記憶
暖かな陽射しの当たる朝だった。
じゅうじゅうと音を立て、香ばしい料理の匂いがしてくる。
どうやら、誰かが料理をしているようだった。
意識がハッキリとしない僕に誰かが、話しかけてくる。
「ご飯、出来たよー、起きてー」
遠慮がちに僕の体を揺する甘い声。
僕は、薄目を開けてその様子を見ていた。
24歳くらいだろうか?見た目よりも、もっと若そうな仕草と少女のような顔立ちが女性の幼さを語っているようだ。
「もー、起きないんなら、起こしてやるー」
そう言って彼女は両手をワキワキと開いたり閉じたりして奇妙な動きをしていた。
起きない様子を見て少し、拗ねているようだ。その頬は風船のようにぷくーっと膨らみ、唇は彼女の不機嫌さを表すように尖っていた。
そして彼女は、僕の脇に手を入れてくすぐり始めた。
その攻めに耐え切れず僕は、参ったと両腕を上に上げて降参して起きた。
体を起こしてテーブルに着くと、そこには香りのいいコーヒーとパン、そして少し形の悪い歪なベーコンエッグがテーブルの上にあった。それを二人で色んなことを話ししながら笑いあって食べる。
近所の人の噂、芸能人の話、仕事での楽しかったこと。些細なことだったけど、馬鹿みたいに笑ってお互いに幸せそうな笑顔を浮かべていた。
そして、どちらかが先に仕事へ行く時には必ず、見送りのチューをしていた。
…それが僕の目に残る、ありもしない記憶の中での幸せな光景。
月島陸斗それが僕の名前。
僕は、ありふれた家庭に生まれ、ありふれた学校に通い、ありふれた青春を過ごした。
そうして大人になり、今に至る。
僕は、夢の中にいた。そこがどこなのか、夢で一緒にいるのが誰なのかは分からないけど、ふわふわとした感覚に包まれている僕の体は温かい。
その温もりに身を任せてそのまま、埋もれていたい。
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そう思っていた僕を許さないと言うように意識は、
ジリリリと鳴り響く目覚まし時計によって唐突に叩き起こされた。
だるい頭を抱えながら僕は、洗面所へと向かう。
冷たい水で顔を洗い、頭を覚醒させる。
そして、次第にハッキリとしてきた頭で考える。
(また、いつもの夢。あの人は、誰だったんだろう。)
夢に出てきた女性のことを改めて考える。
浮かんでくるのは…柔らかな笑顔とくちび、、って!何を朝っぱらから考えているんだろう!
僕は、頭を左右に振って邪念を振り払う。
そして、会社へ行く準備をして靴先をトントンと叩きながら靴の履き加減を調節する。
今まで同じ夢を何度も見てきたと言うのになぜ、今日は、こんなにも意識してしまうのか
その時はまだ分からなかったのだった。
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僕が住んでいる街は春になると川沿いにいっぱいの桜が咲き乱れて「千本桜」という名前が付いていて有名なのだった。
今は4月で観光客も多く、街はどことなく賑やかだ。
川沿いを車で走っていると橋を歩く観光客、カップル、カップル、カップルが通り過ぎていく。
河川敷の辺りには屋台が並んでおり大賑わいだ。
仕事じゃあなく休みだったら屋台に並んで焼きそばや焼き鳥など食べ歩きたいものだ。。
僕は、通り過ぎていく桜や屋台に群がる虫のような愚者どもを一瞥し