第2話 予備校は高い
この世界で浪人し始めてから分かったことがいくつかある。
まず、俺の目指すトーテム大学、そう、トー大は、この国で最難関だということ。まさに日本でいうところの東大、俺が目指すにふさわしい大学だ。
次に、予備校があるということ。俺は今、立派に予備校に通っている。毎月の授業料を支払うために、死ぬ気でバイトだ。寝泊りするところも、予備校の寮に入ったから安心だ。
それから、大学を受験する資格は17歳からだということ。つまり俺は……
「はあ、すでに2浪目ってことかよ……。まだ1回しか落ちてないぞ」
「なーにぶつぶつ言ってんだよトモヤ。そんなことより次の授業サボってどっか飯でも行かね?」
彼はマルク。同じ2浪だが何かと授業をサボろうとしトモヤを誘惑してくる。
「誰がサボるかよ、俺はトー大に受かるために今日も勉強しなくちゃならないんだ」
マルクは大笑いした。
「いやいやお前、2浪で魔術学の基礎の基礎も分かってないようなやつが受かるわけねえだろ」
「う、うるさいな! 今からやるんだよ」
「それに授業だってほとんど寝てて聞いてないだろ。トー大志望とは思えないぞ」
「毎日バイトで疲れてるんだよ。今はまた生活に慣れてないだけさ」
「そうかそうか、まあ2浪同士頑張ろうぜ」
マルクは呆れた様子で席を立った。おそらく別のサボり仲間を探しに行くのだろう。
全く、あいつと同じ2浪扱いされるのは不服だな。ああはなりたくないもんだ。
「あ、そういえば」
何か思い出した様子のマルクが戻ってくる。
「この前お前がかわいいって言ってたサーニャちゃんも来るみたいなんだけど」
トモヤとマルクは二人で教室を後にした。
とある酒屋の店内。
怒鳴り声を上げる男がいた。
「いやサーニャちゃんいないじゃねえかよ! また騙したなお前」
顔を真っ赤にして声を張り上げる男の隣には、笑って答える男。
「そんなんいつものことじゃねえか。お前だって分かってたんだろ? お前は俺とサボりたくてここに来たんだよ」
「屁理屈こねやがってクソ野郎、腹立つからお前の奢りな」
「わかったよ、奢ってやるさ」
しばらくして料理と酒が来ると、そこには楽しげな様子の二人の男がいた。先ほど顔を真っ赤にしていたトモヤは、今はもうそんなこと忘れているらしい。
結局全然勉強してないけど、楽しいからいいか!
トモヤは何だかんだで毎日を楽しく過ごしていた。マルクは実家が金持ちらしく、貧乏な俺に飯を奢ってくれるし、話も合う。異世界でもこんな仲間ができたのは幸せなことだ。
「いやダメだろおおお!! こんなんじゃ絶対ダメだ!!」
「おい、朝からうるせえな。もうちょっと寝かせろよ」
「お前のせいなんだぞマルク! てかなんで俺の部屋に住み着いてんだよお前!! もうバイト行ってくる」
朝からいきなり叫び出し部屋を出ていったトモヤだが、マルクはよくあることだと呆れて見ていた。
「なーんだあいつ、どうしたんだ」
バイト先の肉屋。トモヤは大きくため息をついた。
「はあ。金さえあればなあ」
「なんだお前、そんなに金がねえのか」
まさに屈強というべき体格の店長は、意外にもトモヤのことを気に入っている。
「ちょっとした金稼ぎなら紹介してやらんこともないぞ」
店長が言うには、トーテムの大学生が研究に協力してくれる被験者を探しているらしい。研究の内容までは分からないが、報酬はかなり高額だとか……。
正直、怪しすぎる。1日研究に協力するだけで、少なくとも一月分の予備校代にはなるそうだが……。いやそれにしても怪しい。下手したら命の危険だってあるかもしれない。
だが……。
「やるしかないな」
選択肢などない。このままではバイトばかりで全く勉強どころではない。
トモヤは店長に言ってその大学生を紹介してもらうことに決めた。
3日後には例の大学生と会って話をすることになった。
トモヤはとあるカフェで大学生が来るのを待っていた。
なんだか嫌な予感がした。心臓の鼓動が早まるのがわかる。少し緊張しているかもしれない。
「あなたがナカタニトモヤさんね?」
透き通るように綺麗な声だった。一方で口調は凛々しく、大学生、そして研究というイメージも相まって知的な印象を受ける。
何より、めちゃくちゃ美少女だ!!
知的なイメージとは裏腹に、外見はおっとり系だ。ブロンドの髪もふわふわしていていい匂いがしそうだ。実は意外とFランかもしれない。
これはいい!! これはいいぞ!! もうどんな実験でもウェルカムだ。
やばい、こんなかわいい女の子を前にしてさっきとは違った意味で緊張してきたぞ。
「私はケーオー魔術大学2年のレイラ。よろしくね」
「えっ!? あ、ああ。よ、よろしく」
ケーオーだと!? 私大トップであり圧倒的なブランド力を誇るあのケーオー!? この世界に指定校推薦はない。つまり、紛れもない実力者だ。
恐れ多い……。思わずトモヤの声がキョドった感じになってしまったのは、かわいい女子が目の前にいて緊張しているから、それだけではないだろう。
レイラはトモヤに微笑んだ。
「緊張しなくていいのよ。じゃあさっそくだけど付いてきてもらえるかしら」
行き先街の外の草原だった。今、トモヤは全速力で走っていた。
「嫌ああああああああ」
「こんなの聞いてねえええええええ」
逃げるトモヤを、超ビッグサイズの猫がひたすら追い回す。
「頑張って逃げて! ギリギリのところで助けてあげるから」
なにがギリギリのところだよ!! ふざけやがってこの鬼畜女が!!
「ふざけんな!! なんでモンスターなんかに追い回されなきゃいけないんだよ」
「一般人がモンスターから逃げる様子のデータを集めなきゃいけないの! もうちょっと頑張って」
「クソみたいな研究してんじゃねええ、ってうわぁ! ダメだ、もう喰われちまう!!」
「――ライトニング」
一瞬、トモヤの頭上を閃光が走った。
振り返ると、巨大猫は真っ二つにされていた。
「す、すげえ」
「まあこんなものかしら」
レイラは得意げな表情である。
「ったくよー、もう散々だぜ。でも、これで報酬がもらえるなら我慢してやるよ」
「データは取れたわ。もうお終いよ。ご協力ありがとう」
「本当か!? なーんだ、意外とちょろいもんだな」
これだけで予備校代3ヶ月分の報酬とかさすがに楽勝すぎるぜ! 最初こそビビったが何だかんだ助けてもらえたしな。
「じゃあトモヤ、さっさと街に帰りま――」
「巨大猫だわ!! トモヤ逃げて!!」
「おいおい、研究はこれでお終いなんじゃなかったのか? さっきの魔法で倒してくれよ」
レイラは先ほどとは様子が一変して巨大猫から必死に逃げている。
「さっきの一発で魔力が限界なのよー!! 早く街まで逃げてえー!」
「はあああ!!?? そりゃねえだろお前!!!」
「いいから逃げてえー」
先ほどとは打って変わって、レイラは弱々しい女の子になってしまった。
「もう嫌だああ!!!!」
逃げて逃げて、ようやく街についた。
「はぁ、はぁ。あんた、最初魔法打ったときはあんなに得意そうな顔してたのに」
「うう、ごめんなさい」
レイラは今にも泣き出しそうである。
最初は気の強そうな女だと思っていたが、もしかするとこれが本来の姿なのかもしれない。
「もう、魔法一発しか打てないこと、私だって恥ずかしいんだから。あんまり責めないでほしいな」
「わーかったよ。報酬はちゃんと貰えるんだろうな?」
「それはもちろんよ。ほら、これでいい?」
レイラが渡してきた袋には金貨1枚が入っていた。これで今月の予備校代は大丈夫だ。
トモヤは思わずガッツポーズした。
「よっしゃー!!!」
「きゃっ、もう、いきなり叫ばないで。これくらいで喜びすぎよ」
「俺にとっては大金なんだよ! 私大に通えるほどのお嬢様には分からないかもしれないがな!」
「いちいち嫌味ね。そんなにお金に困ってるなら、また協力してほしい研究があったら連絡するから、よろしくね」
「ありがとうございます!!」
こんな高額報酬だし、さらに……。
大変な目にはあったがやっぱりレイラは美しい。俺、ついてるな。
「何ジロジロ見てるの?」
「いや何でもない」
「じゃあ私はもういくわね。今日はありがとう」
そんなこんなで二人は別れて、トモヤは家に帰った。
レイラはかわいかった。
それから数日後、ついにトー大模試の日がやってきた。
まだ全然勉強できてないし、解けるわけないよな。受けて意味あんのかな。
だるそうに試験会場の教室に入り、席につく。開始まではまだ時間がある。その間に個人カードの記入を済ませていた。
おっと、消しゴム落としちゃったな。
隣の席の受験生が拾ってくれたようだ。
「ありがとうごさいま――」
って、あれ??
このふわふわした金髪……。見覚えがあるぞ。
「えっと、もしかしてレイラさん?」
消しゴムを拾ってくれた女の子は、こちらに気がつくと顔を真っ赤にさせた状態でしばらく固まっていた。