十話 魔女の農園
家の東側には、1町ほどの田んぼと3反ほどの畑、鶏舎、5町ほどの放牧場がある。米、野菜、牛乳、鶏卵などは、この魔女の農園で収穫される。
ロゼッタの下で庭師、畜産、農業のメンバーが働いている。
魔女と歴代の魔女への供物、そして神様への供え物を供給している。もちろん足りないものは、南側に隣接する魔女の村で補充したり、村長がロゼッタの要求で、近くのミナミ村やカカチ村で収集することになっている。月一度は顔を見せる行商人からも手に入れる。
ミミを連れて、畦道をゆっくり歩く。たんぽぽやひなげしが咲いており、春の良い日和だ。って、年寄りくさいね。向こうから、ロゼッタがやってきた。
「ジロウ様、向こうの山際には桃の花が満開ですよ。行かれたら如何ですか?」
「うん。ありがとう。 ミミ行こう!」
「ミャー。まったく爺くさい・・・・」
田植えには、まだとりかかっておらず、苗代がところどころにあった。田越しが進んでおり、牛のような動物に犂を引かせて土を耕していた。
「魔女様。御機嫌ようですら―」と元気な声をかけられた。
「や―、頑張ってね―」
20分ほどで果樹園に辿り着いた。桃の花だ。実付きのための受粉作業が行われていた。
ぼーっと見ていると、
「ジロウ様、お茶でもどうですか?」とお姉さんが声をかけてきた。
「ありがとう。ここはポカポカと気持ちいいわ」
日よけの下の休憩所で、お茶をいただく。まったりとした時間が過ぎてゆく。
「全く爺さんだわ!」とミミがつぶやく。
「私は、10歳でカノン言います。ジロウ様はお幾つなのですか?」女の子が微笑みながら話しかけてきた。
「10歳なのじゃ。よろしくカノン」
「同じ年なんだ。ちょっとうれしいかも」とカノンが微笑む。
なんだなんだと、子供たちが近寄ってきた。ミナミ村や魔女の村の子供たちで、数えると12人だった。
「へー、魔女なんだ。どちらが大きな火炎を出せるか競争しようぜ」とゴンタが言う。
「だめだよ、魔女様を怒らせたらとんでもないことになるって、お母さんが・・・」とカノンが諌める。
ゴンタはカノンの2つ上で、村の悪餓鬼だそうだ。でもカノンの言うことは効くらしい。
「そうだ、こんな遊びを知っているおるか?。まあ、やってみるか! カノン、ここの木に顔を伏せて。そうそう。皆はカノンにつながるのじゃ」
カノンの後ろに、僕、ナズナ、ゴンタ、子供たち。
「さあ、これからカノン“だるまさんが転んだ”と言うから、その声が聞こえるまで、急いでカノンから走って離れるのじゃ。カノンは言い終わったら、皆の方を向いて、動いている人の名前を呼ぶ。呼ばれたひとはカノンの後ろに並ぶんじゃ」
「だるまさんがころんだ!」とカノンが大声で言った。
僕を真似て、一斉にカノンから離れた。
「ゴンタ、動いた!」
カノンの一声で、ゴンタは仕方なくカノンの後ろに並んだ。
「だるまさんがころんだ!」とカノンが大声で言った。
僕を真似て、一斉にカノンから離れた。
「ナズナちゃん、動いた!」
カノンの一声で、ナズナは仕方なくカノンの後ろに並んだ。
3回ほど、やると子供たちは、すっかり覚えてしまった。そして思惑どおり、村の子供たちの名前や、機敏さ慎重さなどを知ることができた。ゴンタは、敏捷で確実な動きをする。カノンは慎重すぎて、再々鬼になっていた。
一方、大人たちはにぎやかな子度たちの歓声を温かい目で見つめていた。
童心に却って遊ぶことができた。いやー楽しかった。
「ジロウ様、子供たちの面倒を見てくださり、ありがとうございます。」
帰り道では、親御さんたちの感謝をもらった。
「ジロウ様。ちょっとよろしいですか?」
ナズナが真剣な顔をして寄ってきた。
「今日の、遊び? 皆さん、笑ったり、奇声を発したり、楽しそう?でしたね。私には、まだ、その感情が芽生えていないようなのです。それで、ジロウ様の心を写させてもらえませんか?」
おぉ。これは問題のような気がする。サナエさんの記憶写しのようなものだとしたら、僕の過去の良くない記憶も移るのだろうか?
「ジロウ様。心配していることは分かります。いただくのは記憶ではなく心です。喜ぶ心、怒る心、哀しむ心、楽しむ心などです。ジロウ様が、昨日『立ション』をしたなどの記憶は移ってきません。安心してください」
「あのー。ナズナさん。分かった。OKです。『立ション』の件はサナエさんには内緒でね」
ということで、おでこを『こっつん』したら、ナズナに心が流れ込んだ。
ナズナの顔が赤くなったり、青くなったりしていたが、やがて涙を流して失神してしまった。
そのまま、ソファに横たえて、毛布を掛けた。