一話 魔女の引き継ぎ
「お目覚めですか?」可愛い女の子の声がした。
「う・・・、ここはどこだ」
俺は、うっすらと目を開けて、ボーっと天井を見た。そして、薬草のような変な匂い。確か縁側で転寝をしていたはずだが。見慣れた我が家の天井が無い。
ぼーっとした目に映ったのは、覗き込む女の子。白くて丸顔の、ちょっとたれ目なのが優しそうに見える。目を下に向けると黒い着物に赤い帯、足元はよく見えない。
「きみはだれ?」
「私は、此処『魔女の家』の管理人です。久しぶりにご主人様が来られて感激しています」
しかし、横を向いて「でも、男なんだよね。ちぇっ! あのぐにょぐにゅしたものは、ちんちんだよね」って、聞こえよがしにつぶやいた。
(おいおい、触ったのかよ。それに“ちぇっ”って何だよ)
それより、ここはどこなんだ。今朝方、夢の中で「次期魔女が必要になったので頼む」って、白い服を着た人が言ってたような。ひょっとして、お馴染みの「異世界転生」
神崎歴5603年
手を顔の前に出してみると小さい子供の様だ。鏡が近くに無いか周りを見るがそのようなものは見当たらない。
夢かもしれないけれど、会話の続きをしよう。
「ところで、君の名は?」と尋ねると、
「今までは『サナエ』と呼ばれていました。新しく名前を変えていただいてもよろしゅうございます」
「わかった。これからもサナエさんでよろしく頼む。で、鏡が欲しいのだけれど」
手鏡を持ってきたので、それで顔を見ると、色白の銀髪の子供だった。ただ、赤い瞳に気が付いた。これって吸血鬼? 少し顔を上げて、胴や足を見ると10歳ぐらいのようだ。
これは参った。定年退職になってから暇な毎日、つい、うとうとと転寝をしていたら、とんでもないことになったようだ。いや、夢を見ているのだろうか?。
しかし、現実味がありすぎる。年寄りには少々のことでは動じない利点があるが。これは重々落ち着いて、現状の把握をせねばならないようだ。
サナエは、全身真っ黒の振袖姿、歳のころは十代半ばかな。身長150センチぐらいで大きめの胸がある。でも猫耳は無い。ちょっと惜しい。
起き上がって、周囲を見ると白い壁はなくログハウスのように丸太の生地が見える。天井も同様である。シーリングやテレビなどの電気製品は見当たらない。別荘のような作りだな。ベットは硬い。
サナエの後ろには、白黒の服を着たメイドさんらしき女性が5人並んで立っている。
「ご主人様のお名前を伺ってよろしいでしょうか?」サナエが聞いてきた。
なかなか、礼儀正しいな。
「僕の名は、伊達 次郎丸 『ジロウ』でいいよ」
サナエは、困った顔をして、魔女は、ずっと女系なので男は想定外なんだって。
「そうですか。オスですか?。魔女って呼べないですよね。性転換しますか?」
「いやそれは、ちょっと嫌だ!」と吠える。
「うーん。では女装してもらいますよ」って、さらっという。
それも嫌だが、とりあえずこれ以上の深入りはやめておこう。
「まだ、よくわからないので、とりあえず、それで良いよ」
保留にしたかったが、どうしてか肯定してしまった。
「で、ジロウ様はお幾つですか? 100歳と言われてもびっくりはしませんが! 見た目は10歳ですから、お気を付けあそばせ!!」
ああ、特にしゃべり方とか、動作にも注意が必要かな。
魔女は僕で8代目らしい。そしてサナエは5代目の魔女が作ったアンドロイドで、寿命は無いとのこと。ただし記憶は300年程度が限界らしい。
「前の7代目魔女のミズキさんから、それまでの魔女の記憶を預かっています。これから転送します」
サナエが俺に迫ってくる。きれいな桜色の唇が近づいてくる。年甲斐もなくドキドキと胸が高鳴る。
「あれ!!」
おでこをこっつんとしただけ。あ・・・・。期待外れにショック。走馬灯のように記憶が流れ込んでくるはず???。あれ!もう終わり? 少ない。
「サナエさん。サナエさんの記憶らしいものしか浮かんでこないのだけれど?」
「あ! 私の記憶限界300年以前のものはありませーーん。てへっ!」ベロを出すサナエ。
ということは、7代目が終わってから300年以上経っているってことか。
「あとで、記憶を補充しておきます」サナエが呟く。
うん、まあいいか。
「こちらがメイド長のミズナです。ジロウ様の身の回りをこの5名で承ります」とサナエが紹介する。
「私はミズナです。ジロウ様よろしくお願いします」
「キクです。よろしくお願いします」
「コギクです。よろしくお願いします」
「アヤメです。よろしくお願いします」
「ナズナです。よろしくお願いします」と紹介が一巡した。
メイドさん達もサナエと同じアンドロイドだそうだ。ナズナだけ10歳ぐらいに見える。
背丈は、ちょっとナズナの方が高い。髪は青みがかった銀色。僕はピンクがかった銀色なのだ。
魔女の関係者は、赤い瞳をしているとのこと。
それから、後で聞いたところだと、話しやすいように、ナズナの歳だけを僕に合わせたそうだ。
続いて、ナズナが持っていた衣服で、僕は着替えさせられた。白のブラウスに、動きやすい黄色のオーバオール、赤いズック。やはり、これじゃ女の子だ。
姿見で見ると、それはそれは、可愛い女の子だった。
「さて、これから「引き継ぎの儀」を執り行います。ジロウ様こちらへ」
サナエがドアを開けて廊下に進み、そのあとをトテトテと付いてゆく。50メータほど歩くと古い木のドアの前に立った。そして、ノックすると、中から「入って良いよ」と男の声がした。ドアを開けると、そこは大きな祭壇のある部屋だった。
「ここは、神様のお部屋です。こちらにお立ちください」
祭壇に向かって、右側に僕、左側にサナエが立つ。2礼、4拍手して、
「このたび、8代目魔女 ジロウが就任しましたのでご報告いたします」、礼。
一瞬白い光が周囲を照らし、「よく来きた。感謝する。近々君の使命がわかる。よろしく頼む」
「これで引き継ぎが終わりました。ジロウ様は正式に8代目魔女となりました」
厳かなのか、どうか?であるが簡単に終わった。『よろしく頼む』って誰が言ったのか、ここでは追及しない。どうせわからん。
これでジロウ歴が始まる。今は0年の2月となった。
先ほどの部屋に戻って来ると、殺風景な部屋に机と椅子や衣装入れなどが運び込まれていた。壁には、振り子時計がかけられており、もうすぐ短針と長針が真上に揃う正午になるところである。
続いて、食堂に案内された。食堂には、10人が向い合せに座れるほどの大きなテーブルがあり、白いテーブルカバーと花が飾ってあった。魔女の家では、魔女以外は食事が必要ないらしい。で、僕は一席だけ食事が並べられている真ん中の席に促された。
昼食は、パンにミルク、サラダ、ビーフシチューがテーブルに並んでいた。もう少し変わったものが出るのかなと思ったが、なぜか前世と変わらない。
料理や家事は、村長の孫娘のロゼッタ班がやっているそうだ。
「ジロウ様。私がお食事をご用意するロゼッタでございます。よろしくお願いします。お口に合うかどうか心配です。御所望のものがありましたら、教えていただけると助かります」30代半ばに見られる白と黒の簡素な衣装のメイドが頭を下げた。
続いて“エミリ”、“マリア”の2名が自己紹介した。いずれも人族で、猫耳は無い。でも、胸は大きい。眼福、眼福。(このエロじじいがあ)とサナエの視線が怖い。
「よろしく、頼みます」僕は応えた。
まあ、名前と顔はすこしづつ覚えていこう。
食事が終わって、サナエが家の中と外を案内してくれた。
食堂から出ると広いホールになっている。
「左側のドアは居室へ、右側は玄関です。まず、居室へ行きましょう。ここは私の部屋で、ジロウ様の部屋はその奥です。名前を付けておきました」
ドアには、デフォルメされたイラストが描かれていた。サナエのドアには、『くま』 なぜに? そして、俺の部屋には、『うさぎ』 なぜに?
向かいの2部屋は客室で、その先は行き止まりの壁に見える。
「続いて、こちらが調合室です。いろいろな薬を調合します。で、こちらがトイレです」
トイレは、温水洗付きで綺麗に花や敷物がしてあった。
その奥は、風呂。それも10メータ四方ほどもあって広い。玄関の方に行くと内ドアと外ドアがあって、その脇にはハンガーや物置の棚があった。
家の外に出たら
「右の手前に見えるのが魔女の村で、その先に見えるのがミナミ村。魔女の家をサポートしてくれる存在です。ずーっと南にはカカチ村とその先は海です」
広いなあ。確かに海が見える。青い空と水平線だ。
「魔女の村の人たちは、魔女の農園や家の周りの手入れなどをやってくれます。ロゼッタ達はこの魔女の村に住んでいます」
ゆっくりと覚えていこう。
「一度に多くご案内しても、おなか一杯ですよね。居間に戻りましょうか?」
居間兼食堂に戻ると、おやつがでてきた。子供におやつだ。
エミリが横にいて、かいがしく冷たい飲み物とクッキーをテーブルに並べた。
(ジロウ様って、可愛い。抱きしめたい!)ってエミリが顔を真っ赤にしてつぶやいている。聞こえないふりをする。
ジュースは、りんごのような味で、冷たくておいしかった。
男の子と知っているのは、サナエと魔女のメイドの6人。ロゼッタなどは女の子と認識されている。
これは、微妙な問題だ。まあ追々考えてゆくか。
自分の部屋に入って、ゴロゴロしながら、今日一日の出来事を思い返していた。
目が覚めたら異世界に来ていた。それも8代目の魔女になった。アンドロイドの管理人とメイド。もっとも10歳の身体。“身体は子供で、頭脳は大人“どこかの漫画のフレーズのような。
でも、表向きは女の子で、実際は男の子。これは大変な問題だ。
夕食の案内にナズナが来たので、一緒に食堂に行った。
子供が喜ぶハンバーグ風とサラダ、スープを、黙々と食べた。僕は10才のこどもだから。
「続いて、お風呂にご案内します」ナズナが先を歩く。
脱衣場にもナズナが一緒に入ってきた。
「あの・・。ナズナさん。一人で大丈夫ですよ」
「そうですか。それでは御用の時は呼んでくださいね」
広い、風呂だ。激動の1日だったと思いながら、手足を伸ばした。良い湯だ。
脱衣場に出てくると、ナズナが待っていた。
「お飲み物をお持ちします。何が良いですか?」
さっぱりしたレモン水をもらった。
バスタオルで髪を念入りに拭いて、乾かしてもらった。
用意されたピンクのパジャマを着せられたのには、もう観念するしかないかって。
うさぎ印の、快適な?自室に戻り、ごろごろした。
長い一日だった。なにがどうなっているのか、全く整理がつかず、よくわからない。今日はもう眠いので休むことにしたい。それを察したナズナは「おやすみなさいませ」と言って部屋を出て行った。
この状況は、ちょっと面白そうだが、夢だったら覚めてほしい。