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第一話 運命変化 後編 

前話の後編です。

 突如現れたその人ならざる者、魔物の姿に改めて実感する。

 この国が魔王に支配されかけていることに。

「オヤ、ココカラウマソウナニオイガスルナ」

 しゃがれて聞き取りづらいが、その言葉は自分達を食料としか見ていないことは、よくわかった。

「ホウ、ワカイニンゲンダ。ワカイニンゲンハイイ。ヤワラカクテジューシーダカラナ。アッキノハクサクテアブラダラケデマズイ」

 もう一体。その魔物の後ろから現れた魔物。

 どちらも似た容姿をしている。

 わかることは二体が敵であるということ。

 戦わなくては死ぬ。

 戦え。守るために。

 戦え。生きるために。

 心臓が高鳴る。逃げたい。

 二つの感情が鬩ぎ合う。

 じわりじわりと奴らが近づいてくる。

 時間がない、でも、怖い。

「あ」

 震える手に掌が重なる。

「大丈夫」

 自分が子供達を諭すときに使った言葉が、次は自分にかけられる。

「大丈夫。チャペは、みんなの英雄だから」

 プラムのその言葉で、体から緊張が抜けていくのを感じた。

「ありがとう。もう大丈夫」

 震えが止まる。

 彼女の温かい掌をゆっくりと引きはがす。

 そのときに彼女も微かに震えていることを知った。怖いのだ。誰しもが、死ぬことを。

「俺は英雄になれるかはわからない。でも、みんなを守ることが、今の俺の仕事だから。大人達から託されたことだから」

 勇気を振り絞る。

 例えそれが空元気だとしてもかまわない。みんなを守ることができるのならば。

 だから、力を貸してください。

 たとえ国の裏切り者だとしても、彼はかつて少年を救った英雄なのだ。

 その力を、少しだけ。

 鞘を握る右手に、力を籠める。

 そのとき、彼の思いに応えるように、柄に付いた宝石が、刀身が、淡く光り始めた。

「ありがとう」

 少年は立ち上がると、鞘から剣を引き抜く。

 青白く輝く刀身が覗く。

「ナンダ? ガキガオレラトヤルッテカ」

「ゲハハハハ。チョウドアソビタリテナカッタンダヨ」

 豪語する奴ら。それは実力なのか、油断なのか、どちらかはわからない。

 剣を構え、攻撃に備える。

「かかってこい。俺はお前らに負けない」

「おうおうおう。偉そうなことを言っちゃって。楽しませてくれよ!」

 先に動いたのは後から入ってきた方の魔物。

 短いナイフで切りかかる。

 不思議とその軌道がスローモーションのように見えた。

 縦に振り抜かれたナイフを右にステップして躱し、一歩踏み込んで薙ぎ払う。が、その感触はやや鈍い。

「ゲハハハハ。キイタゼ、イマノハ」

「硬い……」

 剣を振った反動が残る身体に、鋭い蹴りが突き刺さる。

 肺の中の空気が押し出され、身体は宙に浮きながら弾き飛ばされる。

「ヨワイナァ」

「ナンダヨ、オレモタノシマセロヨ」

 奴らの手が伸びてくる。

 混濁する意識の中、立ち向かうことができない。言葉だけが耳に入るが、脳が正しく判断できない。

「コノムラハザコバカリダナ。ヨロイノヤツモミタメダケデタイシテツヨクナカッタゾ」

「アア、メノマエデクビモギトッテタラ、ヤルナラオレニシロトイウカラタタカッタラタイシタコトガナイ!」

 誰のことを言っている?

 鎧? 強そうな人?

「ノゾミドオリニシテヤッタヨソシタラ、シヌチョクゼンニコウイッタラサケンデヤガッタ」

「ン? ナンテイッタンダ?」

 チャペの身体が持ち上がる。

 先ほどからべらべら喋る魔物が胸倉を掴み、持ち上げたのだ。

「オマエコロシタアトニ、ゼンインコロスッテナ」

 急に電流が流れたように、意識が戻る。

「全員殺す……?」

 うわごとのように呟く。

「ソウダ。ダカラ、オマエモコロシタアトニソコノコドモモコロシテヤル。タップリナブッテネブッテクッテヤル」

「ガハハハハ! ソレイイナ。オレハハラカラカブリツキテェ! ドンナコエデナクカタノシミダ!」

「オレハユビカラダナ! ゲハハハハ……ア?」

 乾いた音と共に、チャペの胸倉を掴む魔物の笑い声が止まる。

「オイ、オンナ。イマノガキクトオモッタノカ?」

 その視線の先、息を切らして立つ少女の姿があった。その片足からは靴が消え、その行方は魔物たちの足元。

「キメタ。コノガキノマエデコイツヲモテアソンデカラ、ガキヲコロス」

「ソレイイナ!」

 少年は床に落とされる。着地と同時に剣を握る。

「私の攻撃が効くかどうかなんてどうでもいい」

「何?」

 少女は震える身体を抑え、深く深呼吸をする。

「私たちの英雄が、お前らを倒すから!」

 普段の彼女では想像のつかないような声量で啖呵を切る。

 だが、奴らはその気迫に押されることはない。

「ナニイッテンダ。ソノエイユウハソコデノビテ」

 奴らが後ろを振り返るも、そこにいるはずの人物は消えている。

「ナ」

 だが、考える時間はなく、奴らのうち一体の首が飛ぶ。

「ドウイウコトダ⁉」

 少女の目的はただ一つ。隙を作ることにあった。

「遅い」

 魔物の肩の関節から、右腕が切り落とされる。

「俺はお前たちを許さない」

 握られた剣は、先ほどとは比べ物にならない程強く輝いていた。

「俺はみんなを守るんだ」

 動揺して、隙だらけの魔物。その懐へと飛び込み、腹を切り裂く。先ほどの鈍さとは大きく違う切れ味。

「ナ、ナンダ。サッキトチガウ……」

 瀕死の奴は目を配らせ、プラムの方を見る。

「コウナッタラ」

 チャペの動きよりも早く、彼女を捕らえる。

「ゲハハハハ! コウスレバテハダセマイ!」

「なっ!」

 片腕で彼女の首を抑え、盾にする。

「アバヨ!」

 奴は窓を突き破り、飛び出した。

「待て!」

 後を追って外に出ると、そこは地獄の様相だった。

「なんだよ、これ」

 壊れた家屋、おびただしい数の死体。

 数体の同じ魔物が残っていた。

「エサダ」

 一体の魔物がこちらに気が付く。

 奴はナイフを振りかざし、少年へ突っ込む。

「邪魔だ! どけ!」

 カウンター気味に切り裂き、沈黙させると、逃げた魔物の姿を探る。

「プラム! プラム! 返事をしてくれ!」

 村中をがむしゃらに駆け抜ける。

 叫びながら、その影を追い続ける。

 途中、声に反応して魔物たちが襲い掛かるが、それらを全て切り伏せていく。

 そして、全ての魔物を倒し切る頃。本当の意味でその被害の大きさを知る。

 家屋の大半が半壊以上し、村人は八割の大人が死亡。中には無残に食い散らかされ、身元の判断ができない者すらいた。

 駐屯していた騎士も、両親も、遺体で発見された。誰かわかる状態で見つかったのが幸いか。父と母は互いを守るように重なって死んでいた。

「……」

 あまりの常軌を逸した光景に、これは夢なのではないかと思ってしまう。

 だが、生存者は少ないにしろ残っており、子供達も全員無事だった。

 ただ、一人を除いて。

「なぁ、チャペ。プラムは、プラムはどうしたんだ……?」

 呆然と佇む少年の下に一人の男性が近寄る。

 プラムの父だ。数少ない大人の生存者の一人である。

「それは……」

 答えるべきか悩んだ。

 魔物に攫われたということ。

 その原因が自分の油断によるものだということ。

 それを伝えたら恨まれるだろうか。

 おじさんを悲しませてしまうだろうか。

自分はその後悔に耐えられるだろうか。

悩めば悩むほど、どうしていいのかわからない。

でも、それでも。

「魔物に攫われてしまったんです」

 真実は伝えなければいけない。

 そう思った。

「そうか……」

 おじさんは瞳を閉じて、その言葉を噛みしめる。そしてゆっくりと口を開く。

「つまり、まだ死んだ訳じゃないんだな」

「え?」

 それは思っていた言葉とは違った。

「教えてくれてありがとう」

 きっと辛いはずなのに、きっと自分自身が苦しいはずなのに、それでも彼は感謝を口にした。

「なんで」

 少年の心の奥から、たくさんの感情が溢れる。

「何でお礼なんかするんだよ! 俺はみんなを守ろうとしたのに、一番大事な人を救えなかった!」

 俺はプラムを守りたかった。

「攫われたのは俺のせいなんだ!」

 抑えられない何かが、口から零れる。

その感情たちに付ける名前はまだ知らないが、良くないことは確かだ。

「俺は英雄様から貰った力があったんだ」

 悔しい。悲しい。似た感情があるならきっとこうだ。

「俺は、俺は……」

 その時、チャペの身体が優しく包まれた。

「いいんだ。いいんだチャペ。お前はみんなを守ったんだ。子供達だけじゃない。俺達含め、この村のみんなを救ったんだ」

「でも、みんな死んじゃった」

「そりゃ全員を救えなかったかもしれない。でも、こうして生きている人がいるんだ」

「プラムは攫われた」

「でもまだ死んだと決まったわけじゃない」

「どうして、あなたの娘でしょ」

「俺は信じているから」

「信じていても、帰ってこない!」

「それはこれから考えればいい」

「急がないと、間に合わなくなるかもしれない!」

「かもしれないな。でも今はいいんだ」

「でも俺は!」

「いいんだ。よく、頑張ったな」

「⁉」

 少年を縛っていた鎖が、弾ける音がした。

「俺は……」

「君は、村の英雄だ」

 溢れ出した涙が留まることを知らずに流れ続ける。

 少年は、ずっと許されたかった。

 まだ小さなその身に降りかかった災難が、彼の心を縛りつけ、自分が罪を負うことでその心を守ろうとしたのだ。

 しかし、その場しのぎの方法では守り切ることができず、心は今にも擦り切れてしまいそうになっていた。

 だからこそ、彼には許しが必要だったのだ。

「今はゆっくり休みなさい」

 その一言を聞いたことを最後に、小さな英雄は気を失った。


 目を覚ますと、そこは村の中でも比較的被害の少なかった家だった。

 周りには、子供達が皆、まるで昨日のことがなかったかのように眠りについていた。

 少年もそれが夢の中の出来事だったのではないかと錯覚しそうになる。

 ゆっくりと立ち上がり、まだふらつく足で外へ出ると、それが夢でもなく、現実であったと思い知らされる。

「おはよう、英雄さん」

 既に片付けを進めていた大人達が、英雄の目覚めを出迎える。

「行くよ、俺」

 大人達に告げる。

「俺は英雄だから。連れ去られたお姫様を助けなきやダメでしょ」

 そう言ってにっこり笑っていた。

「すっきりした顔をしているな」

「うん。昨日はありがとう」

 プラムの父が優しく出迎える。

「今度こそ、助けるから」

 彼の英雄譚はここから始まる。

 彼を待っている彼女の為に。

 支度を進め、村の門まで来ると、後ろから声をかけられた。

「無事に戻って来いよ」

「苦しかったらいつでも戻って来なさい。それまでに村を直しておくから」

 生き残った村人たちは優しく声をかけてくれる。

 彼らもかなり苦しい状況だというのに。

「ほら、これを持っていきなさい」

 村長の夫人が一つの巾着袋を渡す。

「これは?」

「秘伝の快復団子だよ。これを食べればたちまち傷が治るの。そして、力が溢れてくるわ」

「ありがとう!」

 巾着袋を腰に括りつける。

「それから、これも持って行ってくれ」

 今度はプラム父から輝く石のついたネックレスを渡される。

「これはお前に渡そうとあの子が準備していたものだ。ほら、もうすぐ誕生日だっただろう」

「あ……」

「お守りだ。これを身に着けておいてくれ」

 チャペはそれを身に着け、石を強く握りしめる。すると、そこに彼女の姿があるような、そんな気がして、胸の奥がじんと熱くなる。

「ありがとう」

 顔を上げると、数少ない村人たちの三者三様の表情があった。

 心配そうに見つめる者、明るい顔の者、泣き出しそうな者、泣き出す者もいた。

 それでも、彼にとってありがたかったのは、

誰一人として彼を止める者がいなかったこと。

 今、止められてしまったら、彼は決意が揺らぎそうだった。

 だからこそ、その行為はかなりありがたく、空元気でも明るく

「行ってきます!」

 と言えたことに感謝した。


 これから、本当の闘いが始まるのだ。

 彼は生まれ育った村に背を向け、歩き始めた。


キェエエエシャアアアベッタアアアアア

第一話が終わり、これから冒険に出ます。

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