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第三話 忍び寄る悪意 前編

第三話は長くなったので分割します。

「そう言えば、お前って名前あるの?」

 前を歩くオオカミに尋ねるも、こちらを一瞥するだけで、無言でスタスタ歩く。

「そうか、ある訳ないか」

 顎に手を当て考える。

「だってお前、文字通り一匹オオカミだもんな」

 と言ったところ、激しく反応するオオカミ。

 一瞬で押し倒されてしまった。

「わ、悪かったって」

 謝ると、ゆっくりと降りる。背中で分かればいいと語りながら追跡を再開する。

「気にしてたんだな」

 小さく呟く。

 彼が孤立してしまったのには何か理由があるのだろうか。いつか聞ければいいなと思いながら、後を追う。

「うーん、すぐに唸るからなぁ……」

 凛々しく歩く背中を見て、

「よし、お前は今日からガルルだ!」

「!」

 一瞬止まって振り返るも、勝手にしろとまた進みだす。

「はいはい、勝手に呼ばせてもらいますよ」

 頭の後ろで手を組み、

「よろしくな、ガルル」

 素っ気無い態度だが、悪い気はしない。

 その尻尾がまんざらでもないことを物語っているのだ。

 可愛いやつめという思いは心に留めておいた。


 途中二日程野営しながら歩き続け、やがて森を抜け、突入したのは岩山。二人は知る由もないが、国境付近である。

 視界に映るのは先ほどまでの緑から、灰色の世界に変わった。一部木々も見えるが、大きく視界が開けている。

「ガウ」

 どうだと尋ねるガルルに

「ダメだ。あいつの姿は見えない」

 と答える。

「また暫く歩くのか」

 見渡す限りの岩、岩、岩。

 それが連なり、かなり先まで続く。

「よし、頑張ろう!」

 険しい道のりを超えるため気合を入れて進み始める。


 歩き続けること数時間。

 歩きなれない岩肌から足への負担がいつも以上に蓄積される。

「ガルルぅ。そろそろ休もう」

 ガルルが小さくため息を吐き、歩みを止める。

「どこか休めれそうなところは……」

 見渡すと、二百メートルほど離れた先。少し草花の生えた岩陰を見つけた。

「あそこで休もう!」

 しかし、たどり着いたとき。

 休もうとした岩陰には先客がいた。

 それも、望まぬ先客が。

「げっ!」

 魔物。その数、三体。

「疲れてるけどこの数なら。いくぞ、ガルル!」

「ガウ!」

 切りかかろうと間合いを詰めに行ったとき。

「嘘だろ⁉」

 三体なんかではなかった。

 その岩陰の裏。

 十体はいるだろう、魔物の群れ。

 一度にこの数を相手にしたことはない。

 もちろん、既に気づかれている。

「ど、どうも」

「オヤ、マサカエサノホウカラキテクレルトハナ!」

「ヨルハヤキニクッショ!」

「うぉおお!」

 醜い集団がナイフだけでなくこん棒や盾を持って襲い掛かってくる。

「マズい! ガルル、逃げるぞ!」

「ガウ!」

 二人は全力で駆けだす。

 先ほどまでの疲労は何処へやら。これが火事場の馬鹿力などと考えながら両手両足をできる限り動かす、動かす。

 しかし、意外な結果でこの奇妙な鬼ごっこが終わりを迎える。

 彼らの逃げる先に、銀色の甲冑にフルフェイスのヘルムを被った二人組が立っていた。

「そこの少年! 当たったらごめんよ!」

 そう言って甲冑の一人が弓矢を引き絞り、放つ。空気を切り裂く矢がチャペの頬を掠める。

その矢は、すぐ後ろまで迫っていた魔物の脳天を貫き、命を刈り取った。

「ヒュー。さすがだねぇ」

 と、軽快に口笛を鳴らすもう一人。

「もう、一発!」

 再び弓矢の甲冑が引き絞り、放つ。

 再び魔物の首筋を貫く。

「さて、ここからは俺の出番だ」

 もう一人が背中に背負った大剣を抜き出し、徐に薙ぎ払う。

 巻き込まれた魔物たちはいっせいに弾き飛ばされ、岩壁に叩きつけられて動かなくなる。

「さぁ、次はどいつだ?」

 チャペの身の丈ほどもある巨大な刀身を持つ大剣を片手で軽々と持ち、魔物に向ける。

「ナ、ナンダコイツ⁉」

「ニゲロ!」

 半分程まで減った魔物は散り散りになりながら退散していった。

「す、凄い!」

 その二人の姿は、まさしく救世主であった。

「そんな大したことはしてねえよ」

 恥ずかしそうにヘルムを取る大剣の兵士。

 体格通りのガッチリした顔つきに、無精ひげをたっぷりと咥えたワイルドな男だった。

「怖がらせてしまいましたね? 怪我はないですか?」

 そう言ったのは弓矢の兵士。

 こちらもヘルムは外しており、顔つきは堀が深めな面長の男だった。彼の肩にかかるほどの長い黒髪は、汗で乱れている。

「全然! むしろあんなに正確に矢を放つ人初めて見た!」

「そう言ってもらえると助かります」

 彼は右手の籠手を外し、握手を求める。

 なかなか握手をする機会のないチャペは一瞬戸惑ったが、何とか応じることができた。

「さて、そろそろ暗くなってきたし、キャンプに戻るか」

「そうですね」

 そう言って二人はお互いにアイコンタクトを取り、

「君も来るでしょう?」

 と、誘ってくれた。

「いいの?」

「もちろん。こんな危ないところに子供を置いていけねぇよ」

 そうニカっとサムズアップする大剣の兵士。

「そういえばそこに連れてるオオカミは君のペットなのかい?」

「いや、俺の相棒だよ。ガルルっていうんだ」

「そうか。よろしくな、ガルル」

 そう言って手を差し出すが、そっぽを向いてしまった。

「あはは。気難しい性格なようだ。よく仲良くなれたね」

「まぁ、いろいろあったんだよ」

 と、大剣の兵士に話をしたが、チャペは手に噛みつかなくてよかったと内心冷や冷やしていたのは内緒である。

「じゃあ、キャンプでそのいろいろについて聞かせて貰おうかな」

 そう言って、キャンプへ歩いた。


 たどり着いたキャンプでは、もう一人の兵士が薪に火をくべ、鍋を火にかけていた。

 テントは二つ。組み立て式の骨組みに、布を被せたタイプの簡素なテント。一つに大人三人並んで寝れる程度の大きさであった。

 彼らとのコミュニケーションはまず食事の時間から始まった。

 先ほど助けてくれた大剣の人がラートン。弓矢の人がウース。キャンプで待っていたのは、カッチという小柄で坊主なサル顔の男性だった。

「ようこそ少年」

 カッチは彼らを明るく出迎えてくれた。

「助けてくれてありがとう。それに、ご飯までごちそうになって」

 鍋から嗅いだことのないようなとてもいい香りがする。

「さ、もうできるぞ。さ、座った座った」

 岩山に転がっていたのであろう、座りやすい大きさの岩に腰かけ、スープの盛られた木の器をカッチから受け取る。

 透き通る黄金のスープの中には、ぶつ切りの骨付き肉に、見慣れない木の実がいくつか入っていた。

「この具材はこの辺でとれたもの?」

 カッチに尋ねると、配膳をしながら

「そうさ。この山で調達したものだよ。スパイスだけ故郷の物だけどね」

 と、快く答えてくれた。

「地元ではなかなか取れない、貴重な肉だ。味は保証する」

 そう話す間に、全員へスープがいきわたる。

 ガルルは料理に使われていた肉のあまりのみ岩の上に置かれた。

「いただきます」

 チャペはスプーンに肉を乗せ、口に運ぶ。

「⁉」

 しっかりと煮込まれた肉は、齧ったところからほろりと崩れ、口の中でバラバラに散らばる。それと同時に、肉に溶け込んだスープが口の中に広がり、何とも言えない旨味が広がる。蜂蜜のような濃厚な甘みの後を、痺れるような辛みが追いかけてくる。

「どうだ、コイツの飯、最高だろ?」

 ラートンの自慢にチャペはブンブン首を縦に振る。

「こんなに美味い肉、初めて食べた。スープも食べたことない味だけど、何というか、美味い!」

 語彙力のない感想にラートンが大笑いする。

「ガルル、お前は食べられなくて残念だったな」

 人間の食べ物が食べられないオオカミは、前足で器用に骨を掴み、ペロペロと舐めていた。

 見られていることに気づき、ちらりと見上げるが、すぐに骨に興味を移してしまう。

「しかし、子供がこんなところで何をしているのです?」

 ウースが尋ねる。

「実は……」

 彼は話した。

 この国の辺境の村に暮らしていたこと。

 村が魔物に襲われたこと。

 魔物に大切な人が攫われたこと。

 大切な人を助けに旅に出ていること。

 その途中でガルルと出会ったこと。

 そして、英雄のこと。

「それでここにいるんだ」

 これまでを話す彼の眼差しは少し暗さがあった。本当は、数日経って追いつけずにいることが不安で仕方がないのだ。

「うぅ。泣けるじゃねえか!」

 ラートンが丸太のような腕で涙を拭う。

「辛いだろうけど、頑張れよ!」

「ありがとう。でも、やっぱり不安だよ」

「そうだよなぁ」

 鼻水を垂らした大男の勢いにチャペは少し引く。

 そんなところに割って入ったのはウース。

「しかし、生きている可能性は低くないかもしれませんね」

「どうして?」

 彼は続ける。

「その魔物は片腕を無くしたのでしょう? そんな中で生き残ろうとしたら人質を簡単に手放すとは思えません。私でしたら、少しでも生き残るために切り札は取っておきます」

 それが彼なりの予想だった。

「本当⁉」

「あくまで予想で確証はないですし、急がなくてはならないことに変わりないですが」

 言い切ってからスープを飲み干す。

「でも、休めるうちに休んだ方がいい。もう暗いし、今日は寝たらどうかな」

 カッチが鍋を片付けながら、チャペの肩を叩く。

「うん、そうする」

「置く側のテントをワンコと一緒に使ってくれ」

 案内されるがままに、その晩をテントの中で過ごした。


 次の日の朝、が来るよりもずっと早く、チャペは目覚めることとなる。

 その目覚ましは至近距離の遠吠えだったが。

「なんだよ、まだ真っ暗じゃ……え?」

 脳が動き始めるとともに彼は言葉を失った。

 外が騒がしいのだ。

「ガルル、これは?」

 尋ねると、ついてこいとテントから飛び出す。

 後をついていくと、それは恐ろしい光景が広がっていた。

 黒く、小さな獣の群れが、もう一つの、三人組の寝ているテントを襲っているのだ。

 その数は両手で数えることは到底できない程、たくさん。

 先の遠吠えの影響か、チャペ側のテントは無事であった。

「なんだこれ」

 あまりの非現実的な光景に動けない。すでにこういう景色は見慣れたかと思ったが、そうではなかった。

 そんな彼に一声吠えるオオカミ。

「あ、ああ。すまん。助けないとな」

 剣を鞘に入れたまま、叫ぶ。

「うおおおお! 離れろおおおお」

 その雄叫びを聞いた獣は一瞬だけ離れるも、また近づこうとする。

「しつこい!」

「アオオオオオオン!」

 二人の叫びと攻撃に怯んだ獣は、諦めて離れていった。

「やっと離れたか。あ、中のみんなは!」

 テントの中に入ろうとすると、先に彼らは出てきた。

「ふぅ、堪ったもんじゃねぇぜ」

 ラートンはぐったりした獣を掴んでいた。

「しつこい奴らだぜ」

 彼はその獣を遠くに放り投げる。

「坊主、無事か?」

 そう言って手を指し伸ばしてくれる彼らは傷だらけだった。

「ひどい傷……」

「なんてことないですよ」

 そう言うウースはいたるところに引っ掻き傷があり、かなり痛そうだった。

「あの黒い獣は何?」

 尋ねると、カッチが答えた。

「サルだ」

 と、忌々し気に岩山の頂を見つめる。

 のこぎり状の陰が月明かりに浮き上がり、今にも切り刻まんとぎらついているように見えた。


 少しして、太陽が昇り始め、辺りに温かさが広がっていく。

 その間、皆で壊れたテントの片づけをしていたが、修理をしようにも部品が足りない。

「骨組みになりそうなものを探してこようか」

 そうカッチが提案する。

 少しでも役に立ちたいチャペは、率先して手を上げる。

「俺が行くよ! お返しがしたいんだ」

 その一言にカッチはにっこりと笑い、

「そう言ってくれると助かるよ!」

 と、少年の肩をバシバシ叩く。

 当の本人は痛がりながらもまんざらではなさそうだ。

「そうと決まれば、二手に分かれましょうか」

 ウースとラートンはテントの立て直しを、カッチとチャペは材料集めに岩山を探索しに行くことに。


 意気揚々と旅立つ二人の背中を見ながら、周囲の片づけに手を出す男達。

「あの二人に任せて大丈夫かねぇ」

 マッシブな腕を豪快に動かし、ため息を吐く。

「あのカッチですから問題はないでしょう。問題はそこじゃなくて」

「ああ、わかってるよ」

 途中で遮り、近くの岩山を見る。正確には、その麓の横穴を。

「あいつら、こっちに来たということは、まだ大丈夫だろう」

「いいえ、時間の問題でしょう」

 二人の視線は、怪しげに。


 程なくして、慌てて帰ってきたのは、カッチ一人だけだった。

「何があったのです?」

 慌てて近寄る二人へ、息も切れ切れにありのままに伝える。

「実は」

 木が多く自生していた場所を見つけ、太めの枝を回収していた時、そこがサルの縄張りであったことに気が付いたのだ。

 しかし、気づいた頃には囲まれており、カッチは逃げ出すことで精いっぱいだったそうだ。

「それでボロボロになったのですね」

「でもよ、あの坊主は……」

 ラートンの心配は的中。

「すまない」

 カッチは頭を項垂れ、零した。


何やら雲行きが怪しいようで。

なので、もう少し続きます。

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