主人公のデフォルトネームは変える?それともそのまま?(1)
登場人物
イリス 主人公。自称完全無欠。
アーサス ロボット。主役っぽい外見。
これまでの私!
自由になった!(異世界来た!)
→自由じゃなかった!(内戦中の国だった!)
→自由になりたい!(どうしよう……)
以上!
「あれがアジトなの?」
私は前を見たままアーサスに問いかけた。
前方スクリーンには田園風景が広がっていた。家がミニチュアのように並んでいる。牧歌的な場所だ。
村人らしき人々がこちらを見上げたり、農作業をしていたり、桶を運んでいる。なんかアジトっていう割には平和ね。
「そうだよ。ローランス村っていうんだ。しかし、偉そうな態度だなあ」
頭の上で呆れた声が響いた。
その声音の原因である私はといえば、アーサスという銀の機闘士のコックピットの中でふんぞりかえって座っている。気分は下界の民を見下ろす神の気分だ。
「ガハハ。私が神だ」
「さっきまでエンジョイライフがー、とか言ってたくせに」
「くよくよしたってしょうがないわ。前向きに生きないと」
「いい言葉でも君が言うと適当に聞こえるよ」
「まあ、何はともあれ、もうすぐお別れね。先にありがとうと言っておくわ」
「えっ?」
「だって、あんたはこれからも戦っていくんでしょ?私は自由を謳歌するの。だから、多分二度と会うことは無いわ」
「ああー。そうだね」
何よ。軽いわね。もっとむさび泣いてくれてもいいのよ。
アーサスは村の広場っぽいところに降り立つと膝を着いてハッチを開いた。私はその場に降り立った。
おおっ!久々の地上だ!ゆったりシートで空を眺めるのも乙だったけど、地面があるって感覚は素晴らしいねえ。ああ地球さん。人類が嫌いだと疑ってごめんなさい。
「あんた誰だ?」
……うん?
感激に打ち震える私の耳に村人の剣呑な声が飛び込んできた。
広場は村人であろう人々が私とアーサスを遠巻きにして見ている。まるで腫物扱いだ。
「ねえねえ。アーサス。なんか歓迎ムードって感じじゃないんだけど」
むしろ、いまにでも襲い掛かってきそうである。
「ちょっと言ってなかったことがあるんだ」
なによ。今更補足をつけるの。
「僕は君のようにたまに人間を拾ってはここに連れてくるんだけど……」
人を犬猫みたいに言うわね。
「前、拾ってきた人が、帝国のスパイだったみたいでね。結構大変な騒ぎになったんだよ」
なんじゃとおおお!じゃあ、何か!私は帝国のスパイと勘違いされてんのか!っというか、そんな大切なこと何で言わなかったのよ!
「いやあ。最後まで取っといた方が面白そうだったし」
てめえ!いい性格してるなあ!
「あんた!こっちを無視するんじゃねえ!」
強面の村人が私に詰め寄ってきた。どうやら代表者らしい。
「とりあえず、名前と出身を名乗りな」
「名前はイリスよ。アンスルトンシティから来たわ」
「あれ?そうだったっけ?」
アーサスが面白がるように言った。
こらっ!余計な事を言うんじゃない!異世界から来たなんて言ったら、確実にスパイか精神異常者扱いでしょ!
「おし。スパイだな。誰か地下に連れていけ」
代表者の背後から男が二人、にょきにょきと生えてくるように現れた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!私はそこのアーサスと協力してカマキリっていうやつ倒したのよ。アーサスなんか左手がひどいことになってるでしょ」
私はアーサスの左腕を指さしながら、先の戦闘の事について話した。
左肘まで縦に切り裂かれた腕にはカマキリの鎌がまだぶら下がっている。
「はいはい。最近のスパイは手口も巧妙なんだな」
「違うって言ってるでしょ!」
二人の男が私の肩を手で押した。ちょ、ちょっと待ってよ!私は本当にスパイなんかじゃないんだから。
その瞬間。轟音が遠くの方で響いた。
「敵襲だあ!」
……はいっ?
思わず立ち止まる私。
音のした方向を見ると、遠く空に何やら赤い物体が5個ぐらい浮かんでいる。それらはふわふわとこっちの方に向かってきて。
砲身を向け、弾を吐いた。
なっ!
ミサイル形の弾の一発が私の頭の上を通り過ぎた。それは地面に着弾すると爆発した。
「敵だ!迎撃態勢を取れ」
「村人は避難させろ!」
「無重力!いけるか?!」
帝国が攻めてきた。ようやく私はその事実を理解した。
私の周りにいた村人たちはこの時の対応を決めていたのか、ある者は近くの民家に逃げ込み、ある者は避難誘導をしていたり、ある者は大声で周りに指示を出している。
「君も逃げたほうがいいよ」
肘の鎌を外しながらアーサスが私に言った。気づいたら、肩を押していた男たちもどこかに行ってしまっている。
「あんたは大丈夫なの?左手ぼろぼろよ」
「大丈夫だよ」
妙に自信満々な態度だった。
「ここなら他にも仲間の機闘士がいるから」
「どういうこと?」私がその言葉を発する前に答えは分かった。
頭上を影が覆った。見上げると、白い巨人と茶色い巨人が飛んでいた。
「それじゃあ行くね。気を付けてよ」
銀の機闘士も飛び上がると、白と茶の機闘士に合流し、敵に向かっていった。
いや、気を付けてって言われても。
周囲を見回すと村人たちはてんやわんやでまともに応対してくれそうにない。
「どっちに逃げればいいのよ……」
判断がつかない私はその場で立ち尽くして機闘士達の戦いを見ていた。
戦闘はいい。気分が高揚する。
白の機闘士、第二世代の機闘士である白鯨は不謹慎と思いながらも昂る感情を抑えられなかった。
「機嫌よさそうだな?」
白鯨のパイロットであるギャストンが尋ねた。彼は白鯨の中に乗っていた。目の前のモニターには「同調中」の文字がある。
「まあな。でも、あまり体を汚さないでくれよ」
「無茶言うな」
白鯨は体全体が滑らかな曲線を描いている。全身が白にカラーリングされている中、ただ一つ、その瞳だけが赤い。オランウータンを思わせるほど長い腕の先はグローブを付けたように丸まっている。
そんな彼らの眼前に見えるは、第三世代機闘士タッコーが5機。
生き物のタコのような形状をしたそれは水中にいるような挙動で浮いている。
間抜けな姿ではあるが、それでも兵器である。白鯨たちの姿を確認すると。
「テキダー!」
「テキ?ドレダ?」
「ゼンブダー!」
タッコー達はやっぱり間抜けな声を上げながら各々足を構えると、足首から先の部分、ミサイル形の弾を発射した。
同時に向かってきた弾を白鯨は左横にかわした。タッコーの弾は直線的だ。弾は白鯨の背後をまっすぐ進んでいき、お互い接触を起こして空中で爆発した。
その間に白鯨は急加速して一番近いタッコーとの距離を一気に詰める。気付いたタッコーが足を構えた。
「遅い!」
白鯨が右腕を突き出す。右手がタッコーの構えた足ごと頭部を打ち砕いた。魂を失ったタッコーはそのまま重力に従って落下していく。
「ヤラレター!」
「ユルスマジー!」
本当に怒っているのかわからない声音でタッコー達が足を白鯨に向けた。同時に弾を撃つ。
それも予測していた白鯨は難なくかわすと、先ほどと同じ要領でタッコーを1機、2機と撃墜した。
2機目を落とした時点で敵はいなくなっていた。無重力と茶色の機闘士、赤髭王が1機ずつタッコーを落としていたのだ。
腕についた赤い破片を払いながら白鯨は嘆息した。
「はあ。やっぱり汚れてる」
「だから無茶を言うなと言ってるだろ」
白鯨。鋼鉄の両腕が敵に接触した瞬間、腕に内蔵された振動兵器が作動し、敵を打ち砕く。近接戦闘を主体とした機闘士である。
「ディック~。ま、まだ本命がいるよ!」
赤髭王の見る方向、タッコー達が来た方向、北東のほうから1機の黒い影が向かってきていた。
「あれは……。ビーチェは下がってろ。無重力は援護を頼む」
影の正体を確認したギャストンは赤髭王のパイロットと無重力に指示を出すと、一度白鯨を地面に降り立たせた。
はえー。あっという間にやっつけちゃったわね。
巨人と巨大タコが空中で戦っていた。
SFや怪獣映画でしか見られないような光景だ。
でも、巨人側は人というよりは猿っぽいのもいるし、タコは漫画でよく見る長い口がなかったりするし、色々惜しく思う。
もうちょっとリアルに作れないものだろうか。そうすればB級映画から脱却できそうなのだが。
「ってあたしは何を考えてんのよ」
周囲を見回すと、皆避難してしまったのか村人はいない。
いや。いた。
女の子が血相を変えてこっちに向かって走って来るではないか。
「何やってるんですか!そんなところに立ってると危ないですよ!」
「えっ、いや、まあ。戦闘終わってるし」
「まだ終わってないですよ!こっちに来てください!」
ちょっ。そんなに強く引っ張らないで。
私は民家の陰に連れ込まれた。地面に穴が開いてある。女の子が穴を指さした。
「この中に入ってください」
穴には縄梯子が取り付けられていた。どうやら防空壕みたいだ。この中に避難しろと言いたいのだろう。
むう。この子はなんでこんなに親切なのだろうか?ちょっとカマをかけてみるか。
「スパイを連れ込んでいいの?」
「今は関係ないでしょう!」
怒った女の子を見て、申し訳ない気持ちになった。
私は縄梯子に手を掛けた。
苔が踏み払われた壁を降りると、地下空間に出た。
空間の中央と4隅に大黒柱がでんと立っており、周囲と天井は石壁になっていた。
村人も10数名いた。彼らも避難者なのだろう。女性や子供が多く、心配そうな表情でお互い寄り添っている。地下空間独特の籠った空気の匂いが鼻についた。
「狭くてすいません。ええっと、イリス?さんでしたっけ?私はツバキと言います」
ツバキが私の手を引いた。部屋の隅の空いている所で、「適当に座ってください」と促される。
目の前に手頃な石があったのでそこに腰掛けた。その瞬間。
「オモイヨー」
「うわっ!」
尻に敷いた石から声がした。思わず飛び上がる。
「ちょっと!何座ってるんですか!」
「えっ?ああごめん」
思わず謝った私はまじまじと石を見た。
それは石人間とでも言うべきだろうか。
高さは私の膝ぐらい。角形に切断された石には目と口を表現した切り跡がある。
その石の横と底に短い石の手足がくっついていた。
子供が普通の石に手足を接着剤でくっつけたような姿。そんなおもちゃみたいなやつから声が聞こえた。
「何?これ?」
「ゴレムダー!ツブスキカー!アヤマレー」
また喋った。どうやら本当にこいつが喋っているようだ。しかもジャンプまでしてる。
なんかこの感覚覚えがあるわね。アーサスやカマキリと会話している時に感じたような。
「アヤマレー!」
ああっ!考え中なのにしつこい!脛を叩くな!
「ごめんね。悪気は無かったのよ」
私は手を合わせて、頭を軽く下げた。
「セイイガタリナイー!ドゲッッ!」
「図々しいでしょ」
ゴツン、とツバキが左手で石人間をごついた。叩いた手の方が痛そうだ。
「すみません。この子調子に乗りやすいんです」
ツバキが謝った。この時、私は彼女の姿を初めてじっくり見た。
歳は16歳ぐらいか。黒髪黒目で清楚な雰囲気の美少女だ。額には青い宝石のついたサークレットを付けており、白い上衣とズボンには教会のステンドグラス風の模様が縫われている。その上に青交じりの透明なショールを肩からかけており、神聖さを感じさせる。
「いや。それは気にしてないけど。これ何?」
「何とは?」
ふむう。こんな返しが返ってくるということはこれはこの世界では当然あるものなのか。
「これは機闘士なの?」
あてずっぽうで聞いてみた。
「えっ?ええ。そうですね。……もしかして機闘士が何か知らないのですか?」
「うん。知らない。ちょっと説明してほしいんだけど。幼児が聞いてもわかるレベルで」
「わかりました。できる限りわかりやすく説明します。ちょっと待ってくださいね」
ツバキは一度立ち上がると他の村人と二言三言会話を交わし、飲み物を受け取って私の方に戻ってきた。
その時になってようやく気付いたのだが、入り口のほうから時折、爆発音や衝突音が聞こえる。ツバキの言う通り、まだ戦闘は終わっていないようだった。
「どうぞ」
座った私の前にコップを一つ、自分の前にコップを一つ、そして私との間に砂糖壺を置いた。
「この世のあらゆる生き物は死ぬと肉は大地に、魂は意識の海に還ります」
砂糖壺から角砂糖を一つ摘まむと、飲み物の中に入れ込んだ。
白い角砂糖が琥珀色の水面に吸い込まれ、沈んだ。
「意識の海とは生命の溢れた空間。そこに還った魂は海の中で溶け消えゆき、海と同化します」
スプーンでゆっくりと紅茶を混ぜる。底に残った砂糖が溶けていった。
「新たな生命が誕生する時は、神がこの海から一滴だけ大地に垂らします。大地に落ちた滴は魂となり、大地の肉体に定着させるのです」
スプーンに紅茶を汲んで、地面に落とした。地面の色が変わる。しかし、それ以上は何も起こらない。当たり前と言えば当たり前だが。
「これが肉と魂の循環の理論です」
神話みたいな話だ。これを信じろと言われてもなあ。信じるしかないのだが。
「要は、魂はこの世界と意識の海ってところを行ったり来たりしてるってことでOK?」
「違います。死んだ魂は意識の海で浄化されるので、新たに生まれる魂は全くの別物で……」
「ちょ、ちょっとごめん。細かいニュアンスの訂正はいいから、本題に戻ってくれない?」
「ですが……」
「私は大体わかればいいのよ」
ツバキは「そうですね」と不満そうにつぶやきながらも話を続けた。
「さて、こうやって魂はこの世と意識の海を、肉はこの世と大地を循環しています。この意識の海から滴を垂らして肉体に定着させることは本来神にしかできないことです」
「本来って、そんなこと人間でも出来るの?」
「限定的にそれを可能とする方法があるのです。それが「魂堕とし」。意識の海から滴を集めて、虚空石という石に定着させる技です」
ツバキは「これです」と言って、額のサークレットの宝石を外し、私に手渡した。虚空石は私の手の平で銀に鈍く輝き始めた。ツバキが目を細めた。
「これに魂を定着させるとどうなるの?」
私はツバキに石を返した。
「定着させると自ら意志を持ち、行動するようになります。この子のように」
ツバキが石人間を指さした。
ああ、そういうことね。
「この子は第三世代機闘士のゴレムと言います。この石の中に魂を定着させた虚空石が埋め込まれているので、こうやって動いたりお喋りするんですよ。ただ、第三世代は他の子もそうなんですけど、魂の質が悪くて、ちょっと残念な子が多いんです」
「ザンネントハナンダー!ウッタエルゾー」
機闘士とはロボットではなく人為的に作られた生命なのか。なるほどなるほど。……で?
「機闘士のことは分かったけど、あまり私には関係なかったわね」
「あっ、あの。説明した直後にそんなこと言わないでいただきたいのですが」
「それはそうと」
「はい」
「この国から出るには何が一番楽かしら?」
「この国から出るんですか?難しいと思います」
「何で?」
「この国は三方を山に、一方を海に囲まれているのですが、海路は東方にあって遠すぎますし、山路は帝国に抑えられています」
「げっ!」
「正規以外の道を通る手もありますが、そういうところには野生化した第三世代がうろうろしていて危険です」
「何であいつらが野生化してるのよ!」
「さっきも言ったように第三世代は残念な子が多いのです。山賊ごっこのつもりと噂されてますが」
園児かあ!
ああもうどうすんのよ!この状況!完全に八方塞がりじゃない!私は自由を楽しみたいのよ!それなのに何でこんな目に合うのよ!
「あっ、あの。大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃなあああい!」
「おっ、落ち着いてください。その、提案があるのですが」
おっ!なになに?良い手でもあるの?
「私たちと一緒に帝国と戦いませんか?」
おお!なるほど!帝国を打倒すれば後は自由だもんね。良案良案!って!!!
「嫌じゃあああっ!」
私の絶叫が防空壕に響いた。