第一章「幻肢痛」
プロローグ
「いじめは、必要悪だと思うんだ。
悪だと思うが、不必要なものではない。
むしろ不可欠なものだと思うんだ。
別に皮肉を言っているわけではないんだ。
ただ生きているだけで、普通の人が味わえない、非日常を味わえるんだ。
そんな経験を君にも味わってほしいと思ったんだよね。
ただ、僕が味わったものをほんの数時間で味わうことは難しいんだ、だけれど、一つだけ方法があるんだ。
それをしてあげようと思ってさ。
大丈夫、少し苦しいけど、終われば楽だから。」
………携帯がずっとなっている
朝9時
今日は休みをもらっている、もう少し寝よう。
生体認証確認…東京都警察署山上刑事です。
入室を許可しますか?
山上、僕の同僚である。同じ大学のやつだ。やつは今日朝勤のはず…非番の僕に何の用だろうか。
「なんだよ山上…こちとら二日酔いで非番中だってのによ」
モニター越しに山上のため息が聞こえる。
「電話きてたろ、お前に臨時勤務命令が出てる。事件が起きたんだよ」
「知ったこっちゃねぇよ…昨日は久々の同窓会で飲み過ぎた、休ませてくれ…」
「チッ、いいから開けろ、お前が出てた同窓会の会場で事件が起きたんだ」
ピッ
後半山上の声は聞こえなかったが、僕はロックを解除したらしい。
「さっさと着替えろ、話はそっからだ」
と言われ、僕はスーツに着替え寝癖のまま山上の車に押し込められ職場へ向かう。
ノイズ混じりにラジオの音声が聞こえる。
《昨晩、東京プリンスホテルにて、人が血だらけで倒れてると119番通報がありました。被害者は会社員の元木悠介さん二十四歳、搬送先の病院で死亡が確認され…》
プリンスホテルって…元木って
「この事件だよ、お前昨日プリンスホテルで同窓会だったんだろ、その件についてだそうだ。ついたぞ」
慌ただしく髪の毛を直し身なりを直した。
「えー、被害者は元木悠介さん二四歳、IT企業勤務の会社員だそうだ。昨日はプリンスホテルにてあった目黒中学の同窓会に出席していたが、途中から姿を消す。住み込みの清掃員が昨晩二三時頃に血だらけで倒れているところを発見遺体は搬送先の病院で死亡が確認…」年老いた声で情報が伝えられる。
「病院で確認っても、発見された時には死んでたろ。こんだけ刺し傷やら何やらがあるなら」
「どうだろうな、とりあえず死因は失血死とされている、滅多刺しにされてるとこから恐らくは私怨だろう」と、硬い声が響く。
「そりゃご丁寧に」不服そうに首をかしげる
「なんだ本田君、言いたいことがありそうじゃないか」
「いやぁ、なんつぅかねぇ…場当たり的な犯行というか、私怨にしては通り魔的だ」
「じゃぁ星はあの同窓会の中以外だと?言いたいのか」
「さっきから言ってんじゃねぇかよ、同窓会に出席していれば何らかの痕跡が残る」
「通り魔的ならそれでもいいんじゃないか、衝動的で、気が回らなかったとか…」
「じゃぁ何でガイシャをわざわざ露の間になんて持って行った、通り魔的ならその辺のトイレとかに連れ込めばよかった」
「それは…同窓会にいたやつにばれたくなかったんじゃ…」
「ふぅー…舐めてんのか、このホテルどこの間にも生体認証確認が用いられてた。ご丁寧に同窓会会場でヤるよりも確実に記録に残るやり方だった。だが、その生体認証反応はガイシャのものだけだった」
「なるほど…確かにそうだ、だが即死だという判断は下せないぞそれでは」
「だから言ってんだろ、あんだけ刺されりゃ普通人は死ぬんだよ!!」
怒号が漏れる会議室
「すみません!!遅れました山上と高松です!!」
静まり返った、ピンと張りつめた空気。
一係は殺人や傷害事件を担当することが多いため、この空気にはもう慣れた。
「貴様…おい、なんで俺の電話無視した?!」先程怒鳴り散らしていた本田刑事が胸ぐらを掴んでくる。
「先輩の電話は取れっていったろ!!」
「ちょっとまて、同窓会関係者に当たるって…」冷静な声で本田刑事と言い合っていた牧田刑事、彼も先輩である。
「そうだよ、こいつは目黒中で、昨日はプリンスホテルで同窓会でお休み、今日も非番だった」
「すみません、少し昨日飲みすぎて…」
「まぁいいから座って座って、会議を再開しよう」老齢の警察署長棚田の声、彼は後2年の職務を遂行すれば晴れて退職となる年齢である。かつては数々の難事件にあたり、数多の凶悪犯罪者を逮捕してきたが、今や見る影もない。
「はい!失礼します!!」
「ええっと人は資料に目を通してるかな?」
「もちろんです!!」
「じゃぁ会議、続けよっか」
さっきまでの殺伐とした空気が一瞬で変わった。局長が話せばいつもこうなるのだ。
「もう一度整理しよう。被害者は元木悠介二四歳、会社員。昨晩23時頃血だけで露の間で発見された。露の間の生体反応は被害者のもののみだった」牧田が状況整理を始める。
「まず、一番怪しいのは生体認証がガイシャのものしか出なかったこと。次に怪しいのはなぜ露の間を使ったのかだ」
「この状況から見て、同窓会参加者の犯行ではないことは明らかだな…」
「おい、現場に、怪しそうなやつはいなかったか」
「い、いえ…そんな気配はありませんでした。元木も一緒に飲んでて、結構酔ってたのは覚えています」
「情報提供ありがとさん、だがなぁこれだけじゃ手がかりがねぇな…」
「そんなことないんじゃないですか。あの場で生体認証を誤魔化せた人間でしょ」
「なんだと山上ィ」
「まぁまぁ聞いてやらんかね」
「あの場で生体認証を誤魔化すこと、つまりは切断することができたのは、このホテルの従業員」
「ガイシャの生体認証は出来てるのにか」
「それは露の間をマスターキーかなんかで開けて、元木をほりこみ、その場で解除すれば簡単に出来ますし、それに死人の認証は消えることだし、消えていても誰も不安がらない。完全犯罪の完成です。そしてこんなことができるのは条件的にも支配人クラスの人間でしょう。」
「名推理だね山上君、さながら金田一のようだった」拍手を送る棚田署長
「では支配人あたりから俺と山上で探りを入れて見ます」と言い牧田と山上が出ていった。
「不服そうだね、本田君。どうしたんだ?」
「分かってんだろ…違うと思うんだ…あまりにも計画的すぎるが、そこまでの関係は元木となかったはずだ。こんなまどろっこしい手を打つはずがない…殺しの動機すらもない…おい高松!あいつら追っかけてホテルに行ってこい。だがやるべきことはあいつらと違うから俺から指示を送る」
「わかりました!!」僕は急いで駆け出した。
2
「そうですか…やはり、そうですか。」
「どうだった?」
「その日は、支配人は休暇をとってらして、そのログもありました」
「アリバイはあるか…他は?」
「恨みは愚か、だれも面識もなかったそうです。」
「どうしたものか…」
聞き込みは進まない。そんな中、携帯に連絡が入った。
『露の間の生体認証のログをあらってくれ。』
「どうした、高松?」
「いや、本田さんから、露の間の生体認証のログをあらってくれって連絡です」
「わかった。行ってきてくれ」
急いでロビーに向かい訪ねた。
「昨日の露の間の生体認証ですね…こちらです」
「ありがとうございます。このログを警察の方に送信してもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。送らせてもらいます」
急ぎ足で戻り、署に帰った。
会議室に戻ってきた。本田と署長は喫煙所に行っているらしい。これもいつものことだ。何事もなかったかのように会議室へ彼らが戻ってきた。
「聞き込みの結果だが、支配人はその時外出中で、アリバイもしっかりあった。そして、このホテルと元木の関係性も薄いようだった」
「牧田君ありがとう」
間髪を入れず、本田が発言する
「やっぱりな、あのホテルとは無関係なんだよな、ならもうほとんど答えは出たようなもんじゃねーか」
「と、言うのは?」
「簡単な話だ。同窓会を欠席した連中の中にいるはずだ。それも、システムのハッキングができるようなやつ。そんなの限られてるからすぐに出てくるだろ」
「あの…露の間の過去ログなんですけど、生体認証は一時間程度残っているようです」
「ありがとう、多分その時間かけて殺したってことだ。ログの時間は?」
「二一時二〇分からですね。同窓会が終わってから二〇分後です」
「ちなみに聞くが、昨日の欠席者は何名だ?」
「七名ですね…この中には…いました、一人だけ」
「なんだと!そいつが犯人ってことか?」
「まだ決まったわけではない。早いとこ取り調べておこう。詳細な情報をくれ」と、早まる牧田とは対称的に冷静に、本田は訪ねた。
「えーっとこいつですね。墨田区の角田達男システム・プログラマーをやっています」
「さしずめ、やり取り先の相手で、トラブルがあって、同級生だったから、たまたま同窓会が近く、それで殺したんだ」
「決めつけはよくねーな、若造」本田が、安直な山上の推理を落ち着き諭す。
「問題は、生体認証だ、こいつは生きた人間を視認するシステム、死ねば消える。元木の反応が一時間も続いたのに、ホシの反応は一切出ていないって点が奇妙過ぎる。もっと実はややこしい問題だ」
「まあなんにせよ、聴取には早く行くべきだ」牧田の声で会議は終了した。
決まったことは、翌日角田宅へ行き事情聴取とアリバイを確認すること。だが、確かに自分でもあまり腑に落ちない点はある。幼い頃の彼らはそれほど中が悪いというものでもなかった。むしろ良いといえるくらいだった。毎日放課後は、中心人物だったこの二人の家によく集まった。今でも懐かしい思い出だった。
あの頃の記憶…未だにはっきりとは思い出せないが、クラスメートが一度死んだ。それは小学校五年生徒はいえど、トラウマを残すのには十分すぎた。校舎からの飛び降りだった。彼はいじめられていたらしい。彼の飛び降りと同時に、一人何も無く転校していった。主犯格だからと、学校側が命じたらしい。あまりのショックに、その前後の記憶や、彼らの名前は思い出せないが…
3
都内のマンションの一室203号室に彼はいた。インターホンを押した。
「なんですか?って」
「久しぶりスミ」
「高松に…その人は?」
「都警のものだ。角田隆二さん。事情聴取に上がりました。ご協力お願いします。」
「えっと、何に関してですか?」
「プリンスホテルであった殺人事件に関してです。」
「ああ祐介が殺されたって事件のことですか」
「そうです。一応、署までご同行お願いできますか?」
「え、ええ。ですが私は本当に何もしていませんよ」
そういうやり取りをして角田を署まで運んだ。
警察署に付き、アリバイやらなんやらを確認した。
彼は当日確かに、事件現場のプリンスホテルにはいなかった。しかし、自宅で確認された、生体認証のログがどうも怪しかった。認証は二十時に消え、二十三時にまた確認された。それすなわち、家にいたというアリバイは成立しなかった。だが、彼は重要な会食に出ていたらしく、ホテルには一歩も足を入れていないという。
聴取が終わり、刑事たちは思い思いに語りだす。
「怪しい、彼がホテルに行っていない事実を証明するものは、今はない。」
「善良な市民を信じてやらんでどうすんだよ」本田刑事の言う通りで、今や生体認証のログを探れば一発。市民は健全で、安心した暮らしができるという時代になっていた。
「善良な市民が殺人を犯すのか。ましてや、相手は生体認証をいじれるやつだ。」
「ありがちなんだよ、徹底的に管理され、画一的な幸福を押し付ける社会には、そういう破滅的なカウンターが」
「それは幻想に過ぎん、お前はSF作品の見過ぎだ。」
「違いねぇよ。だけどよ、一つの事象に固執し過ぎなんだよお前ら。生体認証をいじれるかどうかはまだ決まっていない。仮に角田がいじれたらどうするよ」
「自分の生体ログを改ざんします。僕ならそうします。犯罪が起きる時間にアリバイができるように。」
「そういうこった。あいつはそんな力もってねぇ」
「じゃあ、どういう」
場が硬直した。犯人と目された証明ができないからだ。その沈黙を山上が破る。
「僕らは、幽霊を追っかけているのかもしれないですね…」
「幽霊だと?そんなものある訳…」
「面しれぇな、幽霊ね、確かに。死人には生体認証は効かねえからな」
本田は目をギラつかせた。そして
「一応角田はここで一日保護したほうがいいかもな…」
「どうしてだ?もう容疑者ではないだろ」
「理由はそこにあるんだけどな。」
「そんな勝手な判断が許されると思うな。山上、車で角田を家まで送ってやれ」
「わかりました!」
そう言って山上は角田を家に届けた。
もう二十一時を回っていた。
署長からは早く帰るように言われ僕は家に帰った。入所以来久々に起こった大事件だ。こういうときは大体タスクが片付くたび早く帰宅できるようにしてくれている。一日に何個もタスクをこなすのを良しとしない政府の意向は、民間は愚かこんなところまで浸透していた。
4
次の日。
朝。今日はしっかり起きれた。署へ向かった。驚愕した。
角田が死んだらしい。
自宅で、ナイフを腹部に刺し、自ら命をたったという。
もしや、こういうことを見越しての発言だったのだろうか…
僕らには読み切れない、そんな、名前のない幽霊のようなものと対峙しているということを実感した。
はじめまして
作者の紀行です。
初投稿ということで、影響を受けた、近未来ディストピアの刑事モノを書いてみました。
二章は、待っててください。
不定期に投稿する可能性が大いにありえますが、頭の中では完結しているつもりなので、なる早でかけたらなあ…とか思ってます。
ご贔屓にお願いします。
第一章の解説をば
幻肢痛〈四肢を切断した患者のあるはずもない手や足が痛みだす。例えば足を切断したにもかかわらず、爪先に痛みを感じるといった状態を指す。あるはずのない手の先端があるように感じる、すなわち幻肢の派生症状である。〉wikipedia参照。
切断系の死因ではありませんでしたが、この物語では重要な、「生体認証」を何らかの力でくぐり抜け、幻(phamtom)のように現れ、被害者に痛み、すなわちpainを与えましたね。
もうわかりましたね。愚直な作者はphamtomが与えるpain。phamtom painじゃん!と、なり「幻肢痛」という日本語訳を当てたということになります。
余談ですがphamtom painという語彙はどこから持ってきたかというとTM.Revolutionさんの楽曲からです。あの曲は衝撃的でしたね。デリケアエムズのCM今でも覚えています。何ならカラオケで替え歌をして熱唱してました。「掻きたいー、でもかけーない。今こそ股間に。デリケアエムズー」
おっと、そろそろ時間のようです。
ではみなさん、ばいにゃちは〜さようなら〜




