四十九話 王城の一室
ここはガルバ王国 黄桜の都。
8代目魔女のジロウは王城の一室で、この手記を見つけた。
「あ・。ジロウ様、ご覧になりました」ガルバ王国のサクヤ王が入ってきた。
昔、ある事情でサクヤ王国がガルバ王国と名前は変わったが、代々、王は”サクヤ”を名乗っている。
手記を手にしていたのは、黄色いオーバオールに白のブラウスと赤いズック、幅広の茶色の魔女用帽子をかぶった小さな少女である。
「それは、初代サクヤ王の建国物語です」
その時、外からメロディが流れてきた。
「良いメロディじゃ。 たまに他の国でも聞いたことがあるのじゃが」
「そうです。これは”交響詩 魔女と魔王”の第1楽章の旋律をもとにした、ガルバ王国の国歌です。この国は、昔ゲートを潜ってきた、たくさんの種族の集まりと聞いています。我々の種族も、3000年経った今は、世界中に散っていきましたが、この旋律を聞くだけで、遠く離れても故郷を思えるのです」
サクヤ王の手記の中に、衝撃の一文があった。
この星を作ったのが神崎元で、『異世界の種』と言うVRMMORPGからだと。そして、神崎元が持っていたソフトには、俺が作ったタグが付いていた。
なんと言うことだ。ひょっとしたら、この星は仮想世界なのか?
おれは、思い出した。
毎日、夢を追っていた。仮想世界を作って、そこで遊びたいと。
この記憶は3つ前のおれ。ひとつ前のおれは、プログラマー。2つ前の俺は農家。
そういうことだ。おれはずっと前世の記憶を持って生まれてきた。
今回も、前世の記憶をもったまま、この世界に転生したようだ。
(もう少しで、俺だけの仮想世界ができる。)
おれは今日も、モニターの前に座ってキーボードを叩いている。
日中は会社、夕食もほどほどに、毎日プログラミングで夜中まで過ごす毎日。
もう、明け方だ。意識が朦朧としてきた。
目が覚めたら、もう夕方だった。
おれは、Enterキーを押す。
モニターは、真っ白な画面を表示している。
光はすでにある。空よ有れ!、大地よ有れ!。
おれは、むさぼるように、キーボードから創世記をなぞった。
しかし、ここからの記憶がおぼろげだが、『異世界の種』と称したVRMMORPGは完成したようだ。
そして、おれはその中に没頭したために、おれの身体は餓死したのだろう。
突然、畑を耕す記憶が入ってきた。前の前の記憶だろうか。
はっと、現実に戻った。
「ジロウ様、どうかされましたか?」怪訝そうにサクヤ王が顔を覗き込んでいた。
「その後のことは、ハナさんに聞いてみよう!」僕は小さくつぶやいた。
衝撃的な事実と記憶の再現で、僕は茫然自失の状態に陥っている。
いや、ここは冷静になって、状況をもっと正確に把握しなくてはならない。もしかして、前生に作ったものであれ、他言や公表には値しないし、信用されないのは確実だ。
現実と仮想世界では、ひとつ大きな違いがある。それは、魂の有り無しである。しかして、この世界の生き物全てに『魂』が存在することだ。不思議だ。
「あのー。ジロウ様。スクエアは元気にしておるでしょうか?」
「ああ。今はアルフ王国のアルフ王をやっている。いい男になった。安心せい」
「ありがとうございます。一度、妃と一緒に顔を見に行っていいでしょうか?」
「うむ、もちろん。良いのじゃ。行ってやってくれ」
僕は、ハナの部屋にいた。
魔女の家の、歴代の魔女の部屋が続く廊下を辿って、初代魔女ハナの部屋に入った。
「ようこそ、ジロウ。 今日はどのような用件で?」、椅子から立ち上がって、僕を迎えてくれた。
この部屋に居るハナさんは幽体。 サクヤのガーデアンとなったハナは、実体である。
「ハナさん。この世界は仮想世界なのですか?」
「そうです。神崎元さんは主治医で、私が外出できないのを憂いて、この世界を紹介してくれました。私と彼は、この世界を住みやすいところにしたいと、一生懸命作りこみました」
「実は、私が前世で、ここと同じ仮想世界を作成して、『異世界の種』と名付けた記憶があるのです。神崎元さんが持っていた仮想世界の作成プログラムには、私のタグがありました」
「それは、奇遇なことですね」
「魂の無い仮想世界は、起動したコンピュータが稼働している時だけ存在します。しかし、この世界は、独立しているように見えます。なぜに?」僕は疑問を投げてみた。
「私の命が消えかかったので、こちらの世界に魂を持って、やってきたのです。すなわち、魂を持った最初の人が私です。元さんが言うには、『これでこの世界が固定されるかもしれない。』と」
「あ・・。なるほど。魂ですか」
魂が、仮想世界を固定した。しかし、この大地には実体感がありすぎる。6000年の間に魂が増えたことが要因なのだろうか?
そうか、ひょっとしたら、ナズナがさらなるカギなんだろうか。
そのあと、パラレルワールド管理局のケリー宛にメールを送った。
『明日、(これこれしかじか)の相談をしたい』と。
自室のモニタで、パラレルワールド管理局に接続した。
「こんにちは、魔女の星のジロウです。お久しぶりです」
「こちらこそ。無沙汰しております。ジロウ様のご懸念について、調べましたので、このまま報告しましょうか?。それとも、お伺いしてもよろしいですか?」
「そうですね。 お茶を飲みながらの方がいいですね。それに管理人たちにも聞かせたいので、お待ちしています」
ここは、魔女の家の居間。
「それでは、まず、我々はこの世界から、魂の叫びを捕えることができました。5600年前になります」ケリーが話し出す。
「貴方たちの魔女の星は、仮想世界と、暗黒星が合体したものです。非常に珍しい組み合わせでした。仮想世界は、確かに***様が作られたものです。ただ、ハナ様に出自の地球と ***様の地球は同じではありません。パラレルワールドです」
(やはり、仮想世界だったのか)
「当時、魂はハナ様だけで、その他は全てNPCでした。仮想世界に魂が入ることはありません。調べたところ、なんと暗黒星アルファ7677がドッキングしていたのです。これには私どもパラレルワールド管理局もびっくりしました」
俺が作った仮想世界で、一つの魂が宿り、彼女の魂の叫びが実体を持つ星を引き付けた。それが、この魔女の星ということらしい。