた。

「はいわかりました。すぐ行きます」

 僕は電話を切って、急いで駐輪場に向かった。なんてことだろう?加賀さんのバイクが通れる分くらいのスペースは開けたはずだったのに、それではスペース足らなかったのか?


 僕が駐輪場に駆けつけると、黒メットに黒ライダースーツ姿の加賀さんがいた。近未来映画の極悪な敵役みたいだ。

「ごめんな。そんな斜めに停めとったら出られへんから、ちょっと動かしてもらってもええか?」 

 加賀さんがちょっとだけ笑った。

「すいません」

 僕は急いでベスパを動かして、壁に沿わせた。

「ありがとう。これからは、もうちょっと人のこと考えて、通路開けた方がええやろな。お疲れさん」

 加賀さんは黒バイクで颯爽と去って行った。僕はしばし呆然とし、その姿を追った。

 なんてことだろう?僕の方が思いやりに欠けていたのか?

 なんにせよ、こうなっては加賀さんにバイクや自転車を斜めに停めて下さいなんてもう提案出来ない。もしかして加賀さんは、僕の意見を粉砕してやろうとしたのか?

 考えれば考える程、僕の気分は沈んでいった。頭の中をいろんな考えがグルグル巡り、仕事どころではない。しかしこんなところにいつまでもいる場合でもない。


 僕が職場に戻ろうとした時、べスパの座席に鳥の糞がへばり付いているのに気が付いた。

 何の糞かはわからないが、青い鳥の仕業ではないことだけは確かだった。

 見上げた空はどんよりと曇っており、僕は少しだけ胃が痛んだ――。

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