第四話 囚われの 後編
ここから逆襲です
地下牢。先ほどチャペが捕まっていた牢屋とは違う牢。
そこには少女ばかりが集められ、監禁されていた。正確には、容姿の整ったと形容詞のつく少女達だ。
髪はボサボサ、顔は泣き腫らした跡が残る目に諦観の色が宿っていた。
全員の服は薄汚れていたが、一人だけ柄の違う服を着ている。さらに、腕には緑の布が巻かれており、それは明らかに違う地域の出身であることを表していた。
彼女がこの牢に入れられたのが五日前。
当初は絶望色の少女達に励ましの言葉をかけていた。しかし、一日一人ずつ少女はどこかへ連れていかれ、彼女らが戻ることがないことを実感すると、その少女もまた、根拠のない勇気が恐怖に変わる。やがて諦めに変化し、気が付けば、少女らの仲間入りを果たしていた。
「ねぇ、次は誰かな?」
少女のうち一人が、まるで恋バナをするかのようなテンションで悪趣味なことを聞く。
その質問に、その場にいた全員がギョッとして固まるが、
「私は、やだなぁ……」
と、一人がポツリと零すと、それを皮切りに誰もが嫌だという意思を震える声であげていく。
「でも、私はもういいや」
年長者の少女は、天井見上げて呟いた。
「え?」
その顔は何故か期待に歪み、
「早く私の番にならないかな」
と、夢心地な少女の声で続けた。
「何を言っているの?」
違う村から来た少女は責めるが、
「じゃあ、どうするの? ここから何もできやしないじゃない!」
と、大きな声で切り返される。
まだ二桁の年に満たない子は大泣きし始めてしまった。
でも、誰もその年長者に言えなかった。
それは彼女が力を持っていたからではない。周りの少女達も、抵抗する方法がないことをわかっていたからである。
再びすすり泣く声意外聞こえない状況になり、さらに絶望が濃くなった。
ふとしたとき、緑の少女の耳に、鳥の羽ばたき音らしきものが届いた。
気になってその方向を見ると、通路側の壁に設けられた通気口に、一羽の鳩が羽を伸ばして止まっていた。
その鳩は、牢屋の中に飛び込むと、緑の少女の前に降りる。
「どうしてこんなところに……あっ!」
その鳩の足首に、布が括りつけられており、それを解くと、血で書かれた文字があった。
「これは……そんな!」
周囲の視線も気にせず、黙々と解読する。
血で滲んでいて、かなり読みづらいが、何とか読むことができた。
「ねぇ、何て書いてあったの?」
隣から話しかけられ、集中していた彼女はびくりと跳ねる。しかし、すぐに顔色は明るくなり、
「みんな、もう大丈夫。今度こそ、本当に!」
そう、伝えた。
それと同時に、地下牢の入り口が開かれる。
広場を駆け抜ける少年。
上空を飛び回る鳩たちは、魔物達の注意を引き付けている。
その隙に、見張りを残らず倒し、地下牢の入り口を開く。階段を駆け下りると、牢屋が立ち並び、ボロボロな装いの村人たちが顔をしかめて立っていた。
「はああああ!」
強く光る刃を振り下ろし、牢の扉を破壊していく。
「みんな! 約束通り助けに来たよ!」
恐る恐る牢から出る村人たち。
彼らは皆、ポカンとしていた。
「アレ? 伝書鳩で事前に連絡がいってたと思うんだけど……?」
チャペも頭上に『?』が浮かぶ。
そこで、先ほどの同室の老人が、ああと納得して、話しかける。
「兄ちゃんよ、助けてくれてありがとう。本当に、本当にありがとう。お主の言っていること、もしかしたらもう一つの牢屋に行ってしまったかもしれんのぅ」
「もう一つって?」
「ここの通路の壁を挟んだ側にもう一つあるんじゃよ。ここよりも少し小さめの牢が。そして、そこには恐らく……」
事情を聴き、顔が青くなる少年。
「すぐにそっちに行かなくちゃ!」
慌てて駆けだす少年を見送り、老人は少し階段を上る。そして、村人たちを見下ろし、
「さて、ワシらの村を取り戻そうかの!」
それを聞いた村人たちは、老若男女問わず、勝鬨を上げた。
反逆が始まる。
もう一つの地下牢へ向かい、扉を開けると、そこには顔立ちの良い少女たちが閉じ込められていた。
「おりゃああああ!」
牢の扉を断ち切り、少女たちを救出する。
が、彼女たちの顔色は芳しくない。
「どうしたの?」
うち、一人の少女が訴える。
「お願い! あの子を助けて!」
家、もとい屋敷の客間。有名画家の絵画や、芸術家の作った美術品が並ぶ豪勢で広々とした空間。真っ赤なフカフカ絨毯に置かれた本革の高級ソファーと大理石のテーブル。この村の権力者が用意した、国の要人を迎えるための部屋。
だが、そこには奇妙な光景が映っていた。
壁にはΧの字に打ち付けられた板、そこに裸の少女が貼り付けられている。その正面には、赤黒い液体で満たされた杯を片手に、大きく耳まで裂けた口を、嬉しそうにゆがめる人ならざる者。
外に跋扈する魔物とは体格が一回り違う。身に纏う装飾品も、悪趣味にギラついていた。
「実ニ良イ。良イ光景ダ」
ニチャッと口を開け、液体を口にする。
「我ダケココマデ来タ甲斐ガアッタモノヨ」
熱い視線を送られる少女、プラムは恥じらいを見せず、ただただ、睨んでいた。
「イイ眼デ睨ム。何故、諦メナイ? オ前ハモウ我ノ物ダトイウノニ」
長く伸びた爪の甲で少女の顎をさすり、耳元でささやく。
「決まってるでしょ! 私の英雄が、絶対に助けてくれるの!」
その言葉に、目を丸くする怪物。
やがて、大声をあげて嘲笑う。
「結局、他人任セカ!」
それに対し、大きく身を捩る。
爪が少女の頬を傷つけ、鮮血が伝うが、構うことなく叫ぶ。
「違う! 彼が頑張るなら、私は、私の闘いを最後までするの! 最後まで、足掻くの!」
彼女が放つ覇気に怯むことなく、むしろ楽しそうに嗤う怪物。
「愉快ダ。愉快! 最近ハ味気ナイ女ダッタカラナ! 愉シム間モナク終ワッテシマッタ」
彼は、視線を後ろで跪く隻腕の魔物に送り、褒め称える。
「ヨク上物ヲ連レテキタ」
その魔物は顔を上げようとせず、「アリガタキオコトバ」と残す。
その彼の前に立ち、怪物は問う。
「オ前、何ヲ望ム?」
「デハ、チイヲクダサイ!」
初めて顔を上げる魔物。その前には不気味な笑みがあった。
「地位、地位カ! 良カロウ。デハ、コノ村ノ長ノ座ヲ、オ前ニクレテヤロウ」
その言葉に、
「アリガトウゴザイマス!」
と子供のように明るく声を上げる。
「デハ、新村長ニ最初ノ仕事ヲヤロウ」
「ハイ、ナンナリト」
怪物はカーテンを開けると、
「コノ責任ヲ取レ」
「ハ?」
窓に近づき、外を覗く。
そこでは、魔物と人間がぶつかり合う、戦が繰り広げられていた。
「コ、コレハ……」
たじろぐ魔物に追い打ちをかけるように、
「上カラ獣ノ音ガスルナ。コレハ何ダロウナ」
「ヒ、ヒィ……」
正面に立つ怪物から離れようとして、壁に背中が当たった。そのとき、客間の扉が開く。
「やい化け物! 成敗してくれる!」
そこには、紛うことなき勇者とその一行が立っていた。
「チャペ!」
少女の声に顔を向けると、そこにはあられもない姿の幼馴染が、ずっと探していた少女の姿が、そこにはあった。
「プラム!」
体の奥底から、様々な感情が爆発して、溢れそうになる。
でも、それを原動力に換えてくれたのは、周りにいる仲間たちだった。
オオカミ、サルとハトの軍団。
ヘンテコなパーティだが、彼にとって最高のメンバーだ。
「うん。まずはあいつ等だよね。いくよ、みんな!」
構える少年に、怪物は喜ぶ。
「泣ケルナ! ガキノクセニ勇者気取リトハ」
唯一怯えるのは、隻腕の魔物。
「オ、オオオオマエ、ナンデココマデ、オッテ。アオンナハズハ、ナゼ」
震える声で床にへたり込む。
「ようやく見つけたぜ! 今度こそ、みんなの仇を!」
その様子を笑いながら見ていた怪物は、その魔物の肩を叩く。
「ナンダ、オ前ガ連レテキタノカ! ジャア、オ前ノ客ナラ、オ前ガモテナセ。ホレ」
そう言って勇者一向に差し出す。
「ヤ、ヤメテクレ」
もちろん、勇者一向にそんな慈悲などない。
「お前らがそう言って命乞いした人たちを一度でも助けたか」
一歩、また一歩と近づく。
「よくもみんなを。よくもプラムを。俺は、許さない」
「ヤメロオオオオ!」
「おりゃああああ!」
頭上から剣を振りかぶり、様々な想いを乗せた一太刀で、因縁の魔物を真っ二つにする。
これで一つ、目的は達成された。
と、拍手が起こる。
「イヤァ、実ニ泣ケル。ヨウヤク因縁ノ相手ヲ倒シタッテトコロカ」
「そんな褒められても、嬉しくないよ」
「ソウカ? デモ気持ヨカッタダロウ? 弱イ者ヲ切ルノハ」
彼は足を捕らわれの少女へと運び、嗤う。
「俺の剣は、弱い者を切る為の物じゃない! 弱い者を、助けるための剣だ!」
「イイ言葉ダ。感動的ダナ」
プラムの顔に、その歪な顔を近づけると、紫色の長い舌で滴る血を舐めとった。
「ダガ、無意味ダ。ココデ我ニ滅ボサレルノダカラナ!」
そう言って、壁に掛けられた二本の宝剣を手に取り、一気に間合いを詰める。
「ふざけんな!」
剣で何とか攻撃を防ぐも、今までの魔物と非にならないスピードで猛攻を仕掛けられる。
(隙が無い! このままじゃやられる!)
防戦一方かつ、防ぎきれない刃が腕や横腹を掠めていく。
体から放出されるアドレナリンで痛みこそあまり感じないが、気を抜けば終わりだと、脳内に警笛が鳴っていた。
仲間たちも必死に応戦しようとするが、その隙も見いだせない。
少し手を出した仲間は、奴の剣戟に巻き込まれ、血を流して床に伏してしまっている。
「ガキノクセニヤルガ、マダマダ弱イ!」
奴は一歩強く踏み込み、体重を乗せた一撃でチャペを弾き飛ばす。
「コレデ、終ワリダ!」
そう言って宝剣を一つ手放し、両手に持ち帰ると、倒れる少年目掛けて振り下ろそうとする。その瞬間。
「ガアアアア!」
宝剣は手から転げ落ち、彼は悶える。
その右手には、一本の矢が撃ち込まれていた。
忌々しい目で矢が飛んできた方角を見ると、窓は開け放たれ、その先に長髪の男が弓を構えており、すぐに周囲の敵との戦いに向かう。そして、その隣に立っていたのは、カーテンを纏った少女だった。
慌てて磔台に目をやると、そこには誰の姿もなく、数匹のサルが頭の上で拍手をしている。
「キサマラアアアアアアアア!」
叫び、宝剣を拾おうとしたとき、派手に転倒してしまう。
足にはオオカミが食らいついていた。
近くの宝剣に手を伸ばすが、宙をきる。
見れば、サルがその剣を持ち去っていた。
少年の姿を探すが、視界は暗闇に包まれる。
直後、両目に激痛が走る。
ハトがその眼を啄んでいた。
「ありがとう、みんな」
少年は光る剣を持ち上げ、その喉元目掛け、
突き立てた。
戦いは終わった。
これでチャペの冒険の目的は達成しました。