三十五話 子狐のお遊び
ここは、旅商人アランの野営地。旅商人は、目的地の手前で野営することが多い。それは宿賃の節約と、宿で荷物が盗まれることを避けるためでもある。
「いやー。参った。見事騙されたよ」
「それで?」と商人見習いのリュウジが相槌を打った。
商人のアランが、一仕事を終えて家路についたと。いつもの、カツラ川のたもとにくると、なぜかいつもは膝高の水が、腰を越えるほどあったと。仕方ないので、服を脱いで頭にくくり、すこしづつ水に入って、流されないように注意深く向こう岸に向かったと。
で、やっとこさ向こう岸について、今わたってきた川の方を振り向くと、水は全く無かったと。
無効岸の土手に目をやると、ちらっと狐が見えたと。
「ああ・・・。裸で空の川を泳ぐように・・・おお・・はずかしい」
「あ・そうそう。ぼくも見たよ。 あれは、10日ほど前だったかな」とリュウジ。
「カツラ川で、だいこんを洗っていたら、女が頭を抱えて、土手の上を行ったり来たりしてたと。どうしたのかと見ていたら、近くの木の上に狐が居て、尻尾を右へ左へと動かしていた。それに応じて女が行ったり来たりしている。あ・・だまされとるわ」
「まあ、そんなことは可愛いもんだがの。ほれ、ヒサマツところの裏山の石切り場。あそこでは、轟音と岩が崩れてきたそうだと。うんだが、なにもなかった。馬鹿にしたような狐の笑い声が谷間にこだましたそうな」日焼けをした男が顔を出した。
ここは、ガルバ王国の西に位置する、アズサ町。
ここから、西はおおきなゴーダ山脈が立ちはだかっている。その山脈を断ち切るように幅1キロメータの大きな滝が流れ落ちている。その滝の名は、アズサ滝。この町の名は、ここから取られた。そして、ガルバ王国を東西に流れる大きな河はオダ河と呼ばれる。もっともアズサの名は、昔々サクヤ王がこの地域に建国するとき、アズサの森が広く覆っていたことによるらしい。この滝を見てアズサ滝と名づけたといわれている。
「人命に関わる騙しは良くないなあ」ジンがつぶやく。
「確かに!。 少し調べてみるかな」
微弱な魔素の流れを辿ってゆくと、銀色の髪にふさふさの尻尾を揺らしながら、木の上に座っている子狐を見つけた。
「これこれ、そちは何者ぞ!」僕が尋ねると。
「おなか・・すいた・・・・」と言って、木の上から落ちた。
僕は、慌てて落ちてくる子狐を受け止めた。見た目に反して重い!。
猫ぐらいの大きさなのに、10キログラムほどもあるようだ。
銀色の毛並みは薄汚れており、きっと自慢するだろう尻尾も’くしゃくしゃ’だ。
とりあえず、背中に背負って宿に連れて帰った。そして、様子を見ることにした。
「ジロウ。この子、少し汚れているけれども、・・・可愛いね」スミレが甲斐甲斐しく面倒を見る。。
宿のテーブルに座らせると、『ぽっ!』と軽い音がして、5歳ぐらいの少女が現れた。
スミレとジンとナズナと僕を代わる代わる見つめて、なぜか僕にしがみ付いてきた。
「何か、食べさせておくれよー。」僕のお腹にしがみ付いて懇願する。
とりあえず、宿屋の主人に頼んで定食もの運んでもらった。
そして、少女の前に並べた。
「さて、食べながらで良いから、話をしようか? 僕はジロウ。君は?」
「もぐもぐ。もぐもぐ。 わた・・もぐ イ・リ・カ もぐ・・」
「イリカちゃんなの?」
「もぐ・・そうなの・もぐ・・」
これでは、話にならないので、しばらく食べ終わるまで待つことにした。
「ねえねえ。 耳触って良い?」スミレが手をニギニギしている。
「だめじゃ!」と一声。
聞くところによると、ここから3日ほど西へ行ったところに、エリル村と言う白狐族の村があるらしい。
そうそう、少女の名前はイリカと言うそうだ。
村は退屈なので、時々この人間族のところに来て遊んでいるとのこと。
「イリカ、人を騙して遊んではいかんよ!」僕は諭した。
特に、人命に関わる騙しは良くないと重々注意した。シュンとするイリカを見て、ちょっと言い過ぎたかなと反省。
エリル村へは3日かかる。
まあ、急ぐ旅でもないので、イリカを道案内にして、ぽっかぽっかと馬車を操る。
アズサ滝を右に見上げながら、つづら折りを登ってゆく。
途中で2回、野営をして、やっと3日目に大きな棚に辿りついた。棚は傾斜面でゴーダ山脈につながっており、奥行き20キロメータはあるだろうか。
しばらく行くと、小さな村落に着いた。
入口に、門番らしき人が2人。
「こんにちわー」と声をかけた。
すると、僕の背中で寝ているイリカを見ると、居住まいを正し
「イリカ姫様、如何なされましたか?」
そして、連れに「おい、長に連絡しろ!」指示を出した。
やがて、一行は、長の家に案内された。
「これはこれは、魔女様にはご健勝のことと存じ上げます」長のガリが、かたぐるしい挨拶をしてきた。
「いやいや、かたぐるしいのはやめてくれるかのう」
「それより、何故にこの子が町を放浪していたのじゃ?」
「まずは、イリカをお連れいただきありがとうございました」
村長のガリの言うには、イリカはガリの孫である。
この村には同年代の子供がおらず、毎日が退屈だったようだ。魔法の修練もそつなくこなし、今ではこの村一番の使い手になった。一方、剣術はからきしだめらしいが。
時々、遠くを見る目をして、“誰かが呼んでいる”とつぶやくことがあった。
しかし、幼いことと体力がないことで、どこへも行けず、たまに癇癪をおこし、大人たちを困らせていたとのこと。
で、そのイリカはというと、スミレと意気投合して遊んでいる。
ミミまで、二人を乗せて、駆けづり回っている始末。
「できれば、魔女さまにご同行させていただけませんか?。 我々の祖先はコルネ様の憑代として、この地にやってきた言い伝えがあります。きっと、魔女様のお役に立てると思います」
「うむ。将来、楽しみじゃ。では、そのように言い聞かせるのじゃ」
「イリカ、こちらへおいで」と僕はイリカを呼んだ。
「爺様の話を聞いて、良ければじゃ、3日後に迎えに来るからのう」と伝えた。
これで、強力な魔法使いが手に入るかも。