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第四話 囚われの 前編

目が覚めるとそこは別の村で

 慌てて飛び込んだ集会場。

 剣を抜き、走る。

「やめろ!」

 目の前の魔物目掛け叫ぶ。

 奴は少女の首を掴み、持ち上げ、ニタリと笑った。まるで、幼子が新しい玩具を見つけた時のように。

 剣を振りかぶる。

 奴はこちらに気づいており、視線は目の前のおもちゃを見てはいない。

 それは悪意に満ちた目で、幼子の無邪気さなんて比べ物にならない程、純粋な黒さが満ちていた。

「ああああ!」

 叫び、振り切る。

 剣を握る手に抵抗を感じた。

 ひと呼吸置き、鮮血が、命と共に舞う。

 そのひと呼吸は、少年に現実を理解させるのに充分だった。

 集会場の窓から差し込むオレンジ色が、赤い液体を燃やす。

 魔物は嗤った。

 少年も嗤った。

 少女だった物だけが嗤っていない。

 異色な二人だけが、狂ったように嗤い続ける。枯れるまで、永遠に。


 少年は、ゆっくり目を開ける。

 最近の目覚めは酷く悪い。

 つい数日まで、故郷の、自宅の、見慣れた天井を見て目覚めていた。

「知らない天井だ」

 まだ耳元で嗤い声が残る中、チャペの脳は覚醒し始める。

 辺りを見る。一瞬、まだ悪い夢でも見ているのではないか、そう思える程、非現実的な光景。ここまで、非現実的な体験はしてきたチャペでも、信じがたい現実がそこにはあった。

 四角く加工された石を組み合わせて作られた、無機質な壁で覆われた部屋。

 一面のみ鉄格子でできているそれは、昔絵本で見た牢屋である。

 広さは村の集会所の半分くらいだろうか。

 自分の家の居間よりは広いことはわかる。

 その中に、十数人という大勢が詰められていた。

 絵本や騎士から聞いていた話では、ここにいる人というのは罪人か、あるいは……。

「おい、兄ちゃん。起きたか」

 ぼんやりしていた少年に声がかかる。

黄色く汚れた、ボロ衣のような服に身を包んだ老人だった。

髪は薄い灰色をしており、もう何日手入れをされていないのか、同じ色の髭も含めてぼさぼさに伸び切っていた。

「あの、おじいさん。ここは?」

「ここは王都の外れ、国境沿いの村じゃよ。

 そして、ワシ等が入っておるのが、かつて戦争で使われた捕虜を捕らえる牢獄じゃ」

 老人は淡々と答えた。素早く、彼に現状を伝えたいことが見て取れる。

「わからないことだらけじゃろうが、まずは、ワシの話を聞きなさい。

 かなりショックじゃろうが、兄ちゃん含めワシらは、その、奴隷じゃない」

「え?」

「ワシらは……」

 少々言葉を探し、諦めたように口を開く。

「あの化け物共の餌じゃよ」


 老人から聞いた話はまとめるとこうだ。

 一つ。ここは王都に近い村の地下牢であること。そして、その地下牢は全部で五部屋あること。

 二つ。ここに捕らえられたものは人間家畜問わず全ての動物が餌となっていること。

 三つ。毎日、全部の牢からランダムに選ばれ、魔物の下へ連れていかれること。

四つ。その魔物へ反撃を企てている途中であること。また、奴らは恐らく二十体ほどこの村にいること。

「新しくこの牢屋に連れてこられたのは、俺が久々だということだね」

「うむ。実に十日ぶりじゃ」

「十日……」

 その間、毎日犠牲者が出ていたと思うと、背筋が凍る。そして、今も彼女の身に危険が迫っているかと思うと、焦る気持ちが出てくる。岩山で出会った彼らは、大丈夫だと言っていたが。

 しかし、彼らはあれからどうなったのだろうか。彼らは酷いことをしていたが、彼らに助けられたことも、また事実である。

「おじいさん。村人は何人いるの?」

「ざっと千人程じゃ。じゃが……」

「あっ」

 老人の悲しそうな目に聞いてはいけないことを聞いたと後悔するも、彼は続ける。

「半分は、もう」

「そう、か……」

「お主が気にする必要はない」

 そう、優しく微笑む。

 しかし、周りはそうはいかなかった。

「そうだ。同情なんかするもんじゃねぇ」

「されたところで、誰も戻って来やしない」

「俺達もどうせ……」

 口々に、憤怒が、憎悪が、絶望が溢れ出る。

「ああ、やめんか。ワシらはまだ生きておる」

 老人は周囲を宥めようとするも、連鎖する悪意は止まる気配を持たない。

 ここにいる村人たちは、年齢性別様々で、怒りを露わにする人、声をあげて泣く人、端で震える人、三者三様の反応をしていた。共通するのは、老人を除き、誰もが絶望していた。

「兄ちゃんよ、今度はお主の話を聞かせてくれぬか」

「うん。でも、みんなを勇気づけられるものじゃないかもしれない」

 そう前置きをし、小さな勇者はこれまでの冒険を語る。

「そうか。お主も、苦しい中頑張ってきたのじゃな」

 老人は、目を赤く腫れさせて少年の肩を掴む。その力は弱弱しさを感じさせない、確かなもので、

「そうであれば、お主こそ絶対にあきらめてはならん。なぁ、そうじゃろ?」

 周りに問いかける。

「そうだな。こんな子供に頑張らせて、俺たち大人がこんなんじゃ良くないよな」

「ええ、私たちが未来を守らなくちゃ!」

 暗い空気は、少し柔らかなものに変わりつつあるように感じ取れた。この一瞬だけは。

 が、無慈悲にも鉄格子の向こうにいる存在に奪われてしまう。

「タノシソウダナ。イキガイイホウガウマソウダ」

 鉄格子の扉が開くなり、二体の魔物が入ってきた。

大人たちは立ち上がり、震える足を抑えながら叫ぶ。

「俺たちは、お前たちに屈しない!」

「ここから出ていけ!」

 その言葉に奴らは怯むどころか、嬉しそうに牙の並んだ口を不気味に吊り上げる。

「ジャア、オマエカラクウゾ」

 そう言って、爪の伸びた腕を伸ばし、腹に突き刺す。

「ぐっ、がああああっ!」

 言葉にならない叫び声が地下牢に響き渡る。

 まるで、希望をかき消すように。

 引き抜かれた手には赤黒い臓物が握られており、それを上から口に落とした。

「オイ、ズルイゾ!」

「ヘッ! ソレナラオマエモヤッテミロ!

 ニンゲンハマダマダタクサンイルゾ!」

 その常軌を逸した光景に、その場にいた人間は声も出せずにいた。

「ジャア、オレハオマエガイイナ」

 もう一体が選んだのは、部屋の隅で膝を抱える少女だった。

「いやぁ……」

 その様子を、誰も止めようとしない。代ろうとする者もいない。ただ、その様子を眺めることしかできなかった。

(いいのか、俺。このまま見ているだけでいいのか? そんなのは、絶対に!)

「待てよ!」

 唯一、動けたのは、武器も仲間も失くした勇者だった。紛れもなく、勇者だった。

「ナンダ?」

「連れて行くのは、俺にしろよ!」

 彼女の前へ立ち塞がり、両手を広げて啖呵を切る。

「ナンデオマエナンダ。オレハオマエ二キョウミナイ」

 キョトンとした顔でそう答える。

「じゃあ、嫌でも興味持たせてやるよ!」

 そう言って、懐に飛び込む。

 が、体格も、身体能力も格上の相手に適うはずもなく、軽々と頭を掴まれ、壁に叩きつけられる。

「がはっ!」

 肺の中の空気がすべて抜ける。頭の中が真っ白になり、視界は点滅する。

 勇気ある行動と、無謀は違う。この出来事が、周囲の村人の共通認識として刷り込まれる。

「ガハハハハ! ヨワイナ!」

 ぐったりとして動かないチャペを担ぐ魔物。

「コンカイハ、コイツヲバンメシニスルカ」

 腹から臓物を垂れ流し、光を失った瞳の青年ももう一体が担ぎ、奴らは牢屋を後にする。

 そこでは、残された者たちを、鼻を衝く鉄の臭いと絶望が満たしていた。


この主人公、よく眠ります

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