主人公のデフォルトネームは変える?それともそのまま?(2)
私はツバキの胸元を掴んで詰め寄った。
「何でよ!何で私が戦うことになるのよ!意味わかんないわよ?!」
「イジメルナー」
「落ち着いてください。その、仲間になってくれるととても心強いのです」
えっ?心強い?……そんな頼りあるように見える?えへへ。
「理由を聞かせてもらっていいかしら?」
私は手を離して、座り直した。
ゴレムが何やら喚きながら、膝を叩こうとするので、その頭を右手で押さえた。振り回したゴレムの腕だけが空ぶっている。本当に残念な子だなあ。
「あなたは無重力と同調が出来るのです」
ツバキの平手がゴレムの頭にバシンと決まった。ゴレムはしゅんとうなだれ、黙り込んだ。この子、丁寧な口調だけど、こいつには容赦ないわね。
「同調?」
ツバキの話によるとこうだ。
第一世代と第二世代の機闘士には同調という機能がある。機闘士とパイロットの魂を重ねることにより、機体そのものの性能を向上させることが出来るそうだ。
「ただ、誰もが機闘士と同調出来るわけではありません」
機闘士の魂と波長が合う人間だけが同調を可能とする。要は相性次第らしい。
「先ほど、虚空石に触れたら銀色を示しましたよね。あの色があなたの波長で、ちょうど無重力と合うのです。あの色を示す人は今はいないのです」
うーむ。また面妖な話になってしまった。
えっと、機闘士に同調という機能があって、同調は機闘士とパイロットの魂を合わせることで、私はアーサスと相性がよくて……、うん?
「……ちょっといい?パイロットとか言ったけど、もしかして、アーサスに乗って戦えって言ってる?」
「そうです」
即答かい。
「とは言っても、そんなのしなくても十分にあいつは強くない?」
「無重力は強いですよ。というより、第一世代の機闘士は人が乗っていなくても強いです。ただ、同調すればさらに強くなるのです」
何かを思い出したのかツバキは恍惚とした表情で語り始めた。
「闘技場でも無重力の高軌道戦闘は凄かったです。反重力装置を駆使しての近接戦闘は他の機闘士には出来ない彼だけのものでした」
「……何の話?」
「こほん。失礼しました。そういうわけで、あなたには無重力に乗って戦ってほしいです」
乗って戦って、ねえ。
「一つ質問させてほしいんだけど。あんたが突然、あれに乗って敵と戦えって言われて、はい戦いますって言える?」
天井から地鳴りのような音がした。まだ戦闘は続いているようだった。
「無理に戦えとは私には言えません。でも、少し考えて欲しいです」
ツバキはそこで言葉を止め、紅茶を一口飲んだ。
しかしなあ。考えてほしいと言われたが、考えても私には選択肢が無いっぽいのよね。
ここに来た時点でカマキリに喧嘩売ってるし、帝国に敵に認定されているみたいだし、国外には出られないみたいだし、そう考えたら協力するしかないわよね。
さらに、今の私はここの人にスパイ扱いされている。協力すれば、周りも私がスパイではないと信じてもらえるだろう。
しかも、私しかアーサスと同調できない。
私「しか」だ。これは神が与えたチートと言うやつなのだろう。折角もらったチートだ。使わなかったらもったいないに決まってる。
となると結論は決まってる。
「分かったわ。戦いましょう」
「本当ですか!」
「じゃあ、ちゃちゃっと、敵を倒しに行ってくるわね」
「えっ?」
なんであんたが面食らった顔をしているのよ。
私は立ち上がると、出入り口の方に向かった。縄梯子を手に取って登り始める。
戦闘音がまた聞こえた。今までより幾分か大きい。結構近くで戦っているみたいね。慎重に顔を出さないとお陀仏かも。
「待ってください。今は危ないですよ!」
「ツバキ様!ダメです!」
私を止めるために梯子を登ろうとしたツバキは近くの村人に制止されていた。様ってことは、実はこの子偉かったのかな?まあ、今気にしても仕方ないか。
私は縄梯子を登りきって地上に出た。
なんて命知らずな人なのだろう。別に今すぐ戦えなんて言っているつもりはなかったのに。
「ツバキ様!無謀な事はおやめください!」
ツバキの服を掴んでいるヨンナは直近の戦闘で夫を亡くした女性だった。戦場の恐ろしさを知っている。それなのに。
「何故止めるんですか?!」
「ツバキ様こそ、何故あの女を信じるのですか?あの女は怪しいです。あの外見も、名前も!」
あまりの剣幕に一瞬たじろった。
ヨンナの言うことも確かだった。
イリス。
それは空に浮かぶ月の呼び名であると共に、意識の海に存在し、魂の循環を司る神そのもの。
人が神の名を名乗ることは憚られている。この大陸で共通する認識だ。
つまり、イリスと言う名を持つ人間なんているはず無い。
ゆえに、彼女の名はイリスではない。だからこそ、彼女をイリスと呼ぶことは躊躇われたし、一度しか呼べなかった。
「今の態度も大方逃げるために違いありません!」
果たしてそうだろうか。ヨンナのその言葉には疑問を感じた。
「ちゃちゃっと、敵を倒しに行ってくるね」
清々しさのあふれた笑顔だった。
嘘を付く顔ではない。
それは、自信満々かつ本気の笑顔。
その顔で戦いに行ったのだ。命を散らす危険のある戦場へ。
「ヨンナ。あの人は命をかけて戦場に行きました。ならば、私たちも彼女を信じるべきではないでしょうか?」
「しかし……」
ヨンナの顔にはまだ不満があった。
「なら、彼女の身の潔白を私が証明します。それならいいですよね?」
ツバキは地下空間の奥の方に歩き出した。その方向は小道につながっており、儀式のための一室につながっている。
「何をなされるつもりで?」
「今から意識の海に潜ります。彼女の事を知っている魂がまだ残っているかもしれません」
ヨンナの顔色が一瞬で青色に変わった。
「駄目です!あんな女の事を知るためだけに魂を擦り減らすつもりですか!」
「ヨンナ。先ほども言いましたが、あの人は自身の命をかけました。だから、私も命をかけて応える義務があるのです」
それが、彼女を戦場に送り出したツバキにとって唯一の出来ることだ。
そう覚悟を決めて彼女は儀式の部屋に向かっていった。
時はイリスと名乗る女とツバキが防空壕に入った頃に戻る。
アーサスは白鯨が地上に降りたのを確認すると、前方の黒い影に向かった。
今、こちらに向かってきている相手は彼にとって見知った相手である。だからこそわかる。勝てない。しかも今はビームダガー一本しかなく、左腕さえない。
白鯨の準備が整うまで時間稼ぎかな。
内心そんな思いだった。
影に近づくにつれて、徐々にその姿がはっきり分かってきた。
全体を黒でカラーリングされた細身のボディは関節部だけ青く染められており、シャチを思わせるような頭部は天辺にヒレが付いており、その口には凶悪な歯が並んでいる。
第一世代機闘士、海の殺し屋。通称オルカ。その手には愛用のビーム砲がある。
ビーム砲の射程ギリギリのところでアーサスは止まると、オルカに世間話を始めた。
「オルカ。久しぶり。今日はいい天気だね」
アーサスの静止に何か警戒したのか、オルカもその場で立ち止まると、手に持った大口径のビーム砲を構えながら、楽しそうに言った。
「アーサス。そうだね。こんな日は鍋でも食べたいねえ」
……。
鍋?
何故「いい天気」の返しが「鍋」なのだろうか?
わからない。だが、これは時間稼ぎなのだ。何か返さないと。
「あ、ああ、うん。そうだね。鍋日和だね」
「ちがーう!」
自身の発言の意図を理解されなかったことに気付いたオルカがややヒステリック気味に叫んだ。
「なんだいわかんないのかい?相変わらず風流を解さないやつだ。いいかい!よくお聞きよ。いい天気とかけまして鍋と解きます!その心は?」
「……その心は?」
「ポカポカでしょう。……どうだい!ここまで言えばわかるだろ!」
思わず無言になるアーサスを尻目に一人オルカが高笑いを上げた。
このまま飛び掛かりたい。アーサスはそんな衝動が込み上げてくるのを抑えるのに精いっぱいだった。
思えば、同じ第一世代でもオルカは苦手な方だった。なぞかけやダジャレが大好きな彼女は今のように、問いかけをすることも珍しくなかった。
そんな上機嫌なオルカに冷や水を浴びせる声が上がった。
「オルカ。何、馬鹿で間抜けでくだらないことを言ってるの?」
声はオルカに搭載されているスピーカーから聞こえた。若い女の声。オルカのパイロットのサザンカだ。
サザンカは2年前のクーデター以前からオルカのパイロットを務める少女だった。長い黒髪に吊り上がった目の少女の姿が浮かんだ。
「何って決まってる。風流だよ。風流。ああ、アタイは悲しいねえ。何年付き合ってもこの良さをわかってもらえないなんて」
「ぶっちゃけ寒い」
「ちょっと!何でそんなに冷めてんだい?」
「そんなことより、無重力を殺すよ。今なら何故か左腕も無いし」
何故か……ね。
「サザンカ、君にしてはらしくない戦い方だね。タッコーをけしかけて、自分は後から出てくるなんて、もしかして大臣にでも任命されたのかい?」
「白いし長いしうるさい。死んで。無重力」
その言葉が戦いの合図のようにオルカがビーム砲の引き金を引いた。ショットガンのように拡散しながら飛んでくるビームを無重力は退きながらかわす。
相変わらず、問答無用だなあ。サザンカは。
かわしきれなかった一筋の細いビームが無重力の足に当たったが、破裂するようにビームがかき消えた。無重力の表面に施されたコーティングのおかげである。
「ちっ!」
サザンカが舌打ちした。
オルカの武器は今はショットガンタイプのビーム砲だ。それなりに距離を置いていれば脅威ではない。
だが、オルカがバーニアを吹かす。同調中のオルカから逃げられるわけが無かった。アーサスとの距離が一気に詰められる。
射程内に入った瞬間、オルカがビーム砲を構え、引き金を引いた。幾筋のビームの軌跡がアーサスを貫く瞬間、アーサスは真上に急旋回してビームをかわした。
「しゃらくさいわね」
軌道戦が売りの無重力である。逃げるのは得意であった。オルカが追いかけ、アーサスが逃げ続ける。
不毛な戦いが続いた。
「サザンカ。ちょっといいかい?下を見な」
そんな状況が変わったのはオルカの一言だった。
「雲?」
逃げ続けるアーサスにイライラしていたのか、疑問符が付きながらもサザンカの声音には怒りが混じっていた。
オルカたちの足元、ローランス村が雲のように白いもので覆われていた。雲海を見下ろしているような気分だ。
「準備は整ったね。サザンカ。僕を倒したかったらついてきな」
アーサスが雲の中に潜り込んだ。慌てて、サザンカも追いかけようとした瞬間、オルカが注意する。
「罠だよ。わかってるかい?」
「分かってるわよ。でも同調した第一世代としてない第一世代に第二世代が2匹。どっちが有利かなんて決まってる!」
「なら言うことはないね。……あっ、いやあったわ。白い雲とかけましてカニ料理と解きます。その心は?」
「もくもくっ!黙って戦えね!だったら、あんたも黙って!」
勢いよくペダルを踏みこみ、オルカもまた雲に吸い込まれるように潜り込んだ。
中は濃霧のように真っ白で、敵が何処に潜んでいるか分からない。
確かにこんなところで声を上げていたら敵に場所を示しているようなものだ。地面に降り立つと、サザンカはスピーカーの電源を切った。瞬間。
横手から白い影が浮かび、白鯨が飛び出してきた。右腕を大きく振りながら、こちらに向かってくる。
「けど、遠いし遅い」
ビーム砲を白鯨の方に構えた。距離は十分、あの態勢なら回避は不可能。白鯨を貫く未来がサザンカには見えた。
口角を軽く吊り上げ、喜悦の顔ばせで引き金を引く。
砲身から荷電粒子の光が灯り、シュッと消えた。貫くはずのビームが出てこない。
何故?!壊れた?!
想定外の出来事にサザンカは一瞬思考が飛んだ。その一瞬の動揺は白鯨がオルカの懐に潜り込むには十分の時間で。
サザンカが平静に戻った時には既にオルカの顔面に白鯨の右腕が叩き込まれていた。
白鯨の打撃で機体が後方に吹き飛んだ。背中が地面を擦る。きっと地面に大きな擦り跡が残っただろう。飛びそうになる意識を無理矢理脳内に押し込める。
「大丈夫かい?」
オルカを素早く立ち上がらせ態勢を整える。追撃しようとした白鯨もカウンターを恐れたのか距離を取った。白い機闘士の姿が霧に紛れた。
「大丈夫」
打撃の瞬間、反射的に退いたおかげなのか、ダメージは思ったより大きくなかった。反応に遅延は無し。まだ戦える。
「それより厄介ね。この霧は」
村全体を包む霧を見回した。目くらましのための霧だと思ったが、違うようである。サザンカはなんとなく、霧の正体を理解した。
おそらく霧の正体は電磁波を発生する微細な兵器なのだろう。発生した電磁波が荷電粒子を彼方此方に偏向させ散らしてしまう。そのため、打ち出した瞬間にビームが消えてしまった。
サザンカの想像は当たっていた。それは近接戦闘を得意とする白鯨がビーム兵器主体の敵と対抗するために搭載された兵装「潮吹き」。背部に取り付けられた噴出口から、微細な兵器を噴き出し、周囲をビーム兵器を無効化する霧空間にする兵装である。
ビーム兵器を主体とするオルカにとって相性の悪い相手だった。
「サザンカ。どうするんだい?アタイは退いてもいいと思うけどさ?」
「冗談!無重力が目の前にいるのよ!あいつを殺さずに退くなんて有り得ない!」
無重力がこの村にいる。その情報を得たからこそ、わざわざこんな戦略上全く価値の無い所まで来たのだ。サザンカにとって無重力の撃破こそが今回の目標だった。
「わかったわよ。じゃあこれだけはしといておくれ。ビーム砲は切り替えてから背中にしまって、ナイフを出しときな」
「……?わかったわ」
オルカ愛用のビーム砲は砲身を切り替えることによって、ビームの出方を変えることが出来る。普段はショットガンのようにビームが拡散する砲身を使用しているが、今はビームが一極集中する砲身に切り替えろというのだ。
収束型と呼んでいるその砲身は主に遠距離戦を目的としたもの。それに切り替えろというオルカの意図は分からなかったが、サザンカは素直に従った。
砲身を切り替え、ビーム砲を背中にしまい、腰部からナイフを取り出している間、サザンカは心の中でオルカに感謝した。
なかなか、自分の意見を否定された後に、協力してくれる人間はいない。にもかかわらず、オルカは自分の無茶に付き合ってくれてるし、助言もしてくれる。そんなオルカの寛容さに感謝したのだ。
無重力を殺したら少しはオルカの意見を聞いてあげてもいいかもね。
その時、前面スクリーンの下のほうで光が生じた。光は周囲を虹のように鮮やかに照らす。反射的にナイフを構えた。
「上だよ!」
オルカの声に上を見上げると、無重力が右踵を上げて、こちらの頭部に振り落とそうとしていた。
反射的にそれをかわす。重い音が地面に響いた。
「出てきたわね!」
右踵を地面に潜り込ませた無重力を確認すると、右手のナイフをハンマーグリップに持って、無重力めがけてまっすぐに走り寄る。
無重力の右手にビームダガーは無し。どうやら、この霧は彼の武装も封じてたようだ。
左手には白い影がこっちに向かってくるのが見えた。白鯨だろう。だが、こちらのほうが速い。
そのまま、無重力の胸部を目標にナイフを突き出す。それは右足の動かせない無重力にとって致命的な一撃。そうなるはずだった。
が。
「消えた?!」
無重力が自ら地面に倒れこんだのが、サザンカの目には消えたように見えた。同時に、右手をはじかれ、ナイフを手放してしまう。ナイフは霧中に飛んで行った。
無重力が背中から倒れた際の反動エネルギーを全て左足に注ぎ込んで勢いよくナイフを右手ごと蹴り上げたのだ。
「くっ!」
足元にほぼ無抵抗状態の無重力がいる。しかし、左横に白鯨が向かってきていた。このまま無重力の止どめは刺せるだろうが、その間に白鯨の必殺の一撃を受けるのは確実だった。
どうする?
「先にクジラだよ!」
オルカの指示に自然と体が動いた。無重力を無視して白鯨に向き直ると、めいっぱいバーニアを吹かせ、四足獣のように白鯨に飛び掛かった。
「嘘おっ!」
白鯨のちょっと間の抜けた声が聞こえた。退くと思っていたのだろう。白鯨の右ストレートは空を斬った。そのままオルカが白鯨に体当たりする。
2機はそのまま絡み合いながら転がった。
「手長猿よくもやってくれたね!」
オルカは白鯨の上で馬乗りになると、白鯨の右腕を引っ張り上げ、それを自らの口元に持って行き、かぶり付いた。
「なあっ?!」
白鯨の驚く声をバックミュージックに腕を噛み砕く咀嚼音が響いた。心臓をキリキリさせるような金属音が聞こえる。
そして、オルカは白鯨の右腕を噛み千切った。
「白鯨!!」
「あんたは邪魔だ!」
いつの間にか地面から足を抜いていた無重力が白鯨を助けに来た。オルカは噛み千切った白鯨の右腕を無重力のほうに投げつけた。これはよけきれなかったのか、右腕が頭に当たって無重力はもんどりうった。
「いつまでも乗ってんじゃない!」
今度は背後から衝撃が来た。押し出されオルカは思わずつんのめりになる。
振り向くと、右腕を無くした白鯨が吠えていた。
「汚い歯でよくも噛み付いてくれたな!」
白鯨が左腕を大きく引いた。左ストレートの構えだ。彼の左腕が軋んだ。
十分に溜めた白鯨が空気を切り裂く渾身の一撃を突き出した。
その一撃をオルカは真正面から両手で受け止める。
「やるね!でも!」
腕先が振動を始めた。オルカの指が千切れるのではないかと思うほどの激しい振動がサザンカを襲う。
「第二世代がっ!第一世代を舐めるんじゃない!」
目がくらみながらもサザンカはレバーを強く握った。
オルカの指を白鯨の手にめり込ませる。捕まえた白鯨の腕を持ち上げ大きく左に振り回した。白鯨の腕の関節が有り得ない方向に曲げられ、折れる感触が伝わった。
オルカはそのまま白鯨の腕を掴んで左回りに1回、2回、3回転し、白鯨をハンマー投げの要領で上空に放り投げた。
「ビーム砲を出しな!」
オルカが背中のビーム砲を手に取り、追撃する。人差し指と中指が動かないことを確認して、薬指でビーム砲の引き金を掛ける。飛び上がった方向には投げられた白鯨が折れた腕でも反撃をしようと構えていた。
お互いの距離が機闘士2歩分まで縮まった。
「今だよ!」
引き金を引く。砲口から荷電粒子の光が飛び出した。それはサザンカが知るものよりははるかに細いものではあったが、それでも飛んだ。収束されたビームは霧に散らされながらも短い距離ならその威力を保ったのだ。
白鯨の悲鳴と同時に収束ビーム砲の一撃が彼の胸を貫いた。
魂を失い腕をだらりとさせながら、落ちていく白鯨を見てサザンカの気が抜けたのはしょうがないことだろう。
「気ぃ抜くんじゃないよ、無重力が来てる!」
だが、オルカの叱咤にサザンカが覚醒する。飛んできた無重力に対してビーム砲を向ける。奇襲の機会を逸した無重力は再び霧の中に消えた。
「ごめん」
「なあに弱気になってるんだい。まだ2機もいるんだよ。しっかりしな。まずはナイフを拾いに行きな」
警戒しながら地上に降りる。近くに落ちていたナイフを回収して腰部に収納する。
霧は徐々に薄くなってきていた。十分もすれば晴れるだろう。
「さて、今日はこれで仕舞にしないかい?」
「まだ無重力を殺していない!」
サザンカが気を吐いた。
一息、間をおいてから、オルカが喋りだす。その間がオルカが呆れを抑えているようにサザンカは感じた
「霧が晴れる前に勝負を付けたいねえ」
不満そうな様子をおくびにもださずにオルカがそう言った。
彼女の発言は残りの茶色の機闘士を警戒しての事だろう。この霧の中出てこなかったのは、あの機闘士がビーム兵器主体であること、おそらく生まれたばかりで経験が浅く、霧中では同士討ちの可能性もあったからである。それは、タッコーとの戦い方からも推測された。
とはいえ、霧が晴れたらあの機闘士も出てくるだろう。1対2は面倒だった。
「何か手がある?」
「そうだねえ。……ってちょっと。サザンカ。前!」
「えっ?」
サザンカはスクリーンを見るが前方には誰もいない。何を慌てているのだろう。
「どうしたの?」
「ボディに誰か張り付いているんだよ!」
張り付く?戦闘中に?そんな馬鹿な奴がいるわけがない。
何を言っているのだろうか。とサザンカが思った瞬間。
ハッチが強制的に開けられ、知らない女が顔を出した。迷わず敵と判断した。すぐに白兵戦に移行できるように体に叱咤を掛ける。
が。
「あれ?何で中に人がいるの?」
すっとぼけたような、状況を理解してないようなそんな声音でその女はつぶやき、サザンカは思わず脱力した。
そいつはイリスと名乗っている女だった。