第一話 運命変化 前編
ここからほんへです
「ただの騎士だよ。探し物を探している途中の、ね」
運命的な出会いから一年後。
大きな大陸の大きな王国。その辺境の小さな村のさらに端。
そこにある大きな木の下で、長めの木の枝を高々に掲げ、ドヤ顔で決めポーズをする、齢十一の少年。
その足元では、その少年よりもずっと小さな子供が数名見上げていた。
その一人が指摘する。
「ねぇ、チャペ兄ちゃん。それ、うん万回聞いたよ」
チクリと刺す。
「しかもやる度にポーズが偉そうになっていくし」
ぐさりと突き刺す。
だんだんそのドヤ顔が引きつり始める。
「ていうか、英雄様がかっこいいんじゃなくて、オオカミに負けたチャペ兄ちゃんがダサいだけだよね」
「ウヴォア⁉」
口から悲鳴が零れた。
年下の子供たちから次々と突き刺され、メンタルが破壊される。
「もうやめてあげて。チャペのライフはもうゼロよ」
そういって現れたのは、チャペと同い年の女の子、プラム。
緑のバンダナを頭に巻き、洗濯の終わった衣類がこんもり入ったバスケットを抱えている。
「あ、ありがとう!」
突如現れた救世主に感動する少年の、無防備な額に軽い衝撃。
「あいた!」
バスケットを一旦置いた彼女からの、小さなお仕置きだった。
「何するんだよ!」
「またお仕事サボってると思ったら、また英雄様の話しているし」
そう言って腰に手を当て、頬を膨らませる。
「別にサボってるわけじゃないし!」
「ふーん? じゃあ、何していたの?」
ジト目で彼を見つめる。彼女には、次の返答が「休憩していただけ」と目を逸らすに違いないと確信していた。理由は単純。それがいつもの手だからだ。
「休憩していただけだ」
と、予想通りの回答と動作をするサボり魔。
「へぇ。いつから?」
「十分前くらいかなあ……」
「その十分前に、あなた厩舎に居なかったようだけど」
ぎくりという音がそのまま本当に出たのではないかというほど読まれて動揺していた。
「何で知ってるんだよ……」
「カマかけただけ。そもそもこれ何回目なの」
「何だって⁉ じゃあ、今度から違う手を使って……痛い!」
次は額にチョップを喰らわされた。
「そうやってすぐ調子乗るんだから」
「あはははは! チャペ兄ちゃんまた怒られてやんの!」
「ダッセー」
「チクったの俺だけどな!」
子供たちからも散々なことを言われる。というより、最後の奴! お前のせいかよ!
心の中で毒づくも、そもそも悪いのはチャペ自身なので、逆恨みもいいところである。
そんなやり取りしている間に、一人の甲冑を来た壮年の男性が現れた。
「おうおう、いつもの夫婦漫才か何か?」
蓄えた顎髭を撫でながらからかう男性。
「あ、ナイトのおっちゃん」
「ふ、夫婦だなんて、そんな!」
彼の登場に彼らはそれぞれ反応する。
チャペに『ナイトのおっちゃん』と呼ばれた彼は、この辺境の村に駐屯している王国騎士の一人である。
この村を守ることと、伝書鳩等を利用した王国との連絡手段を担うことを仕事としている、村には欠かせない男性だ。
「仲がよさそうで何よりだ」
にっこり笑みを浮かべて話すも、そこに少女は不満を漏らす。
「チャペってばまたお仕事サボっているんですよ!」
「なるほどね。大体わかった」
他の子供たちの姿を一瞥してから、
「チャペは自分の時間を犠牲にして、子供たちの面倒を見てくれたってわけだ!」
そう言って彼の頭を豪快に撫でる。
「へへっ! さすがおっちゃん! わかってくれたか!」
「またそうやって甘やかす……」
ご満悦な顔のチャペと、不満たっぷりなプラム。
その様子を見ながら、優しい声色で
「でもよ、お前さんがやらなきゃみんなが困ることもあるんじゃないか。英雄なら、困っている人を助けるのが大事じゃないか?」
と、彼を諭した。
「そっか、そうだよな!」
「おうよ。だからみんなが困る前にいつもプラムちゃんが迎えに来ているんだ。だからちゃんと言うこと聞いてやるんだぞ」
「おじさん!」
少女の顔が花咲くように明るくなる。
騎士からしたら、子供二人を乗せることぐらい朝飯前である。
「わかったよ、おっちゃん! 俺、行ってくる!」
「おじさん、ありがとうございます!」
「ん? お礼を言われる程のことをした覚えはねぇよ」
と、二カッとサムズアップして白い歯を見せたところに、一羽の鳩が騎士の腕にとまる。
「お、鳩ちゃんサンキューな。どれどれ……」
その足に括りつけられた手紙を開き、目を通す。先ほどの表情が急に曇り、険しい顔つきになった。
同時に、その様子を見ていたチャペの表情も、険しいものとなる。
「どうなってんだ、コレ……」
「鳩ちゃん、何があったんだ」
そして、一拍置いて同時に声を上げる。
「「そんな!」」
そこに記されていた内容は、伝書鳩が怯えていたことは、想像を絶するものだった。
「君たちは早く家に戻りなさい。今日は一切出てはいけないよ」
小さな子供たちにそう伝えて帰すと、
「チャペ、鳩から聞いたか?」
「ああ」
先ほどまでの優しい声色から一転、そこには焦りや動揺の混じった荒々しさがあるものになった。
「チャペ、プラム、緊急事態が起きた。村中の大人を集めてくれ。場所は駐在所で頼む。チャペ、猶予はありそうか?」
「いや、あまりなさそう。こいつ、伝えに来たというより、逃げてきたといった方がいいと思う。それぐらい近い」
「……わかった」
少し考えた後、頷く。
そのとき、空が一瞬暗くなる。
大量の野鳥の群れが鳩の来た方角から飛んできて、そのまま去っていったのだ。
「まずそうだな」
「急ごう!」
三人は各仕事へと移る。
数分後。
村の大人たちは農具を武器に集まる。
「それってどういうことですか!」
村人の一人が声を上げた。
「どうって、言ったまんまだ」
そう言って騎士は指を一本ずつ立てる。
「一つ。英雄様と姫様の結婚式が中断された。
二つ。英雄様が国家転覆を狙っていた。
三つ。英雄様は獄中死された。
四つ。その隙を狙って魔王を名乗るものが王都に現れた。
五つ。王も姫も殺された。
最後。魔王は魔物を生み出し、王都を陥落させた。その魔物が国中へと進軍を開始した」
そのあまりの内容に、泣き出す者、嘆く者、正義感に燃える者。村人たちは三者三様を見せた。
騎士は開いた指を握りしめ、絞り出すように呟く。
「この村にも向かっている。それも、かなり近いところまで」
数十人の村人が黙る。
村一の長老である村長が、唯一声を出す。
「我々のやることはただ一つじゃ。この命に代えても子供たちを守る」
そう言って、鍬を握りしめる。
「そうだ。村を、子供たちを守らなくては!」
「よし、やろう!」
「私だって、やるわ!」
村人たちの思いが一つへ収束していく。
「俺もやるよ!」
チャペも声を出す。
彼もまだ子供ではあるが、大人と力比べしても簡単には負けない程まで成長はした。
村人の誰もがそのことは把握していた。
しかし、
「チャペよ、お前はダメじゃ」
「何でだよ!」
村長は諭す。
「大人たちが闘う中、子供を守れるのがどこにいる」
「それは……」
「わしらに任せよ。そちらはお前さんにしか頼めん。やれるな?」
そこまで言われたらもう反論はできない。
「わかった。みんな生きて戻ってくれよ!」
彼はプラムを呼ぶと、
「一度子供たちを家に帰しちゃったから」
「うむ。集会所に集めるといい。その方が守りやすいじゃろう」
「うん、村長様! やってみるよ」
そう言って二人で飛び出した。
大人達は魔物の進軍を食い止めるために、チャペ達は子供たちを守るために。
各々の闘いが始まる。
侵略者の足音はもう見えるところまで来ていた。
チャペ達は、集会所に子供達を集め、籠っていた。
縦長で背の高い、木造の集会所は、村で最も大きく、頑丈な建物だ。
入口から最も離れた壁際に身を寄せ、窓もカーテンも閉め切る。
暗がりの中、プラムは怯える子供達をあやし、宥める。
同じくチャペも子供達の不安を取り除こうと安心させる言葉をかけたり、頭を撫でたりするが、その声は、手は恐怖に震える。
「チャペ……」
「プラム、大丈夫だ。大人達がきっと守ってくれる」
そう言いながら、剣の鞘を持つ手が震える。かつてオオカミに襲われたとき、英雄から託された一振りの剣。
柄に青く光る宝石が埋め込まれたその剣には、英雄の祈りが込められていた。
チャペはそれが皆を守ってくれると信じている。だが、その恐怖は計り知れないものだった。
外からは遠くで戦いの音が聞こえる。
たくさんの足音。
叫び声。
金属同士がぶつかり合う音。
大きな音がする度、泣き出してしまう子らもいた。それもそうだろう。怖いのだ。ここにいる誰しもが、経験のしたことのない恐怖に囚われている。それは大人達も同じである。
「大丈夫。大丈夫だから」
そう言い続ける。子供達を安心させるため、自分が安心するため。
少しずつ、音が近づいてくる。
怖い。怖い。怖い。
恐怖が建物内を充満する。
ふと、大きな音が近くでした。
板が割れるような音と、何かが崩れ去る音。
鼓膜を劈く音に、子供達が泣き叫んだ。
年長者の二人が気付いたのはほぼ同時で、それはもう遅く、子供達を黙らせようと動いたとき、集会所の扉が吹き飛んだ。
「ひっ……」
声にならない悲鳴がプラムから漏れる。
チャペは口が魚のようにパクパクさせるだけで言葉が出ない。
二人の視線の先、破壊された扉の奥に現れたのは人影。否、人に似たシルエットをしているが、とても人には見えないその姿。髪のない頭に歪んだ角、尖った耳、むき出しの鋭く大きな牙。筋骨隆々の体は緑色に染まっている。その巨躯の上に申し訳程度のぼろ布を纏う。
体が緊張する。
目の前に現れた存在こそが、今、村を襲っている魔物なのだ。
第一話はまだ続きます。